第61話 休み終盤の再会 1
お盆も過ぎて、あと一週間もすれば学校が始まる。
それを将義は楽しみにしているが、もっと休みが続けと願う子供の方が多いだろう。
盆頃には宿題はとうに終わらせていて、復習も計画立てて少しずつやっている。時間が余り気味な将義は鍛錬空間の改造に手を出していた。
果樹を植え、湖の水質清浄と向上をして、兎といった野生の小動物を捕まえてきて放し、四季が巡るよう調整していく。
水質向上に関連して、新たに土を持ってきて地層の再現なども目指してみた。
こんな感じで毎日鍛錬空間に訪れる将義をフィソスやパゼルーは歓迎していた。マーナは歓迎しなかったわけでなく、バイトででていたのだ。
鍛錬空間改造でパゼルーの空間内の調整作業が増加していたが、将義に任された仕事が増えて苦労と思わず喜んで働いてた。
今日も地層作成のため鍛錬空間に入りびたり、フィソスの相手をしたりパゼルーの作った昼食を食べて休憩したりして夕方が迫る。
「そろそろ帰るかな」
山頂で地面に座り魔法を使っていた将義は、膝上にいた猫状態のフィソスをおろして立ち上がる。
尾を揺らし一鳴きしたフィソスは家族の下へ帰っていき、将義も帰ろうとしてマーナの気配を感じた。
「一声かけていくか」
空を飛びマーナが向かうであろう屋敷に行く。
野宿状態のマーナに簡単な家を作ろうかと思ったが、パゼルーから屋敷の一部屋を与えてはと提案されて、使ってないしそれもいいかと許可を出したのだ。ちなみにフィソスの部屋もできているが、家族がいる間は外で過ごすだろう。
空を飛び少しして、マーナも空高く飛んでいることがわかる。
いつもは歩いて向かうので珍しいと思いつつ、そちらに飛ぶ。
「あ、主さん。いてくれたんだね」
将義がここにいることにほっとしたような様子を見せるマーナ。
「俺になにか用事なのか?」
「うん。私じゃないんだけどね。バイト派遣会社の男女がいたでしょ? 男は尾根さん、女は後口さんて言うんだけど」
「説明してくれた人か」
「そうそう。あの人たちがどうしても主さんに頼みたいことがあるんだってさ」
めんどくさいという考えが表情に浮かび、そうだろうなとマーナも思う。
マーナも話をもちかけられたとき一度は断ったのだ。将義はあまり妖怪などに関わる気がないから断られると。それでも再度頼まれ、渋る様子のマーナについには土下座も辞さないとやりかけて、マーナが折れたのだ。
伝えるだけ伝えるが断られるだろうと言ったマーナに、後口たちは感謝しながら事情を話した。
生まれ故郷である隠れ里の長が病のようなもので倒れた。その病はバケツの底が抜けたように力が流れ出るというもので過去に何度か発症したことがあり、対処はできるのだが、これまでで一番進行が早く対処が間に合わない。このままでは死は確実というときに、将義のことを思い出した。力が尽きる前に力を注いでもらえれば対処が間に合うのだ。
「と、こんな感じ」
「なるほど、事情を聞いてもやる気はでない」
明日断りの言葉を伝えてくると言いかけたマーナだったが、将義がめんどくさげに続けた言葉に驚く。
「でもマーナが世話になってるとこだし、一度くらいはやってやるか」
「やらないって思ったのに」
「気まぐれだよ。時間が余っているから、少しくらいはいいかって思ったんだ」
後口たちからの頼みごとが第六感という曖昧な感覚にひっかかった。やらなければならないというわけでもなく、やった方がいいかもしれないという感覚だ。むしろ関心が刺激されるそれがどういうことなのか気になった。
それをマーナに告げず、気まぐれと説明する。
「こっちの人付き合いを考えてとかじゃないのね」
「気にすると思う?」
「しないでしょうね。ほんとに断ってもよかったのよ? あそこに通いづらくなってもほかのところがあるでしょうし」
「そうかもしれないけど、今回は気まぐれに助けられたと思っといて」
頷いて「ありがと」と言いながらマーナは軽くハグをする。はいはいと将義もハグを返して離れる。
「明日一緒に会社に行く?」
「めんどうごとはさっさと終わらせる」
分身の魔法を使い、そちらを家に帰らせて将義はマーナがいつも向かう会社の屋上に空間を開く。
ついていくかマーナは聞き、将義は断った。
階段を下りて篠目派遣の表札のかかった扉を開ける。
「こんばんは。やる気はないけど一度だけきましたよ」
そう言いながら入ってきた将義に、暗い顔で作業をしていた二人は驚く。
「断られるって言われてたから正直期待してなかったのに」
「一度かぎりですけどね。二度目はないです。頼もうとしたらあなた方と縁を切って、マーナもここも辞めさせます」
記憶を消すと声に出さずに付け加えた。
「一度でも助かる! ありがとう!」
「詳細を話すから少しだけ待ってて」
今やっている作業を十分で終わらせるからと後口と尾根はやる気に満ちた表情で書類をさばいていく。
そして十分して、二人はお茶の準備などを整えて、将義と向かい合う位置で座っていた。屋内に入ってきたときとうってかわって、今は明るい表情だ。
「まずは再度お礼を。今回は急な話を受けてもらいありがとう」
「世話になっている方のピンチで、本当にありがたく思っているよ」
「それで詳細って?」
感謝の思いは十分に伝わっているので、将義は先を促す。
「マーナさんにも大筋は話してあるのだけど聞いてる?」
「聞いた。力が失われる病気で、対処はできるけど、力が流れ出るのが早すぎる。これで間違いないはずだけど」
後口と尾根は頷く。
「力を注いでほしいのは山神。山の精が妖怪や人間に信仰されて、神扱いされてるの」
「ちょっと待って。精霊は人間嫌いだろう。治療を受け付けないと思うけど。それ関連のいざこざとか勘弁してほしい」
「そこは大丈夫」
本当に問題とならないのだろう、後口がはっきりと言い切った。
「あの方はたしかに精霊ではあるけど、人間に対して持っているのは普通の感情だから。良い人間もいれば、悪い人間もいると言っている。人間との交流もあるわ」
「へー、俺の持つ知識だと精霊は人間嫌いがデフォルトだってなってたけど」
「それで間違いない。あの方が変わっているんだ」
尾根が少しだけ苦笑しつつ言う。
「そういったスタンスだから、たまに流れて来た精霊は気が合わずにすぐに余所へ行くんだよ」
「まあ、それなら厄介ごとはなさそうかな」
「ないとは言い切れないんだよ」
「なぜ?」
「山神様は問題ないけど、人間に住処を追われた妖怪がいるからね」
ああと将義は納得した表情を見せる。ついこの前も同じような妖怪と会ったのだから向こうに行った際の反応が予想できた。
「でもそれも大丈夫。私たちで体をはってでも止めるから。山神様の治療を邪魔なんてさせないわっ」
「俺たち以外にも治療を問題なく進めたい奴らに話を通してあるから、邪魔しそうな奴は近づけないようにしてある」
「そのやる気を一応信じるとするよ」
二人が山神に向ける想いは本物だ。それが将義にもわかったので、少しの警戒をするだけでいようと思う。
ここでの話は終わりとなり、後口たちは急いで戸締りなどをして外に出る。
駐車場に止めてある車に三人で乗り込んで、隠れ里へと向かう。
後口たちの故郷である隠れ里も、以前侵入した森の隠れ里と同じく依代タイプのものだ。あっちは森で、こっちは山そのものを依代としている。その山は国の所有物となっていて登山禁止だ。表向きの理由は貴重な植生資料や地質資料となるからというもので、本当の事情は妖怪などの生活の場として神に指定されているからだ。
神の指定を受けたのは江戸時代後期頃。その数十年前に山の精が自我を獲得して、妖怪などが集まって暮らしだした。神の指定があったので、時代が流れて文明発展しても開発事業の手も伸びず、妖怪たちは現在まで平穏を享受できている。
日本でも有数の隠れ里であり、それは山神の力と性格によって保たれている。平穏は山神のおかげだと住人はよく理解しているので、後口たちのように山神を本気で心配している者たちは多い。
人間の中にも長く地元で暮らしている者は、山が静かということは感じていて信仰する山神様になにかあったのかと思っている者はいる。
移動中にそこらの説明をしながら三十分ほどで一行は住宅街を抜けて、山の麓に到着する。
そこは神社の駐車場だ。
「ここから社裏にある鳥居に向かう。そこが隠れ里の入り口なんだ」
「部外者にそんなこと教えていいの?」
「大事なお客様を目隠しして連れて行くとか無礼はできないわ。こっちから頼み込んでいるんだから、これくらいの誠意は見せないと」
車の音を聞きつけたのか、社の中から宮司と巫女が出てくる。五十歳手前の男と二十歳ほどの女だ。
「後口さん、尾根さん」
「こんばんは。伝えていた人を連れて来たわ。こちらはここの宮司さんと娘さん」
簡単な紹介を受けて将義は頭を下げた。宮司たちも頭を下げる。
「その人が例の方ですか。しかし霊力を感じないのですが」
「幽霊や妖怪などに絡まれないよう隠していますから」
そう言い将義がほんの少しだけ霊力を発すると、それがわかったのだろう宮司たちは失礼しましたと謝った。
「山神様のことをどうかよろしくお願いいたします。私たちは祈ることしかできません」
「その祈りもまったく役に立っていないわけじゃないから。ほんの少しだけとはいえ病気の進行を遅らせている。稼いでくれた時間はとても貴重なのよ」
後口の言葉に宮司たちは弱く笑みを浮かべた。
「そう言っていただけると心が軽くなります」
これ以上は邪魔になると宮司たちは声をかけず、裏の鳥居へと促す。
頷いた後口たちが歩き出し、宮司たちも鳥居まで一緒に移動する。
多くみられる赤の鳥居ではなく緑の鳥居があり、それに尾根が妖力を注ぐと少しだけ鳥居の向こうが揺らいだ。
尾根と後口に誘われて、将義は鳥居をくぐる。一歩隠れ里に踏み込むと、先ほどまでの暗い山とまったく違う光景が広がっていた。
山の斜面の一部分に小さな町が広がっていて、術や火の明かりが町を照らしていた。時代劇で見る吉原などに近い光景の中を、妖怪たちがにぎやかに行き来している。
「思った以上に賑わってたな」
「多くの妖怪が集まっているからね。彼らが山神様の許す範囲で好き勝手した結果よ」
「気になるならあとで案内するが」
「いや、興味ない。さっさと用件をすまそう」
「そ、そうか」
自慢である故郷に興味なさげにされて、尾根は少しだけ落ち込んだ様子を見せる。
その尾根の背を励ますように軽く叩いて、後口は案内のため歩き始める。
道を歩く将義にちらほらと妖怪たちの視線が集まる。だが妖怪である二人がそばにいるため客なのだろうと考えられて、止められることはない。
坂道を進み、騒がしい区画を抜けて静かな区画に入る。向かう先は山の中腹をさらに上がったところにある小さな洞窟だ。そこに山神の御神体がある。
「ストップ」
「どうした?」
将義が二人の声をかけて止まる。不思議そうに尾根と後口が振り返る。
「このずっと先に剣呑な気配が複数ある。厄介ごとかもしれないし、姿を消してあとをついていく」
「剣呑な?」
尾根は気配を探り、首を傾げる。どうだと後口に視線で問うが、後口もなにも感じられず首を振る。
「気のせいじゃないのか?」
「気のせいだといいんだけどね。間違いないよ。というわけで」
将義はさっさと隠蔽で隠れる。
霊力も匂いも音も消えて、二人は二人は将義がいたところに思わず手を伸ばす。服に触れた感触があった。
「いるのか。見事な隠形だな」
「ええ、ほんとに。ここまでの隠形は初めてだわ」
驚きつつ二人は歩き出し、五分ほどして洞窟に続く道を遮るように三人の妖怪が立っているのに気づく。
二人は彼らの顔付きや雰囲気から穏やかなならぬものを感じ、本当だったと心の中で呟く。その感情を表に出さず歩く。
「そこでなにをしているのかしら」
「お前らが人間を山神様に近づけようとしていると聞いて、そのようなことをさせまいと待っていたのだ」
後口たちは内心舌打ちをする。こうならないよう静かに動いていたというのに無駄だった。もしかすると自分たち側にスパイのような者がいたのかもしれない。
「しかしいないということはこちらの頼みを聞かなかったのだな」
「やはり人間は信用ならんな」
後口と尾根には人間の匂いがまとわりついているが、それを彼らは将義のものとは思わなかった。後口たちが里の外に出ていると知っていて、そこでついた匂いだと思っているのだ。
「邪魔よ」
討論などする気はなく、後口は妖怪たちをわざと押しのけて洞窟へと進む。彼らの行動は山神様を死なせるようなものと考えイラついているのだ。
尾根もいい感情は持っていないようで、表情を険しいものへと変えて口を開かずに後口を追う。
そんな二人を妖怪たちは策が上手くいかなかったことのただの八つ当たりと考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます