第26話 どこかの事件と淫魔 2

「さて早速調査開始だ。ここでわかることを調べてみようか」


 将義は魔法で探査し、呪いについての詳細を探る。

 フィソスはまずは自分なりに調べてみようと周囲を見回したり、店内にいる店主をじっと見たり、周囲に残る匂いを嗅ぐ。

 十五分ほど待ち、フィソスが探る仕草を見せなくなって将義は声をかける。


「現時点でなにかわかったことはある?」

「んと……その……」


 なにか言おうとして止まるということを繰り返す。

 フィソスはなにも答えないがわからないというわけではなく、どう言葉にすればいいのかわからないといった感じだ。

 それを見て、将義は方針を与える。


「まず呪いは感じ取れた?」

「うん。あの人のからだぜんぶをおおうみたいにへんなにおいがあった」

「そうそう。じゃあその匂いはどういった感じ? あの人にどういった影響を与えているように思えた?」

「なにかうばってるかんじ」


 その奪ってるものはなにかと将義が聞くが、わからないようなので別の聞き方する。あの呪いで影響のないものはなんだと聞き、消去法方面へと促す。


「いのちとれいりょくはもんだいない」

「そうだな。あってるぞ」

「見たり聞いたりとかがわるくなるかんじでもない」

「うんうん。命の危険はなくて、五感も悪いってことはなく動くことになんら問題もない」

「あとは……うんがおかしい?」


 フィソスは上手い言い方がわからず運と表した。それに将義はギリギリ合格点をつける。

 運と大雑把にいっても色々ある。それらすべてが悪いわけではないのだ。健康運家庭運金運恋愛運などなどだ。それらの中の仕事運にあの店主の家系は問題があった。特に出世といった上昇運が壊滅的だ。受験による良い学校へ行くという部分もこれに引っ掛かり、店主の家系は目的の学校に行くことができていない。店の知名度が上がらないという部分も呪いの影響を受けていた。


「この場でわかるのはこれくらいだな。じゃあ、次に行ってみようか」


 二人とも飲み終えて空になったカップを持って店内に入り、店主に返す。


「ごちそうさまでした。調査のためあとでそちらの家に行きたいんですが住所や簡単な地図を紙にお願いします。家にどなたかいるなら、電話で事情を説明してもらえるとありがたいです」

「ちょっと待ってね」


 メモ用紙に情報を書き込んでいく店主に、ついでに役所や図書館の場所も聞く。


「その二つにはどうして行くの?」

「店主の呪いは昔からのもの。そういったものは地元に昔から伝わる話に関連している可能性があるからですよ。役所や図書館で伝承を調べるんです」


 なるほどと頷いて、メモ用紙を渡す。


「これを。家には息子がいると思うから電話しておくわ」

「おねがいします」


 お金を払い、将義たちは店から出ていく。

 その背を見て、報酬について話さなかったことを店主は思い出す。追いかけようとしたが、客に呼ばれて対応しているうちに追えなくなってしまった。

 無料ならばありがたいことではあるが、途中で解決を放棄されても文句はいえず、一抹の不安を抱く。

 客に断りを入れて、キッチンへと引っ込み家に電話を入れる。

 対応に出た息子に経緯を話し、怪しまれながらも了承の返事を得て、最後に報酬の話をきっちりしておくように伝えて電話を切る。

 上手くいくように祈り、店主は仕事に戻る。


 ◇


 陰陽寮に与えられた本部の自室で、その報告を聞いて椿は耳を疑った。

 もう一度言ってほしいという椿に、事務員は口を開く。


「佐備方市外の合戦場跡地の封印がなんらかの原因で緩み、悪霊が封印を破りました。その中の一つが他の悪霊を取り込み、強大化しています」

「どうして封印が緩んだの?」


 そういった危険な場所の封印が緩くなっているという報告は受けていない。封印の見回りは疎かにしないよう指示を出しているので、見落としはないはずなのだ。


「現状では詳しいことは」


 事務員は首を振る。

 椿は総務長の顔が脳裏にちらつくが、さすがに超人を呼び出すためだけにそんな馬鹿はしないだろうと思う。確信ではなく、そうあってほしいという願望だが。


「そこの地図はある?」

「ノートパソコンをお借りできればすぐにお見せできます」


 使っていいと許可をもらい事務員は、地図を呼び出すと椿に見せる。

 そこは住宅街の端だった。


「住宅街すぐそばじゃないの! 対応はどうなってる?」

「運がいいことに現地から少し離れたところ通りかかった能力者がすぐに気づき、陰陽寮に報告を入れ、陰陽寮から政府に避難指示を出してもらい警察が動いています。自衛隊も動くということです。避難理由は過激なオカルト団体が暴走し、毒物をまき散らしたといったものです」

「対応が早いのは運がいいけど、能力者はちゃんとそこに集まっている?」

「急ぎ周辺の県内と近隣の能力者に声をかけました。ですが足りるかどうかわかりません。相談役のコネを使い強力な能力者を動かしていただけないでしょうか」

「わかりました」


 椿の即答に事務員は少しだけ安堵した表情を見せる。


「ではほかの相談役にも報告に向かいますので、これで失礼します」

「ええ、報告ありがとう」


 事務員が出ていき、椿はスマートフォンを取り出し、動かせる最高戦力へと連絡を入れる。

 大宮伸太郎という文字をタップして、コールが鳴っている間に、椿は総務長の動きを予測する。


(超人を呼び出すことが目的ならば、彼女が現れる前の早期解決は望まないはず。現場でなんらかの邪魔が入る可能性もあるわね。有力な能力者になんらかの依頼を出して、動かせないようにしている可能性もあるか)


 何度目かのコールで相手が出る。年若い男の声だ。


『はい。潮崎さんお久しぶりです』

「ええ、久しぶり。早速で悪いのだけど、今大丈夫かしら」


 いつもよりも余裕を感じさせない口調に緊急事態かと伸太郎は考える。


『はい。大丈夫ですよ。急ぎの仕事ですか?』

「そうなの。ごめんなさいね」

『いえ、気にしないでください。ノジシ様がなにか予感がすると言っていたので近いうちに動くかもとは思ってましたから。総務長からの依頼も断って待機してました』


 やはり依頼がいっていたのかと椿は待機していてくれたことに安堵する。


「少しばかり遠くへの行ってもらいたいの。合戦場跡地で封印されていたものがでてきて大変なことになっているのよ」

『え!? 大変じゃないですか! すぐに向かいます。場所はどこですか?』

「とりあえず近くの支部を教えてちょうだい。そこにヘリを向かわせるわ」

『うわっ、本気で急ぎですね』


 わかりましたと近くにある陰陽寮の支部を言い、大学の食堂から早足で移動する。


『現地は今どうなっているんですか?』


 椿は事務員から聞いたことを伝える。

 誰も対応できる者がいない可能性も考えていた伸太郎は、能力者がいるということに安堵する。悪霊たちの気をひいて人のいないところへ誘導といったことも行われているのだろうと思ったのだ。


『俺の第一目的は大物を倒すってことでいいんでしょうか』

「そうね。それを目的にしてほしい。小物は集めた能力者に頼むことになると思う。それと」


 言おうか迷ったが、伝えないで不意打ちされてはたまらないと言うことにした椿が続ける。


「今回のことは人為的なものの可能性が高い。だから悪霊に対応している間に邪魔が入るかもしれない」

『わざと封印を解いた人がいるんですか!? なんでそんなことを』

「ほんとになにを考えたんだか。一度切るわね、ヘリの手配をするから。なにか疑問とかあればまたかけてきて」

『わかりました』


 伸太郎との通話を切り、椿は政府関係者に連絡を取り、ヘリコプターを動かしてもらう。動こうとしていた自衛隊のヘリを一機回してもらえることになり、伸太郎のいる場所を伝える。

 陰陽寮にも緊急用としてヘリコプターはあるのだが、総務長の手が回っている可能性を思うと、国に頼んだ方が早いと判断したのだ。


 ◇

 

 喫茶店を出た将義とフィソスは歩いて図書館に向かう。役所よりも近かったのだ。

 静かな館内に入り、司書に話しかける。


「すみません。この子の宿題で土地に伝わる昔話の調査をしたいんですが、それらに関する本はありますか?」


 真っ正直に能力者の仕事で調べものがしたいと言うより受け入れやすい嘘を吐く。

 話しかけられた司書は疑った様子なく頷いた。


「この土地の伝承ですか、ちょっと待ってくださいね」


 あったかなと思いつつ司書は、同僚に話を聞いたりパソコンで史料を調べたりしていく。

 その間、将義は近くの棚から本を取り出しぱらぱらと眺め、フィソスは初めて来る図書館を将義の裾を握って珍しそうに見渡していた。

 そうしているうちに司書が戻ってくる。その手にはパンフレットらしきものがある。


「まずはこれを。わかりやすく昔話が書かれています。あとは向こうのコーナーに郷土史があるので、そこにも知りたいことがあると思います」

「ありがとうございます。このパンフレットは返した方がいいですか?」

「いえ、昔作った余りなので持ち帰られて大丈夫ですよ」


 再度礼を言い、将義はフィソスを促して郷土史のあるコーナーへと向かう。

 三冊あった史料を持って、テーブルに座る。


「文字は読めないだろう?」

「うん」

「じゃあ、魔法で一時的に読めるようにするからこれを見てな」


 パンフレットをフィソスに渡して、魔法を使う。

 フィソスにとって意味のわからなかったものが、とたんに読めるようになる。読めるようになったからといって、理解ができるかどうかは別だが、フィソスは真面目に読み始めた。

 そんなフィソスから視線を外し、将義も郷土史を開く。


 郷土史には都市伝説的な扱いとして命を吸う化け物の話が載っている。時代は今から百八十年ほど前のことだ。

 海の向こうからやってきた娘が漁村に住みつき、その年から漁村の活気が減っていき、漁獲量が減り、子供の生まれる数も減っていった。

 流行病にやられたわけでもなく、海が荒れて出られないというわけでもなく、不作が続いたわけでもない。それなのに上がってくる税の減りに疑問を抱いた殿様が家臣に調査を命じた。

 侍が村を訪ねたところ、顔色は悪いが楽しそうな気だるげな村人に疑問を抱いた。村長に調査のため逗留を告げて、数日を村で過ごすものの何事もなかった。

 侍を警戒して動かなかった娘だったが、やがて我慢ができなくなり、娘は村人の命を吸うために動き、侍がそれに気づき退治に動いた。

 しかし多くの命を吸って力を増していた娘は強く、敵わなかった侍は逃げ出し、近くの寺に相談する。そこの住職の協力を得て、再度討伐のため村に向かう。

 再戦でも劣勢はかわらず、住職の提案で封印に方針を変えて、侍は自身の命を使って住職に娘を封印してもらう。

 娘の封印は誰かに壊されないよう、浜辺から少し離れた夜には満潮で沈む浅瀬に作られた。

 その後、村はもとの活気を取り戻した。


 郷土史を閉じた将義は、ほかの本を開く前にフィソスが読んだパンフレットの内容を教えてもらう。

 フィソスはところどころつまりながらも自分なりに理解した昔話を懸命に将義に伝える。

 パンフレットの方の昔話はいろいろと要約されていたが、大筋は同じだった。

 よくできましたとフィソスの頭を撫でて将義はほかの二冊を開く。そちらの内容も同じで、ここでの調査を終えた。

 司書に礼を言い、フィソスと一緒に図書館を出る。


「つぎはどこに行くの?」

「役所は行かなくていいな。パンフレットに役所共同作成と書いていたし、参考文献も読んだ本になってたし。同じ話が聞けるだけだろう。だから封印を見に行ってみよう」


 頷いたフィソスはまた手を伸ばしてきて、将義は握り返した。

 海岸まで歩き、最初ここに来たときに不穏なものを感じた小島を見る。


「あれ?」


 小さな指で小島を示したフィソスに将義はそうだよと返す。

 間近で封印を調べるため、隠蔽の魔法で姿と魔法の使用を隠し、そのあとに飛行の魔法を使う。島に着地し、抱っこしていたフィソスを降ろして、簡素な石碑に近づく。

 三メートルほどの縦長で、岩をある程度削って作られたのだろう。封印と示すような文字が刻まれていることはなく、不動明王の梵字が大きく刻まれている。そして作ったであろう年月が端に刻まれているだけだ。


「俺は俺で調べるから、フィソスも自分で調べてみて」

「うん」


 フィソスが近づき匂いを嗅ぐ仕草を見せ、将義は魔法で過去を見る。

 当時なにが起きたかを把握して、将義は笑っていいのかドン引きしていいのかわからなかった。そんなひきつった笑みの将義をフィソスが不思議そうに見ている。


「今の時代なら封印は解いても大丈夫かなー」


 呟いた将義はフィソスの調査を待つ。

 封印はこのまま放置してもよほどのことがなければまだまだ持つだろう。風雨と波にさらされて、ここまで長持ちしているのは定期的に点検されているからだ。それを行っている人たちに任せておけば維持は問題ない。

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