第31話 淫魔と分身のバイト 2
マーナが一時的に配下となり、将義は約束通り現代知識を与えるため自室にマーナと招いていた。ついでにフィソスの知識も増えたらと思い一緒に呼んである。
時刻は夜。食事も一家団欒も復習も終えて、寝る前の自由な時間だ。
将義は椅子に座り、フィソスは猫の姿で将義の太腿へ上がり丸くなっている。マーナはノースリーブシャツの上に八分丈の肩が出る服、ロングスカートという恰好で正座している。日本での生活経験があるので正座姿に違和感がない。
「約束の現代に関して教えることだけど、どういったことから話そうか」
「そうね……常識から?」
常識と一口にいっても幅広い知識だろうなと思いつつ口に出す。
「常識……人間の一般常識でいい? 妖怪とかは知らないからさ」
「はい。妖怪とか妖魔とかの常識はそうそう変わらないと思うので」
悪魔が人間好きなのは変わらないだろうし、逆に精霊が人間嫌いなのも変わらないだろうとマーナは思う。
「あ、海外の常識も無理だから日本のものになるけど、それも了承してほしい」
「しばらく日本を出ていく予定もないので問題なしです」
「じゃあ、やっちゃ駄目なことから。殺人盗み詐欺はやっちゃ駄目。やったら罰せられる」
「それは昔からどこでもそうだったよ。むしろ推奨するところはないような気がする」
「そうだね。殺人に関しては生贄としてやってたところがありそうなくらいか。そこらへんは省いて、物を手に入れるにはお金が必要」
頷くマーナに、財布から取り出した現代日本のお金を見せる。
一万円と五千円は手持ちにないので、スマートフォンで検索し映像を見せる。
千円や五百円でなにを買えるのか、今マーナが着ている服が新品だといくらなのか、バイト一時間でいくら稼げるのか、そういったことを話す。
「お金の価値はなんとなくわかってもらえたと思う」
「うん。この服にしてもそれなりにお金がかかってるんだってわかった。一日働いても一式そろえられないんだね」
「まあ、そもそもマーナは身分証明できないからバイトができそうにないんだけど」
「昔よりそこらへんしっかりしててやりづらい。お金はあれば便利だからある程度は持っておきたいんだけどなぁ」
それにおしゃれもしたいので、服や化粧の購入もしたかった。男の気をひくつもりはないが、自分をいろいろと飾ることに興味あるのだ。好みとしては以前の日本よりも現代の方が良いため、おしゃれへの欲求は高まっている。
「どうにかしてお金を稼ぎたいんだけど」
「俺にはわからないけど、パゼルーならなにか知ってるかもな」
将義が名前を口にすると、母親を守護している本体の方がパゼルーがスゥッと姿を現す。
「お呼びになりましたか」
「呼んでない。ないが、まあいい。聞きたいことがある」
「なんなりと」
必要とされることに喜びの感情を発しながら頭を下げる。
少し前に見た分霊ではなく、本体が従うことを良しとしている姿を見て、マーナは改めて将義はでたらめだと感じる。
「妖怪などが現代の金を手に入れる方法とかはあるのか? 盗みといったものでなく、穏便な方法でだ」
「穏便にですか……天使や妖魔が異種族のみで会社を経営していると聞きましたね。そこに行けばいいのではないのでしょうか」
「なんで天使たちはそんなことしてんだ」
目的がさっぱりだった。
「神や天使や悪魔は息抜きとして力を封じて、世界各地を観光しています。そのための資金調達です。妖魔妖怪は必要なものを手に入れるのに、金銭があった方が手っ取り早いのでしょう」
「息抜きなんて必要なのか」
「悪魔は好きなように行動している者もいますが、なんらかの職に就いている者もいます。神も天使も悪魔もそういった者が気晴らしを必要とします」
個として存在し、感情を得ている以上、好き嫌いはどうしても生じ、ストレスなども発生する。そういったストレスを神界魔界でゆっくりと過ごして発散する者ばかりではないのだ。人間界に興味を持つ者もいる。
神や天使は調理や園芸や工芸といった生産的な方向に関心を持つことが多く、悪魔はギャンブルといった享楽的な娯楽に関心を持つ。ギャンブルも勝ち負けに一喜一憂するだけで、勝ち額に関心を持たないので人間ほど身を崩す者はいない。
こういった説明を受けて、将義とマーナと感心しなるほどと頷いている。
将義に喜んでもらえたパゼルーの心は歓喜に満ち溢れていた。
「よろしければ一番近い会社を調べておきますが。もちろん母君の護衛を優先してですが」
「……お願い」
パゼルーに頼むということにもやっとしたものを感じつつ頼む。
「承知いたしました。こうして直接顔合わせできたのもいい機会ですので、許可をいただきたいことがあります」
「なんだ」
「鍛錬空間に主様のお住まいを作りたく思っています。資材など運び入れる許可をいただければ幸いでございます」
「使うかわからんぞ」
わからんと言っているが、今のところはパゼルーの作った家なんかを使う気はまったくない。家はここにある。わざわざそちらを使う理由もないのだ。
「かまいません」
「好きにしろ」
ありがたき幸せと言いながら一礼して、パゼルーは姿を消した。
将義は大きくため息を吐いて、話を続ける。
「お金に関してはパゼルーの探してきた会社でどうにかなるだろう。ならなかったら……術でいろいろと誤魔化して日雇いに紛れるか」
「ばれたら面倒なことになりそうだし、まっとうに稼ぎたい。だから術でいろいろは最後の手段で」
将義はばれてもどうにでもなるだろうが、弱小淫魔のマーナにとっては困難しか待ち受けていないと思えた。だからまっとうな手段を望む。
「あいよ。じゃあ常識講義の続きと行こうか」
「おねがい」
その日は将義の口頭と、スマートフォンを使った映像での説明で終わる。
翌日、マーナは以前作られてそのままになっていたテーブルを使い、将義に借りた本を読んで現代勉強と暇つぶしをしていると誰かの気配を感じる。
パゼルーとフィソスのものではない、見知らぬ気配に興味を感じ、本を置いてそちらへと飛ぶ。
そこにはなにに使うのかわからない黒いドームに向かう少女の姿があった。
その少女、未子が振り返り、自身を見てきたのでマーナはとりあえず小さく手を振ってみる。するとあちらも戸惑いつつ手を振り返してきたので、穏便な接触は成功だろうと近づく。
「こんにちは」
朗らかさを意識して挨拶すると、未子も笑顔で返してくる。
「こんにちは。あなたはここに最近住み始めた人?」
「ええ、少し前から。あなたはどういった人? 私はマルドフィーナ。マーナでいいわ。ここの主であるマサヨシの配下になったの」
「私は唐谷未子。未子でいいよ。九ヶ峰さんに助けてもらって、ここを使っていいって許可をもらってるの。私は半妖なんだけど、マーナは?」
「私はサキュバス。封印されているところを解放されて、行くところがないから一時的に保護された感じ」
「封印?」
サキュバスということも気になったが、封印されるようなことをやらかしたのかとそちらが気になり、やや警戒した声音になる。
「ちょっと調子に乗りすぎて、やらかしたの。それでその地を治める領主に命じられた侍が動いて封じられた。今は同じようなことやる気はないわ。今度は封印ですまないかもしれないし」
「どうやらかしたの?」
食事と力を得るためにやったことを話していく。
サキュバスならではの方法に、多感な年頃である未子の顔は赤くなる。
「えっと九ヶ峰さんにもそんなことやってたり?」
「え? しないしない。力が違いすぎて干渉できないし、やれてもあとが怖いし」
「そ、そうなんだ」
ほっとした様子になった未子に、もしかしてとマーナは思うがまだ本格的に好意を持っているわけでもなさそうだとも思う。
(強い憧れって感じ? まあ、触れないでおこう)
自身をじっと見てるマーナに未子は首を傾げた。
「そういえばあなたはここになにしにきたの? 散歩とかならここじゃなくてもいいよね」
「あっちに黒いものが見えるでしょ? あれが精神を鍛える場所になってて、そこに行くの」
「あれってそういったものだったのね」
未子はどういったものか詳細を話し、どうして使っているのかも話す。
猫に触れたいという願いのためだけにあれを準備し維持している将義の力に、マーナは驚かされるばかりだ。
「うわぁ、私が同じように準備して維持しようとしたらすぐに干からびる自信があるわ」
「私も自力で維持しようとしたら昏倒すると思う。私の用事はそんな感じだけど、そっちはなにしてたの?」
「私は借りた本を読んで暇つぶしつつ現代の勉強。封印されて二百年近く時間がたってるからいろいろと変わっててねー。問題なくバイトできるようになりたいから、今の常識を早く習得しないと」
「バイトできるの?」
未子は将義と同じように身分証明が問題になりそうだと思う。
できるらしいとマーナは、パゼルーから聞いたことを話す。
「へー、そんな会社があったんだ。うちに相談してくれたらあなた一人くらいはどうにかなったんだけどなぁ」
「あなたに?」
「うん。うちはお金持ちというやつだから、うちが身分を確認して紹介したって形でバイトとして雇うってこともできると思うよ。必要書類はちょちょいと誤魔化すかな」
脱税といった法に触れることをやるわけでもないため、未子の父親もマーナが真面目に働くなら履歴書の不備は目を瞑り、税金関連のあれこれも会社ですませるだろう。
将義は未子の力を借りることを気付かなかったということなく、借りる気がなかった。借りを作る気がなかったのだ。召喚された世界での出来事で、他人を警戒するようになっているからだ。
未子やその家族としては、助けられたことがあるのでむしろ自分たちの方こそ借りがあると考えている。
「よかったら明日か明後日にうちの紹介でバイトしてみる? 父さんに聞いてみる必要あるけど、たぶん大丈夫だし」
「知識がないからあまり難しいことはできないわよ?」
「たしか会場設営っていう、荷物を運んだりする仕事が明日あったはず。それなら大丈夫でしょ。肉体労働できついって聞くけど、人外ならそこらへんも問題ないと思うし」
未子も半妖になり、少しだけだが筋力や体力が上がっていた。サキュバスという荒事が得意そうではない種族でも、人間を超える力は持っていそうだと判断したのだ。
「人間基準で大変っていうなら大丈夫」
化け物としてみれば力は弱いが、さすがに一般的な人間には負けないとマーナも自信を持って言える。鍛え上げた格闘家と単純な力比べをしても余裕で勝てる程度には力があるのだ。
家に帰ったら父親に聞いてみると言い、未子は暗闇のドームに入っていった。近頃はだいぶ成果がでてきて、大きな悲鳴を上げることはなくなっている。
数時間ほど時間が流れて、両親と話している将義に未子からテレパシーが飛んでくる。
(九ヶ峰さん、今大丈夫?)
それに将義は両親と話しつつ、何か用事かと返す。
(マーナにバイトを紹介する話は聞いてる?)
(いや、聞いてない。というか今日はまだ会ってない)
(あ、そうなんだ。私は夕方くらいに会って、そんな話をしたんだよ。それで詳しい話をしたいからこっちで話せない?)
(マーナと話せばいいじゃないか。俺には無関係な話だろ。バイトするのは止めないし)
(人外を雇うのは初めてだから、不足の事態に備えて九ヶ峰さんも一緒にバイトしてくれたらなって)
(あーなるほど)
不安があるのはわかるし、何かあった場合止められる人材を欲するのもわかる。
(とりあえず話を聞くだけな。もうちょっとしたら行く)
(うん! 待ってるね)
テレパシーが切られて、将義は十分ほど両親と話して、切り上げる。
部屋に戻ると、ここにいると魔法で偽装してから鍛錬空間に向かう。
未子の気配を探るとマーナと一緒にいた。そちらに歩いて向かい、以前作った長椅子に座り、未子が持ってきたらしい雑誌を隣り合って見ている二人を見つける。明かりはマーナが生み出したらしいものが頭上で輝いている。
「あ、こんばんは」「こんばんはー」
接近に気付いたマーナが声をかけてきて、未子も追従する。それに将義も返し、新たに椅子を作り座る。
ファッション雑誌を置いて、早速バイトについての話が始まる。
「バイトがどうとかって聞いたけど」
「うん。明日朝から会場設営のバイトがあってね」
「朝からって無理だよ。授業がある」
「学校って土曜日休みじゃないの?」
小学校中学校と土曜日は休みだったので、未子は高校でも同じだと思っていた。
「うちは土曜も授業あるよ。休みの高校もあるとは聞いた」
「そうなんだ。じゃあ、この話はなしかな」
「パゼルーがやってるみたいに分霊は生み出せないの?」
マーナが聞く。マーナは無理だが、将義ほどの実力を持つなら可能ではと思ったのだ。一人でも行けないことはないが、フォローしてくれそうな将義が一緒の方が安心できる。
「分霊なぁ。やったことはないが、できるとは思う」
これまでなんとなくやろうと思っていなかったが、改めて考えるとあまり気乗りしない。自身は人間だという認識があり、人間が分裂するのはおかしくないかという思いがある。
それを口にすると、未子は不思議そうに言う。
「マンガとかにでてくる忍者は分身してるよ? それと似たようなものじゃないの?」
「あー、そういった考えもあるか」
マンガの出来事であり現実ではないのだが、なんとなく将義はしっくりくるものがあった。
以前見たマンガの忍者をイメージして、魔法を使う。
「『模倣』『魔力』『固定』『付与』『接続』。分身の術」
その場に将義がもう一人現れた。
今は大本の将義が操縦できる状態だが、コントロールを分身に明け渡すこともできる。
将義は探査の魔法を分身に使い詳細を調べていく。その間暇だろうと、鏡を使って飲み食いできるものを出してから分身に集中する。
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