第53話 海と恋の行方 3

「マサも休憩か?」


 力人も休憩のためやってきて聞く。


「そーだよ。そっちは暑そうだな」

「ビーチバレーに熱が入ってなー。早潮さん、俺にも一杯いただけますか」

 

 渡されたジュースを礼を言ってからいっきに飲む。


「ぷはっ生き返るー。こっちは事故とか熱中症とかでてないけど、そっちはどうだった?」

「こっちも問題ないし、周囲も楽しんでいる様子だった。ライフガードもいるし万が一なにかあっても安心だろうさ」

「だな。このまま楽しんでもらいたい」


 話している将義の腕をフィソスがひく。


「どうした」

「あれ、やりたい」


 フィソスが指さしたのは疲れた弟を膝枕しているクラスメイトだった。

 体力的にはなにも問題なく、やってみたいという好奇心が湧いたのだ。

 いいぞと許可を出すとすぐにフィソスは寝ころんだ。それを見て、マーナも灯に少し休みなさいと膝を貸す。微笑みながら頭をなでられ灯はニコニコと笑みを浮かべている。

 外したパレオの下から現れた柔らかそうな太腿に頭を乗せた灯に周辺にいる男共の注目が集まる。いいなぁと自分もやってもらいたいなと思ったのだ。同時に男たちは将義に対して疑問のようなものも抱いている。マーナという美人に加えて、未子や遥という綺麗どころ、フィソスと灯という美少女候補に囲まれているのに浮ついた様子が皆無だったのだ。平常心に見えて、性欲ないのかと聞いてみたかった。

 一緒にいる力人はちらちらとマーナの胸などを見ているため、余計に動じていない将義がおかしく思えた。

 まさかの同性好きとまで考えている者がでている中、動けない将義は未子やマーナと雑談し、力人は十分休んで今度はビーチフラッグへと参加にいった。溜まったものを発散させるためでもあった。

 少しするとフィソスと灯が眠ったため、将義はフィソスを未子に任せて、体を動かしに向かう。

 ビーチフラッグに参加し、何度も競い勝ち負けを楽しんでいく。一時間弱でフィソスが起きて視線を感じ、砂を海水で落とすとシートに戻る。マーナたちも暑くなってきたので、戻ってくる将義を誘い海に入る。

 そうして午後五時を過ぎて、十分に楽しんだということでコテージに戻る者が出てくる。将義たちも同じくコテージに戻る。

 シャワーを浴びて海水や砂を落とし、服に着替えてのんびりしているうちに午後六時になり、コテージ前に集合する時間になった。

 力人が皆の前に立つ。


「皆楽しんだか? うん、表情を見ればよくわかる。怪我などなく遊べたようでなによりだ。これからバーベキューの準備だ。これは二班にわかれる。機材準備と材料準備だ。機材準備はコンロやテーブルをコテージから持ち出してきたり火起こしする。材料準備は冷蔵庫に入っている肉や野菜などを切って串に刺していく。子供たちは遊んでいてもいいが、遠くにいかないように。まずはそれぞれ班決めしてくれ」


 班決めを眺めている力人に、将義が話しかける。


「俺たちは差し入れをとってくる」

「差し入れ?」


 そういったことは事前の話で聞いておらず首を傾げる。

 聞いてなくて当然だろう。昼に雑談しているときに遥からバーベキューのメニューを聞いて、もう少しメニューを増やしても大丈夫じゃないかということになり、魔法の鏡で追加しようということなったのだ。

 

「あれだけ遊んだ若者が今の量で満足できるかなってことで、追加が急遽決まったんだ。持ってくるのはバゲットになにかのせたものとか、食後のデザートとか。デザートはフルーツポンチやクッキーだな」

「わかった」


 遥が主である正樹を通して近所のホテルに連絡を入れて、鍋や皿などを借りることができることになっている。それに魔法の鏡でだしたものをいれることになっている。

 手早くコンロなどを運び出した将義たちはホテルへと向かう。

 ホテルの裏手に準備されていた食器などをリヤカーに移動して、コテージに帰る途中で隠蔽の魔法で将義たちは姿を消して、鍋にフルーツポンチをどぼどぼと入れ、いくつもの大皿にスライスされたバゲットを並べていく。

 コテージに戻ると火起こしは進んでいて、テーブルにはバーベキューの材料が並んでいた。


「ただいま、追加持ってきたぞ」

「おかー。うまそうだな」


 双子の相手をしていた仁雄が返す。大皿に並んだバゲットを見て、双子と一緒に目を輝かせる。


「プロが作ってパーティーに出すものだからな」

「それは楽しみだな!」


 二人の会話が聞こえていた周囲の者たちも目を輝かせる。

 大皿をテーブルに並べるうちに、火の準備が終わり、野菜が網に並べられる。トウモロコシにカボチャにパプリカ、トマト、ナス、椎茸といった彩り鮮やかな食材が焼ける音と匂いが辺りに漂い始める。次にウインナーもおかれて準備が整っていく。最後に手羽先や串に刺された肉や野菜も置かれて、焼ける音に誰かがごくりと唾を飲み込む。


「そろそろ夕食始めるからコテージの中に誰かいないか確かめてきてくれ」


 力人が言い、何人かが確認に走る。

 その間に飲み物が配られて、戻ってきた者たちにも紙コップが渡される。


「全員いるな? 誰かいないか確かめてくれ」


 それぞれが周囲を見回し、誰がいないという声は上がらず、力人は頷いた。


「全員いるってことで夕食を始めようと思う。楽しい海水浴に乾杯!」

『乾杯!』


 力人が紙コップを掲げると、ほぼ全員が同じように紙コップを掲げた。

 すぐに皆が食べ物確保に動き出す。確保した食べ物を口に入れて、感想が次々と飛び出す。


「じっくり焼けたパプリカ甘え!」「カボチャもホクホクで甘い」「焼いたトマトは初めてだけど意外といけるわ」「この椎茸のぷりぷり感と香ばしさよ」「バゲットも美味いぜ」「肉がたまらん!」「エビやイカも負けてねえな」


 どの声も満足といったもので、表情にも美味いといった感想しかでていない。皆での食事が楽しいということも、そんな声や表情となる一因なのだろう。

 子供たちも今日一日で仲良くなった者とおいしいねと笑みを交し合っている。

 たっぷり遊んだ若者の食欲はすさまじく、あっという間に焼いていたものが消えて、新たに焼かれては食べられていく。

 皆楽しそうでよかったわと肉を食べながら未子は思う。どこを見ても笑顔で、提案したかいがあるというものだ。

 将義を見ても楽しげな笑みだった。


(私自身が楽しみたいからの提案だったけど、ああいった普通の人が浮かべる笑みを見れたのはよかった。機会があればまた、クリスマスでもやれたらいいなぁ)


 次に思いをはせようとして、今を楽しむことがおろそかになりそうになる。まだ旅行は終わってないのだから、次を考えるのは明日以降でいいと思い、今を楽しむことを優先する。

 にぎやかな声がしばらく続いて、食事が終わり後片付けも終わって、花火を持ってきた者たちが子供たちを集めて遊び始める。

 それに将義と未子はフィソスと灯を連れていき子供たちに混ぜる。


「フィソスは初めてだな。灯ちゃんは?」

「お父さんと」


 短く小声で返ってくる。


「そっか。じゃあ振り回さないようにとか注意はしなくていいな。フィソスには少し匂いがきついかもしれないから、苦手だったら言うんだぞ」

「うん」


 将義が話しているうちに未子が花火を二本もらってきて、フィソスと灯に渡す。

 火をつけてバチバチと光と煙を放ちだした花火にフィソスが目を丸くする。いまのところは匂いは問題となっていないようで光に注目している。灯も楽しげに花火を少しだけ揺らしている。

 壁になっていた将義たちや子供がいなくなったことでマーナにクラスメイトが集まっていく。趣味や美容に関して聞かれたり、以前住んでいたところや将義との関係といった質問も飛ぶ。それにマーナは差し支えがない程度に答えていく。

 花火や質問に混ざらなかった者たちもいる。大助は琴莉に誘われて公園へと散歩に向かったし、コンビニに飲み物を買いに行った者もいる。力人から提供されたボードゲームをやっている者もいる。力人も香稲に会えないかと一人散歩だ。

 それぞれの夜を過ごして、花火の後片付けも終わり、コテージに戻っていく。

 子供たちははしゃぎ疲れて、すぐに眠り。高校生たちは眠った子供を起こさない程度に騒いで夜を楽しむ。子供がいなければ、酒が入ったかのようなバカ騒ぎになったかもしれない。

 翌朝は七時半に朝食ということを伝えていて、十五分頃に食パンとコーンスープを渡すことにしている。食べたい人は追加でベーコンエッグを作られるように材料が冷蔵庫に入っている。

 コーンスープはバゲットと同じように魔法の鏡から出すものだ。力人が起きる前に鍋に入れておく。

 朝になって問題なくパンもスープも渡って、朝食後から自由時間になる。海に行ってもいいし、涼しい朝のうちに散歩に行ってもいい。昼食に関しては食パンなどを渡すときについでに伝えているので、集合して伝えることはない。

 クラスメイトたちはもう少し気温が上がって海に行くことにしたようで、散歩やコテージでのんびりしていた。

 将義たちは散歩だ。力人も一緒に行くということでゆっくりと歩く。浜辺を波音を聞きながら歩いていると、遠くから二人の女がこちへと歩いてくるのが見える。散歩だろうと思っていると力人が嬉しげな表情になった。


「どうしたよ」

「香稲さんだ! 会えた! やったぜ!」


 ひゃほーいと駆け寄ろうとした力人を将義が止める。


「そんなテンション高く迫られても向こうも困るだろう」

「そ、そうか? ほんとにうれしくてな! 深呼吸深呼吸っと」


 歩きながら深呼吸しているうちに、向こうの二人が近づいてきた。それで我慢ならなくなったようで力人が笑顔で声をかける。香稲は少し驚いた顔になって、すぐに誰か思い出せたようでにこやかに挨拶を返す。

 香稲の隣にいたのは、将義も見覚えがある穂波だ。娘が男と話しているのを意外そうに見てから、未子に視線を移し近づいてくる。

 なにか用事だろうかと思いつつ、未子はとりあえず「おはようございます」と声をかける。


「うん、おはよう。突然で意味がわからないかもしれないけど、お礼を言わせておくれ」

「本当にどうしてお礼を言われるのかわからないんですが」

「そうだろうね。こう言えば少しはわかるかもしれない。以前母があなたを占った。行くもよし、行かぬもよし。そんな内容の占いを」


 そう言われて未子は穂波を見て、面影を捉える。

 占った当人なのだが、あのときと見た目が違うので自身の母ということにしたのだ。半妖だと見抜けていたら隠さず伝えていただろう。


「あ、あのときのお婆さんの娘さんでしたか。でもお礼に関してはやはりわからない」

「まあ、無理もない。私自身もよくわかってないからね。でもあのときのことが巡り巡って、こっちを助けてくれた。勘なんだけど、占い師としてやっている母がそう言った。だから礼なのさ」


 未子が将義と縁をつなぎ続けたことで、海水浴が決まった。力人が動くことになり、妖力をまとわせて返ってきて、将義が動くことになった。そして隠れ里の問題を解決する流れとなった。

 これを正確に穂波は把握はしていないが、勘があのときのことが繋がったと訴えかけ、こういう勘は大抵当たるという信頼があるのだ。


「よくわからないままだけど、受け取ります」

「そうしてくれると嬉しい。それでそっちは上手くいったのかい」

「はい。大きな変化はありましたけど、後悔はしてません」


 強がりなどではなく、充足感を感じさせる返答に穂波はよかったねと笑みを浮かべた。


「この話はここまでとして、あの少年はえらくうちの娘と楽しそうに話してるけどもしかして」

「惚れてるようですよ」


 将義があっさりとばらす。

 穂波は楽しげでいて、困ったような二つの感情を表情に出す。


「困ってますけど、もしかして彼女には婚約者とか彼氏とかいます?」


 マーナが聞き、穂波は首を横に振る。そういった話は香稲から聞いていない。困っているのは人間だからだ。つい先日人間絡みで一悶着あったばかりで、人間と親しくするのは過激派を刺激しかねなかった。

 それを言うわけにはいかず嘘を吐く。


「あの子は体質的な問題で、ここを離れられないのよ。だから余所の土地の人と付き合いが難しくてね。彼の住んでいるところに行くわけにはいかないし、かといって彼がこっちに来るのも難しい。いろいろと不便なところだから暮らしていけそうにないし。加えてよそ者にあたりの強い場所だしね」


 それは嘘というよりは穂波たちの現状を言い換えただけともいえるだろう。これを理解できるのは隠れ里のことを知っている将義だけだ。

 未子たちにわかるのは穂波たちが妖怪ということだけだ。


「すべてを捨てる覚悟くらいなけりゃ力人は恋を成就できない、か」

「あー、そんな認識で間違いないね」


 言いすぎなくらいの将義の言葉に、穂波は頷いた。

 そのくらいの覚悟があるならば、穂波も力人を認めるだろう。

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