第57話 海と恋の行方 7

「なにが変わったんだ?」


 魔法をかけられた力人は特に変化を感じていなかった。耳や尾に触れるわけではないし、気配や妖力というものも感じられないのだ。

 不思議そうにしている力人に、香稲はコンパクトミラーで自身の姿を見せる。

 頭部に生えている狐耳に驚き、触れようといて通り抜けたことにまた驚く力人。


「これがあれば香稲さんと付き合えるのか!?」

「んなわけないだろう。その機会を得るだけで、どうなるかは力人次第だ。それは香稲さんに迷惑をかけないためのものと理解すればいい」


 将義は恋愛云々に関してまで手助けする気はない。

 力人と香稲は少しは距離が近くなっているが、それでも友人かどうかというのが現状だった。

 恋が成就するかどうかは将義の言うように今後の努力次第だ。


「これなら隠れ里の住人を刺激はしないだろうが、こっちに来るたびにお前さんが術を使うのかい」


 穂波に聞かれて将義は首を横に振る。


「いちいち俺のところに来られるのも面倒だし、こうする」


 そこらに落ちている石を拾って魔法で指輪に変形させて、それに変装の魔法を固定化する。

 今使っている変装魔法を解除して、指輪を力人にポイッと投げる。


「それをはめればいつでも今みたいに変装できる。人前で使うといきなり耳と尾が生えたように見えて怪しまれるし、町中でコスプレして歩く奴とも思われるから注意しとけよ」


 試しに一度使ってみろと言われて力人は人差し指にはめる。

 すると先ほどと同じように変化が起きる。力人の少ない霊力を使って、魔法が発動していた。

 穂波が呆れた表情を浮かべる。


「あっさりと不思議な道具を作らないでくれないかい。常識が壊れる」

「魔法を固定化しただけのシンプルな道具だろ。常識が壊れるものでもない」

「やれることが多いあんたならそう言えるかもしれないが、こっちとしては十分以上に驚くものなんだよ」


 そうなのかと力人が聞く。妖怪やら魔法やらいろいろと自分の知らないものが飛び出してきて、将義のやることも妖怪側ならば普通なのだろうと思っていた。

 そんなことを言った力人に、穂波と香稲が首を横に振る。


「こいつは妖怪の社会でも飛びぬけてるよ。神と並び立てるか、もしくはって感じか。ともかくこれが普通なら、世の中もっとむちゃくちゃになっているはずさ」

「将義はなにがあってそんなになったんだ」


 一緒に遊んでいるときなど、こういった面をまったく見せず、一般的な人間と思っていた。

 不思議なことができることもだが、あっさりと殺すと言い実行できる。いろいろと隠していたのであろう友人がどのような人生を歩んできたのか気になる。

 それに将義は答える気がない。


「俺がこういったことをやったことは、これから三人の記憶を操作し一部消しもするから話しても意味はないよ」

「へ? なんでそんなことするんだ」

「俺はもう引退したんだ。基本的に関わる気がない。だから動いたときは隠すようにしてる」


 記憶を操作し消すという部分に穂波は引っ掛かり考え込んで、心当たりが頭に浮かぶ。


「もしかしてあのサイドテールの嬢ちゃんが忘れたことって、あんたのことだったのかい」

「ええ、そうですね。あのまま忘れててもなにも問題なかったはずですけどね」

「でも記憶の封を解除したんだね」

「してない。あれは唐谷さんが思い出そうとしてトラブルが発生し、その流れで失った記憶を取り戻した」


 違和感があるだろうと記憶を元通りにしたのは言わなくていいだろうと話さない。


「思い出すこともあると」


 力人が言い、将義は首を振る。


「いや、ほぼないよ。唐谷さんの場合は本当に偶然が重なったから。そのときのことを教訓に魔法を使うし、思い出す可能性はさらに下がる」

「消さなくてもいいんじゃないか?」

「その問答は何度もやっててめんどくさいから、対応しない。問答無用でやる」


 パチンと指を鳴らして、魔法を発動させる。三つの光球が生じて三人の頭上に移動する。ついでに未子に関しての情報も消すようにしている。


「ちょっと待っておくれ。記憶を変えるってどんなふうに」

「俺がやったことは別人がやったことに。そんな感じ」


 隠れ里に潜入したときの変装状態で、妖怪を殺したり、変装道具を渡したりしたということになる。

 道具を渡した経緯は友人の手助けということから、、せっかく隠れ里が落ち着く方向で話が進んでいるので、妖怪たちをこれ以上刺激しないようにといった配慮ということになる。


「そうするとこれをなくしたり壊れたりしたときは、どうすればいいんだ?」

「諦めろ。そこまで面倒見ないよ」

「ちょっ!?」


 願いを叶えるための道具を粗末に扱うなら、その程度なのだろう。細やかなフォローまで期待されても困るというものだ。


「あ、あの!」


 手をあげて話しかける香稲に、将義は視線を向ける。


「ありがとうございました! 私と母様の怪我を治してくれたことはきちんとお礼を言いたかった」


 記憶が変わっても怪我を治療されたことの感謝は残るが、それは変装状態に対してのもので、本人に感謝を向けられないだろうと考えて急ぎ礼を述べる。


「どういたしまして。力人のことは自分の思うように対応したらいいよ。嫌なら断っても問題ない。恋愛って成就しないことも当たり前だしね」

「そこは俺の応援するところだろう!? あと妖怪とか魔法とかまったく知識ないから手助け欲しいんだけどっ」

「巻き込まれたならともかく、自分から突っ込んでいく奴の手助けなんてする気はない。それにさっき妖怪から助けたことや変装道具渡したことで十分助けたろ。それ以上は自分でどうにかすべき。人に甘えまくって恋愛成就してどうする」


 琴莉がこの件に関わってくるはずで、そっちからのフォローが期待できるはずだ。なので力人からのヘルプは即却下だった。

 最後に隠れ里入り口で待機している妖怪たちの処理もしとくと言ってから、魔法を発動させる。

 すぐに将義は隠蔽魔法で姿を消し、変装状態の将義を探して周囲を見渡す三人のそばを離れる。そのまま隠れ里入り口にいる妖怪を圧縮肉塊にして、森の入り口へと移動する。そこから力人を探している感じで声を出し歩く。


「ここだー!」


 歩いて移動しているうちに、琴莉と合流した力人たちに呼ばれる。

 母娘は人間へと変装していて、琴莉と大助は戦いの影響で薄汚れていた。琴莉は霊力がすっからかんで疲労も大きい。


「せんせーたちなんでそんな汚れてんの」


 不思議そうに聞く将義に、二人は力人を探しているうちに転んだのだと誤魔化す。

 二人にとっては将義は一般人という認識なので本当のことを言うわけにはいかず、自分たちのミスと言い張るしかない。


「力人見つかったんなら森からでましょうよ」


 それに琴莉は困ったように、一瞬だけ考え込み口を開く。


「あー、私たちこの二人と話があるから、先に行ってて」

「そうなんです?」


 将義から視線を向けられて大助が頷く。


「ああ、大事な話がある。兜山も含めてな」

「……そうですか。じゃあ俺は先に帰ります。また新学期に」

「怪我なんかせずに夏休みを楽しむんだぞ」

「うっす。力人もがっつきすぎるなよー」


 ひらひらと手を振って将義は来た道を引き返していく。粘られずあっさりと帰っていったことに琴莉たちはほっと胸を撫で下ろしていた。最後の言葉で、将義は力人と香稲のことで残ると思っていると判断し、妖怪関連はなにもばれていないと琴莉たちは考えた。

 あとのことは琴莉が陰陽寮に連絡しなんとかするだろうと、将義はそのまま歩いて森から出て隠蔽で姿を隠し、空を飛ぶ。

 唐谷家に空間を繋げてもよかったが、まだ車で移動中だろうということで、ドライブ代わりに空を行くことにしたのだ。

 帰還中の車の中では、マーナが灯に連絡先を聞いて、電話番号を未子に控えてもらっていた。これで治療後も最低限の繋がりは持っておくことができると灯も喜んでいた。

 車が家に到着し、敷地内で車を下りると将義も姿を現す。ゆっくり飛んでいたが、未子たちが帰る十分ほど前に到着し、屋根で寝転がっていた。


「灯ちゃんの家に空間をつなげよかー」


 そう言い魔法を使いかけた将義を未子が止める。


「あ、待って待って。まだ親御さん家に帰ってないんだって。だからもう少し預かることになったの。具体的には夕飯を一緒に食べてく」

「ああ、そうなんだ。じゃあ八時くらいにまたここに来るって感じでいい?」


 灯に聞くと、こくこく頷きが返ってくる。

 フィソスとマーナを帰すため鍛錬空間に繋げて、将義とフィソスがそこに入る。マーナはまだ話していくということで、唐谷家に置いて穴を閉じる。


 ◇


 将義が去り、琴莉たちはなにがあったのか、互いに話し合う。

 琴莉は穂波から先日からの流れを聞けて、ようやく裏堂会とここの関わりを知ることになる。

 力人はクラスメイトがこういったことに対応できる職であることに驚いている。


「話をまとめると人間と妖怪のいざこざがあって、裏堂会がまとめた。でも納得しない妖怪がいて、それが私やそっちを襲っていたと」

「そういうことだ」


 穂波と香稲が頷く。最初に襲撃されたときご丁寧なことに彼らは心情を語ったのだ。


「妖怪のうち二人は私がなんとかできて、残り三人は裏堂会の人間がどうにかしたのね」

「裏堂会というところに所属しているわけではないらしいな。ただ妖怪を殺したのは事実だ」

「話を聞くと楽勝だったみたいだし、こっちも手伝ってほしかったわ」


 琴莉は奥の手を二人同時当てるという賭けに出て、ようやく対処できたのだ。


「その人は帰ったってことでいいのよね」

「だろうな。気配はどこにも感じない。術で隠れている可能性もあるが、出てこないならいないも同じだろう」


 琴莉は一度呼びかけて、返事がないことから穂波と同じように思うことにした。


「それで兜山君だけど、道具をもらったんだって?」

「ああ、これだ」


 手のひらに載っている指輪を見て、琴莉は霊力を感じる。


「使ってもらってもいい?」


 力人が指にはめると、見た目も力も妖怪のものへと変わる。外すと元に戻る。

 一種類の術だけではなく、数種類の術が消費少なく行使できていることに琴莉と久那賀は内心驚嘆する。


「いろいろとすごいね。一般人にそういった物をもたせたままというのは規則で問題あるから、預からせてもらいたいのだけど」

「駄目だ。これがないと香稲さんに会えなくなるし、没収されて解析とか言って壊されたら二度と手に入らない」

「くれた人に直してもらえないの?」

「壊れたりなくしたら諦めろと言われてるんだ。だから預けるのはなし」


 力人は取られまいと指輪を握りしめて、琴莉の視界から隠す。

 これは預かるのは無理だなと琴莉は判断する。恋愛関連での強情さは自身がよく知っているのだ。


「まあ、仕方ないか。だとするとこのあと陰陽寮の支部に来てもらうことになるけどいい? 所持登録してもらう必要がある」

「それで手放さなくていいなら」

「時間かかるかもしれないから頑張ってね」

「時間かかるのか?」


 大助が聞く。


「かかると思うよ。出自が問題視されるだろうし。はっきり言ってそれと同等の物を作れる人がいない。いやちょっと違うか、正確には同じ時間で同じ物を作れる人がいない。まずそれが本当に人によって作られたのかの確認から始まって、どんな人だったかの詳細確認、どうやって作られたか、行使される術の確認。そんな感じで進んで終電はなくなるだろうね」

「うへぇ。もっと早く終わらないの?」

「作った人が同行すれば、兜山君は早く帰ることができると思うけど」


 そう言って琴莉たちは周囲を見渡し、反応がないことを確かめる。


「同行は無理みたいだし諦めて」

「さっさと帰っていったマサが羨ましいよ」

「彼はこの件に無関係だし、巻き込むわけにはいかないでしょ。危険が付きまとう世界だってのはわかってるわよね」

「うん。助けられないと死んでただろうしね」


 巻き込みたくないと思う。自分は恋愛成就のため覚悟を持ってこちらに関わろうと思っているが、将義は現状関わりがない。友達だからと協力を求めて巻き込めるような世界ではない。殺されかけなければ、もっと気軽に考えられたが、あの殺意を浴びせられては無理だ。

 将義が今後関わるようなことがあれば、助けになろうと思う。なにができるわけでもないだろうが、先達としてアドバイスの一つくらいはできるだろうと思うのだ。


「じゃあ帰りましょ。後日もう一度話を聞きにくるかもしれません」

「わかった。私たちも帰って代表に伝えておかないとね」

「香稲さんまた会おうね!」

「え、ええと」


 どうすればと穂波を見る。現状力人に対して恋愛感情はないので、こうも好意を向けられても戸惑うしかないのだ。


「好きにしたらいい。あの指輪があるなら会って話すことに問題はないだろうし。対応に関しては友達としてでいい。恋愛感情なんぞないのでしょ?」

「うん、そうする。というわけで友達としてなら」


 好意という面ならば、襲いかかってきた妖怪を倒して怪我を治療してくれた変装状態将義の方が高かったりするのだ。


「友達か、いや繋がりができたんだから、ここから発展させていけばいいだけだ! 今後ともよろしくっ」


 今はその気がない娘を見て、今後どうなるのかねと穂波は小さく笑う。

 去っていく力人たちを見送って、穂波たちも警戒しつつ隠れ里に戻る。入り口に待機している妖怪を倒すと言っていたが、もしかするとまだ健在かもしれないのだ。

 警戒は徒労に終わり、ほっとしながら二人は隠れ里に入る。

 香稲は家に帰って床に寝転び、穂波は久宝の下へ向かう。

 伝えられた話に久宝は驚くことになる。こんなにすぐに暴発するとは思ってもいなかったのだ。里の住人が殺されたことは仕方ないことだと判断し、この件を皆に伝えることにして、決定に不満があるならこの里から出るように強く言うつもりだった。

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