第24話 来客とアフターケア 4
「ただ歩き回るだけというのもどうかと思うから、飲み物と菓子ぐらいは出しますよ」
将義はそう言い、魔法で長椅子とテーブルを土で作り、影から鏡を取り出し、ジュースとクッキーやマフィンといったものを作って置く。
美咲には長椅子とテーブルを作った魔法はまだ理解できたが、鏡を媒介にした料理作りはさっぱりだった。そのため怪しいものを食べさせるなと言いそうになったが、母神の方が早く口を開く。
「それが外界の道具ね。近くで見るとたしかにこの世界にはない作りだってわかるわ」
「外界?」
「世界の外で拾った道具」
疑問顔の美咲に将義は短く答える。
さらに不思議そうな顔となった美咲に、それ以上のヒントを与えるつもりもなく将義は未子と話し出す。
聞きたそうにしていた美咲は、地宏と手を繋いだ母神が歩き出したので聞くことができず、二人の後ろを歩く。ただの散歩だが、地宏が本当に楽しそうにのびのびとしていて、屋敷暮らしを窮屈と感じていたことがよくわかり、申し訳なさを感じる。
三人が一時間ほど歩いて戻ってくると、そこにはパゼルーしかいなかった。用件はすんだということで他は帰ったのだった。
三人も飲み食いしてから屋敷へと帰る。だされたものが大丈夫なのか美咲は気になったが、母神がまったく問題としていないことで大丈夫なのだろうとなにも言うことなく食べる。
屋敷では地宏の留守が広まっていて、住人全員で探し回っていた。そこに三人が帰ってきて、ここの代表者が説明を求めた。
「どこに行っていたんだ! 地宏様は神から預かった大事な子。勝手に外に連れ出すなどなにを考えているっ」
「たしかに私は大事にするよう言いましたが、このように拘束しろとは言っていませんよ」
母神は正座し、地宏を抱えながらわずかに睨むように代表を見る。
母神に代表は怪し者を見る目つきを向ける。代表は能力者ではなく、母神の気配を感じとりづらいのだ。
「代表! この方は神ですよ。屋敷から自由に動けない地宏君を心配して来てくださったのです」
「は?」
神と言われじっと母神を見た代表は、これまで感じたことのある悪霊の気配とはまた違う、人ではない気配を感じ取る。そしてそれは温かで安心できるものだった。神と確信したわけではないが、なんらかの高位存在だとは理解できた代表は、急ぎ畳に両手をつけて頭を下げた。
「なにか至らぬところがありましたでしょうか」
「地宏の扱いですね。大切にしてくれているのはありがたいですが、少々不自由を強いすぎてはいませんか」
「それに関しては鋭意努力中でございまして」
「美咲から陳情があがり何ヶ月たったと? その間に少しも進展していないようですが、それでも努力中というのですね」
「それはその」
顔を伏せながらも焦りから視線をあちこちに向ける。
代表はここに閉じ込めておけば外に出すよりも対処が楽という考えだったので、上司へとまじめに話を通していなかったのだ。上司も似たような考えだったので報告にケチをつけることはなかった。
「今後もこの扱いが続くようならば、こちらも強引な手段を取らざるをえません」
「強引な手段とは」
代表は顔を上げて恐る恐る聞く。
「それは美咲に話してあります。のちほど聞けばよろしい。確実に楽しい話ではありませんが。あとついでなので言っておきます。国の上層部には地宏の思考を誘導し、日本のために働くことこそが至上とさせる計画を立てた者がいるということを、神は把握していると伝えておきなさい」
「必ずっ」
わずかに怒りを感じ取り、代表は急ぎ頭を下げる。
退室するように母神が言い、代表は恐縮したまま部屋から出ていく。
代表が十分に離れると母神が発していた怒りは霧散する。
「これで少しは前進するでしょうかね」
「きつい言い方というか怒りを感じさせていたというか。実際のところは地宏君の扱いを相当に怒っていたのですか?」
「扱いに思うところがあるのは事実ですが、今のはわざとそう見せていたのですよ」
そうすることで言葉が本気と見せていた。これで上層部が動くきっかけになるだろうと考えて怒りを漏らしたのだ。
怒りは地宏に感じ取れないようにコントロールされていて、そういったことからもわざと発せられたとわかる。
「おそらく星の子としての仕事はないでしょうし、普通の人間の暮らしに慣れておかないと生きづらくなるわ」
「未来予知かなにかでしょうか?」
「いえ、そういうものではなく。星の子が動かなければいけない事態になれば、平穏を乱されるのを嫌いあの子が動く。星の子よりも上手く解決してしまうでしょうね」
動くのだろうかと美咲は疑問を抱く。それを見透かし母神は続ける。
「身内を大事にする子です。それらに被害が及ぶようなら正体を隠して動くわ。逆に人が大人数死ぬような事態でも住んでいるところから遠く離れていて被害がなければ動かないのですけどね」
「それは力ある者としての義務を果たしていないのではないでしょうか」
「力ある者すべてが義務を果たしているわけではないわ。皆がそう動いていていたら世はもっと平穏よ。あの子だけに強制するというのは賛成できないわね」
「それでも彼が動けば助かる命は多いはず」
「あなたも能力者として力ある者。でも地宏の世話を優先して義務を果たしてはいない。それなのに助かる命があると言うの?」
「……」
そう返されると美咲は黙るしかない。地宏の世話を屋敷の人間に任せて、自身は陰陽寮からの仕事をやれば助かる命は少しは増えると理解している。地宏のそばにいるのは私情なのだ。施設育ちで能力者という共通点を持つ地宏に情を持ち、他の者よりも地宏を優先している。だから義務を果たしていないという母神になにも返せなかった。
それ以上なにも言う気配のない美咲から視線を外し、母神は地宏を撫でてそろそろ帰ると告げる。
母神が帰る際に地宏は寂しそうな表情を見せ袖をつまむが、また近いうちに会えると約束してもらい、袖を放した。
残った美咲は夕食の時間まで地宏と過ごし、夕食を部屋に運んでいくついでに代表に母神がとる強引な手段について話す。
それを聞いた代表は確実に話を通さなければまずいと、作りかけていた報告書にさらにまじめにとりかかる。
◇
体育祭当日。朝から将義はわくわくとした表情と雰囲気を隠せずにいる。
そんな息子を微笑ましそうに両親は見ていた。
朝食後に、将義は学校へ行く準備を整え、父親はデジカメを確認している。そして母親が三人分にしては多い食材を準備している。あとから合流する地宏たちの分も作るつもりなのだ。
その母親の様子を見て、暗示にかかっていることがわかり将義は微妙な表情を見せたがすぐに隠す。
「いってきます!」
「いってらっしゃい。楽しんでくるのよ」「おう、いってらっしゃい」
家を出て、学校までの道のりを早足で進む。落ち着こうと思って速度を緩めるが、またすぐに早くなってしまうのだ。
そんなわくわくを隠しきれていない将義を周囲の人間は面白そうだったり、微笑ましそうだったり、楽しそうで羨ましそうに見ていた。
学校に到着し、教室に入ると同じような仁雄がいて、互いに指差してテンションの高さを笑いあう。さらに似たような雰囲気の力人も来て、また笑う。
クラス自体の雰囲気も上向きで、運動が苦手なクラスメイトも雰囲気にあてられてか、楽しげな雰囲気を放っていた。
校内放送で、体育祭がそろそろ始まると知らせがあり、生徒たちは着替えてグラウンドに出る。生徒の家族もぞくぞくと集まってきており、将義は家族の気配と地宏たちの気配を感じる。家族の護衛のためだろう、パゼルーの気配があり、見物に来ているのかフィソスの気配もある。そして暇だったのか未子の気配もあった。
九時になって校長挨拶などが終わり、選手宣誓で体育祭開始が告げられる。選手宣誓は立候補した仁雄が行っていて、威勢の良さに観客から拍手が送られる。
「たっだいまー」
仁雄がクラスに割り当てられたエリアに戻ってきて、クラスメイトたちの声援に出迎えられる。
「力のかぎりの宣誓、感心した」
「ああ、気合が入ろうというものよ」
田尻と秋根が褒め、ほかの者たちも笑顔で頷く。
「あっはははは! 喉を少し痛めたかいがあったってもんだ」
「そこまでやったの? バカねぇ。飴あるけど食べる?」
呆れたように陽子が言い、鞄から飴を取り出し渡す。仁雄は礼を言って飴を食べる。
最初のプラグラムは学年別百メートル走で、早速コースに走者が並んでいる。
将義が午前中に出る借り物競争は一時間以上先で、しばらくは応援に精を出すことになる。
放送委員が競技開始を告げて、声援が一斉に響きだした。将義たちも所属する白組の走者に声援を送る。
順調にプログラムが終わっていき、生徒たちも観客も大いに賑わいを見せている。そんな中、将義の参加種目の番が来て、一緒に参加するクラスメイトと入場門に向かう。
参加選手たちがグラウンド中央に移動し、コース上にメモの入った箱がいくつか並ぶ。
「去年はどういったものが書かれてたっけ」
隣にいるクラスメイトに聞く将義。
「あー……メガネとか水筒とかポイントカードとかだったかな。客から借りろって制限がついてたような」
「あまりおかしなものはなかった感じ? カツラとか入れ歯とか」
客から借りるという制限がなければ演劇部などで借りられるだろうが、客からということはカツラをつけている人から借りなければならないということだ。借りる人も貸す人にとっても無理難題だ。
「難易度が高すぎるだろ、それ。そこまで難しいものはなかったよ」
「大事な人とかドラマ的なものは?」
「去年はなかったなー。それより以前は知らない」
話しているうちに第一走者がスタートする。
帽子や腕時計を貸してくださいといった走者の声が響き、観客が手をあげて応える。
やがて将義の番が来て、コースに並ぶ。この時点で将義は身体能力を異世界に行く前のものへ変更している。元のままでは楽しめないのだ。
スタートの合図とともに走り、将義は箱の中に手を入れてたたまれたメモを開く。
「……子供」
文字を見た瞬間、地宏を楽しませるために母神が小細工したのかと思ったがなんらかの力が働いた気配はない。本当に偶然だったのだ。
ここでこれを引いたのなら地宏を選ぶしかないかと、観客エリアに走る。せっかく来ているのだから楽しませようという気遣いもあったが、まったく見知らぬ子供よりは連れ歩きやすいと思ったのだ。
一直線に自分たちのいる方へとやってくる将義を家族たちは少し驚いた顔で見ている。
「地宏を借りてくよ」
「お題はなんだった?」
聞いてくる父親にメモを見せる。子供と書かれたそれを見て、一同は納得した様子を見せた。
「行ってきなさいな」
どうしたらいいのかと見上げてくる地宏を、母神が立たせる。
将義はサービスになるかと地宏を肩車してコースに戻る。その姿を父親が写真に撮っていた。
いつもより高い位置で、多くの人の注目を集めていることに地宏は恥ずかしく顔を赤くして伏せる。その仕草に可愛いとどこかから声が聞こえてくる。
「お題の子供を連れてきたよ」
ゴールに待機していた係にメモを渡して確認してもらい、ゴールを認められる。着順は三番だ。前二人はお題が簡単なこともあって遠くまで行かずにすんだのだ。
将義は地宏を返すため、コースから出て歩いて家族のもとへ戻る。
「協力ありがとな」
将義は降ろした地宏に笑みとともに礼を言い、軽く頭を撫でてからコースに戻る。
撫でられた頭に手を置いて地宏は去っていく将義を見る。怖い人という思いはまだあるが、ああいう風に笑う人でもあると心に残る。
地宏を安堵させようという気遣いの笑みではなく、心底体育祭を楽しんで出た笑顔だったからこそ地宏の心に残ったのだ。
地宏の中で将義への恐怖がさらに和らいで、ここに来た目的が果たされたと気づいたのは母神だけだった。
借り物競争が終わって順調にプログラムが進み、生徒が参加する午前のプログラムはすべて消化される。昼食の前に老人会による応援演奏が披露され、拍手がおさまると昼休みの放送と午後最初のプログラムが告げられた。
「ただいまー」
「おかえり。はい、おしぼり」
弁当を広げていた母親は手を止めて、おしぼりを将義に渡す。
将義が手を拭いている間に、母親は地宏にいくつかのおかずとおにぎりを紙皿に載せて渡す。
食べていいのだろうかと地宏は母神を見て、頷きが返ってきたことでからあげに箸を刺す。口に運んでそれをかじり、気に入ったのか食べ進める。
上機嫌な雰囲気を放つ地宏に将義は美味いだろうと心の中で母を自慢する。さすがに子供相手にそれを口に出すと大人げないという自覚はあった。
将義も好物ばかりの昼食を食べ始める。
一通り食べ終えて穏やかに話しているうちに昼休みが終わるという放送が流れ、母神が地宏に声をかける。
「そろそろ入場門に行きましょうか。かけっこが始まるわよ」
「うん!」
幼稚園や町内の運動会に参加したことのない地宏は初めての催し参加を楽しみにしていた。
わくわくとした雰囲気を放ち、一緒に立ち上がった母神の手を握る。
「がんばってこいよ。写真に撮るからな」
「がんばってください。ここから応援してますよ」
父親と美咲も声をかけ、それに地宏ははにかんだ笑みを浮かべて入場門へと向かう。
「俺も向こうに戻るよ」
「最後のリレーにも出るんだったね。頑張って」
生徒エリアに戻る前に将義は、未子たちのもとへ向かう。
未子はメイドの一人と見物に来ていて、どこかで買ってきたパンで昼食をすませていた。
「あ、九ヶ峰さん。私が来てたことに気づいてたの?」
「まあね。今日は暇だったのか?」
「うん。特に用事なかったし、応援でもって思ったんだよ」
「ありがと。でもただ見てるだけだとつまらなかったんじゃ」
「正直参加して楽しみたかったねー。来年を楽しみにしておくよ」
それがいいと言う将義に、生徒エリアに戻ろうとしていた力人が近づいてくる。
「よーっす、マサ。お前も戻るんだなって……お嬢様?」
「あ、力人兄さん」
将義と話していた相手に気付き、力人は驚いたように将義と未子を見る。
以前未子の記憶を見たときに意外な繋がりを将義は知って驚いたが、それは力人と未子の関係だった。
力人の家は未子の家の分家にあたる。正月などで一族が集まり、挨拶するのだ。見た記憶はそういったもので、力人が未子たちに挨拶している場面だったのだ。
「マサお前、お嬢様と知り合いだったのか?」
「九ヶ峰さんにはすっごくお世話になったんだよ。どんなことで世話になったかは、プライバシーなことだから秘密」
「わざわざ会いに来るくらいだから、相当なことなんだな」
「本当に助かったからねぇ。しかも二回も助けてもらった」
「一回じゃなくて二回か。ほんとになにしたんだ」
力人は将義を見るが、首を横に振られる。
「聞くのは諦めるか。俺は行くけど、もう少し話していくか?」
「いんや、一緒に行く。じゃあね」
「はい、また今度」
未子と別れて、二人は生徒エリアに戻る。
すぐに午後の部開始のアナウンスが流れ、幼児たちがグラウンドに入っていく。入場音楽に合わせて生徒たちは手を叩いて、幼児たちに声援を送る。
緊張した子や楽しげな子に混ざって地宏の姿も見える。母神と離れて少し不安そうだが、それ以外におかしなところのない周囲の子供と同じ子供だ。
順番が来て、ほかの幼児と混ざり走る様子は楽しげで、美咲は今後の学校生活になじめそうだと安堵を抱く。子供一人の時期があり、周囲と馴染めないかもしれないと思っていたのだ。だがその不安は近くの子となにかを話しているのを見て晴れた。
幼児のプログラムが終わり、生徒のプログラムが再開される。
最後のリレーまで問題なく進み、将義の参加する学年総合リレーも締めにふさわしい盛り上がりで終わった。
閉会式の挨拶が終わり、観客が帰り、生徒たちでテント片付けや掃除を行う。
着替え終わった将義たちは口々に楽しかったと明るい雰囲気で、次の大きな祭りである文化祭を待ち望みながら解散した。
翌日、将義は父親から写真の印刷を頼まれる。
母神がかけた最後の暗示に基づいた行動で、地宏の写真を手に入れるためだ。
将義はコンビニで体育祭の写真を印刷し、地宏を撮った数枚を抜くと、デジカメのデータも消す。
家に帰った将義は自室から鍛錬空間へと移動し、そこから母神に呼びかける。
「聞こえているならこっちに来てほしいんですが」
すぐに風景がかすかに歪み、母神が現れる。その母神に写真を差し出す。
「はい、渡しておいてください」
「ありがとうね。あの子もきっと喜ぶわ」
「これで責任は果たしましたよね」
「ええ、あの子の中にはまだ残っているものはあるけれど、たまに見る怖い夢くらいにしかならないわ。そういった夢は普通の子供も見てるものだし、問題ないといえるわね」
「そうですか、よかった」
「あの子になにか伝言とかある?」
ないと将義は首を横に振る。
母神は頷いて、姿を消し、気配もなくなった。
(この先、写真に残った笑顔が曇らないよう健やかに)
将義は心の中で短く祈り、それ以上地宏について考えることを止めて、フィソスに会いに行った。
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