第34話 淫魔と分身のバイト 5

 体力魔力ともに完全回復とはいかないが、ある程度回復した悪魔は異界を消して、協力者の元へと向かう。

 姿を消しながら佐備方市から空を飛び一時間弱。住宅街に接近し、一軒家の庭に着地する。表札には大内と書かれていた。

 部屋の一つに明かりがついて、一分ほどで縁側のガラス戸が開かれた。

 顔を見せたのはイベント会場で車椅子の少女と来ていた男だ。


「会場はどうした」

「ばれたぞ」


 悪魔の一言で、大内はすぐに察した表情になる。


「まさか、入念に隠してあったはずだぞ。組織の人間か?」

「さてな。そういった情報はでてこなかったからな」

「……詳しく聞きたい中に入れ」


 大内が中に引っ込み、悪魔は灰色の布で体全体を覆った白髪の男へと姿を変えて屋内に入る。屋内はどこにでもある一般家庭といった様相で、戸棚の中にフォトフレームがあり、今よりの若い大内と女と抱かれた赤子の写真があった。

 大内が椅子に座り、向かい合うように悪魔も椅子に座る。


「最初から話してくれ」

「そうだな……人間が準備を終えて帰り、日が暮れた。そのまま時間が過ぎると思っていたが、お前が提供した発電機に干渉を受けた。それに気づき、発電機の近くにいた人間を異界に引きずり込んだ」

「発電機に触れる程度では干渉したとみなされなかったはず。ということは本当にばれたのか」

「異界に入れたのは一人の人間の女。二十の半ばほどか、日本人の顔立ちだった」

「そいつ一人だったのか? ほかに仲間は?」

「いなかったな。その場にはとつくが。離れた場所で待機していたとしたら知らん」

「そうか。それでどうなった」


 戦い、自爆されたと悪魔が話し、大内はなんとも言えない表情になる。


「自爆? そこまで覚悟を決めた奴なんぞ陰陽寮にも裏堂会にもいそうにないが」

「自爆といったが、本当にそうなのかはわからん」

「どういうことだ」

「死体が見つからなかった。そこにいたという痕跡がなにもみつからなかった」

「自爆したのだから当然じゃないか」

「衣服や肉や骨のひとかけら、血肉の匂い、魂の残滓さえもなかったのだぞ。さすがにおかしいだろう」

「そこまでなにもなかったのか?」


 頷いた悪魔をじっと見た大内は、嘘を言っている様子がないと信じることにした。そしてどういうことだろうかと考える。


「神や天使だったということは?」

「人間の力だったな。人間にしてはよく鍛えられていた。これまで見たどの人間よりも強かったかもしれない」


 弥生の総魔力は人間の超えるものだったが、将義によって隠されていたので見たまま感じたままを悪魔は判断材料にしていた。隠蔽されていなくとも、悪魔と遭遇するまでにいくつか魔法を使って間の限界近くまで落ちていたので、人外判定はされなかった可能性が高い。


「そこまでの実力者ならば探すのは簡単そうだが、二十代の女でそこまで強い奴なんていただろうか」


 男であれば伸太郎かもしれないと思ったのだが、女で該当するようなものなどいなかった。

 これまでどこぞの隠れ里にでもいた者だろうかと考えて大内はふと思い出すことがあった。少し前に聞いた超人の噂だ。


「たしかパソコンに保存していたはず。少し待ってろ」


 大内は自室に戻り、仕事に使うノートパソコンを持って戻ってくる。立ち上げて、フォルダにある似顔絵をクリックして映し出す。画面を悪魔へと向ける。


「その女はこういった顔だったか?」

「ああ、よく似ているな。こいつは?」

「超人がいるとちょっとした噂が流れ、それと一緒に手に入った似顔絵だ。実在したのか、しかし自爆。いや超人というくらいだから自爆に見せかけて瞬時にどこかへと消えた? おい、そいつはほかになにか言っていたか」

「今回のことは知人が巻き込まれるから動いたと言っていたな。知人が巻き込まれなければ無視していたとも」


 人命を無視するような発言に驚きつつも気になったことを期待せずに聞く。


「正体に繋がるようなことは?」


 悪魔が首を横に振ったことで、がっかりすることなく大内は頷く。


「祭りへのちょっかいは止める」

「だろうな。またあれが出てきて、邪魔されるだけだろう」


 今回の交戦で己の強さといった情報を持っていかれたはずで、次会うときは対策をとられているだろう。それでも負けはないだろうが、足止めなどはされるはずだ。そんな状態で作戦決行などできるはずもない。


「お前も生きていると判断したのか」

「あれだけ死んだ証拠がでてこなければ、そりゃ生存を信じる。で、このまま実験も止めるのか」

「いや金はかかるが、北海道か九州でやる。さすがにそこで邪魔が入れば諦めるが。そのときにまた待機を頼むだろう」

「お前が契約を果たすかぎりは働くさ。出番が来たら知らせろ」


 悪魔は庭に出て、元の姿に戻るといずこかへと飛び去った。

 大内はパソコンの電源を落とし、ガラス戸を閉めて再びベッドに戻る。

 ベッドに入ろうとするとパジャマの袖をくいっと引かれる。引っ張るのは小さな手で、同じベッドに寝ていた娘だ。


「灯(あかり)、起こしたか。すまないな。まだ朝になってないから寝てなさい」


 灯と呼ばれた少女は手をちょこちょこと動かして、手話を行う。


『お仕事?』

「そんなもんだよ。もう終わったから。一緒に出かけてはしゃいで疲れたろ? パパも寝るから灯も寝よう」


 灯は大内の言葉に頷いて、ベッドに入った父親に抱きついて目を閉じる。

 娘の頭をゆっくりと撫でて、大内も目を閉じる。小さな娘の温かさが心地よい。


(決行まで一ヶ月と少し、計画も大詰めなのだ。すべてはこの子のために。超人といえども邪魔はさせん)


 妻に娘のことを託された日から、娘以外の誰が嘆き悲しんでもやり遂げると誓ったのだ。

 今は亡き妻のことを思い出して決意を思い出す父親から伝わってくる悲壮な雰囲気に、娘の表情がわずかに歪む。

 目を閉じていた大内には娘の表情は見えなかった。


 ◇


 マーナが鍛錬空間に戻り、日が暮れるほどに時間が流れ、未子がやってくる。

 待ち合わせ場所にしていたテーブルのあるところが明るいので、マーナがいるとわかり、そこを目指す。


「こんばんは、マーナ」

「ええ、こんばんは」


 雑誌を見ていたマーナはひらりと手を振って挨拶を返す。

 未子は椅子に座り、給料袋をテーブルに置く。


「これが今日の給金だよ。税金とか細かいことはこっちで対処してるから考えてなくていいよ。一万五千円入ってるから確認お願い」


 マーナは封筒の中身を取り出し、未子の言った額と同じ額が入っていることを確認する。


「弥生さんにも確かめてもらいたいんだけど、どこにいるの?」

「弥生は会場に残ってるわよ」

「なんで?」


 仕事が終わったのに残ってる理由がわからず未子は首を傾げた。残業があったならマーナも残っているはずで、マーナがここにいるということは別の理由なはずだと考える。


「実験目的の発電機というものに術が仕込まれてたんだって。その術を壊すために向こうで夜を待つって言ってたわね」

「発電機……ああ、あの人から提供された」


 父親に挨拶に来る人たちの中に、発電機の稼働実験する場を提供してくれた礼を言いに来た男がいた。車椅子の少女と一緒だったので印象に残っていたのだ。


「どういった術だったの?}

「祭り会場の人間の寿命を削るってものらしいわ」

「っ!?」


 あっさりと告げられたとんでもないことに、未子は言葉なく驚く。


「え? ちょっとなんでそんな術が仕込まれて? 仕込んだのあの人なの? どうなってるのか教えてマーナ!」

「私もまだ詳細は聞いてないから」

「なんでそんな落ち着いてるのよ!」

「いやだって主が対処に動いてるし、どうとでもなるでしょ」

「あ」


 マーナの返答が、胸にすとんと落ちる。動揺も焦りも消えて、未子は脱力しテーブルに突っ伏す。


「そうだよね。九ヶ峰さんが動いたなら大丈夫かー、すっごく焦った」


 でもと新たな疑問が湧いて未子は体を起こす。


「九ヶ峰さんが動いた理由が少し不思議。住んでるところから離れてるし、あまり積極的に動きそうにないんだけど」


 自分の記憶を消して対処しようとした、人間関係を重要視しない様子を思い出す。誰かを救うためという正義の味方のような動機では動かず、情に訴えてようやく条件付きで頷いてくれた将義が、不特定多数のために動くだろうかと思う。


「さすがに被害範囲が広くて、見逃すのは気が咎めたんじゃない?」

「そうなのかなぁ」

「気になるなら聞いてみればいいじゃない」


 そうしようと未子は鍵を手に念を送る。


『なに?』

「マーナから発電機に術が仕込まれていたって聞いたんだけど、どうしてそれを壊そうと思ったのか聞きたくて」

『父さんの会社が協賛してたからだけど? イベント当日に父さんが会場に行くかもしれないし』

「それだけ? たくさんの人に被害がでるからじゃなくて?」

『それだけ。寿命が削れるっていってもせいぜい三日。それくらいなら寿命の長さからみると誤差だろ』

「父親の寿命が削れるのを防ぐために動いたのに、他人の寿命は誤差っていっちゃうんだ」

『赤の他人はどうでもいいけど、家族は誰だって大事だろうに』

「まあ、そうなんだけど……もっと他人に関心をもってもいいんじゃないかなーって」

『今でも十分すぎるほどにもってるつもりだよ。でなきゃ唐谷さんが幽霊のとき悲鳴を上げてたのを無視してた』

「あ、そっか。そうだよね。ごめんなさい。九ヶ峰さんすごい力あるから、それを使えばもっとたくさん救えるって思ってた。力があるからってやらなきゃいけないわけじゃないんだよね」


 力を使った結果、将義が多くの人に恐怖された過去があると思い出したのだ。それでも少しでも他人に関心を持っている現状を喜ぶことこそすれ、もっともっとと強制するのは精神を傷つける行為なのだと反省する。


「本当にごめんなさい。できればどうなったかだけでも教えてもらえると助かります」

『ちょっと待って……まだ動いてない。術をどうこうするのは深夜じゃないか』

「じゃあ明日の朝にでもわかるかな?」

『だと思うよ』


 明日朝に連絡を取ると伝えてテレパシーを切る。


「ちょっとしたおねだりに収めて、一般人の範囲を超えない接し方って思ってたはずなんだけどなぁ」


 将義が一般人として過ごしたいという願いを知っていて、神のように思っての接し方はやらないと以前決めた。それから外れる言動だったと反省する。

 マーナは落ち込む未子を不思議そうに見ている。


「力を持つ存在に期待しちゃうのは普通のことじゃない?」

「九ヶ峰さんはそれを避けたがってるから。以前痛い目を見たらしくてね」

「なにがあったか未子は知ってるんだ。聞きたいけど話しても大丈夫?」


 遠くから二人の様子を見聞きしていたパゼルーも興味がある内容で、聞き逃さないよう集中していた。

 だが未子は首を横に振る。


「私から話しちゃだめなことだよ。私に話してくれたのも記憶を消すからだったし。聞きたいなら本人に頼むべき」

「無理かしらね。教えてもらえるほど信頼されてないだろうし」


 そもそもマーナはいつか離れることになっている。そのような者に弱みともとれる心情を吐露しないだろうし、現状将義は誰にも話す気がないので、どんなに親しい存在が頼んでも無理だ。

 辛気臭くなりそうな話題を無理矢理返るため、未子は新たに持ってきたファッション雑誌をマーナと見ることになる。

 話題変換だとマーナも気づき、追求することなく雑誌を覗き込む。パゼルーもまた仕事に戻る。


 翌朝、今日はなにをして過ごそうかと思っている将義に、未子から連絡がくる。

 このまま話してもいいが、マーナも気になるかもしれないと鍛錬空間で話すことにする。

 待っていた二人におはようと声をかけ、椅子を引いて座りやすくするパゼルーにはなにも言わず椅子に座る。


「弥生が残ってどうなかったかだけど。術を壊したときに悪魔に異界に引き込まれて、そこで自爆して終わり」

「簡単すぎない?」


 もうちょっと詳しくというマーナに、わかったと将義は再び口を動かす。


「あれは効果範囲内に入った人間の寿命を削って溜めるもの。それを配置したのは大内幸次。裏堂会という陰陽寮と似た組織の幹部。ここらの地方のまとめ役。あの発電機は彼が多くを出資している会社のものに細工を施した。大内幸次はなんらかの目的を持って、悪魔と契約をしている。なにをしたいのかはわからない。そこまでは悪魔から情報を得られなかった。発電機の稼働実験をついでとして、命の収集の実験を行った。その収集実験がやりたいことに関係してんだろう。朝にちょっと会場を遠視してみたら、悪魔はいなくなってたから、会場で悪魔関連や能力者関連のトラブルは起きないだろうさ」

「うん。いきなり情報量が増えたね。ちょっと整理するから待って」


 未子はそう言い、考え込む。一人でうんうんと頷いている間に、マーナは預かっていた給金を将義に渡す。ついでにバイトに関して尋ねる。


「天使とかがやってる会社はどこにあるのかわかったのかな」

「どうなんだ?」


 背後に控えているパゼルーを見ずに聞く将義。


「見つけることができました。県内にはなく、二県隣に一つあります。場所を見つけただけで、どのような業務内容か経営状態はどうかといったことまでは調査できていません」

「どれくらいの距離か詳細はわからないけど遠いよね」

「車や電車といった移動手段ならば遠いだろう。しかし私たちは空を飛べる。到着に時間がかかりすぎるということはないだろう」

「あまり速度でないんだけど。それに移動で体力使っちゃいそう」


 パゼルーとマーナでは飛行速度や消費体力に差があり、それに伴い移動範囲にも差がでてくる。パゼルーにとっては近場でも、マーナには遠出と思えても仕方ない。


「非力な奴め」

「これでも昔よりは強くなってるんですー。主さん主さんどうにかならない? 簡単に移動速度が上がる方法とか」

「そのようなことで主を煩わせるなど配下失格だろう!」

「配下の世話をするのも主の仕事でしょー」

「仕えることを至上と喜びこそすれ、主に負担かけるなどあってはならぬこと。介錯してやるからじっとしていろ」

「勝手に配下を処分するなんて、あなたこそ配下失格じゃない」

「うっさい、騒ぐな」


 将義が止めて、それで二人は黙る。

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