第23話 来客とアフターケア 3

 将義がやってくるまでに、魔力の大きな動きを感じた未子がやってくる。フィソスも近づいているが、こちらは警戒し離れたところから見ていた。

 人間よりの半妖である未子を見た美咲は、年若い女ということだけがわかった。


「なにが起こったんですか!? えらく大きな力が動いたんですけど」

「侵入者を追い出そうとしただけです」


 パゼルーは不満そうな表情なまま答える。


「無理やり入ってきたということ?」

「ええ」

「九ヶ峰さんの作ったここに無理矢理入ってきたって、そんなこと可能なんですか」


 未子がだした将義の名前だが、美咲は別の名前に聞こえていた。将義に繋がるヒントになるかもと思っていたが、母神から別名に聞こえているから無駄と話しかけられ、偽名として受け入れる。


「それが可能なくらい力の強い存在ってことです。まったく忌々しい」

「九ヶ峰さんより強いってこと?」

「力の大きさは九ヶ峰将義の方が上ですよ。力の使い方は長く存在しているこちらの方が上手いのだけどね」


 母神が答える。異界作成で如実に差がわかる。将義のように何の起点もなく作れることもすごいのだが、無駄も多かった。


「九ヶ峰さんの力の使い方はまだまだということですか」

「まだまだというわけでもないの。十分使いこなしているわ。ただ力押しでどうにかなるから、これ以上の習熟を目指そうとしていないだけ。今後も鍛錬を積んでいくなら、私なんてあっさりと超えていくでしょう」

「現時点であれだけできて、荒事に関わっていく気がないなら鍛錬しようと思わないかー」


 母神の説明に、未子は納得しつつもふと湧いた疑問を口に出す。


「そもそも九ヶ峰さんの力ってなんなんだろう。本人は魔法って言っているけど、魔法ってそんなに便利なものかな」

「主は『流れ』に干渉しているのです。説明をする気がないから魔法ということですませているのでしょう」


 パゼルーが言い、母神も頷き同意する。

 流れってなんだろうかと未子と美咲は首を傾げる。


「すべてのものは止まらず動いています。人間だと血は巡り、霊力も同じく。世界も風や水などが止まらず絶えず動き、流れを生み出しています。世界や宇宙にも力があり、それらも流れがありますし、運命といった概念的なものもまた同じ。流れに干渉するというのは、それらを動かすこと。人間も限界まで鍛え上げれば、なんとなく見ることくらいはできるようになります。干渉は不可能ですが」

「神々や悪魔であっても干渉は難しいことですね」

「九ヶ峰さんはそれを極めている?」


 未子の言葉に母神とパルゼーはそれはないと首を振る。


「極めることができれば地球どころか全宇宙を掌握できます。さすがに主といえどもそこまでには至っていないかと。今後鍛錬していけばもしやとは思いますが」

「そこまで鍛える気はないというのは本人の発言からわかりますけどね」


 母神の視線が話していた未子たちからそれる。皆がそちらを見ると将義がそこに出現したところだった。

 将義は母神を驚いたように見て、視線を地面にへとずらし、また戻す。

 近づくため歩き出した将義にフィソスが走り寄り、抱き上げられた。

 パゼルーは深々と頭を下げる。


「呼び出すことになり申し訳ありません。いかようにも罰していただいてかまいません」

「これは仕方ないだろうさ。世界の意思を追い返すなんてできるはずもない」


 将義はこの呼び出しをきっかけとしてパゼルー本体ごと遠くへ追いやろうと思っていたが、母神を見てこれは仕方ないと残念に思う。

 将義は母神を一目見て、地球との太い繋がりを見抜いた。母神が立っている場所が世界そのものから少し飛び出ているという在り方に、人と接する際のアバターと理解したのだ。

 どういうことかわかっていないパゼルーたちに世界そのものが人間と話しやすいように姿をとった存在だと説明する。


「噂に聞いた母神という存在ですか」


 パゼルーの言葉を肯定するように母神は頷く。

 パゼルー本体は母神と対面できる立ち位置ではなかったので、噂でしか聞いたことがなかった。


「その子が伝言に出ていた俺のせいで苦しんでいるという子供ですか」

「ええ、この子は空成(そらなり)地宏。あなたならこの子がどういった子がわかるでしょう?」


 聞かれ将義はじっと地宏を見る。


「あなたの眷属みたいなもの、いやそれだけじゃないな。なんらかの条件下で力が増すって感じか」

「その通り。この子は星の子と呼ばれる存在」


 母神は美咲にした説明を行う。

 説明によって地宏がどういった存在なのかはわかった。それで将義はどうしてここに地宏が連れてこられたのか尋ねる。


「私との繋がりが太いせいで、あなたの怒りを忘れられない状態なのよ。この子自身には魔法は効いたけど、私は覚えている。情報が私から流れて思い出したという感じ。霊力は強いけど、精神はまだまだ未熟。そんな子供が耐えられるわけもなく、あの日からずっと怯えたまま」

「あー、それはたしかに俺が悪いのかもしれない」


 気まずげに眠る地宏を見る。原因を辿ればパゼルーに行き着くのだが、感情のまま動いたのは自分なのだ。被害を受けた相手が小さな子供ということもあり、言い訳せず非を認める。


「母神様の記憶を消すことで解決できないの?」


 話を聞いていた未子が提案する。


「世界の記憶を消してどこに不都合が現れるかわからないし、それは避けたい」


 できないとは言わず、将義は新たに生まれるであろう問題を気にする。

 なんてことのないように言った将義をパゼルーはさすがですと称賛の思いを込めて見る。

 未子はただ思いつきを口に出しただけだが、パゼルーたちは世界を相手取ることの難しさを推測できた。


「私としても記憶を削られるのはやめてほしいところ。必ずどこかで問題が起こりそうだし」

「ではどのように問題を解決するつもりですか?」

「直接対面させて怖くないと理解してもらうと思って連れてきたの。というわけで起こすわね」


 母神は腕の中の地宏に声をかけて軽く揺すって起こす。

 それで地宏は心地よい眠りから、ゆっくりと目を覚ました。

 母神を見て自然な笑みを向け、周囲の者たちに不思議そうな視線を向ける。

 地宏は母神がどういった存在か理解していない。しかし自分にとって大事な存在ということ、決して自分を害すことがないということを無意識に理解していた。だから一緒にいると安心できて、怒りのことを忘れて安眠できた。


「皆に挨拶して?」


 地面に卸されて促され地宏はやや緊張した様子で口を開く。


「そらなりちひろ、です」


 それだけ言うと母神に抱きつく。よくできましたと母神が地宏の頭をなでる。


「育った環境だからか人見知りするようでね。そちらからも自己紹介頼めるかしら」


 母神の視線が将義に向く。

 将義は地宏に近づき、片膝を地面につけて視線を合わせ笑いかける。視界の死角で美咲が警戒していたが、将義は問題なしと流す。


「はじめまして。兄ちゃんは九ヶ峰将義。君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。怖いことがあってここしばらく怯えてたんだろう? あれ、兄ちゃんのせいなんだ。ごめんな」


 将義の発言に地宏は少し目を見開き、母神に抱きつく力が強くなる。それでも目は離さずに、じっと将義を見る。

 見定められている将義は、笑みを崩さず見返す。ここで変に反応すればさらなる不安を与えるかもしれず、地宏の反応を待つ。

 そのかいあってか地宏がさらに怯える様子はないが、完全に大丈夫になっているわけでもなさそうだった。ぱっと見ただけでなにもかも解決するほど、人間の心は簡単にはできていないということだろう。


「とりあえずは常に怒っているわけでもないとわかったみたいね」


 少しは生活が楽になるだろうと母神が言う。その母神に美咲が尋ねる。


「今後どういった問題がでると思われますか?」

「そうね……以前よりも怖がりになったり、夜中夢に見て飛び起きたりといったところかしら」

「夜中夢に見るってのはどうかと思うし、どうにかしてあげられないですかね」


 今度は立ち上がった将義が聞く。さすがにトラウマ植えつけたまま放置は後味が悪い。

 美咲は内心驚く。尋常ではなく強いと聞いていたので、弱者を慮る気持ちがないと思っていたのだ。人並みに優しいと母神が言っていたことが本当かもしれないと思えた。


「一緒に過ごして日常の様子を見せればもっと安心するかもしれない。でもそれはあなたの状況だと無理でしょ? 家族に暗示を使えば地宏が一緒にいても不自然じゃないけど、使いたくない」


 そうよねと聞く母神に将義は頷いた。治療魔法などならばんばん使うが、傷つけるようなものはもちろん騙すようなものも進んで使う気はない。


「だったら、あれでいいかな。少しだけあなたの両親に暗示をかけるわよ」

「どのような?」


 内容次第によってただではおかないと将義は母神を見る。


「危険なものじゃないから、そんな警戒しないの。今度体育祭があるでしょう? それに親戚として見物に行く。あなたが皆と楽しんでいる姿を見れば、普通の人間だって地宏も理解できるからね」

「そんなことで本当に大丈夫ですかね」

「あの怒りはすべてを壊そうとせんばかりのものだったわ。そんな怒りを発した人が、日常の中で普通に当たり前のことを当たり前に楽しむ姿は、事情を知っている人に安堵感を抱かせるわ。こういった生活を大事にしているのだなと思えるの」


 地宏の恐怖は理性よりも本能に根差したものだ。見せることで感覚方面から訴えていこうとしていた。


「……そうですか」


 家族が見に来るのは楽しみだが、無関係の者までくるのは微妙に思えた。だがどうにかしたいと言い出したのは自分なので受け入れる。


「よかった。ついでだから幼児用プログラムに参加させてもらいましょう」

「ああ、そんなのもありましたね」


 学校が学生確保の一環として、地域との繋がりを深めようというスローガンを掲げ、生徒以外の参加もできるようにプログラムに加えているのだ。幼児プログラムのほかに老人会による応援演奏もある。

 体育祭は生徒の行事なので、あまりこったものはせず毎年かけっこやおたま競争といったものを行い、参加者にお菓子を渡している。


「地宏も楽しめるものになるでしょうからね」

「幼稚園だか保育園だかで友達とやった方が楽しいと思いますけど」

「この子は山奥の屋敷にいて、それらには通っていないの。年の近い友達もいなくてね」

「ネグレクトじゃないか」

「ネグレクトとは失礼ではありませんか!」


 その部分は我慢できなかった美咲が口を開く。

 誰だろうかと将義は母神に視線を向けて、将義の世話役の一人だと説明を受けた。


「その子を見れば食う寝るに困っていないのはわかる。でも健全に育っているかといわれると。子供同士の遊びだって育っていくのに必要なことだと思うけど」

「大人しかいない環境はどう考えても歪だわ。ネグレクトって言われても仕方ないんじゃない?」


 未子も将義に同意する。

 そこらへんは美咲も気にして、関係者の子供でもたまに連れてこれないか申請を出している。だが機密面や扱いを慎重にするということから、なかなか問題ない子供が選出できずに現状に至っているのだ。

 ずっと屋敷に閉じ込めたままではないだろうと考え、母神もほかの作業を行ってたがいつまでたっても屋敷にいるのでいい加減どうなっているのか聞こうとは思っていたのだ。今回のことはいいきっかけだったのかもしれない。


「私が頼み、国預かりになる二年前までは施設で年の近い子供と一緒だったから、生まれた頃から周囲に子供がいなかったってわけじゃないのだけどね」

「小学校はどうするんでしょうか。そのまま屋敷に閉じ込めっぱなしというのは」


 大事といってもいつまでもこのままというのは問題あるのではと未子が聞く。

 さすがに通わせるように母神から天照大御神へ、そこから天皇陛下へと伝えていくつもりらしい。

 その気がなく家庭教師ですませようとするならば、いっそのこと母神がちょっと無理するつもりもあった。


「どうなされるつもりですか?」


 母神という存在の無理がどれくらいのものか気になる美咲。


「この国の上層部に暗示をかけて、地宏が学校に通えるようにするだけ。そういったことに力を使うと、世界を平静に保つ力が減って、どこかで嵐が起きたり、地震が起きたりするのよ」

「それは日本で?」

「まあ、日本のつけをよそに払わせるわけにはいかないわね」

「話を通しておきますので、まだ暗示を使わないでください。必ず学校に行けるよう伝えますから!」


 美咲が慌てて言う。

 災害が起きた場合の被害損害を考えると、さすがに上層部も動かざるを得ないだろう。

 将義が容赦ないとは言っていたが、美咲は母神もそうかわらない気がしてきた。

 美咲に頷き、母神は将義に顔を向ける。


「今日の用件はこれで終わりなのだけど、少しここを散歩していいかしら? 地宏も久々の外出だからすぐにあっちに帰るのもつまらないでしょうし」

「いいですけど、見るものなんてありませんよ」

「それでも十分」


 ね、と母神は地宏に聞き、頷きが返ってくる。地宏の表情は明るいもので、言わされているといったものではない。周囲を見ただけでなにもないとわかるが、それでも外を自由に歩き回れるのが嬉しいのだ。

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