第39話 呪い騒動の空回り 4

 幸次は解呪を諦めきれず、裏堂会で働き続け、解呪方法を探し求めた。そして見つけたのだ。


「……」


 享介の謝罪に無言ではあるが、幸次の手は白くなるまで強く握りしめられている。謝罪がなにになるというのか。灯を救えるのか、死んだ妻を生き返らせるのか。

 その気持ちを察しつつ享介は続ける。


「しかしじゃ。どのような理由があろうとも、罪なき人々が苦しみ死ぬことは避けたいのだ。そしておぬしが罪を犯すことも避けたい。灯ちゃんが悲しむであろうからな」

「いつ気付いたのかお聞きしても?」

「いつといえばおぬしたちが被害にあったすぐあとには兆候を感じていた。だが灯ちゃんを放って動くとは思えなかったから様子見していた。怪しいそぶりを見せれば動くつもりだったが、ここまで密やかに事を運ぶとは思わなんだ。もとより備えていた優秀さと執念のおかげかの」

「運の良さもあったのでしょうね」

「運とな」

「ええ。諦めずもがき続ける俺に興味を持ち、手を差し伸べるような存在がいました。なにかを隠すことが得意な奴がね」

「もしや」

「出番だ! ハルターン!」


 空へと幸次が呼びかけると、幸次に協力している悪魔がすぐに舞い降りた。


「呼んだか」

「目の前の老人を無力化してくれ。計画の邪魔になる」

「契約はまだ守られている。ならば相応の働きをしよう」


 享介は驚きの顔で、ハルターンと呼ばれた悪魔を見る。探査系の術が得意な自分が悪魔の気配を一切感じ取れなかったのだ。

 なにに驚いているのか察した幸次は再度説明する。


「なにかを隠すことに秀でていると言ったでしょう? 当然悪魔の気配も隠していたのですよ」

「各地に施された呪もその悪魔の力によって隠されておるのか?」

「それもありますね」

「せっかくの機会だ。どのようなものをどのように使っているのか、聞かせて欲しいものじゃが」


 時間稼ぎかなにかかと少しだけ考え込み、悪魔を見てなにも問題ないとという意思の頷きが返ってくると幸次は口を開く。


「マニトゥという存在をご存知でしょうか」


 享介はすぐに思い出して確かめるように口に出す。


「……たしかアルゴンキン族などに関わりのあるものだったか。様々なものに宿る力を祀り神格化したものと聞いたことがある」

「おおむねその通りですね。計画を進めるにあたり、始動まで呪が見つかるわけにはいかず、どうしたらいいかと考えていたとき、海外の事件報告書を読んでマニトゥの存在を知りました。それそのものを利用は無理でしたが、近いことをやればと考え、霊脈近くの力を集めて呪を施し、儀式を行い意思無き精霊としてとりつくろいました」

「やはり霊脈にあったのか」

「まあ、日本全土に呪を広げようというのですから、そこくらいしかないでしょう。能力者の常識では精霊は人に無関心か嫌悪しているのがほとんどというものです。だから霊脈近くで精霊を見かけて話しかけて無視されても、それが当たり前と考える。精霊に見せかけた意思なき呪だと気づかずにね。あとは時期がきたら一斉に発動させればいいだけというわけです」

「思い込みを利用したのか」

「ハルターンの力もあって誰も気付けなかったようで無事に期日まであともう少しというところまできました。あなたを逃さなければ誰にも知られずこのままいけるでしょう」

「相当に苦戦が予想されるが諦めるわけにはいかん!」


 享介は腰の後ろから匕首を抜いて構える。

 ハルターンは徹底抗戦の様相を見せた享介を上機嫌に見る。


「では力の限り足掻いてもらおうか」

「年寄じゃからと舐めるでないぞ!」


 匕首に霊力を込めて、享介はハルターンに立ち向かっていった。


 ◇


 期末考査最後のテストが終わり、開放感に満たされた将義たちは大助が職員室に帰り、自由になった教室で教科書などを鞄に詰め込みながら、雑談をしている。


「今回もいい感じだったぜ」


 嬉しそうに仁雄が言い、陽子も同意だと嬉しげに頷いた。教室の誰もが感じていることだが、海水浴という餌を抜きにしても、今年は勉強がスムーズで嬉しく思っている。

 そういった顔を見て将義は、集中できるよう少しだけ力を貸してよかったと心の中で喜んでいた。


「はいはい、ちゅうもーく」


 力人が教壇に立ち、皆に呼びかける。それだけで皆どういった用件なのか気づいて静かになる。


「うん。こう一斉に静かになると怖いな」


 正直な感想にクスクスと笑いが聞こえてくる。


「以前伝えように期末考査が終わったんで海水浴の詳細を伝えようと思う。気が早い奴はもう水着を準備したんだろうか? ここで中止になったと言ってみたいところだけど、そんなことにはなってないから安心していい」

「中止になる可能性もあったのか?」


 誰かが聞き、力人が頷く。


「マサがお嬢さんに嫌われるようなことをしていれば中止になってたと思う」

「特に好かれることも嫌われることもやってない。テストを優先して放置気味だったし」

「それはそれでどうなんだろうな? いやテストを優先ってのはわかるが。お嬢さんつまらなそうにしてなかったか?」

「特には? 目標を一つ達成してむしろ嬉しそうだったよ」


 ドーム内で驚くことがなくなったのだ。あとは猫の前でもその平静状態を維持することができれば、猫カフェにでも行って楽しむことができるだろう。


「そうか。詳しくは聞かん、プライベートなことだろうしな。それよりも海水浴だ。時期は今月末三十日と三十一日に決定だ。必要資金は以前言ったものと変わっていない。酒といった未成年に禁止されているものは持ち込みは禁止だ。持ち込んだ奴がいれば即座にビーチからたたき出す」


 いいなと語気を強めた力人に、全員が頷く。


「榊先生はどうなの? 大人だし持ち込むのはありと思うけど」


 琴莉が必要なことだろうと聞く。夕食後にビールを飲んでいるところを何度か見ている。ビーチでも飲みたがるのではと思ったのだ。


「先生は自己責任で持ち込みあり。クラスメイトに馬鹿をやろうとする奴がいなくて助かる。あと俺たちだけじゃなくて他の客もいるから過剰に騒がないように。ある程度は流してくれるだろうけどな」

「ほかにやっちゃいけないことはあるの?」

「常識に沿って行動してくれれば大丈夫だろうと思う。ゴミを捨てっぱなしにしない、しつこくナンパしないとかな。はしゃぎすぎて水分補給怠ったとか、そういったこともしないように。熱中症で寝て過ごすとか馬鹿らしいだろう?」


 力人は集まる駅と集合時間を黒板に書く。


「ほとんどの奴が電車だろう。午前八時半の電車に乗って、向こうに着く時刻プラスαな時間を集合時間にしている。そこから徒歩三十分くらいのんびり歩いて現地到着だな。ちなみに向こうが月光スポーツ館にバスを準備しようかと言ってきたが俺から断った。さすがに金を使わせすぎだ。コテージとかでそれなりに金がかかってるしな」


 バスを断ったことに関して文句はでなかった。そこまで至れり尽くせりはさすがに気が引ける。宿泊費と食費がタダというだけでも助かっているのだ。


「コテージは四つ。男女に分けて、参加予定の年少組はどうしようかと思ってる。家族と一緒にするか、ひとまとめにしてしまうか」

「家族と一緒の方が世話をする側として助かる」「そうだね」「俺も一緒の方がいい」


 こういった意見が出て、力人は家族と一緒の方向で決定した。


「俺とマサとお嬢さんとマーナって人とお嬢さんの付き添いは、小さめのコテージが用意されてるからそっちだ。いいな、マサ」

「あいよー」

「医務室も兼ねているから、気分が悪くなった人はこっちに来るように。これでだいたいは伝え終えたと思うが、なにか質問は?」

「花火の持ち込みはあり?」

「あり。ただし打ち上げは駄目。手持ちで楽しむように。火の扱い、ゴミの後始末にも注意すること」

「おかしは何円までで、バナナはお菓子に含まれますか!?」

「俺としては一万円くらいをお菓子につぎ込む馬鹿がいないか期待している。あとバナナは含まれます」


 ネタにネタで返し、ほかの質問を待つ。


「急遽行けなくなった場合の連絡先を教えてほしい」

「俺の携帯番号を黒板に書くからメモしてくれ」

「親が一言お礼の挨拶したいとか言ってたけど」

「それは俺からはどうにも言えないなぁ。一応お礼を言っていたと伝えておくけど」

「形見で、国からも所持許可をもらっている刃物があるんだけど、持ち込んでもいい? これなんだけど。許可証はこっち。先生も知ってる」

「……国から許可は本当にとってるんだな? だったらいいとは思うけど、抜いて振り回さないことを切に望む」


 想定していない質問に力人はギョッとして、ほかの者も似たような顔になっていた。


「ほかのクラスの奴が羨ましがってついていきたいって言ってたが」

「却下。それ認めるとどんどん増えるだろ。こっちにかかる負担が大きすぎる。どうしても来たいならすべて自腹で来いと伝えておいて」

「自腹ってお金だけでいいのか?」

「ビーチに入るためのツテとかも自分でどうにかする必要がある」


 無理じゃね?と声が上がり、力人は無理だろうなと返す。


「参加人数は伝えてあるから、当日来て同行しようとしても入れないとも言っておく」


 ここらで質問は出尽くしたようで、改めて聞きたいことがあったら後日聞いてくれと言い、力人は檀上から降りる。

 話が終わりワクワクを隠さず仁雄が将義に話しかける。


「海水浴楽しみだな! うちの双子も楽しみだって言ってたぞ」

「楽しんでくれると計画に協力した力人も嬉しいんじゃないか?」

「お前はデート楽しみじゃないのか?」


 仁雄がからかい気味に言い、将義は大きく反応せず手をぱたぱたと振って否定した。


「デートではないよ。俺としてはクラスメイトと遊べることが楽しみだしな。唐谷さんは放置するかもしれん」

「放置はしちゃ駄目だろう」

「マーナに任せればいいと思ってるし」

「ちゃんと相手しあげてよ。のけものにされて寂しそうなところ見たくないからね」


 陽子がそういった場面を想像し、げんなりとしつつ言う。


「唐谷さんコミュニケーションが苦手ってわけじゃないし、自分からからみに行くと思うよ。そのときは相手したげて」

「わかったわ。でも九ヶ峰君のところに行きそうだけどね」


 惚れた腫れたというわけでなく、知人よりも見知らぬ誰かを優先はしないだろう。

 話していると鞄を持った力人が近づいてくる。


「よー、マサ帰ろうぜ。それとあとで一緒に買い物行かね? 水着買おうって思ってんだ。そのあとは体を動かしたい、おもいっきりな」

「いいぞ、俺も買おうと思ってたし」

「俺も運動したいから行くぞ。水着は双子と一緒に買うつもりだけどな」


 帰るべ帰るべと立ち上がり、陽子も一緒に帰るらしく立ち上がる。

 将義は家に帰り、母親の作ってくれた昼食を食べて家を出る。待ち合わせの公園で浮遊霊をぼーっと見ていると力人と仁雄がやってくる。

 ショッピングモールには、将義たちと同じようにテスト明けでのびのびとした表情の中高生がいた。


「二人ともこんなのはどうだ?」


 水着を探していた将義たちに仁雄がラメ入りのブーメランパンツを見せる。本気ではないようで顔に笑みが浮かんでいる。

 「ないなー」「お前がはけ」という返答に仁雄は笑いながら元の場所に戻す。


「秋根たちならラメ入りじゃない、ああいうのはきそうじゃないか?」

「「あー」」


 ポーシングをとった姿がありありと想像できて、将義たちは納得し頷く。実際には彼らはショートスパッツ型を使っているので、想像のような姿ではない。

 雑談しながら選んだハーフパンツの水着を購入した将義たちは、月光スポーツ館に向かう。ここにも将義たちと同じことを考えた中高生がいて、汗を流し楽しそうに遊んでいる。


「なにやる?」

「屋内よりは屋外で思いっきり動きたい気分だ」

「バスケかフットサルか。てきとーなところに混ぜてもらうか」

「そうすっか」


 目に入ったフットサルをやっている人たちに声をかけて、了承をもらえた三人は混ぜてもらう。

 連日の勉強で訛った体を動かし、暑さに負けず遊ぶ。終わった頃には汗だくだったがすっきりとした表情だった。

 ぱたぱたとシャツを動かし空気を入れ、シャワー浴びてえなと言いつつ、それぞれ帰路に着く。

 将義は家に帰ってすぐにシャワーを浴びて、さっぱりとした様子でリビングに入る。


「今日のごはんはなに?」

「冷しゃぶと具だくさん味噌汁よ。ちょうどいいからタレの味見してくれない?」


 小さじで渡されたタレを将義は口に含む。醤油と酢と生姜と大根で作られたタレは濃すぎずさっぱりとした味で、豚肉に合いそうだと親指と人差し指で〇を作る。

 よかったと母親は笑い、タレを冷蔵庫に入れる。

 将義は水を飲んで、二階にいると言って部屋に戻る。テストでわからなかったところを確認していると父親が帰ってきて夕飯に呼ばれる。

 夕飯を食べながらテストのことだったり近々ある三者面談のことを話す。会話を続けながら食器の片付けを手伝い、穏やかに時間は流れていった。

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