第59話 思い出と悪魔 2

 墓場にも幽霊はたくさんいて、大昔から現代の幽霊、墓参りにきた家族を眺めている幽霊、待ち人が来ず暇そうにしている幽霊、先祖にペコペコと頭を下げている幽霊もいたりした。

 当然人間たちは幽霊に気づかず、墓参りをしている。将義も同じようにスルーして掃除をしていく。対幽霊用の隠蔽魔法を使っているので、見えていることを気づかれずにいる。

 気づかれるとなにかしらの頼みをされるのは、門倉といった能力者の記憶を探ったときに知ったのだ。

 かわりといってはなんだが、墓掃除に手を抜くことはなくまじめにやり、先祖たちから満足そうな反応をもらうことができた。

 その先祖の中には、少し前に話題にあがった曾祖母の姿はない。

 周囲を見渡してみても、離れた位置にいるといったことはなかった。

 霊界に留まったままなのだろうかと思っている将義に、両親から帰るぞと声がかけられた。

 祖父母の家に帰り、暇になった将義は散歩してくると告げて、家を出る。


「なにか暇潰しになることがあればいいけど」


 そんなことを言いつつ、久々の町を歩く。

 あちこちと見ていくうちに小さい頃従兄弟たちと遊んだなと思い出していく。こちらに友達はおらず、再会などなく歩いていく。記憶がおぼろな場所を、警戒などせずに歩けるだけでも十分に暇潰しになる。

 目的を決めずに四十分ほど歩いて、そろそろ引き返すかなと思っていると曾祖母の姿をみつけた。仏壇の写真と同じ顔なので間違えようがない。

 なにをしているのだろうかとベンチに座って休憩しているふりをして眺める。

 曾祖母は特別になにかしている様子はなく、懐かしげにあちこちを見ていた。そしてベンチで座っている将義を見てすぐに誰か気づいたようで嬉しげに近寄ってくる。


『あらあらあら、将義かい。久しぶりだこと。大きくなってまぁ。子供の頃の永義に少し似てるわね。お盆であなたもこっちに来たんだねぇ。元気そうでなによりだよ』


 ニコニコしながら将義の頭に手を置いてなでる。触れることはできないが、それでも十分だと雰囲気が伝わってくる。


『ひ孫と孫の顔を見て、あの人も元気を出してくれるといいんだけどね。謝ってるから心配して来てみたけど、理由はわからないままだし』

(ひいばあちゃんも理由を知らないのか)

『私の姿が見えたのは死期が近いせいなんだろう。どうせなら悔いをなくして寿命をまっとうしてほしいもんだ』


 心配そうに曾祖母は溜息を吐く。

 曽祖父は完全にボケたわけではなく、寿命が尽きかけていて幽霊に近づいたから、曾祖母の姿が見えていた。見えていることに疑問を持たず当たり前のこととして話すから、周囲はボケたと勘違いしたのだ。


(ちょっと放置はできないかな)


 曽祖父の死期が近いと知り、このまま悔いを残したままというのは親族として思うところがある。

 ほかの幽霊には聞こえず曾祖母だけと話せるように魔法を使って声をかける。


「ひいばあちゃん、久しぶり」


 声をかけられると、曾祖母は動きを止めてパチパチと瞬きを繰り返す。


『……はい? 将義が声をかけてきた?』

「ちょっといろいろあって幽霊を見たり話せたりといったことができるようになったんだよ」

『本当に見えてるんだね。久しぶり、こうして親族とまた話せて嬉しいよ。でもどうして話しかけてきたんだい? さっきも聞こえていて反応しなかったってことは、聞こえてないふりしていたんだろう?』

「うん。普段は幽霊に関わらないようにしているんだけどね。ひいじいちゃんが悔いを残して寿命が尽きるかもって聞いて、どうにかできないかなって思ったんだ」

『そうだったの。ありがとうね』

「それでひいばあちゃんは本当にひいじいちゃんがなにを謝っているのか知らないの?」

『わからないねぇ。あんなふうに謝られることをされたことがないと思うんだけど』


 そう言ったあとも思い出そうとして小首を傾げる。

 将義が曽祖父の考えを読もうかと考えていると曾祖母が首を横に振る。


『やっぱり謝られることはなかったと思う。でも本当になにかあったのなら昔のことかもしれないね。ふと思い出して謝ってるのかしら』

「そっかー。俺はもう帰るけど、ひいばあちゃんはどうするんだ」

『もう少し町を歩くよ。久々で、思い出深いしね。ああ、そういえばあの山にもあの人と一緒に結婚前に登ったっけ。懐かしいわ」

「ひいばあちゃんたちずっとここに住んでたの?」

『あの人の仕事関係で一度中国地方に引っ越したけど、本社勤務に戻ってまたここで暮らすようになったのよ。それからはずっとここで過ごしていたわ』


 また夜に家に戻るわと言って曾祖母は歩いていく。

 将義はまっすぐ家に帰り、庭で垣根の剪定をしていた曾祖父に近づく。


「ひいじいちゃん手伝おうか?」

「おお、助かる。じゃあ切ったものを箒で集めてくれるか」

「わかった」


 箒の場所を聞き、地面に落ちた枝や葉を集めながら、曽祖父の記憶を魔法で探る。一応曾祖母の晩年近くの記憶から見ていく。そのときに喧嘩した可能性もあると思ったのだ。しかしそういった場面はなく、どんどん過去を遡っていく。

 たまに喧嘩し、仲直りし、夫婦として過ごす。皆に祝福され結婚し、永義といった子供たちが生まれ、育てて、独り立ちを見送る。そんな特筆すべきもののない幸せな人生があった。

 そしてそこまでの記憶に現在まであとを引くような大喧嘩や浮気はなかった。


(ここまでにないのか、それとも本当に何気ないことを謝っているのかな。実際に謝っているときに記憶を覗けたらわかりそうだけど)


 集めた葉などをゴミ袋につめて一段落ついた頃に、祖母が休憩のため声をかけてくる。


「二人ともありがとうね。よく冷えた麦茶を入れたから中に入って」


 将義たちは頷き、使ったものを片付けて、ゴミ袋を玄関近くの庭に置いて屋内に入る。

 手を洗って居間に入ると、祖母と織江がいて、テーブルには麦茶と水羊羹が置かれていた。

 それを食べながらなんてことないことを話していると、座椅子に背を預けて曽祖父がうつらうつらとしはじめる。

 今心を読めばなにかわかるだろうかと思い、将義はこっそりと魔法を使うが、祖母の夢を見ているだけで謝るような場面も言葉もでなかった。


(できるなら早く判明してほしいんだけどな)


 曾祖母がこっちに来ているうちに理由がわかれば、曾祖母も安心できるだろうと思うのだ。

 祖母と織江が夕食の準備を始め、祖父と永義が帰ってくる。永義はこっちの知人に会いに行っていた。

 父親たちとのんびりテレビを眺めながら話しているうちに日が暮れて、テーブルに料理が並ぶ。

 夕食を食べていつものように美味いと織江たちに向かって感想を口に出す。織江は嬉しそうにして、祖母は驚いた様子を見せる。


「最近はこういった感想を言ってくれるのが当たり前になっていたけど、いきなり言われると驚きますよね」

「そうね。でも口に出してはっきり言ってもらえると嬉しいもんだね。作り甲斐がある。あんたも言ってくれていいんだよ?」


 祖母が祖父に向かって言う。

 祖父は視線をそらすと、もごもごと呟く。


「なんて言ったのさ」

「あー、その、なんだ……」


 照れたふうに顔をそらしていたが観念したように、美味いと口に出す。


「いつも美味いと思っている」


 その言葉に祖母はくすくすと嬉しそうに笑う。照れていたのでそのまま誤魔化すかと思っていたが、はっきりと口に出してくれたことがとても嬉しかった。

 そんな息子夫婦を曽祖父は微笑み見ていた。

 夕食を終えて、将義は曾祖母が戻ってきていないことが気になり、魔法で探してみる。すると山にいて、きょろきょろとしながら歩いていた。なにをしているのかはわからなかったが、悪霊に襲われないよう見守る。

 そんな曾祖母に蛍のような優しい光が接近する。とても細い糸が繋がっている光で、その光の先は霊界だった。


(そろそろ帰る頃だって知らせてるのかな)


 曾祖母はそれに謝るような仕草を見せて、歩き続ける。その曾祖母の後ろを光は急かすようなことなくついていく。

 そうして夜になり、皆が寝て、将義は曽祖父に魔法を使う。

 曾祖母の様子を見つつ、曽祖父の夢を眺める。そんな感じで三十分ほど時間が流れ、曽祖父の夢が曾祖母のいる山のものになった。


 若い曽祖父がゴザなどを持って家からでると、待ち合わせしていたらしい若い曾祖母が弁当の入った包みを持ってバス停近くに立っていた。近づく曽祖父に気づくと嬉しそうに手を振る。曽祖父も手をあげて応える。

 嬉しそうな曾祖母と違い曽祖父の表情はどこか緊張したもので、曾祖母はそれに気づいて体の調子が悪いのかと心配していた。

 それに曽祖父は大丈夫だと返し、山を目指して歩き出す。いい天気でよかったといった何気ない会話をしながら山に入り、転びそうになった曽祖父を曾祖母が支えたといった場面もあった。そう高くはない山なので、登頂はすぐにできた。山頂から見える昔の風景は緑が多く、人工物が少ない。ゴザを広げて、おにぎりなどを食べ終わって曽祖父はいよいよ緊張を強くして曾祖母を見る。

 なぜそんな表情を硬くしているのか、曾祖母は不思議そうに小首を傾げる。

 曾祖父はポケットから小箱を取り出し、それを曾祖母の前に出そうとして震えた手から小箱が落ちる。地面に落ちた小箱はころころと転がって蓋が開き、その中からよく磨かれた銀色の指輪が出て転がっていった。

 曾祖母はそれがなんなのか察して両手で口を押え、曽祖父は悲鳴を上げて指輪を追う。どこだどこだと探し回るが、みつからない。

 我に返った曾祖母は曽祖父と一緒に探すが、やはりみつかることはなかった。

 すっかり気落ちした曽祖父を励ますように曽祖母が落ちていた箱を拾い、丁寧に土を払う。そして周囲を見渡して、小さな花を使って指輪を作って箱に入れる。

 曽祖父に渡した曾祖母は、言いたかったことを言ってほしいと頼む。

 でもと気落ちしたままの曽祖父に、どうしても聞きたいのだと強い口調で言う。その勢いに押されて曽祖父は、結婚指輪をなくすような駄目な男だが一緒になってほしいと箱を開けて、曾祖母に差し出す。

 それを曾祖母は喜んでと言い、指輪を曽祖父にはめてもらう。

 またお金を貯めて指輪を買いなおすと言う曽祖父に、楽しみにしてますと言いながら花の指輪を上機嫌に眺める。

 花の指輪はしおれて、枯れ果ててしまったが、曽祖父は約束を守って新たな指輪を結婚後に贈る。

 嬉しそうにしていた曾祖母を見て曽祖父も嬉しそうだったが、心の中に申し訳なさも残っていたのだった。


 夢が終わり現実の曽祖父の口からすまないという言葉が発せられる。


(これか! ひいばあちゃんも思い出したから山にいるのかな。探しに行こう)


 起き上がった将義は、自分が寝ていると偽装する魔法を使って家から出る。そして山へと飛ぼうとしたとき、上空から誰かが下りていた。

 将義を探してようやく見つけた悪魔だ。

 魔力を隠さないでいるため、将義でなくとも能力者ならば誰でも悪魔とわかるだろう。

 将義を見て、悪魔は笑みを浮かべた。


「よう、会いたかったぜ」

「どこの誰かわからないし、なんの用事かもわからない。そんなの相手している時間はないから」


 それだけ言って飛ぼうとした将義を悪魔が止めようと接近する。

 悪魔と将義の間に現れて。接近を止めたのはパゼルーだ。


「主様、ここは私が」

「……頼んだ」


 渋々とだが、将義はそう言い飛び去っていく。

 将義の言葉にパゼルーは笑顔となって、すぐに表情を引き締め悪魔を見る。


「私のことを疎んでいる主様がはっきり頼むと仰られた。気合い十分です。邪魔をさせません。主様のあとを追いたいならば私の屍を越えていきなさい!」

「お、おう。いや戦う必要は」


 気合いが満ちてテンション高めのパゼルーに、戦う必要はないと言いかけた悪魔。それに聞く耳を持たずパゼルーが飛びかかっていく。


「あーっもう! 話を聞けよ!」


 魔力のこもった拳を、悪魔は魔力を込めた拳で迎え撃つ。

 ガヅンッと拳と拳がぶつかる音が周囲に響く。

 

「ここで戦うと寝ている人間たちを起こしてしまいますね。上に来なさい」

「だから話を聞けっての」

 

 返事を聞かずに上空へと飛んで行ったパゼルーを追う。

 このまま無視して将義を追ってもよかったが、パゼルーがどうあっても邪魔してきそうで落ち着いて話せそうにない。向こうの用事が終わるまで相手しとくかと悪魔も空を飛ぶ。


「逃げずによく来ましたっ」


 言いながらパゼルーは魔力弾を飛ばす。

 それを裏拳で弾いて悪魔は、こんなに張り切るなんていつもどれだけ邪険にされているんだろうかと思う。


(なんか同情も少し湧いてきた)

「なぜそんな目で見るんです? 気をそらすつもりですね」

「違うんだが、まあいい。いっちょもんでやろう。かかってこい」

「えらそうな態度がいつまで続くことでしょうかねっ」


 パゼルーは飛ばした魔力弾と共に高速で接近し、悪魔はそれを落ち着いて迎え撃つ。

 空で戦いが本格化し始めた頃、将義は山頂に着地していた。

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