第30話 淫魔と分身のバイト 1

 代理として総務長になった椿がまずやったことは惣次郎のパソコンから未発表のデータや金庫から書類を持ち出すことだ。彼が秘密裏になにをしていたか、なにかほかにもやらかしていないかの確認をまず第一とした。

 組織運営をやらず、それができたのは惣次郎が優秀であったからでもある。彼が立てた計画や指示は利益優先なところがあって、福利厚生に欠けた部分が見られたが、運営していくにあたってスムーズにいくようになっていた。椿はそれを見て、ガラリと変えるよりもこれを元に少しの変更をした方がいいだろうと判断して、上位幹部に福利厚生に配慮した方針へと少しだけ変更してくれと指示を出していた。幹部たちも大きく方針が変わることがないということでほっとしており、以前からたびたび要求が出ていた部分をまとめて会議で議案として今後の方針を話し合っている。

 新体制移行でのごたごたがほぼなく、時間をとることができた椿は上がってくる書類を捌きつつ、惣次郎の所有していた情報に目を通していった。


「特に目新しい情報はなし、か」


 書類をデスクに置いて、眉間を揉む。


「超人に関してなにか得られると思ったけど、そんなことはなかったね」


 いまだ情報が集まることのない超人に関して新情報があればと思っていたが期待外れで、本当はいないのではという考えも抱き始めた。

 一度超人に関して放置して、また時間がたって調べてみようかと考える。ある程度時間が流れればまた違った見方や新情報が入ってくるかもと思えた。

 そうしようと超人を頭の隅に追いやって、今度は母神と星の子について考える。


「こちらは実際に会った者がいるからありがたいね。たしか土浦美咲といったか。一度こっちに来てもらって話を聞けたらいいけど」


 パソコンを操作して母神関連のデータを呼び出し、そこに書いてある美咲の連絡先を見ながらスマートフォンを操作する。


『はい、こちら土浦』

「こんにちは。私は陰陽寮総務長代理潮崎椿。そちらは土浦美咲さんで間違いないかしら」

『間違いありません。代理がどうして私のスマートフォンに連絡を?』


 なにか失態でもやらかしたかと電話の向こうで美咲は焦りを見せつつ、なにをしたか思い返している。


「直接会って話したいことがあるから」

『直接会って、ですか』


 不安が高まる。面と向かって説教されるようなことなどした覚えは美咲にはなかった。

 その語尾に震えを感じた椿は勘違いさせたかと母神に関して思ったことを直接聞きたいのだと話す。すると明らかにほっとした溜息が聞こえてきた。


「ごめんなさいね。叱ろうとか不備があったとかではないの」

『あはは、すごく焦りました。ええと、それでそちらに行ける日がいつかということですよね?』

「そうなるけど、護衛だから時間を取るのは難しいかしら」

『半日だけなら大丈夫です。向かう先が本部なら、ここから遠いというわけでもありませんしなにかあってもすぐに戻れますから』

「そう、明日とか大丈夫?」

『大丈夫です。いつに行けばいいのでしょうか』


 午前午後どちらも大丈夫だと椿が伝えると、美咲は午前に伺いますと言って通話を切った。

 明日の時間を作るため椿は急ぎではない仕事をさばき始める。

 翌日、午前十時頃にお茶を飲み休憩している椿に、来客があると連絡が入る。そのまま総務長の部屋へ通すように言って、備え付けのポットでもう一人分のお茶を入れる。お湯の温度を下げて、蒸らして最後の一滴まで入れる。湯呑をテーブルに置き、茶菓子を小皿に入れてそれもテーブルに置く。そうして先に椅子に座り、お茶を飲み始めて一分もせずに扉がノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 美咲が入ってくる。顔は写真で確認してあるので、本人だとわかる。


「ようこそ。そこの椅子に座ってちょうだいな」

「はい」


 美咲は勧められた椅子に座る。

 椿は湯呑をテーブルに置いて、来てくれたことの礼を言い、呼び出した理由を告げる。


「母神様についてですか。報告書に書いた以上のことは話せませんよ」

「それでも聞いてみたかったの」

「わかりました」


 美咲は母神との出会いから、地宏のトラウマ軽減に動く必要があったこと、トラウマを与えた者がいるということ、会いに行ったがそれが誰かはわからなかったことを話す。


「トラウマ解決に動いてどこかに行ったことは知っているけど、誰かに会いに行ったのは報告されてないわね」

「詳細などなにもわかりませんからね。報告する意味もありませんでした」

「わからなかったとは?」

「母神様によって認識に呪いをかけられて性別年齢種族どれもが不明でした」

「母神はどうしてそんなことをしたのかしら」

「あの存在が表にでることを嫌がっているからだとか」


 ここで美咲の言う表とは大々的に活動することだった。しかし椿は能力者界隈の表と受け取った。


「目立つことを嫌った、と」

「そうなのだと思います」


 認識のずれに気付かず美咲は肯定し、椿は自身の考えが正しいというまま推測を進める。


「その人はトラウマ解決に協力してくれたの?」

「はい。小さな子にトラウマを与えたことを申し訳なく思ったとかで。その協力で地宏君は怯えることはなくなりました」

(表に出たくないというから悪人の可能性も考えたのだけど、そうでもないのかしら。だとしたらどうして表にでず、裏で動こうとするのか)

「なにか私の返答でわからないことでも?」


 考え込んだ椿に聞く。


「どういった人物なのか考えていたの。その人についてなにかわかることはある?」

「強いと聞きました」

「誰から、どれくらい」

「母神様から、とてつもなく」


 小首を傾げる椿。強さの度合いがよくわからない。

 それはそうだろうなと美咲も思い、付け加えた。


「あの人一人で陰陽寮を活動不能にできるとも聞きました。いまだに本当なのかわかりませんが、母神様はそう言い切りました。こちらを脅して干渉を防ぐためのブラフと思いたいというのが私の感想です」

「陰陽寮と言ったのだから伸太郎君のことも含まれていると思っていいはず。ブラフでないなら、かなりのもの。ほかに強さに関して言ってた?」

「怒気だけで下位の悪魔を滅したと」

「それはすごいわね。そこまでとなると少し前から話題に出ていた超人と同一人物なのかしら」


 そのようなのが二人もいないだろうと思う。


「いや会いに行った人物がそもそも人間じゃない可能性もあるわね」

「おそらく人間だと思いますよ」


 美咲は母神にかけられた呪いによって人間が認識できなくなっていたことを再度話す。


「ああ、その呪いがあったか。だとしたら同一人物か、国内に実力者が複数隠れていたか。強さ以外に関してなにか情報はある?」


 そうですねと美咲は思い返す。


「流れがどうとか、世界の外がどうとか。後者に関しては詳しく聞けませんでしたね」


 覚えているかぎりを話す。


「流れ……そんな記述が古い資料に載ってた気がするわ。そのようなものがあるというだけで、干渉できるとはどこにも書いてなかったけれどね」

「私が話すことができるのはこんなところです。逆にこちらからも質問よろしいでしょうか」


 少し待ってねと椿は言い、聞いたことをメモに書き込んでいく。書き終えて顔を上げて「どうぞ」と促す。


「まずは地宏君の小学校入学申請についてですが、どうなりましたか?」

「通ったわ。天照大御神からもせっつかれたし、断れないわ。私個人としても学校には通わせてあげたいから。でも霊力を暴走させないかっていう心配もあるの。地宏はそういった鍛錬行ってないでしょう? 友人ができて、その子と喧嘩することもあるかもしれない。そんなとき制御できていない霊力が暴発なんてことになったら目も当てられないわ」

「それに関しては私は心配していませんね」

「あら、そうなの?」


 なにか妙案でもあるのかなと美咲を見る。


「普通の生活を送らせたいのは母神様も同じなのだから、どうにかしてくださるかと」

「あちらにぶん投げたわね。いや、まあ、そう言われると納得だけどね」


 いいのかしらと首を傾げる。一応こちらでも対策を練っておこうと考えて、話題を進める。


「住む場所なのだけど、よそに移すことはできそうにないのよ。霊的にもあそこは守るのに適してるから。だから学校への送り迎えはあなたたちにやってもらうことになる」

「それは問題ありません。もとよりそのつもりでした。ただ友達ができたら遊ぶとかが不便そうではありますね」

「そうよねぇ。放課後学校で遊んでもらうしかないわ」


 美咲も良い考えはでず、そうするしかないと頷く。

 友達になった子供を屋敷に連れてくるのは、勝手に遠出に連れ出すようなもので相手の親に不安を抱かせるだろう。

 椿の言うように学校で遊んでもらうのが一番だろうと思う。


「どこかのマンションを借りて、そこに転移とかできたらいいんですけどね」

「転移とか夢のような話だわ」

「母神様はできてましたよ」

「さすがよね」

「さて地宏君に関してはここまで、次は地宏君を利用しようとしたらしい元総務長なのですがどうなったのでしょうか」

「あっちは少しだけ意外な展開になったわ」


 椿としてはやらかしたことに対する処罰で終わりになるだろうと思ったのだ。しかし天照大御神の一言で処罰は延期になった。


「わずかながら精神操作の跡があったらしいの」

「元総務長が操られていたということですか?」

「いえ、そこまでではない。少しだけ思考を誘導されるといった感じで、物事の決定とかは自らの考えに基づいたもの。でも第三者の誘導があったのも事実で、その調査が終わるまで拘束のみになっているわ」

「誰がなんの目的で精神操作したのかを今調べているということですか」

「ええ。精神操作されていたと考えると、荒っぽいやり方に納得もいく。元総務長は有能ではあったからね。この前のような事件を起こすにしても、もっと慎重にやると思うのよ。短絡的で彼にあっさりと繋がるやり方が少しおかしいとは思った。思い返してみてだけどね」

「そうなんですか。でも神が調査に関わっているならすぐに判明するんじゃないでしょうか」


 椿は首を横に振る。椿もそう思ったが、宮内庁からはしばらく時間がかかると連絡を受けていた。


「本格的な術だったらわかったんだろうけど、わざとなのか弱い術でね。そんな術は立場的に何度も受けていたようなの。その多くはお守りとかで防いでいたけれど、なかにはお守りの隙間を抜けるものもあって、件の術もそういったものに紛れて追跡が困難ということらしい」


 偶然ならなにも問題ないが、狙ってやったのなら今後能力者ではない上の立場の者の防御を考え直さなければならない。

 わずかとはいえ思考誘導を受けてしまえば、先日の事件のようなことがまた起こりかねないのだ。

 椿や対策を考える者たちは、とりあえずお守りを強化する方向でと考えているが、それだけで大丈夫とは思えず、どうしようかと頭を悩ませている。

 なんらかのヒントになればと椿は美咲にも対策が思いつくか聞く。


「定期的に対抗術をかけて、術を受けていないか調べること。そういったことを調べられる金属探知機みたいな道具を作って配置する。能力者をトップに置く。トップの人間の行動範囲を制限する。弱い術が発動しないような結界を創る。こんな感じでしょうか」


 達成可能かどうかはおいといて、思いつくままに美咲は述べる。


「最初のは調査系の能力者の仕事量が激増するわね。どこかに強力な調査系能力者が落ちてないかしら。次の道具に関しては、そういった物を作れる人に私は心当たりないのだけど、あなたは?」

「私もありません。私が使っている道具は陰陽寮から支給品ですし、独自のツテはもってないんですよ。代理の持つツテで可能かどうか聞いてみてはいかがでしょう」

「そうするしかないか。じゃあ次、能力者をトップに置く。配置できるほど人員に余裕がない。引退している人たちも相談役とかなにかしらの役割を負ってるし。トップの行動範囲を制限は、一時的なら納得できるでしょうけど、ずっとはさすがに反発されるわ。最後に結界だけど、ごく短時間なら可能かもしれないけど、長時間は無理。というか守るにあたって必要な術も発動できなくなるだろうし、やれないわね」


 すべて却下されたが美咲は不満に思わず、でしょうねと同意している。


「お守り強化が現実的なんでしょう」

「それだけだと不安なのよ」


 今後も頭を悩ませることになりそうだと椿は溜息を吐いた。

 美咲も対策を考えてみるつもりではあるが、いい考えが浮かびそうになかった。

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