第27話 どこかの事件と淫魔 3


「おわった」


 調査を終えたフィソスが将義にトトトッと小走りに近寄る。


「どんなことがわかったか、教えてくれ」

「ん。ここになにかいる。よわってるけど、まだまだ元気」

「だな。力をため込んでたとはいえ、長生きだよな。浜辺でお盛んな人が多かったのかねぇ」


 なにを言っているのかと不思議そうなフィソスに気にするなと言い、先を促す。


「どういったものがいるかわかるか? 細かいことじゃなくて種類でいい」

「……妖怪と人間と神じゃない。パゼルーにちかい?」


 これまで感じたことのある力を参考に述べる。


「あーそっか。初めて感じる力だとわからないか。これは海外の妖魔妖怪が発するものって覚えておいて。ほかになにかわかったことはある?」


 少し考えてフィソスは首を横に振る。


「これの中には、かすかにだけど人間の思いも残ってるんだ。匂うようなものじゃないかもしれないけど、探ってみてごらん」


 促されフィソスは再度封印に視線を向ける。

 じーっと見つめて、わからなかったようで不安そうに将義を見る。


「わかんなかったか。いつかわかるようになろうな。嗅ぐってのはフィソスの種族にとって強みだけど、力そのものを感じ取れるようにも鍛えておいて損はない」

「わかった」


 素直に頷いたフィソスの頭を撫でて、浜辺に戻る。

 次に向かうのは喫茶店店主の家だ。幸い遠く離れていることはなくのんびりと歩いても三十分ほどで到着した。

 もっと情報を集めたいならば、昔話にでてきた寺に該当しそうな近隣の寺に行くのもありだろう。だが将義は石碑を調べて、寺に行く必要がなくなったので省いたのだった。

 藤林という表札を確認しインターホンを鳴らすと、若い男の声が聞こえてくる。おそらく中学生くらいだろう。

 将義はその少年に用件を告げる。そして玄関が開くまでに、フィソスにここでも調査を命じる。


「どうぞ」


 でてきた少年は思った以上に若い男の訪問に、疑いの目を向けつつも屋内に招く。

 リビングに移動し、少年は椅子を勧め、飲み物を準備する。

 こんなものしかないとティーバッグで入れた紅茶を出し、少年自身も椅子に座る。


「確認なんだけど、母さんから連絡が来た霊能力者でいいんだよね?」

「まあ、そんな感じ。なりゆきで頼まれたんだ。嫌なら嫌で断ってくれてもいいってか、断ってほしい。家族の一人でも反対したらやらずにすんで、すぐ帰れるし」


 フィソスに調査の仕方や実践を積ませたので、もう帰ってもいいかなと思ったのだった。

 そのやる気のなさに少年の中で、逆に疑いが減る。報酬目当ての詐欺師と疑っていたのだ。しかし対面してみれば、さっさと帰りたいというどう考えても報酬欲しさには見えない対応が猜疑心を減らす。


「ここで帰られると俺が母さんに怒られるし」

「親に叱られるのも若い頃の特権の一つだよ。いい思い出になるさ」

「怒られる必要がないのに、怒られるのは嫌だよ。それで母さんから呪いがどうとか、報酬の話をしておけとか言われたんだけど」

「報酬? そういやしてなかったか、そんな話」


 将義にとっては一瞬で済みそうな案件だったので、報酬に関しては思いつかなかったのだ。


「まあ、解決したらでいいや。んで君は呪いに関してはどれくらい知ってる?」

「母さんがうちは呪われてるとか言ってたのは聞いたことがある。冗談だと思って聞き流してたけど」

「中学受験はした?」


 なんでそんなことをと思いつつも少年は首を横に振る。


「それなら実感はまだないかな。君の母方には出世とかに関連した呪いがかけられている。君にも呪いはあるから、そのままにしてたら高校は希望校に行けないだろうね」

「受験する前から落ちるって言われるのは気分が悪いんだけど」

「そこらへんは改めて母親に話を聞いてみたらいい。その母親は呪いを解きたいと言ってる。君はどうよ」

「解けるなら解いてほしい」


 だろうねと思いつつ将義は続けて問う。 


「それが妖怪といった人外を復活させることになっても?」

「へ? 妖怪なんて本当にいるの?」


 将義はフィソスに一度猫に戻ってもらい、また人間の姿に変化してもらう。

 それを見た少年は目を見開いて驚く。


「ええええっ!?」

「まあ、こんな感じで妖怪とかが人間に混ざって暮らしてることがあるよ。それで封印に関してはどうよ」

「ちょっと待って、まだ驚きが治まってないから! 話を進めるのはやめてっ」


 フィソスに顔を向けたまま少年は深呼吸を繰り返す。見られているフィソスはミルクを入れた紅茶に息を吹きかけて冷まそうとしていた。

 猫舌だからだろうかと少年は思いながら、見たものを受け入れていく。


「……うん、なんとか落ち着いた、はず。ええと封印に関してだっけ……そこに何がいて解放されたら危ないのかっていうか、そもそもどうして呪いと封印が連動してんの?」

「それは呪いがここらの昔話に関係したものだから」


 海の向こうからきた娘と侍の話だろうかと少年は確認し、頷きが返ってくる。


「あれって昔の騒ぎを誇張したものだって思ってたけど」

「誇張というより脚色かな」


 事実を伝えるには少しばかり不都合だったので、かっこよさげなものに変えたのだ。その指示を出したのは調査を命じた殿様だ。


「ちょっとR18指定な感じだったよ」

「グロさで?」

「エロさで」


 途端に少年の瞳に好奇心の光が宿る。年頃の少年としては仕方のない反応だった。だが当時の場面を直接見ることができないので、期待しても無駄だ。


「どういったことが起きたのか聞きたいんだけど」


 期待を滲ませて聞く少年。母親が隣にいたら我慢はしたのだろうが、今目の前にいるのは見知らぬ青年とエロに理解のなさそうな少女。聞くことに躊躇いはなかった。


「期待にそえるかわからないよ? それでいいなら」

「うん、話してくれ!」

「まず海の向こうから来た娘は海外から流れてきた妖魔。淫魔、サキュバスと呼ばれる存在だった」

「おおーっ」


 少年も聞き覚えのある怪物に、否が応でも期待が膨らむ。


「彼女は悪辣というわけではなくてな、ほかの怪物との生存競争に敗れて日本まで流れてきたらしい。流れ着いた漁村で生きていくために動くんだ」

「漁村の男たちを相手に頑張ったのか!」

「いや違う」


 将義の否定に、じゃあ女相手かと少年は首を傾げつつ言う。


「リアルは無理って方向性だったらしい。誰かがやっているのを見るのまではなんとか大丈夫だけど、自分で直接はできなかったそうだ」

「それでいいのかサキュバス。じゃあどうやって生きていくのに必要な力を手に入れてたんだ」

「最初は人が行為しているところに忍び寄り、発散される力を吸収していた。それである程度の力を得ると、周囲の人間の思考を誘導して、エロ本や覗きでオナニーして性欲を発散させる人を増やしていった。それでさらに力が増すと、村人の夢に毎晩干渉してエロい夢を見させて力を吸収できるようにしていったんだ」

「うーん、想像していたのと違う」

「期待にそえるかわからないと言ったからな。んで、そのせいで村人たちは常に気だるげになり、漁に行く頻度が減った。性欲が満たされているから、現実で発散しようと思う気もなくなっていった」


 こういう流れで収入が減り、出産数も減っていったのだ。

 サキュバス本人は悪辣ではないが、力を得るためにやった行動が人々の生活に大打撃を与えていた。思った以上に簡単に力が手に入るので、調子に乗ってやりすぎたのだ


「ここまでが侍が調査に来る前までだな」

「主、オナニーってなに?」


 話を聞いていて疑問に思ったことをフィソスが聞く。

 そこを聞いてくるかと一瞬固まった将義は、フィソスにはまだ早いなと返す。そう答えつつ猫に必要な知識なのだろうかと疑問を抱いた。後で調べてみようと決めて、視線を少年に向ける。


「続けるけどいいか?」

「いいよ」


 期待はずれな話だったので、少年に最初ほどの期待は感じられない。だが聞かなければならない話なため頷く。


「漁村にやってきた侍は村を覆うおかしな雰囲気に気付き調査に乗り出す。ここらへんは昔話そのままで、数日なんの成果もなく過ぎていく。そして静かにしていることに我慢できなくなったサキュバスが動きだし、侍に発見される」

「その後も昔話と同じ?」

「いや、侍がサキュバスに惚れた。力を増したサキュバスの影響を受けたってのもあるんだろうね。侍は討伐から捕獲に方針を変えて動いたんだけど、命の危機と貞操の危機にサキュバスも抵抗してね。一度侍は村から追い出される。諦めきれない侍は近くの寺に相談に向かい、話を聞いた住職は協力に頷く。内心は討伐してしまおうって感じだった」


 住職の考えはすべてが終わったあと、殿様に派遣されたほかの侍に話していた場面でわかった。


「住職を伴い村に戻った侍は再度サキュバスに相対し、お前がほしいと宣言したけど振られて、ならば力尽くでと挑んだ。住職という協力者がいてもサキュバスとの差はどうしようもなかった。そこで住職は封印に方針を切り替える。ただそれも難しく、ならばと侍の魂を利用することを思いついた」

「住職がなんか外道っぽくない?」

「あのサキュバスを放置するとやばいと思ったんだろうねぇ。事実サキュバスの活動範囲が広がるとどんどん出産数が減っていく可能性があった。まあ一応住職は責任とったし」

「そうなんだ。それで住職は侍をどうしたんだ?」

「侍の命を使って封印に足りない力を補うことにした。サキュバスとずっと一緒にいられると侍に言ってね」


 サキュバスの魅力にやられていた侍はそれでもいいと頷いた。


「自分の命じゃないんだ」

「自分の命を使うと封印術が完成する前に命が尽きる。んで侍はその案に飛びつき、サキュバスと一緒に大岩に封印された。でもこれでも封印は完全じゃなくてね、住職はさらなる代償を払った。それが自身と子孫の運命を削るという方法。それによって封印は完成。あとに残ったのは住職と侍の死体と封印の岩。住職はすぐに封印を強化するために信仰していた不動明王の梵字を岩に刻んだ。そして簡単に近づけないように沖へと村人の力を借りて大岩を移動した」


 これで昔あったことは終わりと言って、将義はぬるくなった紅茶を飲む。


「ということは住職の子孫が俺たちってことになるんじゃ」

「そうだよ。住職は侍の命を使った責任をとって寺から出た。そのような行為は僧侶としてふさわしくないと言ってね。その後は封印を守るため漁村に住居を移したんだ」

「なるほど。でも家にそんな言い伝えは残ってないけど」

「戦争とかで失われたんじゃないかな」


 二度の世界大戦という大事件が起きたのだ。その騒ぎに巻き込まれて言い伝えが失われても不思議ではない。


「引退した住職はことのあらましを書いて殿様に送ってもいる。事態を知った殿様はエロで被害が広がりかけたということに、少しばかり体裁が悪いと感じ、マイルドな話に挿げ替えるように指示をだした。それが今伝わっている話だね」


 聞きなれた昔話の正確な流れに感心し、少年は何度か頷いた。


「君たちにとってはここからが本題。封印はまだ生きていて、呪いを解くということは封印が弱まるということだ。となるとサキュバスが解放される」


 サキュバスは浜辺で行われる性行為のエロい空気を封印越しに取り込み今も生きながらえている。


「そう繋がるんだぁ。サキュバスか、解き放ったら危ないのかな」

「今の世ならそうでもなさそうなんだよね。そこかしこにとまでは言わないけど、あのサキュバスが困らない程度には現世はエロに溢れてる」


 親が持っているエロ本を隠し見る子供がいることやインターネットが広がってそういった情報が入手しやすくなったことなど。そういった事情で封印されているサキュバスにとっては人の思考を誘導せずとも、生活に困らない状況だ。

 一ヶ所で吸収を続けるのは困りものだが、各地を放浪していればたいして問題にもならないだろう。


「呪いを解いてもよさそうだ」

「サキュバスがおとなしくしてくれるならね。一時期は強力は力を手にしたから、あれを取り戻したいと暴れられても困るだろ?」


 そういった意思を見せた瞬間に将義ならば殺せるが、少年たちがどう思うかを聞きたくて問題ないことは伏せる。


「俺たちのせいで困る人がでるのはちょっと嫌だな」

「でも呪いを解かないと人生で不利になりそうだけど」

「そうなんだよなー」


 悩む様子を見せる少年は、答えがだせないまま五分十分と考え続ける。時計の秒針だけが響くような静かな時間が過ぎる。

 将義たちも静かに答えを待つ。フィソスが暇そうだったので、猫に戻して将義の太腿に移動させて背を撫でる。

 少年はこのままではいつまでも答えがでないから、人生の先達のことを参考しようと考える。つまり母親や祖父だ。彼らは人生に後悔や嘆きや不満を抱いているか? 日々を過ごす様子などを思い出していき、怒ったところも落ち込んだところも見たことはあったが、笑い喜ぶところも見てきた。その様子から不幸なだけの人生を送ってきたとは思えなかった。

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