第37話 呪い騒動の空回り 2

 挨拶が終わり、食事をできる時間が始まる。周囲の者たちは再び挨拶や雑談を始め、将義は未子と合流した遥と一緒に中央のテーブルに向かう。


「こんばんは、未子さん。お久しぶりです」

「こんばんは、武さん」


 料理を選び始めた未子に近づき挨拶をしたのは、高校生くらいの男だ。未子は選ぶのを一旦中止して武に向き直る。

 武を始めとして次々と同年代か少し上の男が挨拶に集まってくる。

 そちらを見ることすらせず将義は料理を選び終え、遥に適当なテーブルで食べてくると言ってその場を離れる。


「彼はどういった者なんです? エスコート役なら離れていくのはおかしいと思うのですが」


 男たちは中小企業の次男三男で未子の婚約者の座を狙っている者たちだ。未子の近くにいる将義に対する牽制や情報収集を目的としていた。だがまったくこちらを気にする様子すら見せず、さっさと離れていったことでどういった人間なのかわからなかった。


「恩人ですね。何度か助けてもらいました。ちょっと人に対して関心が薄いところがありますが、いい人ですよ」


 待っててほしかったなぁと思いつつ答える。


「そうですか」


 将義がこちらに関心を向けなかったのは未子との関係に余裕があるからだと男たちは思っていたが、関心が薄いからと聞いて納得する。未子に対しても適用されているように見えて、男たちは二つの反応にわかれた。一つは将義が未子に関心ないことへの安堵、もう一つは未子から将義への好感の高さに不安を抱いた。

 安堵した者も不安を抱いた者も、未子の好感を稼ぐため話を続ける。

 ここで話すと料理を選ぶ人の邪魔になるからと少し離れて、そこに同年代の女も集まり、企業関連の子女グループができた。

 選んだ料理を食べ終えた将義はちらりと未子を見て、話の邪魔になるなとあっさり合流を諦めて、再び料理を選ぶ。未子としてはお腹が空いてきたので合流してほしかったりした。

 コネ作りや世話になっている挨拶を目的としている人が多い中、将義はごく少数の食道楽に混ざって料理を堪能していく。

 何度目かの料理選びに足を運ぶ際、将義は灯が一人で料理を食べているところを見つける。まだ物足りなさそうだが、少し離れたところで挨拶している幸次に頼むのは躊躇われるようで所在なさげにしていた。


(これくらいの世話は焼いてもいいかな)


 これまでの人生が不運なのだから、美味しいものを満足するまで食べられるくらいの幸運はあってもいいだろうと灯に近づき、膝をついて視線を合わせて話しかける。


「こんばんは、お嬢さん。まだ食べたりないみたいだけどよければ持ってこようか?」


 突然話しかけてきた将義に驚いたようで、あわあわとしている灯が落ち着くまで将義は笑みを浮かべる。

 ある程度落ち着いた灯はジェスチャーで話せないことを示す。

 それに将義は初めて気づいたような反応を返す。


「おや、話せないのか。じゃあ欲しいものを指差してくれるかい。ん? 子供が遠慮することはないんだよ」


 態度に示してもいないのに遠慮していることを見抜いた将義に灯はパチクリと不思議そうに目を瞬かせた。

 幸次の記憶から話せないことはわかっていたので、事前に心を読めるように魔法を使っていたのだ。


「どうしてわかったのかって感じかな。まあ、なんとなくだよ。そんなことよりも料理を選んじゃおう」


 まだ若干の遠慮を感じさせながらも灯は欲しいものを指差した。

 ほかにもあることは心を読んでわかっていたので、将義は指差したもの以外にも料理を選んでテーブルに置く。

 欲しいものがすべて並んだことに驚いた様子を見せる灯に、将義は目の動きを見て欲しそうなものを選んだと言い、同じテーブルで食べ始める。

 灯もつられて食べ始めて、美味しい料理に表情をほころばせる。料理の三分の二がなくなったところで、挨拶を切り上げた幸次が近づいてくる。将義とテーブルに並ぶ皿を見て、運んでもらったことを察したのか、幸次が礼を言う。


「いえ小さい子が食べたそうにしていたので、自分が選ぶついでに運んだだけですよ。父親が来たのなら俺はいなくても大丈夫ですね。失礼します」


 自分の役目は終わりだろうと将義は離れようとして、灯が手話で礼を伝えていることに気付く。


「手話なんだろうけど、俺はわからないな。でもなんとなく礼を伝えているのかな。だったら気にしなくていいよ」

「当たりだ。娘は礼を言っていたよ」

「やはりそうでしたか。お礼は受け取りました。あ、あとついでに娘さん林檎ジュースを飲みたそうにしてましたから、ついであげてください」

「そうなのかい?」


 幸次が灯に確認し、こくりと頷きが返ってくる。

 二人の注意が将義からそれて、その間に将義は離れていく。次はデザートだと考えている将義の頭からは灯のことは消えかけていた。

 

「察しのいい青年だったな。ん? ほしいと思った料理を次々と運んでくれた? そうかありがたいことだ」


 ジュースを飲む灯の頭をやんわりと撫でて、去って行った将義を見る。

 ああいった好青年も巻き込んだ計画を行うことに、少しばかり心が痛むが止める気はなく、陰鬱な溜息が出た。

 幸次の様子に気づき、袖を引きどうかしたのかと手話で伝えてくる灯になんでもないと返して、どの料理が美味しかったか尋ねる。

 時間が流れ、いい加減食事をしたい未子が子女グループから抜けて、デザートを食べている将義の横にくる。

 残った男たちは、ほかの女たちの相手から離れられず、ついていくことはできなかった。


「九ヶ……名前で呼んでいいの? 一応遠山って呼んでおく?」

「遠山でいいんでないかな。あのエビチリとか生春巻きとか照り焼きが美味しかったよ」

「じゃあ、それをお願いできる?」


 遥に頼み、持ってきていた飲み物をいっきに飲む。


「あっちでの話は終わった?」

「まだ話したそうだったけど、お腹空いたからそう言って離れたよ」

「お腹空いたなら仕方ないね」

「うん、仕方ない。それに挨拶は一通りすんで、雑談になってたしね」


 彼らが飼っているペットの話は楽しかったが、さりげなく入る自慢話は楽しいものではなかった。今日はもう十分話を聞いたので、向こうに戻らなくていいだろうと将義の隣で過ごすことにする。


「遠山さんはずっと食べてたの?」

「そうだよ。多くの種類を食べておけば、鏡で出せるしね」


 鏡で作り出せる料理の種類を増やせただけでもここに来たかいがあるというものだった。

 ここで食べ損ねたものを今度食べさせてもらおうと未子は考えて頼み、将義はその程度ならと頷いていた。

 そうしているうちに慰労会が終わる。

 帰りの車の中で、正樹から会場で怪しい術は使われたかと再度聞かれ、将義は首を横に振る。能力者たちも今後動く幸次も会場ではおとなしいものだったのだ。


 ◇


 七月に入り、もう二週間もせずに期末考査ということで生徒たちは教師からテスト対策に動けよと声をかけられるようになっている。

 将義のクラスも帰りのホームルームで大助からそう声をかけられると、中間考査のとき同じく皆で勉強会をやろうという声が上がり、承諾の声が返ってくる。三十分という短時間ではあったものの、効果はきちんとあったのだ。やることに不満などなかった。

 今日からやろうかという声があったが、それを力人が止める。


「ちょっと俺から皆に連絡がある。先生も関係するかもしれないから職員室に帰るの待ってくださいな」

「ん、わかった」


 大助は教室隅に置いてあるパイプ椅子に座り、教壇に移動した力人を見る。


「先生が言ったようにもうじき期末考査だ。んでそのあとにはお待ちかねの夏休みがくる。その夏休みに皆を一泊二日の海水浴に誘いたい」


 ざわりと生徒たちの雰囲気が揺れる。

 仁雄からどういうことだと質問の声が上がり、力人はきちんと説明すると頷く。


「俺んちは普通の家なんだが、親戚が企業の社長でな? 先日その社長から電話が来たんだ。いや驚いた。親戚っていっても関わりが深いわけじゃないから、俺個人に連絡がきてなにかしでかしたかと思ったもんだ。やらかしたのなら小遣いがなくなるどころの騒ぎじゃないからな」

「前置きはいいからさっさと進めてくれ」

「あいよー。その社長が言うには娘が夏休みに男と海に行く予定だと。それを聞いて、それがどうしたと思った。んで話が先に進むとその男がマサ、九ヶ峰将義だった」


 皆の視線が将義に集まる。この話の流れで自分が話題になるのは予想できていたので、諦め顔だ。


「やるじゃないか将義!」


 囃し立てるように仁雄がいい、感心やら意外といった感情が注がれる。

 それらを散らすように力人が手を叩く。


「はいはい。こっちにちゅーもーく。話が進まん。マサとお嬢さんが海に行く、皆を海水浴に誘うということからわかるかもしれないが、二人きりさせないでくれという注文だった」

「デートを邪魔するのは駄目だと思うわ」


 陽子が言い、琴莉を含めて何人か頷く。


「いやデートってわけでもないみたいだ。お嬢さんから将義に多少の好意はありそうだったが。マサ、ほかに行く人もいるんだろう? すっごい美人が一緒に行くとか聞いたぞ」

「いるよ。マーナって名前。見た目も色気もすごいよ」

「どんな人が見たいぞ!」


 期待した男たちの声が上がるが、写メなど撮っていないので無理だと将義は返す。


「男が苦手だから、しつこく迫ると逃げる人でもある。以前しつこく迫られたことがあるとも聞いてる」

「そんな人とどうやって知り合ったんだ」

「なりゆきで人助けして、その流れで?」


 そう言うと力人から呆れの視線が向けられた。


「マサ、お前お嬢さんも二回助けたって聞いたぞ。ほかにもなにかやってたのか」

「なんか二年になってそんな流れだったんだよ。俺だって穏やかに過ごしたかった」

「困ったことがあるなら相談しろよ? んで話を戻すが、男と一緒ということに社長が心配して、マサと関わりのある俺にクラス全員を誘って海に行ってくれという話だった。食事と宿泊料はこっちもち。必要なのは移動費と小遣いのみだ。場所は会員制のビーチだから人ゴミにもまれる心配もない」

「さすが金持ち、豪勢な話だな。親馬鹿すぎじゃないかとも思うが」


 そんな声が上がり、笑い声が教室のあちこちから聞こえてくる。

 強制じゃないから希望者のみでと力人が誘い、あちこちから参加の声が上がる。普段行けないような海に皆興味があったのだ。

 そんな中、仁雄が質問する。


「俺には下に双子がいるんだが、そいつらも連れて行ってやりたいんだ。大丈夫だろうか」


 ほかに弟妹がいる者たちは、いい思い出になりそうだと自分たちもできるなら連れて行ってやりたいと声を上げた。


「どうだろうな……ちょっと聞いてみる。先生、携帯使いますね」

「おう。でも俺が残る意味はなかったんじゃないか?」

「保護者としてどうですかって誘うつもりだったんですよ。先生が駄目なら向こうから保護者も出すという話ですね」


 なるほどと頷く大助は、琴莉から期待の視線を感じていた。それに大助は苦笑を浮かべる。


「俺もそんな海には興味があるから行くよ」


 ぐっと拳を握りしめた琴莉を周囲の者たちは微笑ましそうに見ていた。


「りょーかいです。その旨伝えておきます」


 言いながら力人はスマートフォンを操作して、数回のコールで正樹と繋がる。

 用件を告げて、返事を待つ。返ってきた言葉にふんふんと頷いて電源を切る。


「連れて行ってもいいが、その監督責任までは負わないという返答だった。つまり下の弟妹が怪我した場合は連れてきた奴の責任ということだな。まあ俺も当然だと思う。連れてきて世話せず放置して遊びほうけるとか馬鹿じゃないかって思うし」


 提示された条件に誘いたいと考えていた者たちは、当然の話だと考え頷く。楽しい思い出にするためにも、怪我で泣くような思いをさせる気はなく、目を離すつもりはなかったのだ。


「最終確認だ。参加者は手をあげて」


 全員の手があがる。力人は一度それらを下げてさせて、今度は弟妹を誘いたい者たちに挙手してもらい、その人数を確認していく。十人くらいだ。

 メモに人数を書き込んで、話を続ける。


「予定では今月の終わりか来月頭。現地集合。移動費用は往復三千円弱。宿泊はいくつかのコテージを借りることになってる。料理は材料をこっちで準備して、皆で作ってもらうことになると思う。詳細は期末考査が終わったときに再度報告。補習で不参加にならないよう頑張ってくれ」


 最後の発言に皆から気合の入った返事が上がる。

 それを聞き大助は、今回のテストはクラス全員の成績がよさそうだと苦笑いした。

 力人が席に戻り、大助が解散と告げて、クラスの話題は海水浴のこと一色となった。

「一足早い修学旅行だ」「新しい水着を買おうか」「セクシーなものを期待する」「波辺にふさわしい筋肉をっ」「ダイエット頑張ろう」

 こういった声の中に、当日の天候を心配する声も聞こえてきて、将義は当日雲の流れを操作しようと考える。

 近づいてきた力人に将義は労わりの声をかける。


「おつかれー、なんか迷惑かけたな」

「ほんとに驚いたんだからな。まあ、報酬があるからいいんだけどさ。お嬢さんと一緒に出かけるくらいは仲良くなったんだな」

「最初は断ったんだよ。友達と行けばいいって。でも怪我で入院して友達と疎遠になって、誰かとでかけることがなくなったらしくて」

「あー、入院したってのは親から聞いたな。今は誰かと遊べているんだろうか」

「最近はマーナと遊ぶっていうか雑談したりしてる」

「マーナってのはどんな人なんだ? 海水浴に来るんだろう?」

「外国人で、二十歳くらい。事情があって日本に来て、フリーターやってる。派遣会社の人からはキャバクラでトップ狙えるって言われてた」


 嘘は言わず、言っても問題ない情報をばらす。周囲で聞いていた者たちは興味深そうにしていた。


「男が苦手ならそういったことやれないだろうなぁ」

「成人男性顔負けで力が強いから、怪我させる心配もあるしな」


 イベント設営での働きぶりを話して力の強さを説明すると、そっちでも納得したような反応があがる。

 思い思いに話して、気がすんだ者から帰りだし、将義も力人たちと教室を出ていった。

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