第51話 海と恋の行方 1

 隠れ里関連のことを終えた翌日、起きた将義は準備していた荷物を持って一階に下りる。昨日のことが原因で異世界で過ごしたときの夢を見た。そのせいか少しだけテンションが低い。引きずっているわけではなく、嫌な夢を見たと気分が沈んでいるだけだ。

 おはよーと両親に告げて、朝食が準備されているテーブルにつく。


「熱でもあるのか?」

「そうねぇ」


 父親が言い、母親が将義の額に手を当ててくる。楽しみにしていた海水浴当日なのに、元気がないように見えて心配したのだ。

 心配されたことにニヘリと笑みをこぼす。


「だいじょぶだいじょぶ。嫌な夢を見ただけだから。皆と合流する頃には元気がでてる」

「熱もないみたいだし、本当に大丈夫そうね」

「楽しみにしてたことだから熱なんかださないよ。いただきます」


 皿におかれたトーストにかじりつく。

 食欲もきちんとあるようで、両親は安心したように表情を緩める。

 さっさと食べた将義はごちそうさまと手を合わせて、リビングのソファーに座ってニュースを確認する。

 天気予想がやっていて、今日明日はここらの地方は快晴となっていた。何日も前から少しずつ上空の風の流れなどをいじって晴れるようにしていた成果だ。


「それじゃ行ってくる」


 父親が新聞を畳んで席を立つ。将義が父親に声をかける。


「いってらっしゃい。熱中症とかに気をつけて」

「おう。お前もきちんと水分補給するんだぞ」


 母親からも声をかけられいってきますと返し、父親は仕事に向かう。三十分ほど母親と一緒にテレビを見て、将義も出るため立ち上がる。

 いってきます、いってらっしゃいと声をかけあい、将義は家から出る。

 隠蔽の魔法で姿を隠した将義は高速で空を行き、大内家の庭に下りて魔法を解く。霊力を少し多めに放出すれば幸次は気づいて玄関を開ける。


「待っていたよ。今日明日娘を頼む」

「りょーかいです。マーナ任せになりそうだけど。荷物と車椅子は?」

「中だ。持ってくるから少し待ってくれ」


 すぐに幸次は灯を車椅子に乗せてスポーツバッグを持って戻ってくる。灯は将義を見ると、ニコニコと上機嫌でか細い声でおはようと言ってくる。それに将義もおはようと返す。

 気軽な旅行ということで、柄物のTシャツにフリルスカート、黒と灰のストライプオーバーニーソックスというラフな格好だった。

 将義は幸次から荷物を受け取り、影にしまう。


「ああ、そうだ。昨日の件だが、人間側の謝罪を受け入れることになったそうだよ」

「じゃあ封印はなしってことか。楽できていい」

「謝罪を受け入れることに完全に納得したわけではなさそうだけど、それでも落ち着く方向で話がまとまったのはよかったよ。過激派の代表と争ったんだって? そのおかげもあって話がまとまったらしい。その分や情報提供の報酬を準備しておくよ」

「たいして苦労してないからいらないけど」


 もともとは自分のためクラスメイトのために動いたのだ。報酬目当てではないし、報酬がでるほどの苦労をした覚えもない。


「それなら支部の金庫に入れておくから必要になったら言ってくれ」


 将義が苦労してないと言っても報酬を払うに値する仕事はしてもらったのだから、お金は準備すると幸次は決めてある。

 使いそうにないと思いつつ将義はわかったと頷いた。


「そろそろ出発する。車椅子のままだと不安定かもしれないから、抱き上げて移動するよ」


 灯を車椅子から腕の中に抱き上げて、車椅子は影の中にしまいこむ。

 灯は父親以外の男に抱っこされるのは初めてで、少しだけ緊張したように将義の腕をぎゅっと握る。

 

「灯、はしゃぎすぎないようにな。楽しんでおいで」


 小さく「うん」と灯は答える。

 隠蔽で姿を隠した将義と灯は、家に戻っていく幸次を見てから空を飛ぶ。

 ゆっくりとだがどんどん高くなっていく視点に灯は、腕を握る力を強めた。


「かなりの速度で飛ぶよ。落とすようなことはないけど怖かったら目を閉じているといい」


 こくんと頷いた灯は目を閉じて、将義に肩辺りに顔を押し付けた。

 幸次はしっかりと灯を抱きしめて、ビーチへと一直線に飛ぶ。速度を出すと宣言した通り、眼下を走る車を超える速度で移動していく。

 無風で揺れることもない移動に灯は今移動しているのかと少しだけ目を開く。小さく見える光景が、ゆっくりと動いている。現実味が感じられない光景に見入っていて恐怖などなくなっていた。

 そのまま十分ほどすると将義からそろそろ着くと声をかけられる。


「うわぁ」


 これまで後方を見ていて、声につられて前方に顔を向けると広い海と快晴の空が広がっていた。

 それに見惚れながら思う。夏休みの宿題にこの絵を描こう、描きたいと。この光景を忘れずに残したいと思ったのだ。

 夏休み明けにこの絵を提出された担任は少しだけ首を傾げることになる。海の絵というのは珍しくないが、視点がこれまで見た絵より高く描かれている。山から見たのだろうと自己完結し追及などしなかったが。

 将義が下りたのは集合場所の駅ではなく、ビーチ入り口だ。そこに未子の気配を感じた。以前見た車が駐車場に止まっている。

 地面に下りると車椅子を出して、灯を座らせる。

 次にマーナとフィソスにテレパシーを送り、鍛錬空間への穴を開ける。待機していた二人がすぐに出てきて、フィソスは将義にくっついた。

 フィソスは黒の袖なしワンピース、マーナは肩の出たサマーニットとロングスカートだ。


「二人ともおはよー」


 朗らかに声をかけてくるマーナに挨拶を返し、将義は隠蔽を解除する。

 姿を現した将義たちに未子が気づき、車から出てくる。

 未子は半袖シャツに短いネクタイ、七分丈パンツといった格好だった。


「おっはよー!」


 よほど楽しみにしていたのか笑顔で駆けて、そのままの勢いで将義にぶつかっていく。


「どーん!」


 ぎゅっとフィソスごとハグして、テンションの高いままマーナや灯に話しかけて少しだけ引かれているその背後で、保護者としてついてきている遥がペコペコと頭を下げていた。

 気にするなと将義が手をひらひらさせて、その意を読み取った遥はほっとした表情になる。

 くっついたままのフィソスに灯が近づき、久しぶりだと身振り手振りで語りかける。それに不思議そうな顔になったフィソス。通じていないことに灯は残念そうな顔となり、将義はフィソスに読心の魔法を使って意思疎通を可能にする。ほぼ会話なくコミュニケーションを取り始めた二人を見ているとポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。


『マサ、今どこにいるんだ? 皆集合してんだが』

「もうビーチ前についてるぞ。追加で連れてくることになった子と一緒に来たんだ。こっちにゃ唐谷さんたちもいる」

『ああ、そうなのか。じゃあ出発する、待っててくれ』

「あいよー」


 出発だと電話の向こうで声をかけている力人。クラスメイトたちやその家族の返事も小さく聞こえる。


「欠席者はいたのか?」

『いんやいなかった。そっちの追加はどんな奴なんだ?』

「小学生低学年二名。こっちで面倒みるから気にしなくていい。一人は車椅子だしな」

『足が悪いのか』

「喉も悪くて声がでずらいが、あと一ヶ月もせずに治る」

『家で療養してた方がよかったと思うんだが』

「これまで静かにしてて、ようやく外に出ていけるようになったんだよ。好奇心とか楽しみとかを拒否するのはちょっとな」

『そうか。医者とかから許可は出てるんだよな?』

「医者は知らんが、親からは許可をもらってある。医者から外出禁止だされているなら、海水浴もOKださなかったろ」


 力人は納得し、通話を切った。歩きながらの通話を大助に注意されたのだ。

 電話越しの会話から少し時間が流れ、集団が駐車場から見える。

 合流しようと将義たちも移動し、先頭を歩く力人や仁雄たちに手を振って居場所を知らせる。

 力人たちは将義たちに気づき、そちらを見てマーナに釘づけになった。男子だけではなく女子も同じだ。すごい美人だと聞いていたが、想像以上に人を惹きつける美人にどうしても目が奪われる。

 足が止まった集団に未子が一歩近づき、まじめな雰囲気で頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました。唐谷未子、この海水浴を提案した者です。こんなに集まっていただきありがとうございます。今日明日マナーを守り、ほかのお客様に迷惑をかけない範囲ではしゃぎお楽しみください」


 それに大助が我に返り、慌てて頭を下げる。


「丁寧な挨拶痛み入ります。本日はクラス一同とその家族を招いていだたきありがとうございます。そちらに迷惑をかけないよう注意したいと思います」


 再度大助が頭を下げて、ほかの者たちも同じように頭を下げた。


「はい、礼を受け取りました。堅苦しい挨拶はこれで終わりです! 使うコテージに案内しますのでついてきてください」


 雰囲気をがらりと変えて、ニパッと夏にぴったりの笑顔を浮かべて将義の手を取って歩き出す。

 大助たちは繋がれた手やマーナを見ながらついていく。男子は将義にマーナについて聞きたかったが、楽しそうな雰囲気を邪魔する勇気はなかった。

 コテージに到着し、そこで力人が簡単なスケジュールを話す。


「これから十一時半まで自由行動。時間になったら昼食の準備を始めるから戻ってくること。昼はカレーだ。材料は各コテージにあるから、手分けして作るように。昼食後は片付けのあとに連絡事項があるから勝手に遊びにいかないように。連絡は短時間で終わるからめんどくさがったりするなよ。じゃあ解散!」


 返事をして、大助たちは振り分けられたコテージに入っていく。どんなところなのか楽しみといった表情だった。

 コテージに入った大助たちはすぐに遊びにいくようなことはせず、エアコンをつけて暑さを和らげ休む。時間はたっぷりあるので午後からのためにも体力を回復しておこうと考えたのだ。何人かは外に出る者もいたが、周辺の確認のみですませてコテージに戻った。

 休みながらコテージ内の確認や冷蔵庫の確認をして、料理を先導する者を決め、寝る場所やシャワーを使う時間といったものを決めていく。

 子供たちは初めて会うものがほとんどで、自己紹介して持ってきていたトランプで遊んだりして交流を始めていた。

 将義たちに合流した力人は、使用するコテージに入る。

 男二人が使う部屋に入り荷物を置いて、力人は驚いた表情を隠さずに口を開く。


「マーナさんが美人とは聞いてたが、あそこまでとは思わなかった」

「皆の注目集めてたな」

「そりゃそうだろ。香稲さんがいなけりゃ俺も夢中になってたわ」

「告白する奴とかでてきそうだ。今は生活になれることに集中したいだろうから応えるかどうかわからんが」

「男が苦手って聞いてるし、さすがに告白はいないんじゃないか? 駄目元でやる奴がでてきるかもってところだなぁ」


 ナンパも集まるかもなと思いつつ、あしらいが大変そうだと力人は考えて荷物を解いていく。


「というかさ、マサが連れてきたの女ばかりじゃないか。アニメやゲームで見るハーレム野郎ってあんな感じなのかって思ったぞ」

「唐谷さんのメイドは俺が連れてきたわけじゃないぞ」

「その人以外にも小学生二人。しかも黒ワンピの子にはずいぶん好かれてたし」

「まあ、そうだな。助けた結果だなぁ」

「車椅子の子も人助けか?」

「そだよ。助けるつもりはなかったんだけどねぇ。ちょっとした接点があった子で、小さい子が泣くところはあまり見たくないじゃん?」

「見たくないで実際に助けることでできるもんかねぇ。前も聞いたけど無理無茶はしてないだろうな」


 自分が思った以上に誰かを助けることに動いていた友人を心配するように聞く。

 将義は心配の思いを嬉しく思いながら手をぱたぱたと振る。


「してないよ。できる範囲だけで動いてる。なんならもっと助けられただろうけど、スルーしている方が多い」

「普通はそんな人助けの場面に遭遇しないと思うぞ」

「以外と遭遇するもんだよ。大小は問わないけど」

「俺たちって今年が厄年だったか? そんなに遭遇するなら厄払い行った方が」


 真剣に悩み始めた力人の背を叩いて、大丈夫だと笑いかける。

 将義は気をそらすため別の話題を口に出す。


「俺のことより自分のことに悩んだらどうだ。香稲って人と再会できるかどうか心配する方が先だろう」

「そうだが。あの人とはうどん屋に行けば遭遇はできそうな気もしてる」

「じゃあ、友人になれるかステップアップを期待しておこう」

「恋人とは言わないのか」

「飛躍しすぎだろう。一度会っただけの相手を恋人にって、互いに一目惚れじゃないと無理だ」


 そう言いつつ再会できてもうまくいくかどうかと将義は思う。昨日の件で隠れ里と人間との交流は難しいと思えたのだ。

 話しながら荷物を解く手を止めず、必要なものは出し終えて二人は部屋を出る。

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