第52話 海と恋の行方 2
リビングでは遥が冷蔵庫や水回りの確認をしていた。
荷物を解いた女性陣も部屋から出てくる。灯はマーナに抱き上げられていた。
「主さん、灯が海を見たいっていうから連れて行くわ。一緒に来る?」
マーナがそう声をかけてくる。力人はその呼び方におかしなものを感じていない。違和感を感じないよう魔法を使っていた。
呼び方を注意するように言っても、フィソスがうっかり主呼びしそうだったので、認識をずらすことにしたのだ。どうせ未子たちの妖力を誤魔化す必要もあったのでついでだった。
「どうしようかね。力人はどうすごす?」
力人が残るならそっちに付き合おうと思う。
「俺はちょっとうどん屋に行ってみるわ」
「そっか。じゃあ俺は散歩に付き合うかね」
遥を除いて、皆がコテージから出て、力人は足早に去っていく。香稲と会えるかもと思うとどうしても急いでしまうのだ。
「なんで力人兄さんはうどん屋に? お腹空いてたのかな」
「惚れた人がうどん屋の稲荷寿司が好きなんだとさ。だからそこに行けば会えるかもってな」
ほうほうと頷き未子は楽しげな視線で、遠くに見える力人の背を見る。
歩き出しているマーナの後ろを将義たちも歩く。砂浜で車椅子は動きづらかろうとマーナは灯を抱いたままだ。
将義の右隣りには未子が、左隣には手を繋いだフィソスがいる。
「想い人に会えるといいねー」
「会えても告白までこぎつけるかどうか。相手は妖怪だし、向こうが好意に気づいたら種族の違いから離れていくかもしれない」
「お相手さん妖怪なんだー……ん? どうして正体知ってるの」
「力人が妖力をかすかにまとわせてたから気になって調べたんだ。ちょっとした騒動も起きてて、あれを放置してたら香稲って子は隠れ里にこもりっきりだったろうね」
「なにが起きてたの」
将義は簡単に起きたことを説明する。説明の途中で砂浜に到着し、マーナは寄せては引く波に近づいていく。
「気になるんだろう、フィソスも行っといで」
将義はフィソスの背を押して、駆けていく背を見送る。そして騒動の続きを話す。マーナたちを見ながら未子は内容に耳を傾ける。
視線の先ではフィソスが捕まえた小さな蟹を灯の手に載せている。
マーナはビーチにいた客の注目を集めているが、子供の相手をしている様子を見てナンパは行われなかった。
「隠れ里があって、人間に敵対しようとした派閥があったと。それでこの海水浴で妖怪の騒動に巻き込まれる可能性もあったんだ」
そうなっていた場合を想像し未子は表情を歪ませた。
「そうなるとクラスメイトが楽しめないだろうから過激派代表をなんとかした。その後は大内幸次に投げた。問題なく収まったってさ」
「何事もなくすごせそうだね。よかったよかった」
将義がそう言うならば本当に問題ないのだろうと安堵して、未子は私たちも行こうと将義の手を引いてマーナたちに近寄っていく。
しばしそこで遊び、コテージに戻ってのんびりと過ごすうちに力人も戻ってきて十一時半になる。
ここでは遥が調理を担当する。人数が多くはないので、遥一人で準備できる。やることのない将義たちはほかのコテージに材料の不足や器具の不調がないかの確認に向かった。
手分けしてコテージに向かうことになり、将義は担当の男子コテージにフィソスと一緒に入る。もう一つの男子コテージは力人が、女子二つは未子とマーナが向かった。
「こんちゃー、調理材料の確認とかにきましたよっと」
「九ヶ峰か、確認は終えてるぞ。冷蔵庫に使用量とか種類を張り出してもらっていたのはありがたかった」
くつろいでいた大助が答える。
「それはやってましたか。じゃあコンロとか使えるかどうかは確かめました?」
「そっちも料理できる奴がやっていた。大丈夫だったろう?」
大助の確認に、問題なしと返事がある。ついでにご飯もすでに炊き始めているという声も返ってくる。
「ということらしい」
「問題なしですね。力人に知らせてきます」
出ていこうとした将義を大助が止める。灯のことが気になったのだ。うっかり身体的精神的に傷つけないように注意すべき点などを聞く。
「……大変な状況だったんだな。でも改善傾向にあると。それを聞いて安心したよ。その子にはなにも問題はないのか?」
「人馴れしてない以外は健康体ですよ。ほら挨拶しな」
「フィソス、です」
短い挨拶だが、大助は気にせずニコリと笑みを浮かべて返す。
「うん、俺は九ヶ峰の先生をやっている榊大助っていうんだ。よろしくね」
こくりと頷いただけのフィソスに引き続き笑みを向ける。恥ずかしがりやなのだろうと考えていた。
俺からも質問だと話を聞いていたクラスメイトが将義に声をかける。
「マーナさん、すっげー美人なんだけど彼氏とかいるのか?」
「いないよ」
この質問をきっかけに男子たちから次々と質問が飛んでくる。それに答えているうちに、力人がこっちにやってきた。
「熱心なのはいいけど、さっさとカレー作らないと遊べないぞ」
「そうだったそうだった」
料理ができる者たちが動き、残りは子供の相手を始める。それを見届けて将義たちはコテージを出ていく。
将義たちが自分たちのコテージに戻ると、女性陣はすでに戻っていた。女側のコテージも問題はなかったようで昼食の準備を始めたらしい。
遥がカレー作りを進める中、将義たちはリビングで雑談してすごし、十二時半過ぎに昼食になる。
午後一時を少し過ぎて、コテージ前にクラスメイトたちが出てくる。
昼食をとり、遊ぶためのエネルギーは満点。早く遊ばせろといった雰囲気が発せられていた。
彼らの前に力人が出て、全員出てきたことを確認すると話し始める。
「連絡事項は三つ。昼食に使った鍋などをきちんと洗うこと。夕食は午後七時。ここでバーベキューだ。午後六時から準備だからそれまでに戻ってくるように。コテージにはパラソルとかあるから、それを持って行って休めるスペースを作ること。さて、おまちかねの自由時間だ! 遊べ、楽しめ、以上!」
『いええええええええいっ!』
歓声が上がり、それぞれ水着に着替えるためコテージに戻っていく。
将義たちもコテージに戻り、それぞれの部屋で着替える。
男二人はぱっと脱いで、はくだけなのですぐに終わり、リビングに下りてパラソルなどを運び出す。大助用の小さなクーラーボックスも用意されていて、その中にはビールが三本と、濡れタオルと保冷剤が入っている。
「先に行って準備しとこか」
将義の提案に力人は頷き、ビーチへと歩き出す。準備されていたサンダルを履いて砂浜に出る。水着姿で海から吹く風を受けるといやでもテンションが上がる。
「まだなにもしてないのに楽しくなってきた」
「おう!」
力人も同じ気分なようで、パラソルを開き、シートを広げるだけの作業も楽しげにやる。
クラスメイトもぞくぞくとビーチに出てきて、わくわくとした様子を隠さない。
駆け出しそうな子供たちにを止めて、準備体操をやらせている仁雄に力人が合流し、一緒に体を動かしていく。
将義はパラソルの下で椅子に座り気持ちよさげに海風を受ける大助にクーラーボックスを持っていく。
「せんせー、こんなかビールが何本か入ってるんで気が向いたら飲んでくださいって言ってましたよ」
「おー、いいのか?」
「深酔いしなけりゃ大丈夫だと思いますよ」
「ありがてーな。さっそく一杯。いやー、七月前はこんなふうにビールを飲めるとは思ってなかった」
カシュッと音を立てて缶ビールを開ける。二口三口と飲んで、上機嫌に笑む。
「んーっ美味い。ビール飲んでだらだらして、贅沢してるって実感できるわ」
「静川さんが来たら海にひっぱりこまれそうですけどね」
「そーかもな。まあ、それもよしだ」
のんびりするのもいいが、海で遊ぶのも楽しめそうだった。
今ビーチではしゃいでいる男子生徒たちが楽しそうで、混ざるのも悪くないと思えた。
注目を集めているのは秋根と田尻だ。今日のためというわけではないが鍛え上げた肉体がさんさんとした陽光の下で輝いているようだった。
子供たちも興味があるようで、二人は子供たちを両腕にぶらさげたりとかまってあげている。
その様子を見ていた将義は未子たちの気配を感じ、そちらへと歩いていく。
「おまたせ! どう? どう? 今日のために買った水着!」
未子が両手を腰に当てて胸を張る。
上はオレンジのホルダーネックビキニで下はデニムホットパンツだ。元気溌剌といった現状の雰囲気によくあっている。
「似合うんじゃないの? 少なくとも変とは思わないよ」
「へへー」
嬉しそうに笑い、ほかの人も見てあげてと場を譲る。
マーナは上下暗い赤のビキニで、同色の花柄パレオだ。実はこのビキニ、最初に会ったときのものを少しだけ変えたもので、サキュバスの正装のようなものだ。これに合わせるようにパレオを買っていた。服や化粧品や今後の貯蓄にお金を回したら、水着を一揃えするだけの余裕がなかったのだ。
将義は水着ではないと見抜いて節約したなと声をかける。
「あはは……やっぱりばれるかぁ。おかしくはないだろうしね?」
「まあね」
一般人から見れば水着と同じだ。おかしいと言う者はいないだろう。
フィソスと灯はおそろいといえるものだった。Yバックのワンピースで、色が違う。
フィソスは黒一色で胸元に白の小さなリボンがついている。灯は白一色で胸元に空色の小さなリボンがついている。シンプルなもので、二人とも不満などなさそうだ。
灯は着替える前はおさげだったが、今は雰囲気を変えるためかポニーテールになっている。
将義が似合うと声をかけると、フィソスは不思議そうにしながらもくっついてきて、灯はマーナの腕の中で嬉しそうに笑む。
「早潮さんは水着じゃないんですね」
遥は半袖シャツにタイトミニスカートという恰好だ。涼しげだが、遊ぶといった格好ではない。。
「私はここに仕事でいますから。水着はなしです」
「なるほど」
そらそうだなと納得し頷く将義を、未子が早く遊ぼうと誘う。
遥はパラソルの下で待機するため、そちらに向かう。
将義たちは海へと移動する。
将義と未子は腰までの深さまで海に入る。陽光にさらされた肌が水に触れて冷やされていく。気持ちいいと未子の表情が緩む。
「とりゃっ」
「甘い」
未子が両手で水を浴びせてくるが、将義は片手でほとんどを叩き落として、お返しだと水を浴びせる。
「わぷっ」
顔に命中して手で拭い、笑いながら再び水を飛ばす未子。それに将義はやりすぎない程度に返していく。
その様子をマーナは足を投げ出して砂地に座りのんびりと眺めている。すぐに近くには女の子座りの灯とフィソスがいる。
灯とフィソスは押し寄せては引く波が足に触れる感触を楽しんでいる。両者ともこうやって波に触れるのは初めてで、くすぐったいような水の感触が新鮮だった。
「こうやって海でのんびりできるとはねぇ」
マーナの口から昔を思ってしみじみとした感想が漏れる。
マーナは海に入ったことはあるが、そのときは大抵逃げるためにみつからないよう潜って移動するというものだった。遊ぶために海に来たことなどない。日本にやってきたときも漁村暮らしではあったが、力をつけることを優先し海で遊ぶようなことなく過ごしていた。
「こんな穏やかな日々が続いてほしいものだわ」
将義に保護されている間は大丈夫そうだが、独立の時期が来たときを思うと少しだけ気が重い。ずっと保護されていたいとも思い、それを許してくれないかなーと遊ぶ将義を眺める。
そんなマーナのそばではフィソスと灯が砂をいじって遊びだしてた。
クラスメイトたちもそろい、のんびりとする者、泳ぐ者、ビーチボールといった遊具で遊ぶ者と様々だ。
はしゃいで満足した将義と未子は、マーナたちに合流し砂遊びに混ざる。そのまま三十分ほどのんびりとして、砂をいじって楽しんだ灯が海に興味を示したことで、皆で海に入ることにした。
マーナで胸下ほどの深さまで進み、灯は浮き輪を使いマーナに引っ張られる。フィソスはあまり全身が浸かるということが好きではないようで、将義に背負われる形で移動している。
灯はぷかぷかと浮かんで波に揺れるだけでも楽しそうで、初めての海を満喫している。
それから視線をずらすと同じように兄や姉に浮き輪や手をひっぱられて楽しんでいる子供の姿も見える。
そのまま少し時間が流れて、未子が休憩を提案する。
灯が少し疲れたかと見て、それに将義たちは賛成し波辺に上がり、パラソルの下に灯を下す。
「遥さん、ジュースお願い」
「かしこまりました」
紙コップを用意して、クーラーボックスからオレンジジュースを取り出して、皆に渡していく。
少し離れた位置からはビーチバレーを楽しむ声が聞こえてきていた。
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