第48話 夏の始まりと妖怪 5
仕事中で書類をさばいていた幸次は突然のテレパシーにびくりと体を揺らして、近くで仕事をしていた部下に何事かと視線を向けられる。それになんでもないと誤魔化して頭の中で返事をする。
(なんのようだい?)
(ちょっと聞きたいことが。昨日話したビーチ近くの妖怪の里にもぐりこんだけど、そこが慌ただしかったんだ)
人間に敵対しようとしていること、森での能力者の会話を伝える。
妖怪にばれずにもぐりこんだことに幸次はさすがだなと思いつつ話を聞くうちに、のんびりと構えていられなくなった。
(え? その森を切り開くとかそんな話はまったくでてないよ!?)
初耳の情報に幸次は驚くしかない。しかも自身が起こした騒ぎが繋がっての話だからなおさらだ。
同時に自分のときのようにまた政治家などが動いたのかと考える。そういった前例があったと知っているため、捨て置ける情報ではなかった。
急に真剣な雰囲気をまとった幸次に部下たちが不思議そうな視線を向ける。
(少し時間がほしい。すぐに会長にも連絡して確認をしてみる)
(どれくらいかかる?)
(大雑把に確認するだけなら一時間もかからない)
一時間後にまた連絡すると言って将義はテレパシーを切る。
幸次は現状の仕事を一時中断して、部下に話しかける。
「誰か、急ぎ確認してほしいことがある。ちょっとした知り合いの妖怪からテレパシーが送られてきて急ぎの仕事が発生するかもしれない」
「急に真剣な雰囲気をまとうから何事かと思ったら。わかりました、俺が調べます。内容は?」
幸次は隠れ里のある場所を伝えて、そこを切り開こうとする動きがあるか調べるよう指示を出す。
すぐに動いた部下を見ながら、幸次は享介に連絡を入れる。
『なんじゃ? 謝罪出張に関して用事かの』
「いえ、それではなく急ぎお聞きしたいことがありまして」
幸次から伝えられた情報に享介も驚きつつ、そういった動きは自身の知る範囲ではないと断言する。
先住民とのトラブルに関しては、大内家の件から注意するようにしているのだ。
『どこからその情報が出た?』
「例の世話になっている者からです。今日その里に潜入して、里が慌ただしいことで連絡を入れてきました」
『超人か』
どうして超人がその里に行ったのか疑問に思いつつ、そんな存在が調査に動いたからにはなにかあるかもしれぬと本腰を入れることにする。
『おそらくその森に調査に行ったのは、その地方の能力者じゃろ。その者たちを探し出して話を聞いてみろ。背後にどのような繋がりがあるかわからぬから多少強引でもいいから話を聞くように。平穏な場所が荒れるようなことにならないためにな』
「わかりました」
通話を切り、幸次はパソコンを操作して調査資料を確認していく。
報告書を流し見ていき、隠れ里のある森に行った能力者たちの名前が出てくる。
「阿地立、鈴原か。住所と連絡先は……でてきたな。うち所属で助かった。さて呼び出して素直に来てくれるだろうか」
誰かの指示で動いているならば、こちらからの接触は警戒を抱かせて逃げられる可能性もありそうだと思う。
緊急依頼として信頼できる複数人に、確保に動いてもらうことにする。
すぐに脳裏にリストアップしてメモに名前を書いていく。
「追加ですまないが、このメモ帳の人物に緊急依頼として連絡をとってくれないか? 俺は依頼書を作る」
「了解です!」
部下の一人が幸次の机に近寄り、メモ帳を受け取って連絡先を調べてスマートフォンを取り出す。
依頼書を作ったりと作業をしているうちに再度将義から連絡が入る。
(もう一時間たったのか)
(どうだった? こっちは妖怪たちの話し合いが進展を見せるか聞いていたけど、今のところは過激派と慎重派が対立している状況が続いている)
(こっちは今のところ有力な情報はでていない。会長もそこに干渉する情報は掴んでいなかった)
(ということは人間がやらかすことはないと?)
(どうだろうか? 慎重に動いている可能性もある。そこに調査に行った能力者を確保に動いている。実際のところどうなのか決めるのは、彼らから話を聞いてからでいいと思うが)
裏堂会から大人数用の車を出して、依頼した能力者たちを回収したのちに阿地立と鈴原を確保するようになっている。
今は能力者集めが終わって、阿地立の住むマンションに向かっていると連絡が入っていた。
(急いで指示を出したが、確保のちに事情聴取となるともうしばらく時間がかかりそうだ)
(あまり時間はかかってほしくはないんだけど)
(こればかりは仕方ない。車での移動だから時間がかかるし、確保対象が家にいるかどうかもわからないし)
(こっちは待機しとくよ。妖怪たちが動き出しそうになったら、里を閉じて時間稼いどく)
待ち時間が暇で仕方なかったが、分身の様子を見て時間を潰すことにする。
(こっちの落ち度で手間をかけてすまない。できるだけ急ぐことにする)
(森林の伐採が本当のことだとして、それを止められる?)
(止める。契約を交わし、向こうになにも知らせず動くのは明らかにこっちが悪い。契約期間は裏切るための準備期間などと馬鹿なことは言わせん。もちろん会長も止める側だ)
(ふーん。午後五時くらいにまた連絡入れる)
とりあえず幸次たちの動きを待つことにして、将義は魔法でどうにかするのは止めておくことにする。
将義からのテレパシーが切れて、幸次は仕事をこなしつつ、確保に向かった者たちからの連絡を待つ。
少し時間が流れて午後二時、気がそぞろなまま仕事をしていた幸次に連絡が入る。依頼の二名を確保したので、こちらに向かっていると。
まずは一歩前進と大きく溜息を吐く幸次を見て、部下たちも少しだけ安堵した様子だった。
さらに一時間と少し流れて、ここに到着したと連絡が入った。
「そのまま尋問のできる部屋に連れて行ってくれ、よくやってくれた。協力感謝する」
『報酬のいい依頼だから礼はいいんだが、いい加減どうしてこいつらを確保させたのか聞かせてほしいんだが』
「今からそっちに行く。そこで話す」
依頼をこなした者が確保した二人と繋がっていることも可能性として考え、理由を話していなかったのだ。ここまで連れてくれば一緒に逃げることもないだろうと、尋問時に説明すればいいと考える。
「誰か、記録係として同行してくれ」
「私が」
ちょうど仕事がまとまった女職員が立ち上がる。頼むと言う幸次の隣を歩いて部屋を出ていく。
地下にある部屋に着き、そこで依頼を請け負った者たちが待っていた。
「皆、急な依頼を受けてもらい感謝する。報酬は準備してあるからのちほど受付で受け取ってほしい」
「ほんとに急だったな。次があればもっと余裕をもって話を持ちかけてもらいたい」
答えたのは五十歳手前の男で、彼は長くここらで能力者の仕事に関わっている。
名前は川崎。幸次が担当する区域内では、頼りになる先輩として能力者たちの中で名が通っている人物だ。幸次が就任する前から働いているため、昔の事件に直接関わって詳細な情報を持っていることもある。そんな当時の情報を何度か聞くといった交流があった。
「すまないな。仕事が増えるかどうかの瀬戸際だったんだ」
「その仕事にあの二人が関連しているのだろう? 話を聞かせてもらえるということだったが」
「興味があるなら、尋問についてきてくれ。興味がない者は帰ってくれてかまわない」
確保に動いた四人の能力者たちは顔を見合わせ、用事があるという者、別の仕事の準備に取り掛かりたいという者が帰る。
残った二名は幸次たちと一緒に尋問用の部屋に入る。
なにも聞かされずここに放り込まれた阿地立と鈴原は、不満と不安が混ざった表情だった。能力者用の道具とスマートフォンを取り上げられて、することもなく待つだけというのは不安を掻き立てるのに十分だった。この部屋が明らかに客室といった様相ではないことも、不安を掻き立てるのに十分だろう。
彼らとしては有無を言わさずに連行される理由などないのだ。
「私はここの代表である大内だ。君たちは阿地立と鈴原で間違いないな?」
確認のための問いかけに二人はぶっきらぼうながら肯定する。
「どうしてここに連れてこられたんだ! 俺はまじめに仕事してんだぞ」
「俺だってそうだ」
「そこは疑っていない。疑っているのは別のところだからな。次の確認だが、以前にビーチ近くの森の調査に向かったろう?」
森の調査と聞き、二人は頷く。仕事を受けてそんなに時間がたっていないため、すぐに思い出すことができた。
「受けたが、それが原因で連れてこられたのか? こうまで強引に連れられるほどの失態は犯していないはずだぞ」
「その仕事の成否ではない。問題としているのは、そこの仕事終わりに話した内容だ」
そんなことでと阿地立と鈴原はきょとんとする。問題となるようなことを話した覚えはないのだ。
川崎たちも少し不思議そうだ。どんな会話なのかと思い、幸次に聞く。
「そいつらはどんなことを話したんだ? 代表はその口ぶりだと把握しているんだろう?」
「あそこを切り開くと話していたんだ」
「……たしかあそこは妖怪たちの隠れ里があったな。だがただの雑談なのでは?」
「そこを確かめたいんだ。妖怪たちがその会話を聞いていて、森の開発を決定事項のように捉えたらしくてな。現在進行で人間への対立が話題としてあがっていると情報が入ってきた。それが午前中のことだ」
「そんなことが起きていたのか」
「以前政治家が幹部に賄賂を贈って、精霊のいる山を開発しようとしたことがある」
覚えていると川崎は頷く。そして今回もそうかもしれないと判断したのだと察する。
「現在、俺と会長は君ら二人が政治家の手先として行動していると疑っている。正直に話すなら、厳しい罰を与えることはないが?」
鋭い目つきで見られた阿地立と鈴原は、焦ったように口を開く。
「せ、政治家と繋がってるとかねえよ! 俺はただの能力者だ!」
「俺もだ! 裏堂会の依頼をコツコツこなすだけのちっぽけな存在さ! 政治家と組んでどうこうしようとか思わねえ!」
「ふむ」
この焦り具合は発言を信じる材料になりそうだと幸次は思う。だが完全には信じられない。
そんな幸次の考えが、二人にもわかったのだろう焦りは増す。
「なにを言えば信じてくれるんだ! なんでも答えるから聞いてくれよ!」
「どういう意図をもって、あそこを切り開くなどと発言した」
「どんな意図もねえよ。ただ土地が余ってるから有効活用するにはって話が広がっただけだ」
だよなと阿地立は鈴原に言い、力強い同意が返ってくる。
「実際にあそこをどうこうするつもりもなかった! 調査中に歩きにくかったから、もっと調べやすくするにはってところから話題が繋がったんだ。妖怪に聞かれているなんて知らなかったんだ」
「さすがに軽率だろうそれは」
川崎が呆れたように言う。少し調べれば妖怪の里があるとわかるし、奥まったところには妖力も漂っていると聞く。調査なのだから奥にも足を運んだだろう。そんな場所で、妖怪を追い出すような話題をするのは不謹慎だ。挑発行為として受け取られても仕方ない。
「俺はこいつらはただの粗忽者だと思うが」
幸次は頷くが、念のため妖怪を呼んでの調査もすることに決める。疑い抜いてようやく安心できるのだ。
それを二人に伝えると、疑いが晴れるならと必死に頷く。
「ここで待ってろ」
幸次は尋問が得意な妖怪を手配するため記録係と部屋を出ていき、川崎たちも続く。川崎はドアノブに手をかけて、足を止めて振り返る。
「次からは場所をきちんと考えて雑談するんだな。お前らのうっかりであわや一般人に大被害だぞ」
「あそこの妖怪はおとなしいと聞いてたんで気が緩んでました」
「俺もおとなしいとは聞いているが、人間に従順というわけじゃないんだぞ。人間とあまり接点を持つ気がないから閉じこもっていて、結果おとなしく見えるだけだ。人間と交流を持って行き来があり、それでもおとなしいなら勘違いもするかもしれんが。そこらへんは資料を見て学べるからこれを機会に勉強してみるんだな」
先輩からの助言に二人はうなだれつつ頷く。
川崎が扉を閉めて、外から鍵がかかる。
尋問ができる妖怪はよその支部からヘリコプターを使ってやってきた。それにより、ようやく二人は政治家との繋がりなどないことが証明された。
その報告を受けて幸次は緊張を解き、享介に連絡を入れる。享介もまた、電話の向こうで安堵の溜息を吐いた。
『大騒ぎにならずにすんでよかった』
「本当に。あとで現地の妖怪たちには謝罪しなければなりませんね」
『必要じゃろうな。急いで使者を送らねば、今日明日にでも動きかねんぞ』
「わかっております。とりあえずはあの者に情報だけでも伝えてもらえないかと頼んでみるつもりですが」
駄目なら駄目で仕方ない。将義は自分の部下でなければ、組織に所属する者でもない。こちらの都合よく動かせるとは思っていない。
『超人か。会うことだけでもできぬものかの。今回あちらからの頼みで動いたようなものじゃろ』
享介の発言に幸次は首を傾げる。頼みというよりは情報を求めただけと思えたのだ。
「頼み、ではないと思います。ただそういった動きがあると情報を流しただけかと。やろうと思えば一人でどうにでもできたと思います。妖怪に動きがあるようなら里を閉じると言ってましたし、そのまま封印してしまうことも可能だったかと」
『それができるなら情報を流す必要はなかったのではないか?』
「そうではあるんですが……妖怪たちから得た情報が本当なのかの確認だった可能性が高いかと。あとは封印するとそれが解けたときに人間への感情が最悪になるからといった配慮でしょうか」
言いながら幸次は後半はなさそうだなと思う。他人への被害を積極的になくそうと動く人物ではないとわかっている。被害を止めるような人物ならば、魂を集める儀式を行う前で止められたはずなのだ。
『それは人間が封印をした場合じゃろ。いや人間がしかけてくると妖怪たちが思っているなら、封印も人間の仕業と考えるか』
「この後連絡が入ってくるので、理由を聞いて答えてもらえたら、またそちらに連絡を入れます」
『頼む』
通話を切って、仕事をこなしているうちに午後五時になる。
・あとがき
pixivにコイカツで作った登場女キャラをアップしました
各キャラのイメージが気になる方はどうぞ
タグは、コイカツ カクヨム 小説キャラ 唐谷未子 でいれてあります
キャラは唐谷未子、フィソス、パゼルー、マーナです
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