第55話 海と恋の行方 5

「一人で調べるには時間が足りなのがわかってるなら、思い切って事情を話してみたら」


 琴莉が言う。それに力人は小さく首を横に振る。


「気軽に話せるような内容じゃないし」

「ここには私と先生だけしかいないし、誰かに話すようなことはしないわ。だよね、先生」

「ああ、真剣な悩みを言いふらすのは人として駄目だろう」


 少し悩んだ様子を見せて力人は話し出す。


「好きな人ができたんですよ」

「!」


 琴莉が興味ありますという反応を見せるが騒ぐようなことなく静かに聞く姿勢を見せる。恋バナだと好奇心が刺激されたが、まじめに悩んでいる手前こちらも真剣に聞くのが筋だと静かにしていた。

 力人は穂波と将義との会話を話していく。

 大助は普通に聞いていたが、琴莉は聞き終わる頃には表情を仕事用の真剣なものに変えていた。


「重いな。正直高校生にする話じゃないだろう。しかしそれだけの事情があるのだろうな。俺としてはそこまでして挑戦権を得る必要があるのかと思うが。大人になって保守的な考えになったからこう言うのだろうな」

「確認なんだけど、その人たちはどこに住んでるの?」

「詳しくは知らないけど、ここらで文明から切り離された土地っていったら森くらいじゃないか」

「だよねぇ」


 何か知っているのかと大助に聞かれ、琴莉は頷く。遊びにくる前にここらのことは調べて隠れ里があることは知っていた。それを一般人の力人に言うわけにはいかないので、誤魔化すが。


「自然とともに生きる? そんな感じの人たちがいることはたしかだね。そこから離れづらいというのも事実。でもすべて捨てないと駄目なのかな」

「というと?」

「高校生の間は遠距離恋愛で、大学生で一人暮らしでここらに越してきて本格的に付き合うとかでいいんじゃないかって思う」

「遠距離恋愛は違うだろう。付き合う段階の前って話だし」


 大助が違っている部分を指摘する。妖怪相手ということに気を取られ、琴莉は話の流れが少し頭に入ってなかったのだ。


「あー、えとたまにこっちにきて会うくらいで、付き合えるようになったらこっちに越してきてとか、そんな感じでどうよって話。すべてを捨てるまでしなくちゃいけないとは思わないよねって」


 琴莉は先日の騒動を知らないのだ。隠れ里があり、危険度が高い場所ではないという情報から判断して、こう言っている。


「まあ、結婚を考えないならそれで問題なさそうではある。諦めさせるためか大げさに言った、もしくは外部の人間には暮らしづらい場所らしいから覚悟させておく必要があった。どちらかだろうか」


 自信なさげに大助が言う。相手側の事情がわからないので、どうしても推測にしかならないのだ。

 琴莉は人間相手が嫌だから大げさに言った可能性もあるなと久那賀の声を聞いていた。


「大げさに言った、か。そうかもしれない。さすがに俺の年齢にすべてを捨てろってのは無茶な話だろうし」

「いや、そう判断するのは待って。一応九ヶ峰君たちにそのときの話を聞きたい。兜山君は知らない情報を聞けるかもしれないし」


 妖怪関連ということで一応慎重にいこうと久那賀に声をかけられ琴莉はそう提案する。


「九ヶ峰も向こうに賛成したんだよな。そう判断するものを感じたんだよな。散歩に出ただけなら、そう時間がかからず帰ってくるだろう」


 将義たちの帰りを待って、その間に琴莉は少し離れて陰陽寮に電話して隠れ里について聞く。だが裏堂会から情報が入ってきていないため新情報を手に入れることはなかった。

 そうして将義たちが戻ってきて、自分たちのコテージに入ろうとしたところを大助が呼ぶ。


「なにか用事です?」

「兜山の悩みについて聞きたいことがあるんだ」

「先生に相談したんですね」

「そんなところだ。それで相手の親からすべてを捨てるか忘れるかという判断求められたらしいな」

「それであってますよ」

「それって本音、というか本当にその判断を求められているのだろうか。大げさに言っている気がするんだ」


 その場にいて穂波の声音を聞いておらず、あちらの情報を知らないならその発言も無理ないなと将義は思う。


「俺は向こうに賛成ですね。あの口調で大げさに言ってることはないかと」

「大げさはないか。どうして今すぐに決断を求めるんだろうか。ゆっくり交流を深めるのでは駄目なんだろうか」

「それができない事情があるんじゃないですかね。ゆっくりと交流して、やっぱり駄目でしただと当人同士の問題ですまないとかなんとか言ってましたし」

「そんなこと言ってたのか。当人同士で終わらない恋愛の問題ってなんだろうな?」

「んー……推測ですが、以前も似たようなことがあったんじゃないですかね。そしてそれが悪い方向で終わった。だから同じことが起こると住人たちの外部の人間に対する感情が悪化するとか」


 なるほどと頷く大助。


「俺は香稲さんを振ったりしないっ」

「まだ振るとか以前の問題だろう。付き合えるかどうかもわかってない。そういや捨てるものが大事かどうか考えたのか?」

「捨てられないから悩んでるんだよ!」

「両方捨てないって第三の選択はあちらさん認めないと思うぞ」

「ううっ」


 ほんの少しありじゃないかと思い始めたことを駄目と断言されて力人は呻く。


「この問題の嫌なところは捨てるってことを選んでも、それでようやく挑戦権を得られるってことよね。確実に相手と付き合えるならもう少し楽だったんじゃないかしら」

「駄目だったら捨てたものを拾えないんだろうか」


 大助が浮かんだ疑問を口に出す。

 琴莉は首を横に振る。


「駄目だったからって元に戻れるような簡単な問いかけではないと思う。あちらが本気で問いかけているなら、拾いなおすことができないと思った方がいいと思う」


 俺も同感だと将義が追従する。

 悩み続ける力人を見て、大助はなんらかのヒントになればと思ったことを口に出す。


「単純にしてみようか。家族をとるか恋人をとるか。捨てるとか恋人になれるかどうかはこのさい置いといて、そのどちらかで考えてみよう」

「……それだと恋人かな」


 断言はしないが、香稲を選ぶ力人。


「どうしてそっちを選んだのか、理由は思いつくかい」

「なんていうか恋人との未来の方が明るく思えた。家族と過ごすことが暗いってわけじゃない。よりどちらが明るいかって考えて香稲さんを選んだ」

「そこから少し考えを進めてみようか。恋人になっても喧嘩したりして別れることもありえる。家族を選んだ方は、家族からの紹介で結婚するような人が出てくる可能性もある。どちらの道も幸福と不幸に繋がっている。どちらの道もきっと幸福と不幸の両方がある。どっちを選んでも後悔するだろう。これがなんらかのヒントになってくれればと思う」


 考えを少しは言語化できて、選ぶヒントになってくれればと大助は思う。

 かつては若者だった身として男として、惚れた女を選ぶ気持ちもわかる。だが教師として大人として、家族を選んでくれる方を期待していた。なにもかも捨てるには力人は若すぎると思うのだ。

 力人はしばらく一人でしっかり考えると言って去って行く。


「見たかぎりだと本気みたいだから、悩みも相当よね」

「高校生であそこまで重い悩みはそうそうないだろうけどな。できれば気軽な恋愛を楽しんでもらいたいものだ」


 琴莉と大助も海に向かうため、それぞれのコテージに戻っていく。

 将義もフィソスを連れてコテージに戻る。すでに着替えた未子たちが二人を待っていた。

 皆が遊んでいる間も、力人は海風に当たりながら考え続ける。遊びに誘われても生返事で、クラスメイトたちはそっとしておくことを選び声をかけることはなくなった。

 かわりに将義たちがクラスメイトたちとの交流を主としてすごしていく。

 そうして昼食を作る時間になり、力人のかわりに将義と未子が皆に声をかけてコテージに戻す。

 昼は、バーベキューの材料の残りを使って鉄板で焼きそばだ。ソースがアツアツの鉄板で焦げるこうばしい匂いが周囲に漂い、空きっ腹を刺激する。

 デザートには魔法の鏡からだした、冷やされたカットフルーツ盛り合わせだ。

 昼食を終えて、昼食に使ったものやコテージの片付けをやりながら、楽しかった旅行が終わるのだとしんみりとした雰囲気が漂っていた。

 午後二時に片付けは終わって、荷物を持ってコテージの前に皆が集まる。


「えー、力人兄さんが使い物にならないのでかわりに私が締めさせていただきます」


 言いながら未子が一礼する。


「皆様、今回は楽しんでいただけたでしょうか」


 肯定の返事がいくつも上がり、未子はニコリと笑む。


「そう言っていただけると嬉しいものですね。私も楽しかったです。ですがまだまだ夏は続きます。今回の海水浴に負けないような思い出を作って新学期への励みとしてください。ではこれをもちまして海水浴を終了とさせていただきます。忘れ物などないようお気を付けてお帰りください」


 深々と未子が一礼すると拍手が起こり、それが収まるとクラスメイトたちは未子たちにお礼を言いながら駅へと向かって歩いていく。


「将義ー」


 双子の手をひいた仁雄が近づいてくる。


「力人は大丈夫なのか?」

「さてなぁ。わりと本気で人生の難題にぶつかってる感じ。このあと嫌でも決着がつくとだけ言っておくよ」

「人生ときたか」

「返答によっては引っ越しとかもありえるよ」

「どんな悩みなんだよ、ぞれは。いい方向で終わってくれるといいんだけどな」


 陽子に呼ばれて、仁雄はそっちへと向かう。

 クラスメイトのほとんどが帰り、この場には将義たち、力人、大助と琴莉が残る。


「せんせーは帰らないんですか」

「兜山のことが気になってな。返事によっては相当に落ち込むことになるだろうし、フォローが必要かと思ったんだ」


 最悪自殺まで予測しているが、それは本当に最悪の場合でさすがに落ち込むだけですむだろうと考えている。

 約束まではまだ時間があるので、将義たちはコテージの確認をして、忘れ物や器物破損がないか調べていく。皆綺麗に使ってくれたようで特にこれといった問題はなかった。あとは業者が掃除すれば元通りになるだろう。

 確認を終えて、管理人に連絡を入れて一行はビーチへと向かう。少し時間が早いがこれ以上ここですることもなかった。

 午前中と同じく人がそれなりにいるビーチの端で、一名を除きのんびり穂波と香稲を待つ。

 そうして午後三時になっても、二人は姿を見せなかった。遅刻かと思い十分二十分と過ぎて三時半になる。


「遅くない?」


 さすがに未子が疑問の声をあげて、大助たちも頷く。


「なにかあったのかしら」

「なにかって!?」


 琴莉が言い、心配そうに力人が聞き返す。


「いやわからないけど、向こうから時間を指定したのに来ないってことはなにかしらのトラブルでもあったんじゃないかなーって」

「力人、もう来ないかもしれないから諦めることも視野に入れておこう」


 魔法を使って遅刻の理由をわかっていた将義が、力人に会えずに帰ることを促す。


「会うことすらできずに帰るなんて嫌だ!」

「ちょっと森は危ないわよ!」


 そう言うと力人は森へと走り出す。琴莉と大助が追いかけていった。

 そうくるよなと思いつつ将義は未子に話しかける。そばにいたフィソスの背を未子へと押しながら。


「唐谷さんたちは先に帰ってて、灯ちゃんはあとで迎えに行くから唐谷さんの家に一緒に。フィソスとマーナも」

「力人兄さんを追うの?」

「うん。放置はできないしね。行ってくる」


 さっさと言いたいことを伝えて隠蔽を使って空を飛んでいく。

 未子たちは将義に任せれば最悪にはならないだろうと車に向かう。

 

 遅刻していた母娘はわざとそうしたのではなく、そうせざるを得ない理由があって遅刻していた。

 過激派の妖怪に襲われて、森の中を逃げていたのだ。

 鳶丸というリーダー格がいたおかげでコントロールされていた過激派は、鳶丸が意気消沈していることでばらばらになり、人間に強い恨みを持つ妖怪が決定を無視して独自に動き出そうとしていた。

 そんなとき午前中に穂波と香稲が人間と会って親しく話しているところを、彼らに見られて攻撃対象になったのだ。

 木陰に身を隠して穂波はほっと息を吐く。


「なんとか撒けたか、少しは休めるってもんだ」

「大丈夫!?」


 香稲は自身をかばって怪我をした母を心配そうに見ている。

 足首を捻り、右腕の骨は折れて痛みがやまないが、ニッと強がりの笑みを浮かべて、穂波は香稲の頭を撫でる。


「そう大騒ぎするもんじゃないよ。見つかってしまうから」

「ご、ごめんなさい」

「しかしあそこまで馬鹿とは思ってなかった。あのまま人間を攻撃しなくて里としては運がよかったんだけどねぇ。私自身は不運か」


 けれども穂波は死ぬような危険を感じていなかった。勘がどうにかなると告げていた。

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