第60話 思い出と悪魔 3
「ひいじいちゃんの記憶だとここら辺で落としたんだったな。『探査』」
魔法で小型金属の反応を探る。わりとあちこちに反応があり、それらを念力で動かして自分の周囲に集める。
小銭や空き缶や釘といった金属の中に、月明かりにきらりと銀色の光を反射する指輪があった。
「これかな?」
指輪の記録を探り、夢にでてきた若き日の曽祖父が木箱を落としている場面があった。
落ちて転がった指輪は蛇の巣に入ってしまったようで、巣自体が草むらで隠れていてみつけることができなかったらしい。
現在蛇の巣は潰れていて、指輪は誰かに見つかることなく地中で眠っていた。
「それでみつからなかったんだなぁ」
魔法を使って綺麗にした指輪をポケットにしまい、次は曾祖母を探す。
「あー、いたいた。ひいばあちゃん」
『あら、将義。どうしたのこんな時間に』
夜更かしは駄目よと言う曾祖母の後ろには変わらず霊界への案内がいる。
「指輪が見つかったよ。ひいばあちゃんもこれを探してたんだろ」
差し出された指輪を見て、曾祖母は驚き嬉しそうにする。結婚後にもらった指輪と同じデザインのもので、間違いなくあのとき曽祖父が渡そうとしたものだとわかった。
『これを探してたのはたしかだけど、よくわかったわね』
「幽霊を見ることができるようになって、いろいろとできるようになったからね。ひいじいちゃんに見つかったって言いに行こう。安心させてあげないと」
『ええ、そうね。きっと喜ぶわ』
二人は空を飛んでまっすぐ家に帰り、屋内に入る。
家人を起こさないように、念を入れて隠蔽の魔法を重ねて使い、曽祖父の部屋に入る。
「ひいじいちゃん」
呼びかけながら曽祖父を軽く揺らす。眠りが深いならば覚醒の魔法を使おうと思ったが、そうでもなさそうなので呼びかけるだけだ。
「ん? おお、ばあさんと将義か。こんな時間にどうした」
曽祖父は眠そうにしながら体を起こす。
そんな曽祖父に将義は指輪を差し出す。
「これ、見覚えない?」
「うん?」
不思議そうにじっと指輪を見る。記憶が刺激されて指輪から目が離せない。思い出さなければならないと自身のなにかが訴えてきて、少し考え込む。そしてはっと目を見開く。
「これはあの指輪じゃないか!」
くしゃりと顔を歪めて泣きそうになりながら曽祖父は指輪を手に取る。一度思い出すと当時の情けなさと後悔があふれ出す。
「今になってみつかるとは……ばあさん、すまん。見つけるのに時間がかかりすぎてしまった」
曾祖母はニコニコと笑い首を横に振る。
『いいんですよ。かわりの指輪で満足していたんですから。それをあなたが気にしすぎて謝るものだから、何事かと思ってあの世からこうして会いにきてしまったじゃないですか』
「あの世? ああそうか。ばあさんは死んじまっていたんだった。だとするとこの指輪ははめてもらうことはできないんだな」
みつかったからにははめてもらいたかったが、それもできないとわかり気落ちする。
将義はなんとかできると声をかける。
「大丈夫。ちょっと貸してくれる?」
「そういえばどうしてばあさんと将義が一緒におるんだ?」
指輪を渡しながら聞く。
将義は曾祖母にしたような簡単な説明をして、指輪に魂も触れられるように魔法をかける。
「ちょちょいのちょいっと。これでひいばあちゃんも触れるようになったよ。ひいじいちゃんがはめてあげたいでしょ?」
将義は曽祖父に指輪を返す。
「ほんとにそんなことができるのか?」
「できるできる。やってみてよ」
ほらほらと促され、曽祖父は曾祖母を見る。
曾祖母は自身を見ることができたり、空を飛んでいた将義ならばできても不思議ではないと信じて、左手を曽祖父に差し出す。
曽祖父は半信半疑状態で、差し出された手の薬指へと指輪を持っていく。曾祖母の手に触れようとしてできなかったことでやはりと思ったが、指輪だけは指に触れた感触がある。
「おおっ」
曽祖父は感動しながら曾祖母の指で輝く指輪を見る。あのとき見たかった光景があった。指輪を大事そうに右手で包み、嬉しげに笑う曾祖母。その笑みに若き日の表情が重なる。
「ああ、よかった。渡せた。本当によかった」
あふれ出る涙をぬぐうこともせずに、曽祖父は笑う。
「もう一つプレゼントってことで」
二人に魔法をかけて、将義は二人の手をとって重ねた。
触れることができる、そのことに二人は驚き、すぐに抱きしめあう。
「一時間くらいだけど触れ合うことができるから。じゃあ俺は出るよ」
「ありがとうな、将義」
『またじいさんと触れ合うことができるとは思ってなかった。ありがとう』
どういたしましてと返して、将義は寝床に戻りかけてパゼルーのことを思い出した。曽祖父たちが喜んで大団円全部終わったといった気分だったのだ。
このまま放置と一瞬だけ考えたが、今回は世話になったという自覚もあり、仕方ないと考えつつ様子を見に行く。
目立つ気配なので探すのは難しくなく、家を出てすぐに空を飛ぶ。
雲を眼下にした戦闘現場に着くと、傷だらけのパゼルーが肩で息をしていた。相対する悪魔も怪我はしていたが少なく、呼吸も整っている。
将義が来るとすぐにパゼルーは頭を下げた。
「申し訳ありません主様。任されていながらこのありさま。なんと詫びればよいのか」
「目的は果たした。時間は十分に稼いだから、詫びは必要ない」
「おおっなんという慈悲深きお言葉」
感涙するパゼルー。その大仰さに少し顔を顰めつつ将義は悪魔を見る。
「なんといえばいいのか、一応部下のようなものが世話になった」
「一応とかようなものとか、もっと部下は大事にしろよ? そいつ実力差を理解しても諦めることなくこっちの命を狙ってきていたからな。できた部下だと思うぜ」
「心情的に無理だ。それでここからは俺が相手でいいんだろう?」
さっさと終わらせて寝ようと思いつつ手を悪魔に向ける。
「待て。そいつもだがお前もなんでそう戦闘思考なんだ。こちとら戦意の一つも向けてないだろうに」
将義が戦おうとしたのは、二人が戦っていたからだ。その流れで悪魔が戦闘を続行するものだと思っていた。
そう言うと悪魔は、パゼルーから襲いかかってきたのだと言い、こちらに戦闘の意思はないと告げる。
「……そういえば話しかけてきたときに戦意はなかったか。やることがあって邪魔されたくないからパゼルーに任せたんだったな」
「だろう。そっちの用事が終わるまで待つついでに、戦闘経験を積ませてやろうって相手してたんだ」
「あっそ。んで用事は?」
言いながらパゼルーと悪魔の怪我を魔法で癒す。
「あっそって。反応が薄いな。まあいいや。自己紹介から始めようか。俺の本体はサタン。怒りを司る悪魔。この姿はこっちに来るための分霊で、別の名前を縮めてシャイターでいいか。お前が以前発した怒りに関心をもって、こうして会いに来たんだ。よろしくな」
「サタンって大物中の大物ではないですか!」
どうりであしらわれるはずだとパゼルーはシャイターの強さに納得する。そしてその強さを実感できたことを喜ぶ。少なくともあの強さを超えていかなければ魔界の上層部と敵対したとき蹴散らされると知れただけでも戦ったかいはあった。
今後の鍛錬に目標ができたと思っているが、将義の方針では敵対する可能性は低い。それでも万が一に備えるのがパゼルーだ。
「会ってどうする?」
サタンと知って将義は特に感想は浮かばない。感じられる力が自分よりも小さいということと、詳細を知らないのだ。ルシファーと関連があったり、神話的宗教的に重要な立ち位置にいるという大雑把な知識だけだ。
「どうこうするつもりはないぞ。ただ興味があっただけだ。あとはそうだな、いい怒りだった。これを伝えたかったってところか」
「それだけなのですか」
疑わしそうにパゼルーが問うが、シャイターはなんの含みもない表情で「おうっ」と頷いた。
「じゃあもう用件はすんだし、帰ってくれ」
「つれないこと言うなよ。久々にこっちに来たんだから、一緒に遊んでいこうぜ」
近づいて肩を組んでくるシャイターに、将義はその気はないと溜息を吐いて返す。
「俺はそっちに関わる気がないんだよ。こうして少し話しただけで十分だろう」
「つまらねー。しゃーないからあちこちぶらついてから帰るかぁ。またな」
将義から離れたシャイターはまた犯罪現場巡りでもするかと考える。
「また来るのか」
迷惑という表情を将義は一切隠さず、それをシャイターはまったく気にせず頷く。
「おうさ。あれだけの怒りを発する奴はそうはいない、気に入ったんだ。今度は魔界の菓子かなんか持ってきてやる」
「来ないでほしいんだけど」
「それは無理だ」
笑いながら答えるシャイターに、将義は頭を抱えたくなる。あのときの失態がこうまであとを引くことになるとは思ってもなかったのだ。
シャイターが暴れたりして被害を出すような行為をしていれば問答無用で排除できたが、穏便に友好的に接してきたことで力尽くでどうにかするというのは躊躇われる。いっそのことなにか企んでいてくれれば対処は楽なのだが、本当に興味だけで会いに来ていそうなのだ。そう思えるほど笑みに裏が感じられなかった。
「……そうも魔力を発して近づかれたら迷惑だ。会いにくるならこれを使ってくれ」
なにを言っても会いにきそうなので、鍛錬空間へと入ることのできる鍵を投げて渡す。
「お? お前の空間の鍵か。じゃあ次からはあっちに邪魔するな。じゃあなー」
鍵をポケットにしまい、最後まで悪意も害意も感じさせずにシャイターは飛び去り、やがて夜闇に消えていった。
「鍛錬空間への鍵を渡してよろしかったのですか」
「そうでもしないと普通に会いに来るだろうあいつ。魔力を発する奴が近くにいたら陰陽寮とかに目をつけられる」
「主様ならば本体ごと排除も可能なはずですが」
「あんなふうに穏便に接してきた奴を消したがるほどキチガイじゃねえよ。消したら消したで余計なトラブルが起こるだろうしな」
「差し出がましいことを申しました」
パゼルーは深々と頭を下げて、姿を消す。再び織江の警護に戻ったのだ。
将義もさっさと寝ようと寝床に戻る。
翌朝、誰が見ても上機嫌だとわかる表情で曽祖父が朝食の席に着く。
「どうしたんだ親父」
「ん? そうさな、いい夢を見た。昔にやらかしたことが解決するという夢をな。お前たちにはばあさんがいると言って迷惑をかけた。もう大丈夫だ。ばあさんは向こうで待っていてくれているとわかったからな」
曾祖母のことを説明しても信じられないだろうと夢を見たということにする。
夢のようなひと時だったのだ。しかし夢ではないという証拠が残っている。指輪だ。曾祖母があの世に帰ったあとに指輪が残された。たしかにそこにいたと思わせるぬくもりが指輪に残っていた。朝には冷たくなっていたが、それでも夢ではないと信じている。
「そうか」
祖父は短くそう言い、ボケではなかったのかもしれないとなんとなく思う。施設に入れるのはもうしばらく様子を見てからにしようと考え、白紙に戻すことも妻と検討しようと思う。
和やかな朝食が終わり、少しのんびりとして将義たちは帰る準備を整える。
織江と永義が祖父母と話しているとき、曽祖父が将義に話しかけてくる。
「将義、ありがとうな。指輪のことも婆さんのことも」
「うん。喜んでもらえたならやったかいがある。ああ、俺がそういったことをやれるって秘密ね。これ関連でトラブルに巻き込まれて、もうああいったことは嫌だからさ」
「わかった。少しだけ気になっているんだが、ばあさんは迷わず帰ることができたかわかるか」
「大丈夫。きちんと向こうに帰ったよ」
曽祖父を心配して残っているなんてことはなく、周辺地域に曾祖母の気配はない。
その返答に安心したと曽祖父は微笑んだ。
両親に呼ばれて将義は曽祖父に別れを告げる。
将義たちは曽祖父たちに見送られ、我が家へと帰っていく。
◇
将義と別れたあと二日ほど現世を満喫したシャイターは魔界に帰り、本体に意思を戻す。
分霊を保護する術を使って、部屋の隅に置く。
自室に戻る途中で、頭部に二本の角と腰から生える尾と背中に蝙蝠のような翼を持つ黒髪の女と会う。
「帰ってきたのか主殿」
「おう、ドラ。ただいま。楽しかったぜ」
「そうか、それはよかった。そんな主殿にルシファー様から手紙が届いている」
預かっていた手紙をドラと呼ばれた女はサタンに渡す。
内容がなんとなく想像できたサタンは顔を顰めて受け取る。説教がつらつらと書き連ねられていると思ったのだ。
嫌々ながら封を開ける。内容は説教もあったが思ったよりは短く、あまり将義を刺激するなよと締めくくられていた。
「なにか緊急の用件だったか?」
「いんや、軽い説教と将義を怒らせるようなことはするなよって警告だ」
「マサヨシというと主殿が会いに行った男か。たしかにあれほどの怒りを持つ者を怒らせてはあちこちでトラブルが起こるだろうな」
「怒らせる気はないから心配ないってな。それにあいつの作った空間に入ることができる鍵ももらえた。これは友人として認められたってことだろうぜ」
「ほう、そこまで親交を深めたのか。さすがは主殿だな」
「よせやい、照れるぜ」
素直なところのあるドラはサタンの言葉を信じ、感心した表情を見せる。
角のある白髪の女であれば、本当かどうか疑っていただろう。
そんな二人でも共通の反応がある。それは主が上機嫌であることが嬉しいということだ。
「今度は私も同行しよう。主の友人に挨拶しなければな」
「おう、一緒に行くか。ユニもつれてな」
「一人置いていくと拗ねるからな」
将義からすれば来るなと言うこと間違いないが、サタンは気にせず部下と押しかけるつもりでスケジュールの調整をドラと話し合う。
そこにユニと呼ばれた白髪の女も合流し、内容を聞いて溜息を吐くものの、止めることなく調整の話し合いに加わった。
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