第47話 夏の始まりと妖怪 4

 幸次が考え込んでいる間に将義はちらちらとこちらを見ていた灯に視線を向ける。なにが言いたいのか読み取られたと考えた灯は慌てたように視線を外す。視線を外しても魔法から逃れられるわけもなく、灯が海に興味を持っていることがわかる。


「俺としては別についてきてもいいとは思うけど、親の時間がなくて同行は無理そうじゃない? 時間が空いたら連れて行ってもらったらいいと思う」

「なにを話しているんだ」

「灯ちゃんが海に行きたいってさ。時間が空いたら連れて行ったら」


 幸次はすまなさそうな表情になる。仕事の予定がつまっていて、夏の間は休みがないのだ。祖父母の家に連れて行くこともできず、回復の連絡ついでにそれを告げると自身の両親と妻の両親が盆のあとくらいに訪問してくるという話になった。祖父母も灯の回復を祝いたがったのだ。

 父の浮かべた表情で無理だとわかり、灯は落ち込みつつも来年があると思い直す。来年は泳ぐことも可能だと、それを楽しみにすることにした。

 マーナに使われていた読心魔法もまだ効果は続いていて、消沈した心情が読み取れた。


「親から許可もらえれば連れて行っていいんじゃない? 私が面倒みるわよ」


 思わぬところからでた言葉に灯が驚きを見せる。そしてどうだろうと幸次に期待の視線を向けた。


「……この夏はどこにも連れて行ってやれないから、その提案はありがたくはあるんだが、いいのだろうか」


 マーナが面倒を見ると言っても、将義にも世話をかけることになるだろう。身の安全という意味では心配していないが、子守を押し付けるというのは心苦しい。


「マーナがほんとに面倒みるなら俺は別にかまわない。少しくらいなら俺も相手する気もある。フィソスを連れて行けば、遊び相手に困ることもないだろ」


 参加するならば灯の送り迎えは自分がやらないと駄目だろうしなと考える。

 未子の車に同行できるよう頼むかと思ったが、両者の家が遠くて自分で行った方が早いと思い直したのだ。

 参加できるかどうかは心配していない。未子から少人数なら追加可能と聞いていた。このあと連絡を入れればすぐに了承が得られるだろう。


「それなら頼む。いろいろと世話になってすまない」


 幸次はそう言い頭を下げた。嬉しげな灯の頭をマーナが撫でる。

 頭を上げた幸次は妖怪に関して話し出す。


「たしかあそこらへんを開発するときに揉めたと聞いたことがある。一定の範囲を妖怪のものと定めて、それ以上切り拓かない。一定の資金や物資の援助を行う。この二つの条件で妖怪側が譲歩したと資料に載っていたはず。以来、約束を違えず守られている。予算会議の際にそういった項目を見ているから」

「なるほど。友達は用事があってその隠れ里から出ていた誰かと一緒に行動したのか。悪さする心配はなさそうだし、詳しく調べる必要もないか」


 本腰いれずに、隠れ里の中を隠蔽で隠した分身を歩かせるくらいですませようと決める。


「これで用件は終わったし、送ろうかね」


 そう言う将義をマーナが止める。


「灯の水着をどうにかしないと。たぶんだけど持ってないと思う。足が動かなかったんなら海やプールに入ることはなかったと思うし」

「ああ、たしかに持ってないな。学校の授業で使うとは聞いたが、話し合って安全を考えて買わなかったし」

「……じゃあ、こうしよう。灯ちゃんの参加を唐谷さんに伝えるつもりだったし、こっちに呼んで事情を話して当日までに水着を買ってもらう」


 鍵を通して話しかけ、すぐにこっちに来ると返事があった。

 皆で宇宙船の外に出ると、こちらへと歩いてきているパジャマ姿の未子が見える。


「こんばんは。灯ちゃん参加だって? 問題ないよ」

「世話をかけます」


 頭を下げた幸次に、ぱたぱたと手を振る未子。


「気にしないでください。もともと大人数なんで、一人増えたところで問題ないですから。それで参加に関しての用事って?」


 顔を向けられた将義は水着がないから買ってきてほしいと言い、持ってきていたタブレットに記録されている灯の身体データを見せる。

 未子はふんふんと頷きつつデータを見て、おおよそのサイズを把握した。

 幸次は財布から水着にかかる費用と手間賃を含めた一万円を未子に渡す。それとは別に将義にも海水浴で必要かもしれないお金と手間賃として三万円を渡す。マーナの分も含まれているのでこの金額だ。この夏に生活費以外でお金を使う予定がまったくないので、もっと気前よく払ってもいいのだが、あまり多すぎるのも怪しまれるだろうかと思いほどほどで止めておいた。


「ついでだからフィソスちゃんのものも買ってこようか?」

「あー……そうだな。お金はこれから渡しとこう」


 一万円を渡し、デザインはと聞かれて特に注文はなしと将義は返す。

 灯も同じく聞かれ、首を横に振る。


「無難なものを選んでおくよ。好みのものは次の機会に買えばいいしね」


 これで本当に用事は終わり、海水浴当日の朝に迎えに行くと灯に伝えて、将義は大内家へと穴を開けた。

 親子が帰り、将義は未子に明日そっちにフィソスをやると言う。


「フィソスのサイズはわからないだろ?」

「そうね、おおよそで買ってくるつもりだったわ。本人が来てくれるなら助かる」

「都合のいい時間は?」

「いつでも大丈夫だよ。学校の夏休みにあわせて家庭教師もしばらく来ないから時間はある」

「じゃあ、明日の九時頃に玄関前に送る」


 わかったと言って未子もマーナに手を振って家に帰っていった。

 

「俺もこれを戻して帰る」

「うん、おやすみー」


 幸次からもらったお金から一万円をマーナに渡して、将義は宇宙船へと向かう。

 マーナは受け取ったお金を財布に入れるためテーブルのある場所へと飛んで行った。この空間での拠点があのテーブルになっていて、荷物がいろいろと置かれている。


 翌日、将義は坂口家には分身を向かわせて、フィソスに予定を話して送り出し、自身はビーチへと飛ぶ。なんとなく自身の目で確かめるかと思ったのだ。

 隠蔽の魔法をかけたまま森近くの歩道に降りると、そこからは歩いて森に入る。森の浅いところは散歩コースとして利用されているようで、しっかりと整備はされてはいないが、人が何度も歩いたことで地面が踏みしめられ、さらに迷わないようロープで進路ができている。

 すぐにそこらに漂う妖力の残滓が感じ取れて、妖怪のテリトリーだとわかる。一般人でも一歩奥まったところに足を踏み入れるとなんとなく不気味に思うような雰囲気があった。隠れ里の入り口に相当するものがあるか、妖力を感じながら道から外れて歩く。異世界で森林を歩いたことがあるので、整備されていない道はなれている。十分ほどで一番妖力が濃い場所についた。

 そこはこの森で一番の樹齢を誇る木のすぐそばにあった。能力者ならばなにかあるとわかる程度に濃い妖力が一ヶ所に集まっている。


「さて確認確認。『透視』っと……うん、間違いないな」


 妖力の向こうを見通し、車や電信柱などのない農村風景が見えたことで確定した。

 将義は入口を開かず、通り抜けて隠れ里に入る。すぐにピリピリとした緊張感を感じ取る。侵入がばれたということはない。そういった警戒用の術が作動していない。


「穏やかなところじゃなかったのか?」


 なにか問題でも起きたのかと思いつつ、周辺を見る。

 妖怪たちが建てたのか、茅葺屋根の家や瓦屋根の家があちこちと見え、畑もあちこちに見える。村の中心を小川が流れ、小さな山も二つ、林が一つある。

 家が壊れていたり、畑が荒れている様子はないことから隠れ里内部で争いごとが起きたというわけではなさそうだとわかる。

 なにが起きているのだろうなと思いつつ、この隠れ里を支える術に干渉して、内部情報を得ていく。


 将義の鍛錬空間との違いは、あちらが完全独立した空間であるのに対し、こちらは森を核とした場所ということだ。空間を存在させ維持するのに消費される力はこちらの方が格段に少なくてすむが、森を破壊されると隠れ里にも大きな影響がある。

 ここは住人全員で妖力を出して支えられている。環境は穏やかで四季が存在し、作物の収穫量も十分なものがある。

 広さは一つの区よりも狭い。住人数は人間の住む区に比べて少なく、生物型無機物型を合わせて二千に届かない。少数だが半妖も住んでいるようで、これは昔迷い込んできた人間と妖怪が結婚して生まれた子孫だ。片手で数える程度だが精霊もいるが、こちらはほとんど寝ているか漂うだけで過ごしている。

 三人の代表者がいて隠れ里の運営を行っている。動物型、植物型、無機物型の三系統で一番長生きしている者が長となっている。今の代表者は天狗と古木の精と古い地蔵だ。

 平地に動物型が住み、山と林には植物型が住み、無機物型はあちこちに点在している。


 おおよその情報を得て、里の中を実際に移動していろいろと探ってみようと将義は歩き出す。

 外の時間と同期しているようで、本来ならば畑に作業している誰かがいてもおかしくはない。しかしどこの畑にも妖怪の姿はない。

 畑を通り、家屋が集まっている区画に足を踏み入れると妖怪の気配がある。ためしに近くの家の敷地に入って、縁側から屋内を覗く。ここは化け狸の家族が使っているようで、半端に人型に変化した子狸たちが歌っていたり、あやとりをしていた。

 そこから離れて別の家も覗いてみる。そこには妖怪の猿の子供がいて、アラレをぽりぽりと食べていた。さらに別の家を覗いても子供しかいなかった。


「親はどこだ? いないのか、それともどこかに集まっているのか」


 一度上空から見てみようと空を飛ぶ。そこから見下ろし。多くの妖怪が集まっている場所をみつける。そのまま近づくと集会所のような建物の中から話し声が聞こえてきた。

 地面に降りて妖怪たちに気づかれぬまま話を聞く。


「こちらからうってでるべきだ! やられる前にやらなければこのまま森を削られるぞ」


 鳥顔の妖怪がどんっと机を叩いて主張し、そうだそうだと猫の妖怪が追従する。


「そうだな。人間になにも言わずにいたら森の中に道ができている。まだ浅い部分だけだが、もしかすると奥の方まで続く道ができるかもしれん」

「うってでると言ってもだな。やり返されて滅ぼされて終わるぞ。なんせ数が少ない。質はこっちの方が上だろうが、数は人間の方が圧倒的に上だ」

「ここらの人間を襲ってテリトリーを確保しても、あとは数で押されてここも崩壊しかねない」


 慎重にいこうと訴えるのは天狗たちだ。


「では相手が動くのを見てろとでもいうのか!」

「我らの故郷は相手の反応を見ていたら滅ぼされたのだ! ここもそうなってしまってはまた放浪しなければならぬ!」


 その言葉に賛同する妖怪たちに天狗や付喪神は落ち着くように言う。


「昔に契約を結んで以来、ここに人間が干渉してきたことはない。森の道だって、能力者が動きやすいように作ったのではなく事情を知らぬものが散歩にと作ったもので本格的なものでもない。たまに会う能力者が、ここに新たな取引を持ちかけてくることもないのだ。此度のことはなにかの間違いだろうさ」

「そうだ。早まった真似をしてくれるなよ。それことが滅びの引き金となりかねないのだから」

「こちらに知らせず動こうとしているだけかもしれぬではないか! 騙されている可能性はありうる」


 天狗たちの説得に納得いかず、ひかずに猫の妖怪は言葉を重ねる。


「しかしだな、騙してなんになる。ここは大きな森ではあるが、切り開いて活用というには少々物足りない土地でもあるのだ。人が住む場所を作るか? ほかにもっと適した場所があるだろう。畑にするか? もっと広い土地を開墾した方がいい」

「人間はときにわけのわからぬことをやらかすではないか。述べた理由以外の人間独自の考えでここを荒らされるとは考えられないのか!」


 理由を詮索しても意味はない。さっさとこちらから行動すべきだと鳥顔の妖怪は最初の主張を繰り返す。

 意見はでるが、堂々巡りのようで将義は一度話し合いから意識を外して自分の中で話をまとめる。


(構図は簡単。過激派と慎重派が意見をぶつけあってる。内容は人間への対応かな。慎重派の言葉だと契約は守られてる。ならこれまで通りに暮らせていけるはず。でも過激派がいる。なにか人間が行動を起こすって情報でも仕入れたのかな? それとも故郷が滅びたって言ってるし、その恨みからの発言?)


 過激派がああ言っている根拠はあるのだろうかと将義は首を傾げる。


(なんというか、俺たちが遊びにくる時期にこんな話し合いをしなくてもいいじゃないか。せめて秋とかにさ、ずれてくれればスルーできたものを)


 クラスメイトに被害が行くのは避けたいし、楽しい思い出で海水浴を終わらせたいし終わってもらいたいのだ。

 今日中になんとかしてしまわなければ、明日過激派が動く可能性もあり、楽しくという思いが叶いそうにない。


(ここを封印して閉じ込めてしまえば……力人が悲しむかなぁ。絶対再会を楽しみにしてそうだし。香稲って妖怪だけを外に出して……そうすると一人だけ放り出されて悲しむわな。その悲しむ姿を見て力人も悲しなぁ)


 もうちょっと情報を集めてみるかと、鳥顔の妖怪から情報を抜くことにする。

 しょうもない理由だったら、記憶を書き換えてしまえと思いつつ、鳥顔の妖怪に魔法を使う。

 最近の話し合いの記憶を飛ばして、それらしき記憶を探って過去ものへと遡る。少ししてこれかというものを見つけた。

 その記憶は遠いものではない。幸次がまだこそこそと動いていたときのもので、能力者たちが幸次の施した呪を探していた時期の記憶。

 能力者たちはここにも来ていて、それに妖怪たちは気づいて息をひそめて観察していた。彼らがなにをしに来ていたか知らなかったため、警戒したのだ。そのときの会話でなにかを探していること、そしてここに目的のものがないらしいということも会話からわかった。

 用事をすませて、あとは帰るだけという様子で、観察も終わると気を抜いた妖怪たちに驚きの会話内容が飛び込んできた。

 能力者たちがここを切り開くという会話をしていたのだ。聞き間違いかと思ったが、どのようにここを使うといった話を続けながら能力者たちは森を出ていく。

 妖怪たちは驚き、急いで里に戻るという流れだった。その日から里の中は騒がしくなっていった。


(人間の暴走が原因? ちょっと聞いてみるか)


 隠れ里から一度出て、幸次へとテレパシーを送る。隠れ里の中からだと余計に力を使い、繋がりも悪いので出た方が楽なのだ。

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