第38話 呪い騒動の空回り 3

 将義たちが期末考査の準備に入っている頃、陰陽寮のトップ代理である椿は宮内庁から渡された情報をもとに、調査指示を出した途中報告を受け取っていた。

 各地の調査が載せられた分厚い報告書を急いで確認し、溜息とともに机に置く。


「かんばしくありませんか」

「はい。調べる範囲が広すぎますので」


 報告書を持ってきた部下も困ったように言う。


「調査範囲が日本全土ということだし、人手が足りないわよね」

「足りませんね。鑑定や各地の封印観察の人員をこちらも回してみたりしましたが、正直焼石に水といった感じで。通常業務にも支障がでていると報告が上がっています」

「それはわかるのだけど、宮内庁からはっきりと日本全土で被害がでるって言われちゃってるから戻すわけにはいかないしね」

「ええ、それに関しては説明してありますから、報告を上げてきた者も戻せとは言ってきません」


 一応の報告として伝えてきたのだと椿も部下も理解している。

 部下が遠慮がちに続ける。


「もっと詳しい情報を宮内庁に求めることはできないでしょうか。各地に呪が施されているというだけでは」

「なにかしらの特徴でもないと探すのが大変だから、連絡を受けたときにもう少し詳しくと聞いてはみたのよ」


 椿から指示が出たときに、そこらの情報がなかったことで聞けなかったのだと部下は察した。


「なにか新しい情報がでているかもしれませんし、もう一度お願いできますか」

「そうね、今のままだと進展がなさそうね。聞いてみるわ」


 机に置いていたスマートフォンを手に取って、俵恵と書かれた連絡先に触れる。


『はい。なにかご用件でしょうか』

「そちらから連絡を受けた件なのだけど、調査がはかどっていなくてね。そちらで新たな情報でも得たかと思って連絡を入れたの」

『ああ、こちらも同じです。調査に動いているのですが、収穫はなしですね。上にヒントを求めたのですが、返ってきたのは各県に一つの呪が施されているということのみでして』

「一つですか。探す数が少なくて喜ぶべきか、砂漠で砂粒を探す苦労を思い浮かべればいいのか」

『私は複数ある方を望んでましたね。そうすれば見つけられる確率は上がりますし、見つけたものを解析してほかを探しやすくなりますし』

「そうできればよかったのだけどね。一度裏堂会にも声をかけて集まってみない? それぞれが調べたところを知れるだけでもありがたいし」

『いいですね。連絡はこちらからしておきますね。集合場所はどこがいいでしょうか』

「東京駅近くのホテルでお願いしたいわ。移動が楽だから」


 恵も裏堂会のトップも東京在住だ。こちらに呼ぶよりは、椿から向かう方が効率がいいだろうと提案する。


『わかりました。詳細が決まったらメールします』


 通話が切れて、椿は部下に顔を向ける。


「聞こえていたと思うけど、集まることになったから東京に行くわ」

「了解しました。その集まりでなにか進展があってほしいですね」

「ほんとにね」


 現状の問題はこれだが、そればかりに集中するわけにもいかず椿は通常業務用の書類に目を通し始め、部下はその補佐を始める。

 

 椿と恵の話し合いから数日して、ホテルの一室に宮内庁と陰陽寮と裏堂会から集まった人間がそろっていた。

 宮内庁からは恵が、陰陽寮からは椿が、裏堂会からはトップ代理の男がやってきていた。

 四十歳過ぎで、気弱そうにも見える線の細い男だ。


「貝城真滝(かいしろまたき)と申します。体調を崩した洞貴の代理として参加させていただきます。本日はよろしくお願いします」

「ええ、連絡は受けています。洞貴会長は大丈夫でしょうか。ご高齢ですからうちのトップも心配していました」


 恵が聞き、真滝は乾いた笑みを浮かべそうになりながらも大丈夫だと返す。


「あの爺さんも馬鹿やったもんだね。賞費期限が少しすぎたものをもったいないからって食べて食あたりだろう? 年取って体調崩しやすいんだから、危ないものは捨てればいいものを」

「いやほんと申し訳ありません」


 真滝がぺこぺこと頭を下げる。

 医者から大丈夫だと診断は受けたが、話し合いに参加できるほど元気でもなく、急遽代理として真滝が来ることになったのだ。

 今回の話の重要性は真滝も理解しており、しょうもないことで不参加になった申し訳なさも気弱そうな雰囲気をより強く感じさせる要因となっていた。

 実際は寝たきりになるほどでもなく、真滝には秘密にして本人がでかけて調査を行っていた。真滝をここに向かわせたのは、次期会長候補として経験を積ませるためであり、話し合いは資料を渡せば自分でなくともやれると判断したからだ。自分の仕事は得意な探査系の術を使って、少しでも早く施された呪を見つけることだと考えていたのだ。幸いと言っていいのか、探すあてもあったのだ。そしてできれば秘密裏に解決してしまいたいことでもあった。確証はないが今回の出来事その発端は自身にあると考えていたのだから。

 

「謝罪はそこまでにして、会合を進めましょう。まずは互いに準備した資料を交換したいと思うのですが」


 椿と真滝は頷き、持ってきていた資料をテーブルに置く。恵も資料を出して、それぞれに渡す。

 しばらく静かに時間が流れる。全員が資料を読み終えて、顔を上げた。


「最初に調べるところは皆同じだったわね」


 少しだけ面白そうに椿が言う。

 日本全土に害をなすという情報から、重要な霊的重要地点である霊脈に目をつけて調べていたのだ。そして空振りという結果も同じだった。


「霊脈以外の重要地点もあらかた調べていますね」


 真滝が言う。三つの組織でかぶって調べたところもあるが、そうでないところも合わせてみると有名どころは調べていないところがなかった。


「ここまで調べて欠片も怪しいものがでないということは見落としたか、仕掛けた者独自の技術で呪を施したということでしょうか」


 そう考えを口にだした恵に、見落としたというのは勘弁願いたいわねと椿が言う。

 調査にかけた時間が無駄になりそうなので、恵も真滝も同意見だった。


「なにか見方を変えないと見つけられそうにありませんね。海外のマイナーな術式を参考資料として取り寄せてはどうかと思うのですが」


 いかがでしょうと真滝が二人に聞く。


「これまで日本のものか海外のメジャーな術式をもとに調査していた人が多いかもしれないというわけね。その方向でいってみるのもありかしらね」

「うちにもそう提案してみます」


 ひとまずの報告と方針決定が決まり、三人はそれぞれもらった資料をまとめて仕舞い込む。

 ここからは雑談だと、最近あった小さな事件などについて話す。


「そういえば超人に関しての情報は新たなものはでたかしら? 私の方はさっぱりなのだけど」

「うちも同じですね」


 椿に追従し真滝が同意する。


「うちも似たようなものです。いるとだけは断言されていますが、性格や住所などすべて不明です。行動基準もいまいちはっきりとはしていませんね。まあ、さすがに今回の事件では私たちとは別に動いていると思いたいのですが」

「さすがに日本全土に被害がでるなら動くとは思うのですが」


 自信なさげに言う真滝。裏堂会は一番超人についての情報が少ないのではっきとしたことはいえないのだ。


「日本全土にことをなせることから、超人が犯人という可能性もありえるのよね」


 そう言った椿に恵と真滝は驚きつつ、なにかしらの確証でもあるのかと尋ねた。

 椿は首を横に振る。


「特にそうだと示すものはないのだけど、いまいち動きがわからないからね。その可能性もあるんじゃないかって思ったの。うちの元トップが起こした事件のときは、そっちを放置してもっと小さい事件に関わっていたと聞いてるし、今回も同じという可能性も捨てきれないのよね」


 今回は神と将義があまり関わる気がないと知れば、この三人はどういった反応を見せるだろうか。ただそれだけを聞けば、不審と不満を抱くだろう。幸次の事情を知れば、同情をしつつもやはり動かなかった彼らに不満を抱くだろう。

 根底に神々は厳しいが人の味方という考えがあるのだ。思い込みでしかないそれをもとにした感情で裏切られたと思ってしまう。

 神たちは世界すべてを愛しているが、特定のなにかに入れ込むのは各々の神の趣味嗜好を元にした行動であって、神総体の考えではない。


「私たちが右往左往している間に、神か超人が解決してくれると助かるのだけどねぇ」


 願うような椿に、まったくだと恵と真滝は頷いた。


 ◇


 三組織のトップが会談し、時間が流れる。互いに得た情報を共有したが、進展はよくない。

 実のところ各組織の調査員は幸次のしかけたものを何度も目にしていた。だが思い込みからそれがしかけられたものだとは気付かず、そのようなものだと放置したのだ。だから進展など望めるわけもないのだ。

 組織が空振りを続けている中、ただ一人だけ正解にたどり着いた者がいた。それは裏堂会会長だ。

 時期は将義たちが期末考査を終えて結果が返され始めた頃、今日の仕事を終えて灯の待つ家へと帰るため幸次が駐車場に来たときのことだ。


「久しいのう」


 電灯の向こうから姿を見せた、着流しに羽織姿の老人が幸次に声をかける。背中までの真っ白な長髪を縛り垂らしてるこの老人が洞貴享介だ。

 幸次は思いもしない人物に驚き、姿勢を正し頭を下げる。


「会長、お久しぶりです。本日はどうしてこのような時間に?」

「なにお前と二人で話したいことがあったのじゃよ。少しばかり時間をくれんかの」

「頷きたいところではありますが、娘が帰りを待っていますので」

「うむ、それは承知しておる。だから勝手ながら君がなんどか依頼しているベビーシッターを向かわせた」

「……確認しても?」


 かまわんよと返され、幸次はスマートフォンを取り出し、灯に持たせているスマートフォンにメールを送る。

 すぐに灯から返事がくる。


『パパ? 加賀さんから帰りがおそくなるってきいたよ、もう用事おわったの?』

『いや終わってないんだ。加賀さんが行ってるか確認しようと思ってね』

『きちんと来てるよ。ごはんもつくってもらった』

『そっか。できるだけ早く帰るから。あまり夜更かししては駄目だよ』

『うん! お仕事がんばって』

『ありがとう』


 スマートフォンをポケットに戻して、享介を見る。


「たしかにベビーシッターが行っていましたが、今後このようなことはやめていただきたい」

「すまんな。約束しよう」

「それで話とは?」

「ここで話すようなことでもない。移動せんか。少しばかり車でいったところに河川敷があるじゃろ。あそこでどうだ」

「わかりました。移動は私の車でよろしいでしょうか」

「頼む」


 どうぞと後部座席のドアを開けて、享介が乗り込む。

 幸次が運転席に乗り、車を発進させる。


「灯といったか、おぬしの娘さんは。以前一度だけ顔を見たが、最近は元気にしておるかな」

「ええ、口がきけないこと、足が動かないこと。ありがたいことに、それ以外に異常はなく健康そのものです」

「それは本当によかった」


 ああよかったと享介はしみじみ頷く。


「奥方が遺した一粒種、可愛かろうな。うちは二人の息子がおるが両方とも勝手気ままに育ってしまってな」

「勝手気ままでも元気ならばそれでよいではありませんか」

「そうじゃな。子供は悪事にはしらず元気であってくれるだけで親としては嬉しい。おぬしの親御さんも同じように思っておろう」

「……そうでしょうか」


 ハンドルを握る手に少しだけ力が籠められる。


「ああ、そうとも」

「そう、ですか」


 幸次は一瞬目を伏せて正面に戻す。そこで会話は途切れ、河川敷に到着するまで車中は静かだった。

 車を降りた二人は、少し距離をとって向かい合う。まるで決闘を行うかのような対峙だった。


「話とは?」

「おぬしも予想はできておるじゃろ。その前に謝らなくてはな。四年前、わしの不手際でおぬしたち家族に迷惑をかけた。忙しさを理由に偽装された書類に気付かなかったこと、まことにすまなんだ」


 裏堂会の幹部が政治家から時代遅れの山開発のため賄賂を贈られて、精霊のいる山の情報を偽装し、そこから精霊を排除したことがあった。

 排除に参加した能力者たちは駆け出しをようやく抜けた者たちばかりで、山を荒らす悪霊がいると知らされ裏堂会から提供された呪毒を使い精霊を排除したのだ。駆け出しに対して簡単な依頼を回して経験を積ませようという題目だった。

 毒に気付いた頃にはもう遅く精霊はその死の間際、偶然近くの山にピクニックに来ていた幸次たちに恨みをぶつけた。毒に浸され判断力を失っていた精霊は、無関係な能力者である幸次が呪毒を流したと思い込んだのだった。

 幸次は突然のことに必死に家族を守り、それでも力及ばず、妻と灯に被害が出た。妻は少しでも灯を呪いから守ろうと抱え込んで娘の分まで呪いを受けて死に、灯は言葉と自由に動かせる足を失う。

 幸次は灯の呪いを解くため上層部に頼み込んだ。上層部も拒むことなく動き、解析で解除不能と結果がでた。精霊は残る命を燃やし怒りと恨みと執念で、この世に属する者には解けない呪いを生み出したのだ。

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