第29話 どこかの事件と淫魔 5

「門倉さん! 見えてきました!」


 サイドカーに乗った琴莉が、抜いている久那賀で指し示す。


「じゃあ機を見て突っ込むぞ!」

『琴莉、周囲の悪霊を斬って余計な消耗をするなよ』

「うんっ」


 彼らの視線の先に、五メートルほどに巨大化した悪霊がいる。自衛隊や警察の誘導のおかげでで誰もいなくなった市街地を怒りと恨みを発しながら我が物顔で移動している。

 一度は市街地の外に誘導したが、また戻ってきたのだ。

 その悪霊をもう一度誘導するために選ばれたのが強力な一撃を放てる琴莉と護衛を任された門倉だ。ほかの能力者はちらほらといる小型悪霊への対応と被害者の治療に大忙しだった。

 本当はもう一人二人能力者を同行させたかったが、現状では人手が足りず二人だけになってしまった。


「行くぞ!」


 少し離れた物陰から悪霊を観察していた門倉は、悪霊の視線があらぬ方向に向き、従う悪霊の数も減ったことをチャンスと見てバイクを動かす。

 琴莉は振動を感じながら、霊力を久那賀に注いでいく。

 彼らを乗せたバイクは大型悪霊に接近していく。周りにいる小型悪霊は門倉が運転しつつ霊符をばらまいて対応する。普段は使うのを躊躇う額の高級品を、このためだけに渡されていた。

 そのおかげかバイクに小型悪霊が近づくことなく、大型悪霊のそばまで接近することができた。


「門倉さん、出ます!」

「おうっ」


 バイクから飛び出た琴莉は、接近に気付いた大型悪霊が伸ばしてくる手をしゃがんで避けて前に進む。

 そして懐までたどり着くと、両手に持った久那賀を真下から振り上げる。


「『最大解放! ここより立ち去れ、お前が通る道にあらず! 退散せよ!」』


 琴莉と久那賀の声が重なり、輝く刀身から放たれた光の斬撃が大型悪霊にぶつかる。

 いっきに脱力感に襲われた琴莉は悪霊を見ながらその場に座り込む。

 動けない琴莉に周囲にいた悪霊が迫る。避けることなどできず、何度か体当たりを受けて体温を奪われるような寒気が全身に広がる。このまま何度も体当たりを受けると確実に命に関わるとわかっているが、今の琴莉には防御くらいしかできない。

 さらに追撃されるというところで霊符をばらまく門倉が近づいて、琴莉を脇に抱える。されるがまま琴莉は運ばれ、やや乱暴にサイドカーに押し込められた。


「ありがとうございます」

「礼はいい。これが俺の役割だ」

「……やっぱり大したダメージになってない」


 視線を大型悪霊に向けて、たいして力を減らさず追ってくる大型悪霊に琴莉は悔しげな表情を見せる。

 大助に手料理を食べさせる約束を放り出すことになった怒りを込めた一撃が効いていないことが悔しかった。

 力だけならば少し前に会ったパゼルーを超えるとわかっていたので、ダメージの通りが悪いことは予測できていたが、悔しいものは悔しいのだ。


『目的は気を引くことだ。それは成功している』

「そうだぞ。お前はきちんと役割を果たした。あとは俺の仕事だから、落ちないようにだけ気を付けておけ。荒っぽい運転になるからな」


 力量不足を嘆いていると勘違いした門倉が久那賀に同意する。


「そうさせてもらいます」


 今は疲れを取ることだけを考えて琴莉はシートに体を深く預ける。

 バックミラー越しに大型悪霊を見ながら、門倉は市街地の外へとバイクを走らせる。宣言通りに壁などに車体を擦らせるという荒っぽい運転だった。そのおかげか大型悪霊に捕まることなく人のいないところへの誘導が成功した。あとは上が大型悪霊の対策を持ってくるまで逃げ続けるだけだった。


 電話から一時間と少しして伸太郎は合戦場跡地に来ていた。

 自衛隊のヘリコプターで運んでもらい、合戦場跡地から少し離れたところに着地したあとは車で運んでもらったのだ。

 車の中で、大型悪霊の気をひいてバイクで逃げ回っている人たちがいると聞く。早く行ってあげないとと思うが、運転手もわかっていてできるだけ速度を出しているので、運転の邪魔をしないよう静かにしていた。

 市街地を抜けるとかなり強く悪霊の気配を感じられる。


「ここらで大丈夫」

「あとをお願いします」


 送ってくれた自衛隊員に礼を言い、伸太郎は車から降りる。

 去っていく車の音を聞きながら、いつもそばにいてくれる存在に声をかけられる。


『伸太郎』

「ノジシ様、今回も御力をお借りします」


 ノジシ様というのが伸太郎の相棒だ。

 伸太郎が小さい頃に住んでいた村近くの山の主で、何か問題があると一緒に行動をしてくれるのだ。

 伸太郎たちはノジシ様や山神様と呼んでいるが、神というよりは精霊に近い。


『うむ。気を抜くなよ。かなり強い気配だ』

「はい。すぐに降ろしますか?」

『その方がいいかもしれぬな』

「では」


 伸太郎は深呼吸して心を落ち着かせ、なにも考えず、心を空に保つ。子供の頃から何度もやってきたことで、いつでもノジシを体に受け入れられる状態になる。

 やろうとしているのは、神降ろしと呼ばれるものだ。通常神といった高位存在をその身に受け入れるのはかなりの負担となる。一生に一度やれば後はないとも言われ、危険な技法とされている。

 これを伸太郎は子供の頃から何度もやっている。

 故郷では年に一度ノジシに感謝を捧げる祭りがあり、ノジシに体を貸して祭りの様子を見てもらうということをやっていた。ノジシも相手方の負担を考えて、力を抑えて体に入り、動かずじっと眺めるだめに留めているのだが、それでも一週間は安静にしなければならなくなる。

 伸太郎が何度もやっているのは、村が限界集落で若者がおらず神降ろしにたえきれる存在が伸太郎しかいなかったからだ。

 そういった理由で何度も経験し体が慣れたこと、ノジシに気に入られたことから神降ろしが得意になり、神降ろしで能力者としても鍛えられたことで、現状の伸太郎がある。

 

『向かおうぞ』

「はい!」


 いつまでも降ろせておけるわけでなく、時間制限がある。

 伸太郎は大きな力へと向かう。常人ではだせない速度で走ると、すぐに民家の少ない道路だけの場所に悪霊を見つけた。その向こうにバイクがあり、今も逃げ続けているのだとわかる。


「ひとあてして気を引きます」

『うむ』


 力強く地面を蹴り、猪がごとき突進で、握りしめた拳で悪霊を殴りつける。これである程度のダメージは見られたが、すぐに周囲の悪霊を吸収しもとに戻ってしまった。


「これはちょっと苦労するかもしれませんね」

『まあ、なんとかなろうさ』


 余裕を崩さないノジシに頼もしさを感じ、伸太郎は体に力を込めて再び突進していく。

 その様子を門倉と琴莉が少し離れたところで見ていた。


「あれは誰なんでしょう?」

「名前はわからないが、噂で聞いたことがある。年若い男がかなりの実力をもっていると。神降ろしを負担少なく行えて、あちこちで活躍していると」

『神降ろしをか。それはすごいというか無茶をするというか』

「まあ、なんにせよ。あっちに任せていいはずだ。俺たちはトラブルが起きたときのため、このままここで待機しとこうと思うが」


 どうだと聞いてくる門倉に琴莉は頷く。


「私は霊力すっからかんですけどね」

「現状報告くらいはできるだろ? そっちを頼む。俺は周辺の警戒をしとくからさ」


 わかりましたと返事してスマートフォンを取り出す琴莉。

 報告する琴莉の声を聞きながら門倉は、優勢に戦いを進めていく伸太郎を見守っていた。

 戦いを始めて三十分を少し過ぎた頃、悪霊が大きな悲鳴を上げて消えていく。最後まで万が一に備えて待機していた二人の出番はなかった。

 疲れたようにその場に座る伸太郎を労わるためバイクで向かう。


「お疲れさん」「お疲れ様です」


 言葉とともにペットボトルに入った水を差し出され伸太郎は受け取る。


「ありがとう。そっちも逃げ回って大変だったろう」

「バイクでの移動だからそこまではな。走って逃げることになっていたら大変だったろうけど」

「走って逃げるとか想像したくもないですね」


 げんなりとして琴莉が言う。全力の一撃のあとは歩く気力もなくなるのだから、琴莉としてはそうなったらきついどころの話ではない。


「それにしてももっと戦力が送られてくるかもと思ってたが、上は君だけで十分と思ったんかね?」

「俺もそこらへんは聞いてないんでわからないよ。俺に連絡を入れてきた椿さんは用心深い人だから、ほかにも連絡は入れたと思うけどね」


 椿という名前を聞いて琴莉は以前一度だけ会った着物の人かなと思う。


「こんなときにあの人がいればさっさと終わったと思うんですけどね」

『ああ、たしかにあの者ならばできただろうな』

「あの人?」


 門倉が疑問を発し、伸太郎も疑問顔だ。


「以前私が異空間で悪魔と対面することになったことがあって、そのときに女の人が突然やってきてあっさりと悪魔を倒して帰っていったんです。椿さんや久那賀は超人とか言ってましたね」

「そんな人がいるのか」

「超人なんて実在したのか」


 超人の話に伸太郎と門倉は少し驚いた様子を見せる。


『実在が確定しているとは言い切れない。だが今回の悪霊も短時間でどうにかしただろうな。神と並ぶだけの力があった』

『それは人に化けた神たちではないのか?』


 ノジシの言葉を久那賀は否定し、人間の持つ霊力を放っていたと返す。

 超人という言葉が伸太郎や門倉の中に刻まれる。暇があれば探してみようかと思いながら、一同は調査班や浄化班がやってくるのを待つ。


 伸太郎たちが話しているほぼ同時刻。陰陽寮の自室で総務長は事態終了の報告を受ける。

 その連絡を入れたのは現場を超遠距離から監視していた、総務長の子飼いだ。

 監視にノジシは気づいていたが、現場の状況を把握するための自衛隊などのものと考えていた。


「目的の人物はでてこなかったのだな?」

『はい。大型悪霊は大宮伸太郎によって滅ぼされました』

「そうか……帰還してこい」


 了承の返事を聞いて総務長はスマートフォンの電源を落とす。


「やはり大宮を拘束できなかったのが痛かったか。今すぐは無理だろうが、もう一度だけならば封印を緩めても大丈夫だろうか? 次はもっと根回しを細やかにしなければな」


 仕事を中断し、今後の動きについて没頭しているうちに一時間を過ぎる。

 思考が中断されたのは扉がノックされたときだ。

 中に入る許可を出すと、二人のスーツ姿の男女が部屋に入ってくる。彼らに総務長は見覚えがなかった。


「なんの用事だ?」

「陰陽寮総務長垣下惣次郎、間違いありませんね?」

「ああ、そうだが」


 疑問に答えず名前を問うてくる男に少しだけ不満げな視線を向ける惣次郎。

 話しかけてきた女は懐から身分証を取り出し、机に置く。身分証には「宮内庁所属 俵恵」と書かれていた。


「宮内庁? そこが俺になんの用事だ」

「あなたに召集の命が下されました。ご同行願います」

「なぜだ!? 呼び出しを受けるようなことをした覚えはないぞ」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ。天照大御神からあなたのしてきたことは天皇陛下へと伝えられています」

「なっ!?」


 驚きながらも惣次郎はちらりと扉を見る。

 恵は視線の動きに気づき釘をさす。


「逃げても無駄と言っておきましょう。神の目から逃げられるとは思わないことです」

「俺はこの国のためを思って行動してきた! それなのに罰せられるのかっ」

「罰せられるとは私は一言も言っていませんよ。あなた自身がやましいところがあると思っているから、その言葉がでてきたのでは?」

「では今になってどうしてだ。俺のやってきことで不利益を被った奴はいくらでもいる。それがなぜ今になってだ」

「組織を動かすのに綺麗事のみでは上手くいかないのはわかります。だからあなたは見逃されていたのでしょう。しかし前回と今回のことでギリギリのところだったあなたの評価は、放置してはまずいというものへ変化したのでしょうね」

「前回だと?」


 恵の言う前回がなにを示しているのか惣次郎にはわからなかった。


「星の子に関したことですよ。私も伝え聞いたことですが、星の子とは日本のみに関連した存在ではなく、いざというとき世界を救うために動く存在。そのような存在を私心を含めてこの国のためだけに利用しようとした。それはあきらかな罪です」

「実行などしていないっ」

「ですがその傾向が見られたと報告がきています。それに今回のことも重いのですよ。封印を解き、多くの民を不幸に陥れようとしたことに加え、悪霊に関しての細工。それらすべて神はお見通しです」


 惣次郎がやったことは封印を解くことを命じただけではない。

 封印を解くように命じた能力者を口封じに殺し、どうして殺されたのかわざわざ教えている。能力者はどうしてかを知ることによって惣次郎に強い恨みを抱き、それに悪霊たちが同調し暴れまわるように仕向けていた。

 惣次郎は普通に封印を解くだけならば、超人が出てくるような騒ぎに足らないと判断したのだ。

 事実細工がなければ、伸太郎が出張らずとも能力者に被害はでてもなんとかなった。伸太郎が対応した場合も半分くらいの時間で終わっていただろう。


「……最後に聞きたい。神は超人のことを把握しているのか?」


 言い逃れできず、逃げることも不可能と判断した惣次郎は聞きたいことを口に出す。


「しています。ですが干渉はしないという達しもきています」

「なぜだ?」

「さて、そこまでは」


 首を振る恵だが、本当のところは聞いている。手出しできないと。手を出さないのではなく、手を出せないと聞いたとき、恵もそんなまさかと思ったものだ。


「今回のことで超人が動かなかったのはどうしてだ」

「最後ではなかったのですか? まあ、いいでしょう。ほかのことを解決していたと聞いていますね」

「同じタイミングで大事件が起きていたのか」

「いえ、事件としては放置しても問題ない規模と聞きましたね」

「なに?」

「超人は基本的に能力者関連の事件に関わる気がないと。だから今回のことも察知はしていただろうが、放置したのだろうと神は言っていたのだそうです」

「なんだそれは」


 自身と国の今後に関わることが、取るに足らないことと放置されていた。その上、放置していてもいいことに関わっていた。

 超人の思考があまりに自分とずれており、笑えてくる。

 反発する気力も削がれた惣次郎はおとなしく恵たちに連れられていく。

 その日の夕暮れには、惣次郎の解任と新しい総務長が見つかるまで椿が代理として働くようにという指示が陰陽寮に届いた。


あとがき

ストックが尽きたので書き溜めてきます

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