第7話 新学年と子猫 2
陽子が子猫のそばに寄り、生きているか確認する。
満足に食事ができていないのかやせ気味で汚れも目立つ子猫は、目を閉じたまま浅く呼吸を繰り返していた。
それに陽子はほっと胸をなでおろす。
「よかった、生きてる。親猫はどこかしら」
「……近くにはいないみたいだよ」
将義は内心困ったと思いつつ、周囲の気配を探り、親猫がいないことを確認した。
「餌を取りにいってるだけならいいのだけど。この子だけだと心配ね」
「親猫がいないとしたら連れて帰るのか?」
仁雄の問いかけに、陽子は迷った様子を見せる。
「そうしたいんだけど、うちのマンションはペット禁止なのよ。管理人さんに短期間でいいから置いておけないか許可をとってみるわ」
ポケットからスマートフォンを取り出す陽子を将義が止める。
「うちに連れて帰るよ。うちは持ち家だし、許可はとらなくていい。両親も短期間なら認めてくれると思う」
「そうしてもらえるなら助かるけど、いいの?」
「うん。まあ、親猫がいれば連れていけないだろうけどね」
三人は子猫のそばにいては親猫が警戒して近寄ってこないだろうと離れる。そうして三十分ほど待って親猫が姿を見せないのを確認して、また近寄った。
陽子は持ってきていたタオルで子猫を包み、将義に渡す。
「お願い。この子の餌代とかは私も出すから、お金を使ったら教えてね」
「わかったよ」
「元気になるといいな」
仁雄は子猫をのぞき込みながら言う。それに陽子も同意した。
少し歩いて仁雄と陽子と別れて、将義は再度困ったと思いながら隠蔽と清潔の魔法を子猫に使った。
「仲良くなったクラスメイトにお前を任せるのはなぁ。おそらく化け猫だろうが、あんなところで倒れてなくてもいいだろうに」
将義は腕の中の力を持つ子猫に向けて言う。あのまま陽子が連れ帰っていたら妖怪関連の出来事に巻き込まれたかもしれない。それを防ぐため将義が引き取ると言い出したのだ。
将義一人で見つけていたら放置していたのは確実だった。
「さっさと元気になって出て行ってくれると助かる」
治療してやるから元気になれよと声をかけて歩き出す。途中でコンビニによって子猫用のペットフードを買っておいた。
家に帰ると父親はまだ帰宅しておらず、夕食まで時間があるということで、将義は子猫の世話をすませることにした。
包んだタオルごとテーブルの上に置いて、いつものごとく隠蔽してから魔法を使う。
「『回復』『覚醒』。ついでに喋るかわからないから『翻訳』」
怪我や疲労を回復し起こす。
目覚めを促された子猫はゆっくりと目を開き、ここがどこか確認するように周囲を見る。
『……どこ?』
猫の鳴き声と重なって、少女の声音が将義の耳に届く。それで将義は子猫が雌だと知る。
「草むらで拾ったお前を部屋に連れ帰ったんだ」
『っ!?』
明確に人間の言葉が理解できることに驚き、子猫は将義の顔を見る。町中で見る人間と違って、力を持っていることはわかるが、どれだけの力を持っているのかまったく把握できない。
「その様子だと言葉はきちんと伝わっているようだな」
『……』
力ある人間がどのような目的で自身をここに連れてきたのかわからないため、子猫は警戒した様子を見せる。
「警戒するのはわかるが、お前をどうこうするつもりはないよ。元気になればどこへでも行っていい。ただ少しだけ付き合ってほしいが」
『……』
「付き合うって言っても無茶を言うつもりはない。お前を最初に見つけた人間が元気になったか気にするだろうから、動けるようになった姿を見せてやってくれればいい。そのあとは好きにしろ」
『……わかった』
まだ警戒を解くつもりはないが、助けられたことは事実なので子猫は頷く。
「お前の飯を買ってきてあるが、食欲はあるか?」
『ある』
返事を聞いた将義は影から小皿二枚を取り出し、キャットフードと水をそれぞれに注ぐ。トイレ用の土を入れた箱も部屋隅に置く。
子猫は目の前に出されたそれらに恐る恐る近づき、嗅ぎ、少しだけ舐めて、安全を確認すると急いで食べ始める。空腹だったのだろう見ていて気持ちいいほどの喰いっぷりだった。
子猫にとってはキャットフードもありがたかったが、水も良いものだった。魔力をふんだんに含んだ水で、消耗していた妖力が満たされていったのだ。
ちなみに魔力と妖力に大きな違いはなく、どのような存在が持つ力なのか示すという認識だ。世の中には霊力、呪力、神力、法力、気とあるがそれらすべて本質は同じだ。門倉から見れば将義の力は霊力になるが、将義は異世界で魔力と教えられたので魔力という認識だ。
満腹になった子猫はタオルに身を横にして、また目を閉じる。疲労はなくなったので眠らなくてもいいが、考えたいことがあり集中するため目を閉じた。
将義は明日の授業の準備をして、ぱらぱらと教科書を眺めていく。そうしているうちに父親が帰ってきて夕食となる。
美味しい食事をとり、感想を言い、互いに今日あったことを話す。
「いいクラスに配属されたみたいだな」
「うん。あのクラスなら一年楽しく過ごせるよ」
「それは良かったわ」
感じのいいクラスに息子が入れたことに両親は嬉しそうにしている。
「父さんのところはどういった感じ? 新入社員が入ったんだろうし問題児とかいる?」
「さすがに問題児はいないな。研修で絞られたみたいで疲れた様子をみせていた奴がちょこちょこといたな。元気な父さんを見て、羨ましそうにされたよ」
「私も婦人会で元気なのを羨ましがられたわ。若返ったみたいとも言われちゃった」
若返りの魔法を将義が使ったというわけではなく、体からあふれる元気が溌剌とした雰囲気を周囲に感じさせているのだ。
「なぜだか最近調子がいいんだよな。母さんが美味しい料理を作ってくれるおかげかもしれないな」
「そうだとしたらますます料理を頑張らないとね」
魔法が効果を発揮し、両親が喜んでくれていることを将義も喜ぶ。
穏やかな団欒が続いて、風呂に入り、部屋に戻る。
将義が部屋に入ると、子猫は目を開けて将義を見る。しかしなにか喋るようなことはなく、じっと見ているだけだった。
その視線に敵意などを感じなかった将義は、予習の続きをやったあと、動画を見たりしてベッドに入る。
その間子猫は将義を見つめ続けていた。
翌朝、将義は子猫に朝と昼の分の餌と水を出し、この部屋から出ないように言う。頷いた子猫は朝食を食べ始め、その様子を将義は陽子に見せるため動画にとる。
学校に行くと早速陽子が子猫の様子を聞いてくる。
「ある程度は元気になったと思うよ。ほら」
スマートフォンを操作し、食べている動画を見せる。
「よかった。このまま元気になってくれるといいな。それでね、朝に空き地に行ってみたのよ。親猫がいるかなと思ったけど、いなかったわ」
「そっかー。だったらあの話すすめておこうかな」
「話?」
「うちで飼えそうにないから、親戚に連絡したらそっちで引き取ってもいいって言ってもらえたんだ。だから元気になったらあっちに連れて行こうかなって」
元気になって家からいなくなったときの言い訳に作り話をする。これで元気になり出ていった猫を見ても、似た猫と勘違いするだろう。
「もう里親見つかったのね。私も探そうと思ってたんだけど」
子猫の今後が安泰だとわかり陽子は安心したように微笑む。
将義は嘘吐いたことをすまなく思いつつ、話を合わせる。
授業が終わり、将義が家に帰ると子猫は言いつけを守って部屋の中で大人しくしていた。
「体調を診るから大人しくしてろよ?」
魔法で怪我や疲労を診て、異常がなくなったことを確認する。
「問題ないな。元気になった姿をお前を気にしていた人に見せたし、もうどこに行ってもいいぞ。窓から出ていけるか? 親がいるならサービスとしてそこまで連れていってやってもいいぞ」
『……』
子猫は答えず動かず将義を見る。その瞳には迷いの感情が宿っているように見える。
なにか頼み事だろうかと将義は少し面倒そうに子猫に視線を合わせる。
「あまり面倒なことだと引き受けないが、一応言ってみたらどうだ」
『……強くなりたい』
「ふーん、強くね」
将義は召喚された世界での経験から、そう言う者の目的が限られていることを知っていた。漠然と強さを求めるのなら、まずは自身でどうにかしようとする。なりふりかまわず第三者を頼る場合は誰かを見返したいか、復讐か。
「強くなりたいなら勝手にやればいいじゃないか。妖怪の潜在能力は高い。鍛えれば人間なんぞ話にならないくらい強くなれるだろ」
『じぶんだけだとどうやればいいかわからない。それに生きていくだけでせいいっぱいになる』
「動物は鍛錬しないだろうし、やり方がわからないってのは納得だな。生きていくだけで精いっぱいになるってのもな。でも俺が引き受ける理由にはならないな」
『すべておわったらこの体をすきにしていい。たべたら力がます』
子猫は自身がなにも持っていないことをよく理解している。だから自分自身を報酬するしかできない。すべてが終わったら死んでも悔いはなかった。
「これ以上の力は欲してないんだけど、そこまでする覚悟があるのはわかった。力を求めるのは親を見返したいからか? それとも仇討か?」
『たおしたいあいてがいる』
その相手のことを脳裏に描いたか、子猫は復讐に瞳を濁らせて言う。
無駄だとは思いつつ将義は聞いてみる。
「俺に倒してくれと頼まないのか?」
『ボクがやる』
可愛らしい姿に見合わぬ殺気のこもった確固たる意志を見せる。将義からすればそよ風のごとき殺気ではあるが、普通の人間が感じたら子猫に似合わぬ雰囲気に驚くだろう。
「さてさて……」
子猫を見ながら将義は考える。強くなりたいという願いは叶えることができる。けれども叶えなければならない理由はないのだ。報酬が魅力的というわけでもないし、記憶を消して放り出してもいい。
少しだけ引っかかっているのは復讐したいということ。復讐とまではいかないが、やり返したいという思いは将義も理解できる。召喚された世界の王や仲間たちにその感情を向けたことがある。将義は復讐などできなかった。送還の魔法に関した資料を破棄されると困ったからだ。
しかし意趣返しをなにもせずに帰ってきたかというとそうでもなく、特大の嫌がらせをやっていた。
子猫には将義自身ができなかった復讐を遂げさせるのもありかもしれない。向こうのことを思い出すとそう思えた。
「よし。鍛えよう」
『かんしゃ』
「鍛えるためにやることがいくつかある。まずはお前の記憶を探って、なにがあったのか見させてもらう。いいな?」
頷いた子猫を両手で持ち上げ、探査の魔法を使う。
子猫は特別な生まれではなかった。野良猫の両親の下に生まれ、この町の雑木林を住処として育った。
子猫の力は生まれつきのもので、それを親兄弟も感じていたが、異質なものとのけ者にすることなく、家族として受け入れていた。
食糧事情は満足とはいかなかったものの、幸せな生活を送ることができていた。それが壊されたのは生まれてそろそろ半年といったときだ。
雑木林に一匹の猿が流れてきた。それ自体はたまにあることで、すぐにどこかへ行くだろうとそこを住処にしていた動物たちは考えていた。だが猿はなにかを探すように居座り、そして猫の一家を見つけたとき本性を現した。
異様な雰囲気をまとう猿に動物たちは逃げ出し、猫の一家も逃げ出そうとした。だが猿に行く手を阻まれ、力を持った子猫に手が伸ばされる。親猫は子供たちを逃がすため、猿に立ち向かったが、その身を引き裂かれ死に絶えた。
残った子猫たちは親猫が稼いでくれた時間で逃げ出したが、子猫の体力では逃げ切れず、兄弟たちも殺され、最後に残った子猫もいたぶられた。
力量差を感じとった猿が油断しているのを感じ、子猫は力を振り絞ってどうにか逃げ出すことに成功した。
そうして町中を隠れながら移動し、猿の襲撃を回避していたが、町の空き地で気絶し将義たちに拾われたのだった。
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