第63話 休み終盤の再会 3

 炎を物質化したような朱色のスピアを手にドラが真正面からスケルトンにとびかかる。それをスケルトンは頭部の角で迎え撃つ。穂先と角がぶつかり合って拮抗し、ドラは即座に離れた。少しだけ驚いた後にニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。


「気に入ったみたいだな」


 ドラの様子を見てシャイターが言い、ユニが同意する。


「そこらの悪魔や妖魔なら最初の一撃で終わってますからね。自分と同じ強さと戦えるというのは本当なのですね」


 二人の視線の先で、ドラがスケルトンと激戦を行っている。スケルトンは何度もドラの攻撃を受けているが、致命傷を受けた様子なくドラに反撃していく。ドラも無傷ではいられない。ほとんどの攻撃は避けて、たまに受け止めている。だがまれにまともに攻撃を受けているときもあった。それにひるむことなく、むしろ嬉々として戦闘を続行していく。

 将義はぼんやりと戦闘を眺め、パゼルーとフィソスは学べるものは学ぼうとじっと見ている。

 彼らの視線の先では、ドラが炎をまとう。


「おーおー、本当に周辺が荒れないとわかって被害とか考えなくなってきたな」

「あれだけの力を持つと思う存分戦えませんから、あんな楽しそうな笑みになるのもわかります」


 心情を理解したユニも戦闘狂というわけではなく、周辺施設への被害や相手の手応えのなさからドラが力を抑えて戦わなければならず、ストレスを溜めていたことを知っていたのだ。思う存分暴れることができて、溜まったストレスがどんどん解消されていっているのが、あの様子を見ただけでわかる。


「確認なのですが、ブレードガウルがドラと同じだけの強さを持っているのですか」


 知的好奇心からのユニの問いかけに将義は首を横に振った。


「あれはそれなりの力は持っている。でもそのままだとドラという人には勝てない。陣で魔力や身体能力を底上げして、強者への恐怖を消してから出現した」

「そこらへんの設定を調整すれば、ブレードガウルはドラ以上の強さで出現も可能です?」

「強さと聞かれると首を傾げる。ドラさん以上の魔力と身体能力という言い方なら可能」


 強さというとセンスや戦闘経験や勘や知恵といった面でも、ドラを上回らなければならなくなる。

 現状ブレードガウルの攻撃がドラにほぼ避けられているのを見れば、そこらへんの技術や経験までは強化されていないとわかるだろう。

 そこらへんの違いをユニも理解し、なるほどと頷いている。


「でしたらその強さも含めてドラと同等の魔物の出現はどうなのでしょう」

「可能」


 短く答えた将義の脳裏には、魔王やその配下の姿が浮かんでいた。ドラの実力を見て、魔王には届かないが、配下ならば少し強化するだけで互角の勝負をするだろうと思えた。

 ユニはその返答を聞いて、シャイターを見る。


「主様も最近運動不足のようですし、やってみたらいかがです」

「この姿で運動不足解消しても意味ないだろう。まあ、これでも思いっきり動けるのは楽しそうだが」


 シャイターがやる気を見せたタイミングで、ドラが空へと炎を吐き出す。ジャンプしてそれに追いつくと、炎がスピアにまとわりつく。そのまま投擲の体勢をとり、ドラはスケルトンへとスピアを投げつけた。

 スピアはスケルトンに命中すると、その身に宿した炎をいっきに解放し周辺に炎をまき散らす。

 すぐに炎は消えて、あとに残ったのは少しばかり焦げた地面と粉々になったスケルトンが消えていくところだった。


「うむ、良い運動になった」


 すっきり満足といった表情で主の下へ戻ったドラは、ユニから治癒術を受けてダメージを消していく。


「いいところだな、ここは。強い相手がいて、あれだけ暴れて被害が生じない。魔界の訓練所でもああはいかない」

「主様が作られた場なのですから当然です」


 パゼルーが胸を張り、自慢げに答える。


「じゃあ次は俺が行くか。この体で同等の強さの相手がいいな」

「主様の経験と分霊の力はバランスが取れていないと思うのですが、そのような注文でも可能でしょうか」


 ユニに聞かれ、将義は頷いて本来の力からいくらか削った魔王の配下を出現させる。これならば注文に答えられると思ったのだ。

 出てきたのは、鷹の頭部と四本の腕を持つ人型の魔物だ。色はこれまでとかわらず黒。


「よおっし、いくぜ!」


 シャイターが突撃し、魔王の配下も一瞬遅れて前に出る。

 すぐに足を止めて殴り合いが始まる。発生するダメージ、行われる攻防を見て、ユニとドラは注文通りの強さの魔物が出て来たとわかった。


「あの技術の高さだと、実際はもっと強いのだろうか」

「本来の強さより下にして出現している。本来は三割増しといったところのはず」

「そうか」


 あれならば削らず力と魔力を強化しただけでも楽しめそうだという感想をドラは持った。

 少しばかり時間が流れ、戦いは思わずリミッターを外したシャイターの勝ちとなった。そのままの力で勝ちたかったシャイターは悔しそうにユニの治癒を受けている。


「くっそ、熱くなりすぎた! あのままでも勝ててたのにな」

「主殿は最近戦闘から離れていて、そこらへんの感情コントロールが甘くなっていたな」

「また挑戦させてくれ!」


 将義に頼むシャイターをドラが止める。


「まて、私が先だ。このような機会は貴重なのだ。次はいつ得られるのかわからない。主殿でも譲らないぞ」

「主様はもう少し治療が必要だから、ドラがやればいいよ」

「うむ。ではいこう……勝手に話を進めているが、かまわないだろうか?」


 一歩踏み出し、ドラは振り返り将義へと聞く。所有者の許可なく話を進めていたと気づいた。少し申し訳なさそうな表情だ。

 相手せずに楽だから、むしろ勝手にやればいいと思っていた将義は気にせず許可を出す。


「満足するまでどうぞ」

「ありがたい!」


 うきうきとした表情でドラはパゼルーに注文を伝えて、今度は複数戦を挑む。

 ドラの戦闘後、シャイターも再戦し、主従は交代しながら気が済むまで戦っていた。

 日が暮れて、夕食の時間になって将義は家に帰り、夕食を終えて風呂にも入り、またこちらに様子を見にやってきた。ドラとシャイターは飽きる様子なくまだ戦っている。

 これまでの戦闘で二人のデータが蓄積し、影として出現させることが可能になっていた。しめにシャイターとドラ対自分たちの影と戦い、ボロボロになりながら満足といった雰囲気を漂わせていた。


「うちの馬鹿二人が好き勝手して申し訳ありません」


 陣が消耗する魔力は将義持ちであり、やりすぎだろうと判断したユニが頭を下げる。シャイターが楽しそうだから止めはしなかったが、謝罪は必要だと考えたのだ。


「満足するまでどうぞと言ったのはこっちだからいいんだけど、いつまでやるつもり?」

「遅くとももう二時間で終わりですね、休みは今日までですから。まあこの一戦で終わるでしょう。さすがにあの二人の魔力も尽きます。それで今回あれを使わせていただいたお礼なのですが」

「最初にそういったことは決めてないから特にお礼はいらない。頻繁に来て何度も同じように使われたら消耗分の魔力をむしり取るけど」

「どうぞどうぞ」


 ユニとしてもここに入り浸るのは困るのだ。仕事に差し支えがでそうということもあるが、サタンと過ごす時間が減るのが一番嫌だった。そのため早期帰還となるような魔力没収は賛成の立場だ。


「あれだけ二人が楽しんでお礼なしというのも心苦しいので、やはり何かお礼はしたいのですが。なにがいいでしょうかね? 財宝や魔術の道具とかでどうでしょう」

「適当に財宝で、いや魔界にしかない綺麗な花の種とか木の苗で。危険ではないってことも追加」


 幸次や後口たちと同じ方向で言おうとして止めた。空間改造で景観も少しだけ気になったことを思い出し、そこを補えるようなものをもらえたらと考え言ってみる。

 意外そうな表情でユニは聞き返す。


「そんなものでよろしいのですか?」

「使い道のない財宝よりは、そっちの方がいい」

「ではそのようにー」


 ユニは少しだけ将義を可愛く思いつつ頷く。草花の観賞はユニも好きな方だ。圧倒的強者の将義が自分と似たような関心を持っていることに親近感を抱いた。


「園芸は得意ですかー?」

「いやそんなことはないけど」


 雰囲気を緩めたユニを不思議そうにしながら将義は正直に答える。


「でしたら栽培の難しくないものを選んだ方がいいですねー。園芸関連の職人に聞いてから選ぶことにしますー」

「ありがとうございます?」

「いえいえー」


 話しているうちに戦いの方も終わり、シャイターたちが戻ってくる。

 ユニは将義から離れて二人の治療を行う。小言を言いながらも甲斐甲斐しく治療している様子から、二人のことが大好きなのだと伝わってくる。シャイターたちも小言を受け入れて、おとなしく治療を受けていた。

 治療を終えて血と砂で汚れたシャイターたちが近寄ってくる。まだ少したかぶっているのか、笑顔でありつつも荒々しい雰囲気だ。

 フィソスは将義の背後に隠れ、パゼルーも表面上は落ち着いているが内心は腰が引けていた。


「満喫させてもらった」

「そりゃよかった。時間もないんだろうし、お帰りどうぞ」


 その言動にシャイターは笑う。


「まだまだそっけないな。今後交流を深めていくことを楽しみにすればいいか。今日はこれで帰る、またな」

「思いっきり動ける場の提供感謝する。ユニが礼について話したらしいな。私もそれに協力することで礼としよう」

「種などは転移で届けようと思いますー。ここのどこかにこれを置いてください。そこに出現するようにしますのでー」


 ユニはそう言いながら、白い小石のようなものをふわりと浮かせて将義に渡す。

 用件も終えて、シャイターは二人を抱き寄せて魔界へと帰っていった。

 彼らの姿も気配も消えて、フィソスとパゼルーが緊張を解く。


「主様、その石を屋敷でお預かりしましょう」

「ああ。贈られてきたものの扱いは俺が決める」

「承知いたしました。一ヶ所にまとめて保管しておきます」


 投げ渡された石を受け取ったパゼルーは一礼し、飛び去っていく。


「俺も帰る。おやすみ」

「今日は一緒に寝る」

「あいよ」


 猫に戻ったフィソスと自分に清潔化の魔法をかけて一緒に部屋に戻る。

 スマートフォンで動画を見ていた分身を消して、なにを見ていたか確認している間に、ベッドにフィソスが上がって丸くなる。

 将義はベッドに座り、フィソスの背をなでながら動画の続きを見ていく。


(そういやマーナがいなかったな。残業か?)


 ◇


 鍛錬空間に帰ってこなかったマーナは今どこにいるかというと山神の隠れ里にいた。

 山神用の屋敷の一室でリラックスした雰囲気を漂わせて、雑誌を眺めて暇を潰している。

 どうしてこんなことになっているかというと今日の仕事に関係していた。

 朝に今日も頑張るかと篠目派遣会社に向かったマーナは、おはようございますと言いながら玄関を開ける。


「おはよう。この前は伝えてくれてありがとうね。本当に助かったわ」

「おはよう。君の主は体調崩したりしていないか?」


 挨拶を返し、後口たちがそれぞれ聞いてくる。


「私は断られると思ったんだけどね。たまたま気が向いたらしいよ。体調は特に辛そうにしてたりはなかったかな。なにか体調を崩すようなことあったの?」

「人間が出せる以上の霊力を注いでいたようだったんだ。だから寝込んでないかと」

「それで聞いてきたんだ。大丈夫でしょ。保有霊力量はかなり多いし」


 正確に実力を把握していないが、これまで将義がやってきたことから並の人間を通り越しているとはわかっていた。鍛錬空間を問題なく支えているのだから、並の人間だと主張する方が信じられない。

 なにも心配していないマーナを見て、二人も大丈夫なのかなと思えた。


「補給という技術を応用して人間が持てる以上の霊力を保有できているのかしらね」

「そうなんだろうな」


 推測している二人にマーナが今日の仕事について尋ねる。


「今日はいつもと違ったものを受けてもらいたいの。嫌なら断ってもらっても問題ないわ」

「特殊技術を必要とすることならできないんだけど」

「やることはただの会話。山神様と会ってほしいの。今回のお礼を言いたいらしくて」


 本当は呼び出すのではなく、山神の分霊がここまで会いに来るつもりだったが、周囲が止めたのだ。病み上がりということもあるし、少ないながら妖魔などに出向く必要はないという意見もあった。


「あなたの主にも会いたいらしいけど断られる可能性を思うとまずはあなたと会って話して、あなたからお礼を伝えるついでに会えるかどうか聞いてもらえると助かるという感じ」

「たしかに行く必要がないなら断りそうだわ」

「それであなたはどうかしら。給金も当然だすわ」

「んー特に断る理由もないし、受けましょう」


 嬉しげに頷いた後口が机から車の鍵を持ち出す。送ってくると尾根に告げて、後口はマーナを誘って車に移動する。

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