第12話 元幽霊少女と鏡の魔 3

 夕食後に未子は自室で準備を整えて、必要なものを持ってリビングに向かう。そこにはメイドも一人、両親のそばにいた。

 テーブルに紙と鏡を置いて、両親たちを見る。


「始めるよ?」


 親に見られながらこういったことをやるのは変な感じだと思いつつ、未子は紙に指を置いて鏡様を始める。


「鏡様、お答えください」


 未子がそう言葉にして十秒以上の時間が流れ、なにも変化がなくやはり迷信かと三人が思っていると鏡に映っている天井の光景が歪んでいく。

 それを見ていたメイド以外の三人は驚きの表情となり、メイドはそんな三人の反応を不思議そうに見ていた。

 鏡に映るものは本州の俯瞰図に変化しており、そこから視点が下がっていき、今彼らが住む市の俯瞰図となって、さらに視点が下がる。

 三人にとっては知らない家の上空まできたとき、そこで映像が消えた。

 両親はもとより、将義の家で過ごした記憶のない未子も不思議そうにしている。


「あれはどこだ? 近場というのはわかるが、行ったことはないぞ」


 父親が母親に視線を向けると、同じだと頷きが返ってくる。


「あの近くの公園には行ったことあるけど、あそこは行ったことない」


 続いてそう言う未子に、メイドが不思議そうに話しかける。


「皆様、なにをお話しになられているのですか?」

「なにって鏡に映った風景のことだが」

「鏡はなにも変化していませんでしたよ?」


 未子と両親は顔を見合わせる。三人はたしかに鏡の変化を見ていた。


「本当に変化はなかったの?」


 未子の確認にメイドは頷く。見えなかった自分がおかしかったのかと慌てだす。

 見えないのが普通だからとメイドを落ち着かせて、先程の起きたことは異常だと未子たちは考えた。


「これ以上は危険じゃないのかしら」


 オカルトに関わることに母親は改めて否定的な意見を出す。父親の手を両手で握りしめて不安を誤魔化している。


「見たものを忘れて、関わらなければなにも知らなかった日常に戻れるはず」

「あの占い師の言った感じだと、こうして見たからには後戻りできないんじゃないかと思うけど」


 未子はちらりと鏡に視線を向ける。一瞬だけ先程の光景が映った。


「ちょっと映った場所に行ってみる。やっと一歩踏み出したんだし、また延々と悩むのも嫌だから」


 未子は決めたことを口に出す。そうすることで自分の中にもある不安を少しでも晴らそうとした。若さゆえの向こう見ずな行動ともいえるのだろう。

 両親は年をとった自分たちには取れない選択だと少しだけ眩しそうに娘を見る。


「行くと言っても正確な場所はわからないだろう?」

「ネットでここらの俯瞰図とか見れるし、建物の位置とかを符合させてどうにかなりそう。そこに行ってどうなるのかわからないって問題があるけど」

「たしかに場所しか映さなかったからな。行くだけで記憶が戻るのか、あそこに住む誰かに会わないといけないのか、または超常的ななにかがあるのか。こっちで調べてみるからまだ行かないように」

「調べてもわからないと思うよ?」

「まあ、そうなんだが」


 オカルト方面の調査など父親の部下には無理だ。


「とりあえず車をだしてもらって、あそこらへんを一周してみようと思うんだけど」

「それだけならまあ大丈夫か」


 明日勉強したあとに早速行ってみることにして、未子はメイドの一人に運転を頼んだ。


 ◇


 将義は未子が退院した時点で、遠見の魔法を使うことをやめていた。退院までに後遺症などがないと判断したのだ。あとは自分に関わらず生きていくだろうと、未子のことを気にしないことにした。そのため未子が記憶を取り戻したいと動いていることは知らずに楽しく学生生活を送っていた。

 今日も学校が楽しみだと教科書などの忘れ物を確認し終えて、そばにいるフィソスを見る。


「今日はどうするんだ?」


 仇討を終えて存分に家族に甘えたフィソスはたまに学校について行っていた。そのままではなく、隠蔽と縮小化の魔法を使ってもらってだ。

 そばが絶対安全ということや懐いていることで、家族以外でも安心できるのだ。


『今日はたんれん』

「そっか、がんばれよ」


 鍛錬空間へと入っていくフィソスを見送り、将義も自室を出る。

 フィソスは仇を討ったあとも鍛えていた。戦うことだけではなく、身を隠す練習や捕まえた獲物の調理など戦う以外のことにも目を向けている。幼いなりに使い魔について考えて、ただ強いだけではと思ったのだ。

 いろいろできるようになりたいというフィソスの考えを聞き、将義はやりたいならサポートしてやろうと山の一部に魔法をかけて多目的鍛錬場へとかえた。

 今のフィソスの生活は復讐に燃えていたときよりもやることが多いが充実し楽しそうだった。

 学校に着いた将義は、友人となった者たちにおはようと声をかけて机に鞄を置く。一時限目に使う教科書などを出していると力人が近づいてくる。


「おはよう、マサ」

「おう、おはよう。なんだか上機嫌だな?」

「おうよ、中間考査の結果が少し楽しみでな。テストの結果が楽しみってのは初めてだ。皆で勉強ってのがあんなに効率がいいとは思わなかったよ」

「誘ったかいがあったってもんだ」


 遊ぶ時間が減ると憂鬱そうにしていた力人に、一緒に勉強すれば楽しいかもしれないと声をかけてみたのだ。そうしたら仁雄たちも集まってきた。以前の交流で参加しなかった生徒にも声がかけられて人数が増えていき、いっそのことクラス全員でやるかと放課後の三十分だけ皆で教室で勉強会を開き、わからないところを教えあった。

 そのときに将義が弱めの集中の魔法を教室にかけたおかげか、全員が雑談で時間を消費することなく勉強を行うことができた。

 三十分と短い時間ではあるが、それでもその日の授業のわからないところを理解するには十分な時間だった。三十分を過ぎると解散になり、帰る生徒もいたが、残って以前の授業でわからなかったところを教えあう生徒の姿もあった。

 そういった自主的に勉強する生徒の姿を担任は驚きの目で見ていた。これまで受け持ったクラスとは違う在りように、この自主性を潰すような指導は駄目だと少し自身の生活などを省みた。


「結果が良ければ臨時の小遣いもらえるかもしれないしな」


 そう言う力人に将義はバイトしているだろうと言う。


「お金が足りないってことはないが、臨時収入は誰でも嬉しいだろうさ」

「おはー。なに話してんだ?」


 教室に入ってきた仁雄が二人に話しかけてくる。


「この前のテストの点がよさそうだなって」

「あー、俺も自信あるわ。あの勉強会が効いたな。今後のテスト前でもやりたいくらいだ。一人でやるとすぐ集中力が途切れるのに、皆でやってたら思いのほか集中できてよかったわ」


 周囲のクラスメイトもうんうんと頷く。

 テストに関して話しているうちに担任の大助が教室に入ってくる。朝のホームルームが終わり、授業が始まる。

 今日の授業は五時限目までで、六時限目は体育祭の出場種目決めだ。

 六時限目前に仁雄が体育祭委員会で聞いてきた種目を黒板に書いていく。そして六時限目になると教壇に立ち、まずは体育祭の説明を始める。


「体育祭は例年通り、紅組と白組にわかれて行われる。このクラスは白組だ。種目は黒板に書いてあるもので全部。去年と変わっていないから、どういったものかは想像できるだろう?」


 念のためクラスメイトに問いかけ、誰も疑問を発しないことで仁雄は続ける。


「この中から出場したいものを選んでくれ。運動が苦手な奴は皆でやる綱引きや玉入れなどがいいな」

「私たちは足が遅いので力を使う種目がいい」


 早速田尻と秋根が不得意種目を伝える。


「二人は綱引きでいいか?」


 仁雄が尋ね、頷きが返ってきたので、プリントに二人の名前を書き込む。ほかに綱引き希望者を聞いていき、手を上げた者たちの名前を書き込んでいく。名前の確認をしておらず、全員の名前を覚えているらしい。

 ほかの種目も参加者を決めていき、将義は借りもの競争に参加を決めた。


「んじゃ最後に体育祭といったこれ。リレーだ! 俺もでるつもりだが、ほかに参加希望者はいるか?」

「いるぞ!」「おうともさ!」


 将義が手上げて、力人も同じように手を上げていた。

 仁雄が言うように体育祭の花形の一つ。楽しむなら参加しておいて損はないと将義は最初からこっちにも参加を決めていた。


「一クラス三名までだから、ほかに希望者がいなければ、俺たちで決まりだ。希望者いるなら今のうちだぞー」


 仁雄がクラスメイトを見回すが、手を上げる者はいなかった。希望者がすでにいるなら、彼らに任せると考えているのだ。


「それじゃ俺たちで決まりっと。これで全部決まった。やっぱりほかの種目に参加したいって奴はいるか? いないみたいだな。後日各種目別に集まることになる。その連絡を聞き逃さないように。というわけで俺の出番は終わりだ」


 参加者を書いたプリントを持って、仁雄は自身の席に戻る。

 かわりに大助が教壇に立つ。


「種目決め、ご苦労さん。ほんとこのクラスは物事がさくさく決まるな。雰囲気もいいし、このまま皆にとって過ごしやすいクラスのままでいてくれ。俺からの連絡事項はない。中間考査の結果は五日後くらいだ。答案用紙自体はすでに返ってきているだろうから、間違えたところは確認しておくように。六時限目が終わるまであと十分ほど、騒ぎすぎないように自由にしていいぞ。そのあとは掃除して下校だ。帰りのホームルームはないから、掃除が終わったら帰っていい。それじゃまた明日な」


 言い終わって大助は教室から出ていく。

 残された将義たちは、教科書などを鞄に仕舞いながら雑談を始める。そうしているうちにチャイムが鳴り、皆で掃除を行い、それが終わると各々下校や部活に向かう。


 学校から出た将義は、テストで間違えたところの確認を頭の中でしながら歩く。

 もう五分くらいで家に着くといったところで、白のセダンに乗った未子を見た。

 未子は後部座席に座り、窓から外を見ていて、道路を歩いている将義を見たが忘れているため、高校生が歩いているという感想しかもたなかった。


(どこかにでかけた帰りか? まあ、俺には関係ないか)


 元気そうだなと簡素な感想を抱いて将義は未子から興味をなくす。

 家に着き、母親にただいまと言うついでに夕食のメニューを聞いてから自室に戻る。

 着替えてからおやつにもらったどら焼きを食べつつ、復習を進めるといういつもと同じことをやっているうちに夕食に呼ばれる。

 今日は豚肉と野菜の味噌炒めがメインで、味の濃いおかずのおかげでご飯が進みそうだ。

 

「父さん、おかえり」

「ただいま」


 家族がそろい、食事が始まる。最近習慣になった料理の感想を言いながら食べ進める。今日も母親は手を抜くことなく、美味い料理を作ってくれて将義も父親も満足と感謝を持つ。


「中間考査の結果はでたのか?」

「いくつか返ってきたよ。順位とかは五日後くらいだって先生が言ってた」

「頑張っていたようだし、臨時の小遣いでもだそうか」

「お金は十分あるし大丈夫。足りなくなったら、また短期のバイトやればいいし」

「そう? 遠慮なんかしないでいいのよ?」


 母親も臨時の小遣いを渡すということに賛成だったのか、本当にいらないのかと聞いてくる。


「そっちよりは来月の体育祭の昼食を奮発してよ。その方が嬉しいな」

「そういえば体育祭が近かったわね。わかった、将義の好きなものを入れるわ」

「来月の第一日曜だっけか? 仕事は順調だし、見に行けるな」


 去年は仕事の疲れで家でゆっくりしていたが、今年は日々の疲れがなく休日にでかけることが苦にならないのだ。


「ほんと? 借りもの競争とリレーに出るよ。見に来るなら頑張らないとね」


 嬉しそうな将義を見て、両親も笑みを浮かべた。去年の将義は体育祭などどうでもよさげで、高校生になるとイベントでは騒がないのだなと成長を感じたものだった。その将義が小学生のように楽しむ様子を見せている。

 少し前にも思ったが、確実に息子は変わっている。変化の方向が悪いものではないため歓迎できるが、それでもどうして変わったのか理由が気になるところだった。

 気になりはするが、聞くことはしないと夫婦で話していた。思春期に親からの過度な干渉はわずらわしいものだと自分たちを顧みてわかっていた。このまま悪い方向へ行かないのならば、なにも問わずにそっとしておこうと決めた。ショックなことがあり心境に変化があった可能性もあり、心の傷に無遠慮に触れることは避けたかったのだ。

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