第11話 元幽霊少女と鏡の魔 2
浪人生活が始まり、未子はやってきた家庭教師の先生とも上手くコミュニケーションをとることができた。中学校での勉強がしっかり身についていた未子は手のかからない生徒で、今のところは週二のままで家庭教師に来てもらうことになった。
基本的に家族との団欒と勉強をして過ごし、家の敷地内から出ないという生活だった。
そして土曜日がきて調べておいた占い師のもとへ向かう。土曜日は空振りに終わり、日曜日は市外にいる占い師に会いに行くという予定だ。
日曜日で人が多くでかける中、未子も朝からでかける。占い師の一人目は期待外れで、これといった返答が得られなかった。
肩を落として二人目に会いに行き、そこも微妙な結果で終わった。
二人目の占い師は持前の鋭い勘で物事を解決していた。未子を見て、忘れていること思い出したいという悩みを見抜いたときは期待できたのだが、それ以上は自身ではわからないという結果だった。
「今日中になにかしらのヒントは得られるかもとか言ってたけど」
得られた情報が曖昧すぎて今後の行動の指針にならなかった。
占い師に会う以外の予定はなく、どこかぶらつく気もせず、家に帰るため駅を目指す。
ショーウィンドウに飾られた服などを見ながら大通りをのんびりと歩いていると、路地に店を構えた老女の易者と視線が合う。
老女は未子に手招きする。
自分を呼んでいるのかと未子は自分を指差す。老女は頷きを返してくる。
老女がいるのは大通りすぐ近くの路地で、そこもそれなりに広い道で危ない場所というわけではない。そういった面で向かうのを渋る理由にはならないが、視線が合っただけの自分を呼ぶのが怪しいといえば怪しく、未子は少し迷う。
未子はもう一度老女に視線を向ける。相変わらずこちらを見ていたが、来いと強制している雰囲気はなかった。
「行ってみるかな。あの人も占い師みたいだし、なにか情報が得られるかも」
老女の近くに行き、こんにちはと声をかけて置かれている椅子に座る。
「来てくれてありがとね」
「どうして呼んだのかお聞きしても?」
「明確な理由はないんだ。あなたと縁を繋いでおけば私の利益に繋がると感じたのさ」
「んー私の家は裕福ですけど、こうして道端で会っただけの人を優遇はしないと思いますよ」
言い切った未子に老女は小さく笑う。
「はっきり言うお嬢さんだ。でも繋がりを得たいのはあなたの家じゃない。あなたが最近得たなにかとだよ」
「なにか?」
「私もはっきりとは見えないんだ。おそらくお嬢さんの悩みと関係していると思うよ。なにを悩んでいるか話してほしい」
「悩んでいることはわかったのに、悩みの内容はわからないんですね」
「私も万能じゃないからね」
「……私の悩みと言ってもはっきりとしたものじゃないですよ。それでもいいの?」
老女はかまわないと頷いた。
「思い出せないことがある。なにか忘れてはいけないことがあった気がした。でも思い出せない」
「忘れてしまったか。ちょっと私の目を見てくれるかい」
未子は老女と視線を合わせる。
老女の見た目は日本人だが、目は灰色で外国人の祖先でもいたのかと未子は思う。
老女は未子から視線を外し、悩んだ様子を見せる。
「困ったね」
「なにがですか」
「悩みを解決するヒントはわかった。でもね、そこから先に進むと後戻りできない変化もあると出ている。裕福な家に生まれたと言っていたね? このまま忘れたままでもいいと思うよ私は。優しい家族、仲の良い友達、それらを大切にして今の幸せを維持していく。それでなにも問題ないだろう?」
「思い出せば不幸になると?」
「そうは言わない。破滅が待ち受けているとは出ていないからね。だが確実な変化がある。それがお嬢さんにとって幸せなのかわからない」
「……」
今が幸せというのは未子もよくわかっている。失いかけたことで、より一層大事に思っている。
その幸せよりも失った記憶の方が大事かと問われると、即答はできない。
悩んだままで答えを出せない未子を見て、老女はなにかを紙に書いていく。それを畳み、未子に差し出す。
「ヒントはここに書いておいた。記憶を取り戻したいのなら中身を見るといい。記憶より今を取るなら、開かず捨てなさい」
「ありがとうざいます」
紙を受け取り、かわりに千円を老女の前に置いて椅子から立つ。
「忘れるということは悪いことじゃないからね」
駅に向かう未子の背に老女の言葉が投げかけられた。
家に帰り、未子は机にもらった紙を置く。いまだ開かれておれず、それを前にして悩んだ表情を見せる。
現状で満足しているが、思い出したいという思いも消えない。
「結局は変化が怖いかどうか。変わらないものなどない。事故前だってあのままの生活が続くんだって思ってた。でも事故で生活が変わった。今を維持し続けることは難しいかもしれず、いずれ変わるのなら今そのきっかけを得ても同じこと?」
これまでの人生について考えていくうちに紙を開く方向へ気持ちが傾いていく。
しかし紙に手は伸びない。
「いずれ変化する。だけど積極的に変化させるのもどうなのかな」
将義のことを聞いた記憶があれば止めていたかもしれない。望まぬ変化を押し付けられた話は未子にとっても楽しい話ではなかったのだから。
そういった話を思い出すために、変化を自らの手で起こす。
矛盾に気づけない未子はどうするか考え続けていく。夕方も夜も目が覚めても考え続けて、頭が痛くなってくる。
明らかに体調が良くないように見える娘を心配し、両親が朝食の場でどうしたのかと尋ねる。
「占い師からなくした記憶に繋がるヒントの書かれた紙をもらったの。思い出せば確実に大きな変化があるらしくって。今が大事なら記憶を取り戻さないというのもありだって言われた」
それを聞いた両親は最初に感じた疑問を尋ねることにした。
「その占い師が言っていることが本当のことだとはかぎらない。未子がそこまで悩んでいるということは本当のことだと信じているのか?」
「え? あ、ヒントにならないって可能性もあるんだ」
今の今まで老女の言葉を疑っていない自分に気づいた。老女の言葉はどうしてか信じられた。どうしてだろうと考えている未子に母親が声をかける。
「大丈夫? 騙されてない?」
心配そうな母親に未子は首を横に振る。母親としては、疑わないように誘導されているのかもと考えてしまうのだ。
「私を騙しても意味はないと思う。騙すなら、自分の言葉に従う方に誘導するんじゃないのかな。あの人はむしろ思い出さない方がいいって言ってた気がするけど」
「そういう助言をするってことは、占いの結果が悪かったってことじゃないだろうか」
「不幸になるような結果は見えなかったとは言ってた。確実になにかが変わるとだけ」
「変わる、か」
難しいなと父親は呟く。未子が考えたように、時間が流れる以上変わらないものはないと思う。
「紙を見てみたいのだが」
未子はポケットから折り畳まれた紙を取出しテーブルに置く。
父親はそれを手にとって、未子には見えないように開く。隣にいた母親も紙を覗く。
『勉強を教える者に相談してみるとよし。記憶へのヒントをもらえる』
書かれていたのは短い文で、両親は家庭教師のことだろうと判断する。
折り畳み、未子に返す。
「これを読むだけなら問題はないだろう。すぐに記憶が戻るというものでもなかった。ちょっと調べることができた席を外す」
家庭教師について今一度調査指示を出すため、部屋から出ていく。
娘に怪しい者を近づけさせないため、身辺調査は行ったのだが、念のためもう一度調べてみることにしたのだ。
「見てみるだけなら私も大丈夫だと思うわ」
「……見てみようかな」
未子は紙を手にとって開いた。そこに書いてあることから両親と同じく家庭教師のことだと考えた。
「和野花さん、霊能力とかに関連してるってことかな」
「お父さんはそれを調べるために席を外したと思う。そういった関連の人なら私たちが調べてもなにもでてこないとは思うけどね」
「お父さんから調査結果を聞くまでは、聞かないって方向でいよう」
家庭教師の和野花が来るのは月曜日と木曜日で、翌日の月曜日に調査員が父親に報告を上げるには時間が足らず、未子は普通に接した。
報告を父親が受け取ったは水曜日の午後だ。昼の休憩前に部下から渡された。報告書にまとめられた調査結果は以前と同じもので、オカルトに興味があるということだけが霊能力などに関連してそうな部分だった。
その報告を夕方に聞き、未子は明日来る和野花に聞いてみるか考える。
猫柄パジャマ姿でベッドに寝転び、天井を見つめる。
「……よしっ決めた。ここまで時間をかけて考えて諦めると思えないんだから聞こう」
決めると重荷を降ろしたようにすっきりとした。今日は安眠できそうだとお気に入りの音楽をかけて、枕元の雑誌を寄せた。
翌日、朝から和野花がやってくる。
三十歳の女性で、子供が学校に行きだして時間ができたので、不登校の子供を対象に家庭教師をやっているという話だった。教えるのが上手く、生徒からの評判が良いということで紹介されて、未子の家庭教師としてやってきた。
「おはようございます」
部屋に入ってきた和野花に未子が挨拶すると、和野花からも笑顔とともに挨拶が返ってくる。
占い師の件について聞く前に、まずは勉強を見てもらう。
自主学習でわかりにくかったところを教えてもらい、休憩をはさんで昼前になり終わりの時間がくる。
「この前の小テストでも感じたけど、高校入学するのに十分な学力があるから、このままわからないところの補強を進めていきましょうね。自主学習はこのまま好きなように進めて大丈夫だからね」
「わかりました」
準備したプリントなどをまとめる和野花に、未子は占い師の件について聞こうと話しかける。
「和野花さん。ちょっとお聞きしたいことが」
「なにかしら? 勉強でなにか聞き忘れたところでもあった?」
和野花は荷物をまとめて、未子の方を見る。
「勉強ではなくてですね。思い出したいことがあるんですけど、どうしても思い出せなくて、占い師に頼ってみたら家庭教師に聞いてみたらヒントをもらえると言われまして。もしかしたらなにか心当たりあります?」
「占い師がそんなことを?」
そのときにもらった紙ですと未子は老女からもらった紙を和野花に渡す。
それを和野花はキラキラとした目で見ていた。
「うわぁ! こういうことに関わったことなんて初めて。私はオカルトが好きでね。本とかネットとかでオカルトの話をよく読んでいるの。でも私には霊感とかないから、そういったものに遭遇したことはなくてね」
和野花は感激だわと自身を示したであろう紙を抱く。しばしそのままでいた和野花は我に返り、未子の用件について考える。
「思い出したいことがあるのよね。私が答えられるものとなるとやっぱりオカルト関連になるんだけど。ええと……ああ、それっぽいのがあった」
「あるんですか」
「あるわね。鏡様という占いとかそういったものでね。こっくりさんに近い、都市伝説的なもの」
「こっくりさんじゃなくて鏡様を推す理由はあるんですか?」
「特にこれといった理由はないわ。頭に浮かんだのがそれだったから」
和野花は説明を始める。
用意するものはある程度の大きさの紙。ルーズリーフや習字用紙でも可。それと鏡。安物でもなんでもいい。
紙の四隅にツバをつけていき、中央に知りたいことを書く。その文字を隠すように鏡を置く。
午後七時から午後九時の間に紙に指を置いて「鏡様、お答えください」と何度か口に出す。
「成功すると、鏡に知りたいことが映ると聞いたことがある。私も試してみたけど、なにも映らなかったわ。でも友達は十年以上前になくしたものを、鏡に映った場所に行ったらみつけたの」
「偶然ではなく?」
「家を掃除してたまたま見つけたとかじゃなくて、普段の生活では行かない場所にあったから、偶然で片付けるにはちょっとね」
鏡様を一緒にやり、和野花には見えなかったが友人は見えて、すぐにそこへと向かって見つけたのだ。
友人が和野花を騙すために仕込んだということはない。鏡様のことは和野花から切り出して、話したその日のうちに実行したのだ。騙すために準備する時間がなかった。
「なるほど」
「やってみるの?」
「……そうですね。やってみましょう」
少しだけ迷った様子を見せた未子はやろうと決めた。
「成功したら教えてね」
「成功してほしいような、ほしくないような。微妙な感じですね」
結果に興味あるという和野花を玄関まで見送り、未子は昼食に呼ばれて食堂に向かう。
食堂にいた母親に和野花から聞いたことを話す。
その話を母親は疑わしそうに聞いていた。未子も通常ならば迷信と思う類のものなので、その反応も仕方ないと思えた。
夕方に帰ってきた父親も同じ反応だったが、やるならその様子を見たいと言い、リビングでやることになった。
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