第33話 淫魔と分身のバイト 4

 問題なく作業が進み昼になって、弥生とマーナは男たちから昼食を一緒にどうかと誘われたが先約があると断って本部テントに向かう。

 未子が二人を待っていて、姿を見つけると立ち上がり大きく手を振る。


「待ってたよ! 向こうにシートを敷いてもらってるから食べよう」


 ほら早くと二人の手を取って歩き出す。

 お偉いさんの娘と一緒に去って行った弥生とマーナを、テント内の者たちはどういった人間なのか予想しあう。

 すごい美人で力が強い人がいるという噂は広まっていたため、そこから未子のボディーガード候補だろうかという意見が出て、それに納得する者が多かった。

 未子に手を引かれて向かった先はグラウンドの隅で、いつぞやの使用人早潮遥が待っていた。敷かれたシートの上にはバスケットや水筒などがある。


「ここまで来てなんだけど、この体とマーナって食事は特に必要ないんだよね」

「えっそうなの!?」

「そうなんだよ。魔力で維持してるし、マーナも似たようなもの」


 悪魔や天使にとって食事は娯楽のようなものだ。味わうことは可能だが、栄養にはならない。体内で消えるだけだ。

 それを聞いて未子ががっくりと肩を落とす。


「どうしてそこまで落ち込むの」


 そう聞いたマーナに、未子ではなく遥が答える。


「お嬢様が弁当作りを手伝ったからですね。美味しく食べてもらおうと頑張ってました」

「あー、それは落ち込むわね。まあ、食べられないわけじゃないからいただくわよ?」


 それでいいでしょとマーナが弥生に聞く。弥生も善意から準備してくれたものを突っぱねる気はなく頷く。

 ぱあっと顔を輝かせた未子は「座って座って」と二人を押す。

 遥がお手拭を二人に差し出し、受け取って手をふいているあいだに、バスケットからサンドイッチなどが取り出され並べられる。タマゴ、ハムチーズ、トマトレタス、キュウリの四種類だ。ほかにミニハンバーグ、温野菜、ポテトサラダ、コンソメスープと十分な量と種類があった。


「ほんとはカツサンドも作りたかったんだけどね。揚げ物はもっと料理に慣れてからって止められた」

「これだけあれば十分」

「そうね」


 どれから食べようか目移りしているマーナがタマゴサンドをとり一口。少し驚いたあとに笑顔になって、良く噛んで飲み込む。美味しいという感想に未子も嬉しそうになる。

 将義もキュウリサンドをとり食べる。噛み千切るとパリンと小気味良い音がする。少しのバターと胡椒というシンプルな味付けながら、食感と合わさって美味いと思えた。

 期待の視線を向ける未子に弥生は口の中のものを飲み込んで感想を言う。

 

「美味いよ」

「やった!」


 短い感想だが、それだけでも未子は嬉しそうだ。

 これならほかのものも期待できそうだと弥生とマーナは次々とサンドイッチやほかのものも食べていく。

 思った以上の満足感を得られた昼食で、弥生はこの味や感想を将義にも送っておいた。 


「ごちそーさま」「ごちそうさまでした」

「はい、お茶」


 満足そうな二人に紙コップが差し出され、それを受け取る。


「あ、そうそう。お給料なんだけど、ほかの人たちは作業が終わったら渡されるけど、二人は私が夜に渡すから。予定外にバイトとして放り込んだから、そんな感じになった」

「きちんともらえるなら問題ないわ。夜に鍛錬空間に来るのよね?」

「うん」

「またファッション雑誌を頼めるかしら」

「いいよ。もうそろそろ夏だし、水着中心のものもいいかもね。弥生さんは夏になにか予定ある?」

「ない」

「だったら一緒に海に行かない? フィソスちゃんも誘って、ついでにパゼルーさんも」


 パゼルーは怖い感じだが、のけものにするのもどうかと思った。


「海には行ってみたくはあるけど、人が多そうなんだよな」

「そんなに?」


 封印されていて外の様子を見ることはできていなかったマーナは首を傾げる。

 弥生は未子に頼んで、スマートフォンで夏の海の様子を検索してもらう。将義がスマートフォンを持っているため、弥生は所持していないのだ。

 画像を見たマーナが「うわぁ」と声を漏らす。


「会員制のビーチに行く予定だから、ここまで人は多くないよ」

「日本にもそういったところあったんだな。俺はどうするかわからないけど、マーナやフィソスが行きたいなら行って来ればいい」


 パゼルーは将義が行かないなら断るだろう。フィソスも似たようなものだろう。


「私は興味あるし、行こう。そのためにも今日以外にもバイトを頑張らないとね」

「マーナは決まりね。友達と一緒に遊べるのが楽しみだなー。弥生さんも前向きに考えててね」

「善処する」


 それ駄目なやつだと遥が心の中で突っ込む。

 そうこうしているうちに昼食時間が終わり、弥生とマーナは作業に戻る。未子たちもこれ以上はやることもないので、家に帰るということだった。

 昼からは力仕事班は二手に分かれる。テントを立てる者と、引き続き重荷を運ぶ者だ。弥生たちは運ぶ方を迷いなく選ぶ。美人につられて運ぶ方に人数が偏ったため正社員が何人かテント側へと人を引っ張る。力があって疲れもみせていない二人は残ったままだった。

 作業が開始して少し時間が流れ、テント資材はなくなり、別の荷物を運ぶことになる。運ぶ物を受け取りに行った弥生は、新しく入ってきたトラックに隠された魔力を感じた。


「急に止まってどうしたの?」

「あの荷物に魔力が込められてる」


 弥生が指差した方向を見たマーナにはなにも感じられなかった。


「私は感知できないわ。危ないものなの?」

「そこまではわからない。近寄って魔法で調べてみないと。あれも運ぶのか聞いてみよう」


 弥生たちが近づいている間に、荷台に載せているものを保護していたブルーシートがはがされる。でてきたのは大型の四角いなにかだ。それがトラックに備え付けられたクレーンで地面へと降ろされる。

 

「すいませーん。これ人力で運ぶんですか?」


 トラックから降りてきた男に話しかける。


「ああ、トラックが入れるのはここまでだからな。今本部テントに人を呼びに行かせたよ」

「これってなんなんです?」

「新開発された発電機だそうだ。ここで試験運用するんだと聞いたな」

「へー。家庭用発電機は見たことありますけど、大型はこんな感じだったんですね」

「あ、すまねえ嬢ちゃん。これを提供者が来たから挨拶に行かねえと」

「いえいえ、説明ありがとうございました」


 男は弥生から離れて、小走りで去っていく。行った先には父親と話していた能力者がいた。


(あいつがこれに関連してるのか。どう考えても普通の発電機じゃないよな)

「なにかわかった?」


 マーナが小声で聞いてくる。それに首を小さく横に振って答えた。


「運ぶときに魔法を使ってみるよ」


 人が集まり、発電機を囲む。男に混ざって弥生たちも声を掛け合って発電機を持ち上げた。重い物ということ以外に、無償での借り物ということで慎重にゆっくり運ぶ。

 いくらでも魔法と使う機会はあり、どういったものか調べることができた。

 運びながら思わず弥生の表情が顰められた。それを周囲は重いからだと思ったが、隠された術の効果に対してだ。

 効果はこの発電機を中心として半径五百メートル内の人間の寿命を削るというものだった。削る量は多くはない。範囲内にいる時間と同じだけ寿命が削られる。これが使われるのは開催期間中で、開催期間は日曜と月曜の二日。丸々二日滞在し続ける人はいないだろうから、多くても削られる寿命は一日だろう。

 それだけなら将義は放置したが、父親がイベント開催中に様子見に来るかもしれず、父親が被害を受けるのなら放置はない。

 この場で解除してもいいが、発電機としての機能と術の発動が一体化しているためできない。イベント開催前にきちんと動くかあとで試すという話も聞こえてくるのだ。そのときに動かなければ急ぎ修理されるか、かわりのものが持ってこられるだろう。やるなら試しが終わったあと、夜更けだろうと手出しを止める。

 発電機を本部テント近くに運び、弥生たちは午後四時まで仕事を続けた。

 バイトたちが正社員から給金を受け取っている間に、弥生は今後の行動をマーナに話して、鍛錬空間に帰す。残った弥生は隠蔽の魔法で隠れて意識を閉ざして夜を待つ。

 自由になった男たちはマーナたちともう少し話そうと探したが姿が見えず、諦めて帰っていった。

 日が暮れてずいぶんと経過し、人の姿は減り、警備員が本部テントにいるくらいで静かになる。


(そろそろいいかな)


 一時間ほど前に目を覚ましていた弥生は本部に誰もいなくなったのを見て静かな発電機に近づく。発電機に触れて魔法を使う。


「『消音』『破壊』『指定』『固定』」


 術式の心臓部パーツを壊し、修理できないようにそのままで固定する。魔法が効果を発揮すると同時に弥生は異界に強制転移させられた。

 そこは雲ったくらいの明るさのグラウンドで、グラウンド中央に二メートルを超す巨体で牛頭の悪魔がいた。感じ取れる力は悪魔の平均を超すくらいか。

 こちらに飛ばされてきた弥生を見て、悪魔は口を開く。


「正直、術がばれるとは思っていなかった。念入りに隠していたからな。俺がここにいたのも念のためで出番などないと思っていた」

「俺も別のところでやるなら気にしなかったよ」

「ふむ? 遠くならば同族の命を削る術を使われても気にしないと聞こえるが」

「そうだけど? 知らない人が死のうが気にしないさ。ここには知人がいたから動いただけで、誰も知人がいないなら無視していた」

「そうか。互いに運がなかったな。俺たちは術がばれずにすんだし、お前は死なずにすんだ」

「ん? ああ、そうか」


 分身だとばれずに本体だと思われていることに気付く。

 分身が消えたところで将義としてはたいして痛手ではない。また変装セットを作る手間があるだけだ。

 目の前の悪魔は感知の類が得意ではないのだろうと弥生は一人納得する。分身だと弥生の隠蔽魔法で隠しているせいでもあるが、感知の得意な者なら見抜ける可能性もあるのだから。


「なにを納得しているんだ?」

「秘密だ。じゃあやろうか、生かして帰す気がないんだろう?」

「これから死ぬというのに落ち着いているな」

「慌てたってどうにもならんだろ」


 弥生は最初からこの体を捨てる気でいるから慌てる必要がない。調べるだけ調べたら、あとは魔力の欠片も使って自爆するのだ。きっと驚くだろうなと楽しみにしているくらいだ。

 

「そうか。ではいくぞ!」


 どこからともなく大型の斧を取り出し、巨体に見合わぬ速度で弥生へと突進する。

 それに弥生も対応する。この体では目の前の悪魔より格下だが、だからといって嬲られるほど戦闘経験が少ないわけじゃないのだ。

 縦横無尽に振られる斧を、弥生はよく見て避けていく。

 年齢に見合わぬ軽やかで熟練した動きに、悪魔は素直に感心した。


「よく避ける。鍛えられているのだろう。しかしそのペースでいつまでもつのか」


 悪魔の言うように弥生は全力で避けている。最終的に自爆するのでペース配分など気にしていない。

 避けながら隙を探っていく。そして大振りに斜めへと振り降ろされた斧を踏んで飛ぶ。

 悪魔はその軌道で頭部狙いと判断し、斧から手を離して両手で掴もうとしたが、弥生はそのさらに上を飛んで悪魔の背後へとまわり、落下しながら背に触れて探査の魔法を使う。

 すぐに振り返った悪魔の動きに合わせて弥生も手を触れさせたまま動く。

 なんらかの術を使われていることは悪魔も魔力の動きでわかる。呪いかなにかだろうと見当をつけて、人間では移動不可能な空中へと移動する。


「どのような術かはわからんが、接触する必要があるのなら離れてしまえばいい」

「もうちょっと接触しときたかったけど仕方ない。得るものは得た」

「なに?」

「攻撃とかじゃなかったってことさ。『貫通』『転送』『記憶』。これでよし。あとは仕上げだな」


 なんからの力が異界を突き破って出ていった。それを悪魔も理解できた。


「……情報を外に出した、のか?」

「当たり。最初から狙いはそれ」

「こんな短時間でなにを調べたと」

「詳しいことはわからなかったけど、裏堂会とあんたの繋がりはわかったよ」


 悪魔は目を見開いて驚きを露わにする。その反応だけで情報の裏付けができたのようなものだ。


「ますます帰すわけにはいかん。我らのこと知られるにはまだ早い」


 悪魔の周囲に魔力弾がいくつも浮かぶ。ここで弥生を殺せば、情報が渡る前に術が解除されるだろうと考えて全力を出す。

 その魔力弾とともに悪魔は弥生めがけて上空から急降下する。

 弥生も渡された魔力の欠片を飲み込んで、魔力爆発の準備を整える。どのくらい驚くのか考えて浮かんだ笑みが、悪魔には余裕の表れに見えた。

 弥生がどのように動いても魔力弾を当てて足止めできるように考えていた悪魔だが、弥生が動く様子を見せないことを不審に思いつつも攻撃を止めない。

 そして両者の距離がほぼなくなり、弥生がカッと光る。目潰しして避けるつもりだと判断した悪魔は、腕で光を防いで目を弥生からそらさないようにする。だがすぐに異常に気付く、肌を焼く光が痛みを伴っていることに。


「自爆!?」


 余裕の笑みさえ浮かべていた相手が取る手段とは想像つかず、そう理解できたときには爆発から逃れることなどできず、暴発した魔力に飲み込まれた。

 自爆で生じた光と音と風が止み、周辺のテントなどが粉々になって吹っ飛んだ光景の中、悪魔は地面に倒れ伏していた。


「ぐっがああっ」


 全身を襲う痛みに苦悶の声を上げながら、身を起こす。


「あやつは?」


 あの威力なのだから生きてはいないだろうと死体を探す。しかし肉片の一つ、髪の一本、衣服の欠片でさえも消え失せていた。

 たしかに自分にさえ大打撃を与える自爆だったが、なにもかも粉々にするほどの威力だったかと疑問を抱く。

 体力魔力の回復まで時間がかかる。その間に再度弥生がいたという証拠を探していくが見つかることはなかった。

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