第54話 海と恋の行方 4
「俺としては友人の恋を応援してやりたいけど、相手方がどう思っているのかさっぱりだから今は見てるだけだなぁ。母親としては娘さんの反応はどうなんです?」
将義の問いかけを受けて、話している娘の反応を観察し、穂波は口を開く。
「そうね、こっちの事情を抜きにして……恋には至ってないね。友人一歩手前ってとこかねぇ」
「会うのはこれが二回目だし、当然の反応だな。今のうちに諦めさせる方がのめりこむ前より傷は浅くすむのかなー」
香稲が気をひくような術を使っていればすっぱり両者の記憶を消すのだが、術など関係なく力人が惚れているので消すという選択はない。
「私としても娘が本気になって成就が困難と苦しむよりは、今のうちにすっぱり関係を断つ方を推す」
聞いていた未子は深い事情がわからないがゆえに賛成できなかった。力人の様子を見るに本気とわかる。それを外部が勝手になしの方向で話を進めるのはどうかと思う。しかし事情がわからないがゆえに、力人に自由にやらせてとも言えなかった。将義が言ったすべてを捨てるという部分が嘘と思えなかったのだ。
「親ならそっちですかね。力人に無理そうだって伝えよう。怒るかもしれないし、落ち込むだろう。でもどうにもならないことはあるしね。本気の本気なら応援もやぶさかではないけど」
「九ヶ峰さん。本気の本気ってどういうことを指すの?」
「それこそ、さっき言ったようにすべてを捨てる。家族もこれまでの生活もすべて。そこまで覚悟し、実行するなら止められないよ。いやまあ、そこまでやっても香稲さんだっけ? あの人が力人を選ぶかどうかわからないけどね。ふられたらなにもかも残らない」
「恋を成就するにはかなり重い選択ね」
マーナが気の毒そうに言う。
本気の恋愛というものは決して軽いものではないが、それにしても今力人に求められるものが重い。愛を得るか、ほぼすべてをなくすか。惚れたのが香稲でなく、よその土地の妖怪ならばもっと気軽にいけただろう。もしくは先日の騒動がなければ。
「時期が悪かったね、あの坊やは」
穂波も将義と同じ考えなのだろう。憐みの視線を向ける。
将義は熱心に話しかけている力人に声をかける。
「力人、盛り上がっているところ悪いが諦めよう。その恋の成就は難しすぎる」
「な、なに言ってるんだよ!?」
香稲を前にして惚れているとばらされて力人は照れて顔を赤くしている。その反応を見て香稲も驚きつつ照れから少し頬が赤くなる。
「こっちの親御さんと話していろいろと無理だってわかったんだ。もっとのめりこむ前に、今のうちに諦めた方が傷は浅い」
からかいといった様子のない、真剣な表情の将義に力人は驚きつつも、自分を思っての言葉だと理解する。されどそう簡単に諦められないのだ。
そんな力人の考えを表情から察し、将義は理由を話す。
「遠距離恋愛とかあるし、あるし!」
「いずれ結婚とか考えだしたら、避けては通れない問題だぞ」
高校生で考えるには早すぎる話だが、今の力人を見るにそこまで想定して話した方がよいと判断した。
案の定、力人はそこまで考えてなかったが、勢いで答える。
「そ、そのときは俺がそっちに行く」
「たぶんだけどお前が想定している不便さを超える感じだと思うけどね。電化製品ないでしょ?」
穂波に問いかけ、頷きが返ってくる。
「コンビニも車もテレビも水道もない。作業はすべて手作業か電気を使わないしかけのものだ」
「こちらの二人はずっとそこで暮らしてて、それが当たり前。でもお前は通常の文化の中で暮らしてきた。いまさら電化製品がない暮らしは難しいぞ。お前が想像する以上に」
将義は異世界暮らしで文化の違う生活を送り、隠れ里での暮らしが想像できる。異世界暮らしは日本文化が手に届かない状況だったから受け入れるしかなかったが、隠れ里の暮らしは手を伸ばせば届く距離にあり、しかし使えないという状況。不便さが際立ち我慢を強いられる生活になるだろう。
「持ち込めばいいんじゃないか?」
「なしだろう。なんの意味もなくそういった暮らしをやってるわけじゃないだろうさ。機械を使わない主義の村なのか、アレルギー体質が集まったのか。そんなところに不便だからって持ち込んでも反感買うだけだ」
考えなしなことを言ったと自覚し、力人は小さくうめく。
実際には穂波はある程度ならば持ち込んでもいいとは思っている。発電機を使った明かりの確保だけでも妖力の消費や薪と蝋燭の消費をおさえられるのだから。
「わかったろ? 文化が違いすぎる。それに相手がお前を受け入れるかどうかもわからないしな。そこらへんどうです、香稲さん」
話を振られて困ったという表情を浮かべる香稲。
「え、ええと惚れたと言われても正直どう答えればいいのか。接した時間が短すぎてなんともいえなくて」
「じゃろうなぁ」
穂波が頷き、将義たちもまた頷く。
「今後の付き合い次第と普通ならいえるのだが、私たちの取り巻く環境が坊やとは違いすぎて、交流を深めてからだとやっぱり駄目でしたというふうにあっさり終わる気がせん。すまんがお主のその恋を諦めてくれというしかない」
「……」
「それでも諦めきれないのならば、今すぐこの場で恋心以外なにもかも捨ててくれ。さすれば交流していきいずれはという機会を得ることはできる。しかし香稲を惚れさせることができなければ、残るのはお主のその身一つ」
突きつけられる条件に力人はなにも言えない。簡単に答えられるわけはない。
先ほどのように勢いで答えず、将義は第一関門突破と心の中で呟く。このような問いかけを勢いのみで答えて、今後の付き合いが上手くいくとは思えなかった。
「……恋ってもっと楽しいものじゃないのか? こんな重っ苦しいものなのか?」
「恋愛観は人それぞれだが、お主の言うことも間違ってはない。ただしお主は運や間が悪かった」
「そういうことは往々にしてあるな」
気軽そうに言う将義を思わず睨みつけるように力人は見る。
「そういう目で見られてもな。俺だって運が悪くて大事になったことはあるぞ。ちなみにこの場にいる全員そんな感じだ。お前はむしろ突然無理難題が降りかからないだけ、まだましだと思う」
「選ぶことができる。それだけで幸せなことってあるね」
未子がうんうんと頷く。交通事故で幽霊になった身としては突然の出来事でどうもできない状況を体験しているといえた。
マーナたちも自身の出来事を思い出して、頷いていた。
「時間がほしい。もっと考える時間が」
「時間を与えてどうにかなる問題ではないと思うのだけど」
マーナが所感を述べる。それでも力人は時間を欲した。
「そうさの。お主たちはいつまでここにいるつもりだ?」
「昼過ぎですね。昼食を皆で食べて解散そんな感じです」
「では帰るときに答えを聞くということでいいでしょう。短いと思うかもしれんが、そう長々と待つ理由もない。三時頃にまたここで会おう。香稲、帰るよ」
「う、うん」
歩き出した穂波を、将義たちに一礼してから追っていく。
「どうすればいいんだ」
「捨てるものを一度確かめてみたらとしか言えんかな。恋を取るかこれまでの過去をとるか、どちらかだしね」
「……そうしてみる」
香稲を見つけたときの元気など欠片もなく、とぼとぼとコテージへと歩き去っていく。
琴莉に妖怪関連がばれないよう、将義は力人と周辺に残る妖力を魔法で押し流す。
「力人兄さん、どうするかな」
「さてなー。俺だったら過去を取る。だけど力人は違うかもしれない。たっぷり悩んで決めるだろうさ」
「主さんなら彼の悩みをどうにかできそうだけど?」
「できるけど今の状態だとやらない。今回力を貸したことで次困ったときに気軽に頼られて、それで力人が楽な方向に生きるようになるのは嫌だ。自分でどうにかなる困難はどうにかしようって気概がなくて、妖怪と付き合っていけるとは思えないし」
友達を助けたいという気はあるが、甘やかす気はないのだ。異世界の連中を思い出してしまう。彼らも最初は協力していこうという路線だったのだが、将義が人の力を外れた力を持つと自力でどうにかしようという考えがなくなっていった。
「私たちへの対応もそうだったけど、対処を任されてもたれかかられるのは嫌いってことなのかな」
マーナが聞く。マーナ自身そうしたいと思ったこともあるので、確認してみたいことだ。
「そうかもね。対応を全部こっちに投げられるということに嫌な思い出しかない。もちろん灯ちゃんのようにまだ幼くてどうにもならない場合は手を出すこともある。灯ちゃんに関しても足と喉が治れば関係は切れる。俺がやることは治すことまでで、その後の人生で起こり得る困難は灯ちゃんが家族や友達と乗り越えていくべきもの。それらにまで関わる気はない」
「灯ちゃん寂しく思ってるみたいだけど?」
将義が言いたいことすべてを理解したわけではないが、お別れが近いということは理解できた。もう会えないということが寂しく思えて灯の表情に表れていた。
「友達と普通に遊べるようになれば寂しさも吹っ飛ぶさ。そうすればそんなこともあったねって懐かしむ程度になる」
「一生残る障害が治ることをそんなこと扱いはできないような」
「たしかに印象強いことだけど、人生長いんだからもっと嬉しく楽しい思い出がたくさんできる。辛い記憶は楽しい思い出に埋もれさせていった方がいいだろ」
「その思い出を作るのが主さんじゃいけないってことはないと思うわ」
「俺じゃなけりゃ駄目ってこともないだろ」
今回は友人も含めたクラスメイトという近しい人のためにいろいろと動いたが、基本スタンスは積極的に人と関わっていこうとしないということから変わっていないのだ。
相変わらずだと未子は思う。それほど将義が負った心の傷は深いものなのだろう。それに同情はするが、そのままであり続けようとする将義に不満もある。どうにかできないか、どうにかすることが恩返しにならないか考える。
考えを変えさせるのは難しいと思ったマーナはあとで灯の連絡先を聞いておこうと決める。携帯電話を持っていないので、未子に確保してもらっておけば繋がりが切れることはないだろうと考える。
一行は話を切り上げて、散歩を再開した。
一方でコテージに帰った力人は悩み続ける。クラスメイトに心配されたが、上の空でまともな返事もしていない。
自分たちでは駄目だと考えた彼らは大助を呼ぶ。
やってきた大助は隣に座り、力人の肩に手を置いて声をかける。そのすぐ近くに琴莉もいた。
「兜山、そんなに考え込んでどうしたんだ……反応が薄いな」
海水浴でなにか不測の事態でも起きたかと考え、少し強く揺らす。
さすがそれは無視できず力人は大助に顔を向けた。
「あ、先生。どうしかしました?」
「どうかしたはこっちのセリフだ。深刻に考え込んでいるから皆が心配していたんだぞ。なにか海水浴関連で問題でも起きたか?」
「あー、そっちはなにも問題ないです。ちょっと個人的に考え事が」
「相談にのるぞ。これでも少しはお前たちより長く生きて経験しているからな。相談が嫌なら、不満不安とかを吐き出すだけでもいい」
「……」
どうしようかと黙った力人は、意見を聞くことに決め口を開く。
「なにかをほしいと思ったときに、それまで持っていたものを手放す必要があるとしたら先生ならどうします?」
「そうだな……持っていたものの価値による。俺はそう答える。価値ってのは金額だけでなく、それの思い出とかも含めている。思い出の品なら手放すのは躊躇うな。人によっては手放す者もいるだろう。結局、これだっていう回答はないな」
「そうですか」
「たぶんだけど悩んでいることをそのものではなく、ぼやかして聞いたろう? だから返答もぼやけたものになる。その上で聞くが、絶対手放さないと手に入らないのか?」
「相手側からはそう言われましたね」
「相手の情報だけじゃなくて、もっと情報を集められないのか? 別の手段がみつかったりするかもしれないぞ」
一考の価値ありと力人は思うが、調べる時間がなかった。
「調べる時間が」
「ないのか?」
「昼食後、片付けて解散したあとに答えてくれと」
「大目に見ても余裕は六時間か」
「あと調べるっていっても、なにをどうすればいいのかさっぱりという問題も」
「それに関しては詳細を聞いていない俺もどうアドバイスすればいいのかわからないしなぁ」
進展したようでまったくそんなことはなく、力人は悩み続けることになる。
香稲との接点を切りたくはないが、これまでの生活だって大事なのだ。どちらを選ぶことはできない。開き直ってどちらもと言えたらいいが、その答えは穂波に軽蔑されるだけだろうと思えた。
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