第49話 夏の始まりと妖怪 6

 将義は五時になって隠れ里を出て、幸次にテレパシーを送る。


(まっていたよ)


 声音に焦りがなく、面倒な事態は避けられたと将義は察する。


「どうなった? 好転してると助かるけど」

(開発計画などないことが判明した。調査に向かった能力者たちがそうだといいなと考え話したことだったようだ)

「妖怪側が過敏に反応したってことか」

(そうなる。妖怪の里近くでそんなことを話した能力者に否があるけどね。そこには故郷をなくして流れてきた妖怪がいるようだし、どうしても過敏に反応してしまうんだろう。事情を説明して謝罪するための人員を向かわせよう手配した)

「素直に話を聞くものかな」

(過激派が話を聞かないかもしれないね。だからといって落ち着くまで待つという選択はない。こういったことはさっさと説明してしまった方がいいだろう。できればでいいのだけど、君から情報を渡してもらえると助かるのだけど。謝罪はこっちでする。君の強さならなめられて話を聞かれないという事態は避けられると思うんだ)


 通常なら断る提案だが、将義は考える様子を見せる。明日からの海水浴を何事もなくすごしたいなら、今日のうちにある程度のけりをつけておく必要がある。


「話の流れによっては力づくで押さえつける可能性もあるけど?」


 どうにか穏便にいけないだろうかと幸次は考え、こういった動きはどうかと提案する。


(まずは慎重派に情報を流して、慎重派とこちらの送る人員が話し合えるようにすれば? その話し合いで開発は誤解だったと理解してもらい、過激派を落ち着かせる方向でいけないかな)

「とりあえずそれでやってみる。それが無理そうなら海水浴の間は里を閉じることもありえると思って」


 力人には香稲との再会を諦めてもらうことも視野に入れておく。皆が楽しむことを最優先にする。


(さらに誤解させる気がするから、その流れにはなってほしくはないけど、親としては娘の安全が保障されるからありとも思える。慎重派に情報を流して、外で会ってもいいと言ってくれたら駅で待ち合わせるように伝えてほしい)

「わかった。じゃあ伝えてくる」


 テレパシーを切ろうとした将義に幸次は情報を流した理由を尋ねる。それに対して妖怪が掴んだ情報が本当か気になった以上の意図はないと答えてテレパシーを切る。

 慰労会のときの顔に変えて、匂いや魔力や気配を誤魔化して、何度目かの潜入を行う。

 隠れたまま集会所に行くと、変わらない話し合いが行われていた。

 どのように慎重派に接触するかと話し合いを眺めながら考える。リーダー格の天狗にテレパシーを送るか、参加していない慎重派を探すか、それとも里全員を眠らせて慎重派だけ起こすかと思っていると話し合いに変化が起こる。


「堂々巡りでまとまらん。また明日でどうだ。ずっと話ばかりで集中力が切れた者もいる」

「そっちが頷かないからだろう」


 そう言いつつ鳥顔の妖怪をはじめとした過激派が立ち上がる。ぞろぞろと出ていき、外から話し合いを聞いていた妖怪たちも解散していく。残ったのは慎重派の代表たちだ。その中には以前に未子が出会った易者の老女もいる。正確には老女に化けていた、今は三十歳過ぎの女に見える化け狐もいる。

 困ったものだと溜息を吐いている彼らを見つつ、将義は周辺の気配を探って過激派が残っていないか確認した。

 

「誰だ!?」


 天狗が誰何する。将義が隠蔽のいくつかを切って、姿を見せたのだ。


「人間?」「なんの気配も感じられなかったぞ!?」「気配がおかしいのは今もだ。霊力量がぼやけて測れん」「人間ではないのでは?」「霊力そのものは感じられるから人間ではあるのではないか」


 そういった会話の中、天狗は警戒の視線でじっと将義を見ている。なにかおかしな行動をとれば即座に対応できるように。


「人間だ。今回の件の情報を渡しにきただけのな」

「森を切り開くかどうか、であっているか?」

「あっている。今回の件は別件で調査に来ていた能力者が想像を口に出しただけで、ここの開発計画はない」

「それを信じろと?」


 天狗たちもいきなり現れた人間の言葉を鵜呑みにするほどお気楽ではない。

 将義は彼らに自分の言を信じさせることが仕事ではないので、説得しようなどと欠片も思わずに言いたいことだけ口に出す。


「お前たちに信じさせるのは俺の仕事じゃない。俺は伝えるだけだ。信じるかどうかは、このあとに謝罪にくる人間と話して決めてくれ」

「……とりあえず伝えることをすべて話してくれ」


 自分たちにとって良い情報があるかもしれず、天狗は仕事を全うするよう促す。


「先ほども言ったように、開発計画はない。今回の件で騒がせた詫びに人間がやってくる。だがその人間を受け入れるかどうかわからず、まずは慎重派に接触して話をする。慎重派が納得してくれたら、過激派にも話をしにいって騒ぎを収める。このような感じだ」

「慎重派に過激派か」


 天狗たちは自分たちを言い表した言葉に納得したように頷く。


「話し合いに応じるなら、外の駅で待ち合わせたいとのことだが、返事はいかが」

「皆で話し合いたい、少し待ってくれ。それと聞きたいこともある」

「こちらで答えられることならば」

「話を聞くと、こちらの状況を理解しているな? どうやって知ったのだ。此度のこと、里の外には情報はもれていないはずだが」

「偶然知った。ここらの土地に来た友人が妖怪の気配をまとわせて帰ってきた。その友人は能力者ではない普通の者で、どこぞで妖怪にあったのかと調べるうちにここにたどりつき、ついでだからと里の状況を探っていたら今回のことを知った。そして別の知人に妖怪が騒がしいと情報を流して、今回の件を調べてもらい、開発は誤解だと判明した。これを慎重派に知らせてくれと依頼され現在に至る」

「本当に偶然だな。騒ぎが本格化する前に対応できそうで、妖怪にとっても人間にとっても良いことなのだろう。これを過激派と称する者たちが納得するかはわからぬが」

「そこまでは俺の仕事ではないから知らん」


 呆れたという複数の視線が将義に突き刺さる。過激派が行動すれば被害を受けるのは人間だ。同胞を守るため少しは説得の姿勢を見せないのかと妖怪たちは考えた。

 その視線を無視して、その場に座りって鏡とコップを影から取り出し、飲み物を飲み始めた将義。

 天狗たちは将義から視線を外して、話し合いを始める。その途中で急に将義が消えて何事かと思っていたら、過激派に属する妖怪が人の気配を感じて確認にきた。気配を察して姿を消したのだなと思いつつ、天狗たちは気のせいだろうとやってきた妖怪に言う。

 確認に来た妖怪は念のため集会所を調べてから、首を傾げ去って行った。その後に将義が再び姿を現すが、姿だけで匂いも霊力も気配を感じさせない。


「お前は本当にそこにいるのか」


 思わず天狗が声をかける。あまりの気配のなさに、本人は別の場所にいて幻が映し出されているだけではないかと思ったのだ。


「いる。触ってみるか?」


 手を差し出され、その手に天狗も手を伸ばす。妖怪たちが注目するなか、手と手はすりぬけることなく、重なりあい互いの体温が感じられた。


「うぬぅ、本当にいるのだな」

「また過激派に戻ってこられたら面倒だし、姿だけを見せてるんだ」

「器用に術を使うものよな。それを使われればどこにでも気づかれずに侵入できるのだろう」

「そうだね。ここにも午前中からいて、話し合いを見ていたけど誰も気づかなかった」

「まれにとびぬけた人間がでるらしいが、お前がそれなのだろうな」

「そうかもしれないな。で、話し合いは終わったのか」


 天狗たちは頷く。


「一度会ってみようということになった。こちらとしても静かに暮らせるならその方がよい。過激派を説得する材料が増えることを期待しておるよ」

「そ。じゃあ俺は帰る」


 コップを影に落として、立ち上がる。

 天狗も立ち上がる。


「私も外に出よう」


 外に出るのは天狗一人だけのようで、ほかの妖怪はそれぞれの家に帰って情報を待つつもりだ。

 将義が姿を消し、天狗は集会所を出て夕暮れの里を歩く。ここ何年も続いている平穏な光景を、穏やかな目で見る。これが荒れるようなことにはなってほしくはなかった。

 出入り口から森に出て、そこで人に姿を変える。甚平に草履という身軽な恰好の髭を生やした六十歳ほどの老人だ。

 森から出て、波音を聞きながら道路を歩き、駅へと向かう。そこにはまだ能力者はおらず、早かったかと思う。コンビニでカップ酒を買い、ベンチに座って待つ。

 威厳を感じさせる老人が夕日に照らされうまそうに酒を飲む。それは長きを生きた者の生を感じさせる一つの光景として絵になっていて、駅から出入りする者たちは感服した感情を持ち見ていた。

 二十分ほどで車が駅近くの駐車場に入り、天狗は常人よりも高い霊力を感じ待ち人が来たと酒を飲み干し、ごみ箱に捨てて駐車場に向かう。

 ほんの少し妖力を漏らすと、車から出てきた男は気づいたようで小さく一礼してくる。男の胸には裏堂会職員と示す小さなバッチがあるが、天狗はそれを知らない。


「こんばんは。裏堂会から来ました。そちらは里からで間違いなく?」

「ああ、謝罪に来たと聞いている」

「はい。このたびはお騒がせして申し訳ありません」

「森を切り開くという話はなしで間違いないのだな?」


 確認するように天狗が問い、職員はしっかりと頷く。尋問した妖怪が情報を得たあと、それを元にさらに裏付けし間違いないとわかったのだ。

 どのように調べたのか流れを職員は天狗に話していく。


「妖怪の力を借りて調査したか。それならばわしたちは納得できるが、過激派とお前たちが呼ぶ連中はどうかわからぬな。その妖怪を脅迫して都合のよい情報を作り上げたといちゃもんをつけてくるかもしれぬ」

「これ以上調査してもなにか出てくることはないと思います。手持ちの情報で信じてもらえるよう努力するしかないのですが」

「あやつらは感情で動いている節があるからな。理詰めでは限界があるかもしれん」

「もう大丈夫だと心配いらないと感情に訴える方法を探した方がよいのでしょうか」

「かもしれぬが、さてそのような方法があるのだろうか」


 二人が考え込み、少し静かになる。


「過激派が抱えている感情で一番強いのはどのようなものなのでしょうか。不安もしくは憎しみ、焦り、怒り」

「心が読めるわけではないからはっきりとはわからんが、憎しみと怒りは除外していいと思える」

「不安と焦り、ほしくは述べていないなんらかの感情」

「わし個人の見立てでは不安かの」


 少なからず職員が示したどの感情もあるのだろう。その中で一番と思えたのは不安だった。


「不安ですか」

「うむ。わしら慎重派はもともとここの隠れ里にいた者が多い。反対に過激派はよそからやってきた者が多い。そういったよそから来た者のほとんどは人間に住処を追われた者ばかりでの、また奪われるのかと考えておるんじゃろう」


 推測にすぎんがと最後に付け加えた。鳥顔の妖怪は奪われることを口に出していたが、残りすべてが同じとは限らないのだ。


「奪うことはないと示す必要がありますか。改めて示せと言われると難しい……人除けの結界は張るというのはどうでしょうか。能力者だけでなく、一般人も近寄らないようにすることで安堵できるのでは?」

「その結界を張るのが人間だと、疑心暗鬼になるかもしれん。だからといってわしらでやれというのも難しい。里の維持で手一杯での。森に結界を張るほどの余力はないのだ。となるとあやつらは森に入ってきた人間を力尽くで排除できるよう求めるかもしれんな」

「それはちょっと困りますね。ここが危険という認識をもたせる要因になりかねません」

「だろうな。わしも無駄に波風を立てたくない.。……あやつらの不安を吐き出させるのがいいかもしれん。煽って八つ当たりをさせて一時的に感情を発散させて頭を冷やさせる」

「八つ当たりさせる対象は人間ですか?」


 天狗は頷く。対象は妖怪でもいいかもしれないが、里の住人同士でそれをやるとのちのちに残るしこりが生まれて、いずれ里の崩壊に繋がるかもしれない。となると人間相手がよいと思うのだ。


「基本的に妖怪の方が強いですから、八つ当たりで死んでしまいそうなのですが」

「強い人間に心当たりはないのか?」

「……一人だけありますが、その人は山の神に気に入られていまして。その人に原因のないことで、大怪我させてしまうと今度は山の神が怒ることに」


 しかも陰陽寮所属だ。裏堂会から大怪我する可能性のある依頼を頼むのは難しい。


「それはまずいのう」


 どうするべきか悩み、時間だけが過ぎていく。日は沈み、西の空がほのかに明るいだけで、空は藍色に染まっている。


「今日のところこれは解散かのう。聞いたことを持ち帰って慎重派に聞かせる。また別の日に対応を話す」

「あまり時間をかけたくないと上は言ってましたが、いい案も浮かびませんし仕方ありませんね。こっちでもなにかいい案がでないか話し合ってみます」


 悩んで結論がでず、今日は無理だと考えた二人は後日また会うことを選ぶ。

 互いにわかれの挨拶をと思っていると、誰かが駆け寄ってくる。妖力が発せられていることに二人は気づく。


「久宝っお前人間と繋がっていたのか!?」


 四十歳に少し届かないといった着流し姿の男が、久宝と呼ぶ天狗の胸倉を掴む。

 職員は突然のことに慌てているが、久宝は相手の感情などを把握して落ち着いている。


「強い繋がりなどない。今回のことで説明を受けていただけじゃ。離さぬか、鳶丸」


 鳶丸というのは鳥顔の妖怪のことで、今は人間に変化している。ここにいるのは森に人間が入っていないか見回りしようとしたところ、遠くに久宝の気配を感じ、なにをしているのか確認に来たためだ。


「人間なんかと組んでなにを考えてやがる!」

「あー、これは駄目じゃな。興奮してこっちの声が届いておらん」


 こんなところで争っていては注目も集めてしまう。さてどうしたものかと怒鳴られつつ久宝は悩む。

 反応が微妙な久宝から鳶丸は手を放して、職員に顔を向けた。


「なにを考えているのかわからんが、力づくで追い払ってやる」

「それは困るのう」


 拳を振り上げて殴りかかる鳶丸を止めようと久宝が動こうとしたが、その前に鳶丸が突然こけた。足を引っ掛けるような岩や穴はなく、どうしてこけたのか本人も見ていた二人もわからない。


「このまま争われると面倒なことになりそうなんでやめてくれ」


 すぅっと将義が姿を見せて、ついでに人除けの魔法と隔離結界を使う。鳶丸がこけたのは将義が足をひっかけたからだ。

 鳶丸が人間を傷つけると、隠れ里にいる妖怪への警戒度が上がり、なんらかの理由をつけて森近辺に人間を近づけさせないという流れになると将義は考えた。その流れで海水浴まで中止になってはたまったものではないのだ。

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