第62話 休み終盤の再会 2
一同は無言で進み、懐中電灯を手に洞窟に入ってから二人はついてきているであろう将義に詫びる。
「こうしてきてくれたのに不快な思いをさせてごめんなさい」
「俺からも謝るよ。あいつらも山神様を心配しているはずなんだがな。助けられるなら嫌っている相手の力も借りた方がいいってわからないのか」
「優先順位ってものがあるでしょうにね。私情を優先して、山神様を苦しめるのがあいつらの考える正しいことなのかしら」
反応が返ってこないことで、もしかして帰ったかもしれないと思いつつ御神体が安置された小さな空間にやってくる。
注連縄の巻かれた縦長の岩が懐中電灯の明かりに照らされる。この山の地中にあった岩を山神の指示で掘り出して、御神体として祀っている。
「山神様の御神体よ。ここに力を注いでほしいの……いるわよね?」
不安そうに言う後口と周囲を見渡す尾根。
彼らの近くで姿のみを現した将義が御神体に近づいていく。帰っていなかったことに二人はほっとする。
御神体に触れた将義は魔法で力を注いでいく。どれくらい注げばいいのかわからなかったので、自身の全魔力の十分の一を注いで離れる。足りそうにないならなにか言ってくるだろうと二人を見る。
「終わったみたいね。うん、感じられる力がずっと高まった。これなら対処が間に合う」
「こちらとしてはありがたいが、そんなに注いで大丈夫なのか? 人間の限界を超えているような」
無茶をさせたと感じた尾根が心配そうに聞く。
「心配はない。倒れるようなことはないから。んで、俺の役割は終わったから帰っていいんだよな?」
「うん、ありがとう。この報酬はどうしましょうか。お金でいい? なにか頼みがあるなら聞くわよ」
「お金でいい。そっちで保管しといて、必要になったらもらいに行く」
幸次のときと同じでいいやと提案し、二人は頷いた。
「じゃあ帰る」
そう言って将義は姿を消す。その将義に二人は慌てて声をかける。
「車で送っていくぞ!?」
「倒れないといっても、動くのも大変なはずよ」
そんな二人に「自分で帰られる」と声だけが返ってくる。
それでも恩人を一人帰すわけにはと思った二人は、周囲を探りながら出口へと向かう。
みつからないまま洞窟から出たとき、ここへの道をふさいでいた妖怪たちが走ってやってきた。
「お前らなにをしたんだ!?」
「山神様の気配が強くなったぞ!」
将義が力を注いだことで、山全体に力が満ちたのだ。それを感じた妖怪たちの多くが、病気が治ったと勘違いしめでたいと騒ぎ出している。
「依頼した人間に力を注いでもらったのよ。これで十分時間が稼げたわ」
「はあ?」
先ほどはそのような人間はいなかったことで、妖怪たちは聞き間違いかと考える。
「さっきはいなかったし、今もいないじゃねえか。いい加減なことを言うな」
「嘘は言っていないわよ。それはもう見事な隠形で姿を消していたから。そして依頼が終わったらさっさと帰った。あなたたちのような奴らに会いたくなかったんじゃないかしらね」
「人間が妖怪の感覚を欺けるほどの術を使えるわけないだろう」
「実際にいたわ。それに依頼した人間以外にも妖怪を欺ける人間はいるでしょ。あなたたちは人間を下に見すぎ」
「信じられねえ」
「お前たちが信じなくても、こうして山神様が元気になったことは覆らないぞ」
尾根の言葉に悔しげに唸る妖怪たち。
「山神様自身が力を取り戻した可能性だってあるだろう」
「それができるなら私たちも人間に依頼をしなかったわよ。これまでの記録で無理だとわかっていたからあらゆる手を打とうと動いたの。なにもできなかったあなたたちにとやかく言われる筋合いはないわ」
話はもう終わりと後口は尾根を誘って歩き出す。今はこの妖怪たちよりも将義探しが最優先なのだ。
妖怪たちは追ってくるようなことはなく、二人は隠れ里の出入り口に急ぐ。必ずそこを通るだろうと思って神社に出たが、そこにいたのは山の変化を感じ取った宮司たちだけで、将義がここを通ったという確認もとれなかった。
「隠れたまま帰ったのか」
「十分なお礼も言えなかったわ」
「ええと、彼は依頼を果たしたのですよね?」
宮司が聞き、後口たちは頷く。
「期待以上の仕事をしてくれたわ。これなら山神様は助かる」
「そうでしたか。よかったです」
宮司たちはほっとしたように表情を和らげる。
「ああ、そうだ。あなたたちにお願いがあるの」
「はい、なんでしょうか」
「彼のことを秘密にしてほしい。陰陽寮や裏堂会だけではなく、誰かに話すことはなしで。彼は自身の力のことを広めるつもりはないようなのよ」
「そうなのですか? ああ、いろいろと必要とされそうな力ですし、過去になにかあったのかもしれませんね。わかりました、秘密にします」
「あの見事な隠形もトラブル回避に身に着けたのかもしれないな」
尾根の言葉に後口も納得し頷く。
隠れたまま話を聞いていた将義は、これなら記憶操作はひとまず必要なしだろうと判断し、この場にいる者たちに警戒用の魔法をばれずに使ってから本当に帰る。
この三日後に山神の治療は終わり、無事な姿を妖怪たちに見せて本当の祝いが行われる。
◇
山神に力を注いで四日ほど時間が流れ、将義は今日も復習を終わらせたあと鍛錬空間の調整を行っていた。
夏休みの間の改造で、鍛錬空間は最初に作った頃と比べると格段に生命力を感じさせる場となっていた。緑があふれ、川のせせらぎも耳に心地よく、緩く吹く風が草花の香りを運ぶ。排気ガスといった空気を汚すものもなく、快適な空間として唐谷家一同もちょくちょく休憩に使っていた。別荘地に行くよりも、ここの方が健やかに穏やかに過ごせるのだ。
そういった様子を見て、将義は騒がしい戦闘の場を離す。そこを使う者は、少しくらい離れてもたいした距離ではないのだ。パゼルーとマーナは空を飛んで、フィソスは地を駆け空を駆けていける。
離したついでに広く頑丈に、足場の変化も追加といったふうに改装する。これまでは学校のグラウンドより少し狭いくらいだったが、今回はいっきに十倍ほどの広さとして動き回ることのできる範囲を広げた。これによって大軍対一という特訓も可能になった。それが可能なように影の魔物の陣も改良してある。
遠くでフィソスが鍛錬している音を聞きつつ、地層改良を行おうとした将義は空間の揺らぎを感じ、そちらに目を向ける。
そこには三人の悪魔と幻獣がいた。スケジュール調整を終えたシャイターたちだ。
本当に来たんだなと思いつつ見ていると、向こうも将義に気づいたようで手を振ってくる。同じタイミングで悪魔の気配を感じたパゼルーが飛んできていた。フィソスは多人数の戦闘に集中していてシャイターたちには気づいていない。
「よう、遊びにきたぞ」
片手を上げて声をかけたのちに、両隣にいるユニとドラを紹介する。
ユニコーンとドラゴンが人化した姿と聞いて、そうなのかと将義は特に反応することなく頷く。
「来なくてもよかったのに」
「あははは、そう照れるな」
「あの主様、本当に友達になったんですか? 反応が淡泊じゃないです?」
ユニが思っていた反応と違うと思いつつシャイターに聞く。
「こうして家の鍵をくれて訪問してこいと言ってるんだ。これは親しくなった証拠だろう」
「それにしては歓迎の意思がないような」
「ユニ、あちらは固い御仁なのかもしれぬ。心の中では歓迎してくれているのだろう」
「そうなのかなぁ」
自分たちを見る将義の目に親しみなど感じずユニは首を傾げる。
「追い返すようなことはしないけど、特になにかすることもないよ。ここは悪魔には暇なところだからすぐ帰るだろうし。いや悪魔だけじゃなくて神や妖怪にもか」
「なにが楽しいかは俺が実際に見て決めるさ。それはともかく約束の菓子を持ってきたぞ。ユニ」
「はいはい。こちらどうぞ。腕のいい職人から買ったものです」
初対面ゆえに、いつもの緩んだ口調ではなく真面目なものだ。
「持ってきたのか、ご丁寧にどうも」
ユニが近づいてきて手渡してきた厚紙の箱を受け取る。
「中身はプチケーキですので、ご家族とどうぞ」
「人間に食べさせて大丈夫なのか? 毒とか入れてはないだろうけど、魔界産のものを人間が食べて体質的に問題はないのか」
「そこらへんには気を使ってます。ただし個人的なアレルギーとかは把握できていませんから、そのへんはなんともいえませんね」
アレルギーに関しては将義も仕方ないと思う。
もらったものを影の倉庫にしまい、到着したパゼルーに案内を投げる。
仕事を任されたパゼルーは張り切って説明を始めた。
それを将義は聞き流しつつ、地層の改良を行っていく。
パゼルーが粗方の説明を終えて、実際に各地の案内を行うということで移動を始めようとしてシャイターが将義を引っ張る。
「せっかく遊びにきた友達を放置しすぎだ。お前も行くぞ」
「友達じゃねえし」
「照れるな照れるな」
照れてないと言っても聞きそうになく、引っ張られるまま将義も移動する。
そんな二人を見てドラはうんうんと頷き納得した感じであり、ユニは関係をなんとなく把握する。そしてこのままシャイターが友人関係をゴリ押すのはまずいのではないかとユニは考える。
「あの迷惑なら迷惑と言っていいのですよ? うちの主様も馬鹿ではありませんから、言われたら納得してこなくなりますし」
「いや言ってるけど、聞かないし」
「それは言葉だけで心底嫌だという態度は示してませんよね」
そうかと将義は首を捻る。
本人にも理解できていないが、三つの理由があった。
一つ目はちょっとした負い目だ。シャイターが穏便に接してきたのに、こちらは荒っぽく出迎えた。そのことから少しばかり悪いなという気持ちがあった。
二つ目はシャイターがあくまで友達というスタンスを崩さないことだ。これが悪魔として配下に誘ったり、裏の世界に誘うといった言動をしていれば、心底拒絶した。友人が遊びにきたという言動なので、拒絶しにくくなっている。
最後にシャイターが強さや種族ではなく、感情に興味を示し近づいてきたことで、対応がわからなくなっている。こんなふうに近づいてきた存在は初めてなのだ。
おまけとして興味があるからと怒りを強要しないところもプラスの要因だった。
首を傾げる将義を見て、ユニは戸惑いのみで悪感情がないことを察する。
(本当に迷惑と思われるまでは様子見でいいでしょうかねー)
なんだかんだ主が楽しそうなので、ユニは現状維持を選択する。
一行は名所ともランドマークともいえない場所を移動していく。
シャイターが本当になにもないなと笑い、将義は気を悪くした様子なくだから言っただろうと溜息を吐く。
そうして最後に鍛錬場に到着する。
「!?」
そこにいたフィソスは、将義が来たことを喜ぶ前に明らかな実力者を警戒し素早く将義の背後に隠れる。
それにパゼルーが怒りをあらわにする。
「主を盾にするとはなんたることかっ」
「盾じゃない。いざというときは一緒に逃げる」
「あはははっものは言いようだな!」
シャイター側としては実力差を感じ取り、即座に動いたことを褒めたいという思いだ。
「説明を頼む。ここが戦闘訓練場でいいんだな?」
シャイターに促され、パゼルーはそちらへ向き直り説明を始める。
「はい。以前はもっと狭い場所でしたが、空間改造の際に主様がここも改造なさいました。一対一の訓練のみから複数対一ができるようになり、地面も起伏を生じさせる、砂地、ぬかるみへと変化させることが可能になり戦闘環境の幅も増えました。この場自体もかなり頑丈さを誇り、上位の悪魔の攻撃でも大きく被害はでないでしょう」
「ほう」
ドラが興味深そうな反応を示す。
「使ってみたいのだが、許可はいただけるだろうか」
「主様、いかがなさいますか」
「かまわないけど」
「ありがたい。どう使えばいいのだろうか」
ドラがパゼルーに使用手順を習っていき、すぐに影の魔物が現れる。見た目は黒い骨の恐竜だ。骨格的にティラノサウルスに似ているが、頭部に角があったり、尾の先が刃状になっていたりと細部は異なる。
聞こえてきた会話では、ドラは自身と同じ強さの魔物を望んでいた。
「見たことのないやつだな」
「ブレードガウルという名前の魔物のスケルトン。生身なら魔力を使用した遠距離攻撃もしてくるけど、スケルトン化でその手段は失っている。かわりに耐久力持久力が上昇している」
将義があれと戦ったのは一度だけだ。そのときのことを思い出し、説明する。
名前を聞いてもやはりシャイターとユニは聞き覚えがなかった。
そんなことを言っているうちにドラの戦いが始まる。
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