第14話 元幽霊少女と鏡の魔 5

「ここまででどうして先祖返りが起きたのかという説明になります」


 将義は一度説明を切る。


「娘は今どういった状態なの? 元に戻せないと言ってたけど、人間ではないということ?」

「人間と妖怪が混ざった感じです。半人半妖という状態ですね。今は人の要素が強く、少し前の姿は妖怪の要素が強かった状態です。生まれつきではなく無理矢理変化させられたため、元に戻すことは不可能ではないのですが、やると確実に虚弱体質になりますし、寿命も大きく削れます。具体的には五年で寿命が尽きます」


 人間であることに固執するか、健康をとるか。将義はそのどちらかを突きつける。

 最初に無理と断言したのは、戻しても五年生きることができればいい方だとわかっていたため。希望を持たせることのないように無理と言ったのだ。


「五年というのは本当なのですか?」


 翔子は違ってほしいという願いを込めて再度問う。


「残念ですが、本当です。霊能力者を集めている組織に接触して聞いてみても同じように答えると思いますよ。接触するのはあまりお勧めしませんが」

「妖怪ということで退治されるから?」


 未子が聞く。そんなことになるなら行きたくないと思う。

 そうではないと将義は首を振る。


「人に害をなすわけじゃないからいきなり退治はされないよ。そこまで過激じゃないらしい。前も話したろ? すっごい忙しいって」

「あ、そういえばそんなこと言ってたね。もしかして接触したらその組織で働きづめ?」

「ほぼ確定だろうね。人材は常に欲しがってるだろうし」


 未子の能力的に考えると実動隊ではなく、補佐に回されるだろう。しかしそこでも人材が不足しているという事実は変わらないのだ。


「所属は嫌だって断れないの?」

「あれらの組織がまっとうならそれでも大丈夫じゃない? でもどこにだって裏の顔とかはありそうだし、脅迫という手段を使ってこないとも言いきれない」


 将義の持つ陰陽寮と裏堂会の知識は、家を見張っていた門倉から得たものしかない。だから組織の全容など知らないので、二つの組織が健全に運営されているかなど知らないのだ。今後も接触する気はないため、深い知識を得ようとも思わなかった。


「九ヶ峰さんが口添えはできませんの?」


 翔子からの提案に将義は首を横に振る。


「所属していませんし、能力者であると知られてもいません。そんな俺からの口添えなどなんの役にも立ちませんよ」

「どうして所属していないのか理由をお聞きしても?」

「裏に関わる気がないからです。もうそっち関連の出来事はお腹いっぱいです。普通に過ごして、普通に進学して、普通の会社に入ってといった感じにありきたりであり、でも何事にも代えがたい人生を送るんです」

「そ、そう。まだ若いのに達観しているというか。でもそれなら娘のことに関わるのもパスしたかったのでは?」

「ええ、その通りです。ですが顔見知りが困っているようなので、なにが起きているかくらいは確かめようと思ったのですよ」


 消した記憶が戻っている理由を知りたかったということを隠し、ほかの理由を話す。知りたかったことを脅迫材料にされても面倒だった。

 それと話した理由も嘘ではないのだ。


「話を未子さんがどういった状態なのかということに戻しましょうか。今は妖怪としての力を封印しているので人間としての側面が表にでています。本人が強く妖怪としての力を求めるか、強い妖怪や魔物や神などに引きずられなければそのままです」

「このまま人間として生を全うすると考えていいのですか?」

「人間と同じことはできます。寿命が延びるのは避けられませんね。現状でも百五十才までは生きるでしょう」


 力が増せば寿命も延びる。人でなくなっても寿命は延びる。


「人として生きていくならば、十分に生きてからどこかで死を偽装して人生を終わらせる必要があると思います」

「一応は人として生きていけるのね」


 ほっとした様子で翔子は安堵の息を吐く。


「半妖として生きるというのも珍しいことではないみたいですよ。ちらほらと人に紛れている半妖や妖怪や魔物などもいますし」

「私みたいのがいるんだ」

「市内だけでも三人くらいいる。正体を隠していたりいなかったり」


 将義の学校にも新入生として半妖が入ってきていた。なにか悪さするでもなく、楽しそうに過ごしているので放置していた。ちなみにこの一年生は隠さず自分から半妖だとばらしているが、そういう芸当なのだと流されている。見た目が人間とほぼ変わらないタイプなのでいまいち信じられていないのだ。


「世界に目を向ければ、半妖のコミュニティーとかあると思いますよ。人として生きたあと残りの寿命を半妖として生きても、虐げられるといった悲観的なことにはならないでしょう」

「同じ境遇の存在がいると知れたのは安心できるわ」


 ありがとうと翔子は頭を下げた。


「経緯と状況の説明は終わりです。あとはこっちの用事を済ませてお別れです」


 どのような用があるのかわからず翔子や遥たちは不思議そうだが、未子はピンときた。


「また記憶消すの!?」

「うん、前も言ったろ。俺のことがばれる可能性は潰しておくと」

「そこまでしなくとも話さないでほしいなら話しませんよ? 娘の恩人に迷惑をかけるつもりはありませんから」

「娘さんにも説明したのですが、話そうとせずともばれることはありますから。今回娘さんがやったように記憶ではなく、記録として見るといったふうに」

「また思い出そうとするよ? 絶対する!」


 また消されたくないと未子は止める。


「今回は念入りにやるよ。ただ消すだけじゃなくて、思い出そうと思わないように認識変換も付け加えるし、過去視が行われてもぼやけて見えようように細工もしておく」


 今回のことはいい教訓になった。なにかを消そうとするなら徹底的にやれという教訓を得ることができて、ここに来たかいがあった。


「私どもも恩人のことを忘れるというのは。なんとか思いとどまっていただけませんか」

「できません」


 清々しいほどにきっぱりと断った将義に、翔子はこれは駄目だと諦めた。

 一人未子だけは説得しようと頑張るが、なにを言っても考えを改めさせることは無理だった。

 説得の言葉も尽きて黙った未子を見て、将義は魔法を使おうとする。だがその行動が止まる。

 未子の目からポロポロと涙が零れ落ちていたのだ。


「……泣くのは卑怯だろう」

「う゛ーっ、だって」


 涙は女の武器とも言うが、未子は意図して泣いたわけではない。

 ウソ泣きならば無視もできたが、本心から忘れるのは嫌だと思っての涙だと将義もわかる。

 泣き止む様子のない未子を見て、将義は溜息を吐く。

 よく言えば人間味があり、悪く言えば甘い。そんな将義を見て翔子たちは同じ人間なのだなと安心感を抱いた。


「わかったよ、こうしよう。条件付きで魔法を使う。未子さんたちが自分から俺のことを話そうとしたとき、もしくは魔法とかを使って調べられそうになったとき、記憶消去が行われるように魔法をかける。これなら条件が守られているうちは記憶は消えない」

「ほんと?」


 涙をぬぐい鼻をすすり聞く。


「約束する」


 ほらと将義は小指を未子に差し出す。それに未子は自身の小指をからめて、指切りげんまんと手を揺らす。

 指を離した将義は条件付きの魔法を使い、この場にいる者たちに光球を当てる。

 痛みや熱もない光が当たった部分を翔子たちは不思議そうに見ていた。


「二つ光が残ってるけど?」

「それは父親と休暇中のメイドの分。これで用事は終わったし帰るよ。どこかで会ったら挨拶くらいはよろしく」

「えっもう会わないみたいに」


 意外そうな未子に将義はなにを当たり前なと反応を返す。


「会う用事はないだろ。日常生活での接点もないし」

「そうなんだけど、せっかくこうして知り合えたんだし、たまには会うとか」

「会ってどうするよ」

「遊ぶとか」

「俺となんかと遊ばないで、友達と遊びなさい。退院してからあまり会ってないんだろ」


 未子の記憶では、退院祝いに会ったくらいでその後はメールのやりとりくらいだった。

 未子の友人たちは高校での新生活に時間をとられて、未子と会う時間を作るのが難しくなっているのだ。

 未子もそれをわかっているので、時間を作ってほしいとは言いづらかった。


「あの、私からもお願いできないかしら。娘の友人たちもそれぞれの生活があって中々娘と時間があわないようで」

「俺にも俺の生活があるんですけど……仕方ない。『隠蔽』『開閉』『連絡』『鍵』」


 こうなったら少しくらいの我儘は聞いてやるかと、魔法を使った将義の手の中に鈍色の鍵が現れる。ゲームなどにでてくる古いタイプの鍵だ。それを未子に渡す。

 渡された鍵を不思議そうに眺めている未子。


「それは特殊な空間に入ることができる鍵。試しに開くと心の中で言いながら鍵穴に差し込み捻る動作をしてごらん」


 指示に従い未子が鍵を動かすと、空間に穴が開いて鍛錬空間の夕焼けが見えた。


「わ!?」


 目の前に現れた光景に驚き、未子は鍵を落とす。

 翔子たちもまじまじとその光景を見ている。


「開いて三十秒くらいでその穴は閉じる。向こうから帰ってくるときは同じように穴を開けたら、開けた場所に戻ることができる。そこに行って鍵を持ったまま俺に話しかけたらテレパシーみたいに声が届くようにしてある。これでいつでも会える」

「あ、これって影の倉庫?」

「あれとは別に作ったところ。鳥と虫と魚と猫くらいしかいないから危ない場所じゃない」

「猫!」

「作った?」


 猫に反応したのは未子で、猫の姿を探していたが時間となり閉じた穴を残念そうに見ている。

 一方で作ったという部分に反応したのは翔子たちだ。


「未子さんを助けたあと、化け猫の子供を拾いましてね。その子猫にも事情があって、あの空間が必要になったんですよ」

「必要になったからって簡単に作れるようなものなの? そちらの世界は私が思っている以上に常識が通じないところなのね」

「簡単には作れませんよ。それに表の常識がまったく通じないというわけでもないです。俺にあそこを作れるだけの力があっただけです」

「そう聞くと、あなたはかなりの力を持っているように聞こえるのだけど」


 将義の外見年齢から駆け出しか一般的な霊能力者と思っていたのだ。


「そこらへんは説明めんどうなのでしません。知りたいなら娘さんに話しているんで、そちらから聞いてくださいな。さてそろそろお暇します」

「またね」

「ああ、またな」


 玄関へと歩き去っていった将義を全員が見送り、玄関が閉じる音で翔子は「あ」と呟いて立ち上がる。


「車で送っていかないと」


 遥たちも今気づいたように玄関へと小走りで移動する。

 全員が玄関に移動し、扉を開けるとそこには将義の姿はなかった。


「どこ行ったのかしら。まだ遠くには行っていないはずなのに」

「……たぶん隠れる魔法を使って、空を飛んで帰ったのかな?」


 その二つは未子も幽霊のときに経験済みで、推測し口に出す。それで合っていた。


「そんなこともできるの?」

「いろいろとできるみたいだから」


 未子は手の中の鍵を見せる。

 それで翔子は納得させられた。一つの空間を作るような人物が、空を飛ぶくらいできないはずがないと。


 ◇


 将義が帰った一時間後くらいに未子の父親が帰ってくる。

 妖怪化した未子を心配していたが仕事に送り出され、心ここにあらずといった感じで仕事をしていた。そこに夕方くらいにメールで解決したと連絡があり、ほっとしたが自身の目で確かめなくては完全には安堵できないと仕事を終わらせて帰ってきたのだ。


「おーっ本当に元に戻っているな!」


 駆け寄り抱きしめた未子にちょっと力が強いと苦しそうに言われて慌てて離れる。

 未子に抱き着いている間に父親の背中に空中を漂っていた光が当たったが、父親は未子の無事に気を取られ気づかなかった。


「ああ、ごめんよ。メールには詳細が書かれていなかったが、どうして戻れたのか教えてくれないか」

「九ヶ峰さんが妖怪としての力を封じてくれた」

「九ヶ峰というのは?」


 鏡やガラスに映っていた青年だと翔子が答える。


「最初から説明したいのだけど、いろいろ常識が崩れるようなことがあって信じてもらえるかどうか。まずは未子の持っている鍵を使ってもらった方がいいかもしれないと思っているわ」

「鍵?」


 なんのこっちゃと父親は首を傾げる。

 未子が細いチェーンネックレスに通した鍵を服の下から取り出した。


「これをもらったの」


 古めかしい鍵だなと父親が思っている間に、未子が鍵を使う。

 

「は? はああああっ!?」


 目の前の光景に父親は度胆を抜かれた様子で叫ぶ。

 父親が驚いている間に、未子は月明かりのみの向こう側に猫の姿を探す。虫の鳴き声と風が草花を揺らす音のみが聞こえてきて、猫の姿は見つけることができなかった。


「なんだそれは!?」

「特殊な空間らしいよ。いつでも会えるようにってあそこに行ける鍵をくれたんだ」

「なにを言っているのかさっぱりわからん」


 そう言うのも無理はないと翔子は笑う。


「夕食のあとに説明するから着替えてきたら?」

「そうする」


 父親はやや現実逃避気味に頷いて、着替えるため部屋から出ていった。

 夕食が終わり、食器をメイドたちが片付けている音が少し離れたところから聞こえてくる。

 未子と翔子と父親は将義が行ったことと説明したことを話す。


「あの空間を見ていなかったら、なにを馬鹿なことをと言うんだがなぁ。あれを見たあとだから本当なんだろうと思えてしまう。それに今もあそこに浮いてる光もあるし」


 休暇中のメイドに付与される魔法に父親はちらりと視線を向ける。


「異世界があり、そこで魔王を倒した。幽霊や霊能力者の実在でも信じられないのに、小説の中でしか聞かないような話を経験したとはな」

「そういった経験でもしないと、ああいったことはできないのでしょうね。話に聞く霊能力者とかは除霊や霊視や霊体験のフォローということのみ。異空間を作る、空を飛ぶ。そういったことをするとは聞いたことがないわ。霊能力者が経験しないようなことを、経験したという証拠なのかもしれないわね」

「世の中は思った以上に不思議なことであふれているのだな。一度鍵で開けた向こうに行ってみたいな。未子、頼めるか?」

「わかった」


 未子も行ってみたかったので素直に頷く。

 父親はメイドたちに声をかけて、懐中電灯を持ってくるように頼む。

 メイドの一人が洗い物を中断し、近くに置いてあるランタン型ライトを持って、未子たちのところへ向かう。


「開けるよ」

「ちょっと待ってくれ。俺がやってみたいんだができるんだろうか?」


 どうだろうかと未子は首を傾げて、ネックレスを首をから外して鍵を父親に渡そうとした。


「あらまあ」


 父親の手をすり抜けてネックレスごと地面に落ちた鍵を見て、翔子が思わずといった感じで声を漏らす。

 父親は地面に落ちた鍵を拾おうとしたが、触れることができない。


「未子専用ということか」

「未子が頼んだもらったものだから、ほかの人に盗まれないようにしてあるのかしらね」


 未子が鍵を拾い上げ、開けていいか尋ねて、頷きが返ってきたのを見て鍵を捻る。

 開いた穴に、躊躇なく未子が足を踏み入れ、警戒した様子で夫婦とライトを持ったメイドが続く。

 

「綺麗な空気、なのかな?」


 排気ガスといった町中で感じられるような匂いがまったくせず、草花と土の匂いが周囲に漂う。

 全員が周囲を見ている間に、家への穴が閉じて、いっきに暗くなる。


「月明かりのみで、電気の類が皆無か。ずっと昔はこんなふうだったのだろうな」

「あれは月じゃないみたいよ」


 空を見上げた翔子が月に見られる模様がなく、白一色なのを見て月ではなさそうだと考える。

 なんだろうかと未子も疑問に思い、鍵を通して将義に話しかけてみる。


「九ヶ峰さんに聞いてみたら、あれは太陽や月のかわりとして浮かばせている魔法の明かりだって」

「電話はした様子ないし、魔法的ななにかで連絡をとったのか?」

「この空間で鍵を持って話しかければ、声が届くらしいから確かめるついでにあの光のことを聞いてみた」

「そんなこともできるんだなぁ」


 もはや受け入れるのみで驚く様子もない父親は、改めて周囲を見る。

 ぱっと見たかぎりとても広く、空気の汚染もない。


「いろいろと使い道がありそうだ。静養に使えるだろうし、時代劇の撮影でも文明の欠片もないここはやりやすいだろう。どうにかして商売に利用できないだろうか?」

「ここの利用なんて考えるだけ無駄だと思うわ」


 翔子が夫の考えをばっさりと切る。


「どうしてだ? いろいろと活用しがいのある空間だろう」

「九ヶ峰君のことは誰にも教えることがでいないのよ? ここのことも同じだわ。誰かに教えようとしたら記憶が消えるだろうから、利用しようとしたことも忘れるはずよ」

「ああ、そうか。九ヶ峰君に交渉したら使えないだろうか?」

「断られておしまい。未子だって言葉を尽くして説得しようとしてできなかったわ。裏のない泣き落としでようやく、彼が折れてくれた。利益を求めた交渉なんて、頷かないでしょうね」

「もったいないな」


 父親は惜しそうに周囲を見る。

 ここにいるという猫の姿を見つけられなかった未子にそろそろ帰ろうと声をかけられ、一同は家に戻る。

 その後の会話で、キャンプ道具を持ち込んでゆったり過ごしたいときに利用しようということで鍛錬空間の話は終わる。



あとがき

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