第36話 呪い騒動の空回り 1
マーナがバイトを始めて数日経ち、慰労会の日がやってくる。
将義は両親に、人助けしてその人からお礼として夕食をおごってもらえると説明しており、夕食なしでいいと伝えておいた。父親も慰労会参加のため、母親は時間が空くということで実家に顔を出してこようと決めた。
学校が終わり、誰もいない家に帰ってきた将義は荷物を置いて、鍛錬空間に向かう。
パゼルーの気配を探り、そっちに向かうと一人で使うとは到底思えない屋敷が建っていた。石造りの洋館で、上から見るとコの字型だ。二階部分にバルコニーが見える。こうして見ると完成しているが、内装はまだまだだった。
その屋敷の前に、近づいてくる将義に気付いたパゼルーが待ち受けていた。
「お待ちしていました。中でお着替えください」
誰も見ていないのだから着替えるのなんてどこでもいいだろうとは思いつつも、屋敷の中にスーツがあるため屋内に入る。
主用として作った部屋に案内されて、そこでパゼルーの手を借りずにさっさと着替える。
手伝えないことを少しだけ残念そうにしながらパゼルーは、将義が脱いだものを折り畳みベッドに置く。
「乱れがないかの確認をしますので、少々じっとしていてください」
渋々といった感じで将義はじっとする。さっさと終われと思っている間に、パゼルーがネクタイを調整したり、髪をといていく。
「終わりました。どこも問題ないかと」
「そう」
唐谷家の庭へ出口を繋げて、鍛錬空間を出ていく将義の背にパゼルーの見送りの声が投げかけられた。
背後で穴が閉じたのを感じながら、将義は家についたと未子にテレパシーを送る。屋内に入っていいと許可がでたので、玄関に移動し入る。そこから先に行かずじっとしていると、メイドの一人が案内にやってきた。
将義が着ているものの質の良さに少し驚くが、小さく咳払いして表情を元に戻す。
「お嬢様は着替えの最中ですので、リビングに案内いたします」
そう言ってメイドは以前説明を行った部屋へ将義を連れて行く。
そこでソファーに座り、家人を待つ。そう時間がかからずに正樹がやってきた。
「やあ、先日に続いて今日もありがとう」
「いえ、父親が参加するのでそのついでです」
「そうかい。ついででも助かるのは事実だ。礼を受け取ってもらえるとありがたい」
将義が頷いたことで、正樹は嬉しそうな表情を浮かべた。
「しかしいいものが準備されているとは聞いたが、そこまでとは思わなかった。優に百万円を超すだろう、それ」
「うちの馬鹿が勝手に用意したもので、今後着るかどうかもわかりませんけどね」
値段を聞いて、やはり無駄遣いだと思いつつ答える。
実際はパゼルーの懐はあまり痛んでいない。現金が手元になかったので、長く生きている間に手に入れた宝石と素材持込みで支払をすませたのだ。将義のためならもっと大きな金額になっても懐が痛いとは感じない。
「うーん、話に聞いていたが部下に対し辛辣だね」
「そりゃ当然です」
母親に憑依されて二ヶ月もたっていない。そんな短期間で信じるほど将義は他人に心を許さない性質だ。
未子やフィソスにも完全に心許しているわけではないのだから、パゼルーに対してはなおさらだ。
パゼルーもそんな将義の考えは理解していて、自分にだけ向けてくれるそのような感情を嬉しく思っている。信頼を向けられるようになったら、それはそれで感激するだろう。どちらにしろパゼルーの狂信は無敵感が半端ない。
「部下を労わることも上司の務めだ。今の君ではいつか部下は離れていく」
「むしろ離れてほしいのですが。神も悪魔も妖怪も精霊も幽霊もない、以前のようなごく普通の生活に戻れたら最上です」
「……そうか」
言外に今回のようなことも嫌だと正樹は察する。
(よほど異世界でのことが堪えたのだろうな。家族と友人以外に関心が薄い。大人としては子供がこのように厭世的な感情を持つことは見過ごせないが、経験してきたことが違いすぎてアドバイスを送れる気がしない。たしかに世間は汚い部分もあるが、綺麗なところもたくさんある。そういったところを見て、人や世界に関心を持ってほしい。そう誘導することが娘を助けてくれた恩返しになると信じたい)
恩返しの第一歩として提案する。
「夏に未子から海に行かないかと誘われたらしいね」
「そんな話もありましたね」
あまり行く気がなかったので、忘れていた話だった。
「男親としては娘が男とでかけるのは少し心配でね。君の友人たちも誘ってみてはどうだろう。君のクラスにはうちの分家の子もいるみたいだし、その子を通してクラスで参加者を募集するというのは。招待先は人の少ないビーチだから参加者は男女問わず多いだろうし、参加費も行き来の交通費くらいだ」
「いやそこは海に行くのを中止すればいいだけでは?」
「未子が楽しみにしていたから、中止すると嫌われてしまう」
「だったら唐谷さんの中学時代の友達を誘う方向でいくのはどうでしょうか。友人との久々の遠出は楽しめると思いますよ」
「彼女たちとは都合があわず、疎遠になりがちらしくてね。夏も予定が合うかわからないのだよ」
これは嘘ではない。常日頃所属する共同体の身近な付き合いを優先するのか、メールなどはしても直接会うことはできないでいるのだ。
「いきなりそんな話を向けられて力人が驚くと思いますよ。どう説明するつもりなんですか」
「ありのままとはいわないが、ほぼそのまま説明する気だ。娘が男とでかけるのが心配だから、力人の周辺を巻き込むと。親馬鹿だと思われるだろうが、実際心配する気持ちも嘘ではないしな」
「んー……俺が行かなければ問題ないような? マーナは行くって言ってたし、おそらくメイドさんもついていくでしょう? 女のみだからそこまでしなくても大丈夫じゃないです?」
「マーナ君が行くから心配な面もあるのだよ。あの容姿に雰囲気、確実に男が寄ってくるぞ。未子にも近づくということだ。そんなとき君が一緒にいれば安心だ」
「心配って言ってるのに、安心だとか」
「見知らぬ男よりも君の方が安心なのは事実だ。こういうのはあれだが、未子に女性的な魅力を感じていないだろう?」
娘を可愛く思っている正樹としては、関心をもたれないのは複雑だ。こんなに可愛いのだから少しくらいは関心持てよと思うと同時に、娘はまだまだ誰にも渡さんぞとも思う。男を近寄らせたくはないが、総スルーもそれでイラッとするのだ。
「まあ、そういった目で見てるつもりはないですね」
「そんな君だからそばに置けるというものだ。ほかの男たちも君が近くにいれば、無理にナンパすることもないだろうさ」
そもそも招待する予定の場所には性質の悪いナンパはいない。将義を誘う理由として大げさに語ったのだ。
正樹の心を読んでいれば考えがわかっただろうが、日頃からそんなことしているわけではない将義は語られた理由をそのまま受け取る。
「マーナが同行することで発生する問題ですか。ありえないわけじゃなさそうなのが……前向きに考えておきます」
「そうしてくれると助かる」
なんとか上手くいきそうだと心の中でほっと安堵する正樹。
話が一段落ついたタイミングで着替えや化粧を終えた未子と翔子が入ってくる。
翔子は白のスーツ。未子は乳白色のフォーマルドレスで、袖がシースルーになっている。靴は小さなコサージュのついた白のパンプスだ。
「おーっ綺麗だよ」
正樹は未子に近づいて軽くハグをする。
嬉しげな顔で正樹から離れて、表情を少し緊張したものに変えて未子は将義に近づく。
「どうかな?」
「似合ってると思うよ」
将義は表情を変えず、あっさりとした感想を言う。それに満足そうな表情を浮かべた未子。飾られた褒め言葉は何度も聞いていて、あっさりとした方が嬉しかった。将義の顔を見ればお世辞ではない思ったことを口に出しただけとわかるのだ。
皆の準備が整い、スーツ姿の遥が車を玄関前につける。それに乗り込み、会場であるホテルへと出発する。
そろそろ到着するという遥の報告を受けて、将義は新たに作った変装セットで顔を変える。今回はカツラは用意しておらず、顔だけを変えた。
「魔法というのはすごいな。違和感がない」
「ええ、本当に」
魔法を使う前はマスクだったものが、顔にぴったりと張り付いて肌の質や表情の動きに違和感がまったくない。
それを見て正樹と翔子は驚き、未子は将義の頬を突いて感触を確かめている。
「大丈夫なようですね」
彼らの反応から問題なしと確認し、将義はもうやめいと楽しそうだった未子の指を掴んでおろす。
車がホテルに到着し、従業員の誘導で入口前で停まる。
「皆様、のちほど合流いたします」
遥は皆が降りると駐車場へと車を移動させる。
ホテルに入ると大広間前の受付にいた社員が、正樹の到着に気付き近づいてくる。
「社長、お待ちしていました」
頭を下げる社員に、正樹は現状なにか問題が起きたか尋ねる。
「少々遅れるお客様がいるというだけで、これといって大きな問題はありません」
「よろしい。このまま予定通り進めてくれ」
「はい。こちらで来客名簿に記入もしておきますか?」
「うむ。事前の連絡通り、四人だ」
社員は翔子たちを確認し、将義を見て首を傾げた。
「こちらの方は? 社長は三人家族だと伺っていましたが」
「大事な客だ。ちょっとしたお礼も兼ねて今回の慰労会に誘ったのだよ。お偉方へと顔合わせとかではなく、美味いものを食べてもらおうとな」
なるほどと社員は頷く。着ているものが一目でいいものとわかり、こういった場に気後れしている様子もなく、どこかの金持ちの息子かなにかだろうと判断した。
お楽しみくださいと言ってくる社員に、将義はありがとうと返す。
用件をすませた社員は受付に戻っていった。
「では行こうか。食事は本格的に開始してからでないと食べられないから我慢してほしい。スケジュール上はまだ準備中だからな」
「わかりました」
ちなみにと正樹は小声で続ける。
「会場に怪しい魔法とかはあるかね」
将義は会場にちらりと視線を向けて首を振った。
「ないですね。誰かが護衛に連れてきたらしい能力者はいますが、彼らもなにかしらの術を使った様子はないです」
「そうか。未子のことがばれる可能性は?」
「きちんと隠してありますから、最低でも精霊辺りじゃないと見抜けません」
よかったと胸をなで下ろし正樹は翔子と腕を組み、会場に入る。その後ろを将義と未子が歩く。
会場は中央にテーブルが置かれ、その囲いの中で料理人が材料の確認などをしている。すでに料理やデザートが載った大皿もある。あちこちに椅子のないテーブルがあり、天井にはきらびやかなシャンデリア。テーブルにはシミやシワ一つないテーブルクロス。会場の隅ではピアニストが穏やかな曲を弾いていた。
先に来ていた者たちは飲み物をテーブルに置いて挨拶や雑談に興じている。
やってきた正樹に気付いた者が集まり、一言挨拶をと話しかける。応対は正樹と翔子がして、将義と未子は会場を見回していた。
そんな二人を見て、客の一人が尋ねる。
「彼はお嬢様の婚約者ですか? まだ早いと言っていましたが、お決めになられたのでしょうか」
少し興味深そうにする者たちに視線を向けられ正樹はにこやかに首を横に振る。
隣で聞いていた翔子としては未子もまんざらではなさそうだし、家庭を不測の事態から守るという意味でも悪い話ではないと思っていたが。
「いえいえ違いますよ。あの子にはまだ早いというのに変わりありません。彼はちょっとした恩人でしてね」
社員にした説明を同じことを話す。
挨拶は途切れることなく、その中には将義の父親もいた。といっても上司についてきただけで挨拶は上司がやっていたが。そんな会社人としての父親を将義は格好いいぞと万感の思いを抱いていた。
挨拶にきたのは大内幸次もだった。以前と同じように車椅子の少女を連れて、簡単な挨拶をして離れていく。
やがて慰労会開始時刻になり、挨拶のため正樹が呼ばれていった。
将義は挨拶中、静かな会場を改めて見渡し、挨拶している者を眺めている大内幸次を見つけた。今のうちに記憶を探ろうと、隠蔽と探査の魔法を使う。
事前に使っていた隠蔽魔法のおかげで、魔力はわずかなゆらぎも起こさず、会場の能力者たちは魔法が使用されたことに気付かなかった。
将義はじっくりと大内幸次の記憶を読んでいき、考えや行おうとしていることを知る。祭り会場で使おうとした寿命削りの強化版を日本全土を対象に使おうとしていた。削れる寿命は五年ほど。これによって高齢者や重病人が一斉に死んでいくだろう。
これを母神と天照大御神は把握してたが、人間の自業自得な面もあるし、対象が人間のみで日本が壊滅するわけでもないので少しの情報を流して放置の方向で決めていた。数ヶ月の間に日本全土を巻き込んだ流行病のような術が発動すると知らされた国は大慌てで動いている。
これを知った将義も放置でいいやと決めた。日本中で多くの被害が出る計画だったが、いつものごとく他人のことだと気にしなかった。やることは計画発動時に佐備方市を覆う結界をはることだけだ。それだけで親と友人が守れるため満足だった。
将義の関心は大内幸次からパーティーの料理に移り、早く食べたいと挨拶を聞き流していた。
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