第6話 新学年と子猫 1

 春休みが明けて、将義は新学期を楽しみに思いながら家を出る。こんな気分で学校に向かうのは小学校の低学年以来だ。

 クラスメイトが良い人だといいなと思いつつ二年教室のある二階に上がる。

 階段を上がってすぐの壁にクラス表が貼られており、何人にも同級生がそれを見ていた。将義もそこに混ざり一組から確認していく。

 クラスは全部で七つあり、一つのクラスに四十人の生徒がいる。全クラスが普通科で、一組と二組が特進クラスだ。

 将義は五組に割り振られていて、一年生のときのクラスメイトの名前もあった。


「あ、力人も同じクラスだ」


 友人も同じクラスだとわかり、ラッキーと呟いて五組に向かう。

 ほかにも友人はいるのだが、そちらは別のクラスになっていた。

 教室につくと入口の扉に席順が指定された紙がはられていた。それで自分の席を確認して教室に入る。

 すぐに目に入ったのが、二人の男子生徒だった。鍛えすぎじゃないかという肉体をパツパツの制服で包み、笑顔でダブルバイセップスといったボディビルポーズを互いに見せ合っていた。

 ほかの生徒はそれを笑っていたり、ポージングを見てなにかをメモしていたり、無視してすぐ近くで本を読んでいたり、朝食なのか大量のパンを食べていたりとさまざまだった。


「んーなかなかに濃い。一年のときより楽しくすごせるかもしれんな」

「この状況でそう言えるお前も濃いキャラ側だと思うな」


 入口近くの席に座っていた男子生徒が言う。


「いやいや薄口醤油のように薄いキャラだよ」

「薄口醤油が薄いのは見た目だけじゃないか。なかなか良い返しじゃったぞ。もうお前に教えることはない」

「お師匠っ」


 いきなりコントじみたことを始めた二人を、近くに座っていたメガネの女子生徒はなんだこいつらという目で見ていた。


「俺は坂口仁雄(ときお)。よろしくな」

「よろしく。俺は九ヶ峰将義。ノリのいいクラスメイトがいて嬉しいよ」

「あんたら友達じゃなくて初対面だったんかい!?」


 近くにいて二人を見ていた女子生徒が突っ込んだ。

 その女子生徒に仁雄が笑みを向けた。


「あんたは突っ込みキャラか。なかなかの人材がそろったクラスだ」


 仁雄がうんうんと頷く。将義も楽しげに笑う。


「私もおかしな方向へ巻き込もうとするな。ただでさえあれを見せられて朝から精神的に疲れてるのに」

「あんたはボディビル苦手な方なのか。あっちの女子は嬉しそうに見てるが」


 熱心にメモをとっている女子を指差す仁雄。


「あの子はたしか漫研に所属してるって聞いたことがあるから、資料としてメモをとってるんじゃないかな」


 将義はあの女子生徒と一年のときに同じクラスで、教室内で聞こえてきた会話から部活のことについて耳にしたことがあった。


「ほー、そうなのか。資料というには熱心すぎる気がしないでもない」

「今にもよだれを垂らさんばかりに喜んで見てるしねぇ。私は趣味が入っているように思えるよ」


 真剣にしていれば綺麗系の美人に見えるのだろうが、今浮かべている表情はそれを台無しにしていた。

 メモを取っている女子の隣にいる女子は友達だろうか。仕方ないなといった諦めと呆れの表情になっている。


「友達らしき子があの表情だし、趣味ってのは間違ってないかもしれないね」


 そう言い将義は仁雄たちの近くの席に鞄を置く。


「お、近くなんだな」

「そうだよ。席替えまでよろしく。そっちの名前は?」


 将義はメガネの女子に視線を向ける。仁雄の視線も向いた。


「沢渡陽子よ。一年間よろしく。騒ぐなとは言わないけど、うるさくしすぎるのは勘弁ね」

「突っ込み疲れるからか」


 仁雄の言葉に陽子は頷きかけて「違うっ」と言い放つ。そしてだらりと机にうつ伏せになった。

 疲れた様子の陽子を将義と仁雄はそっとすることにして、雑談を始める。

 ぞくぞくとクラスメイトが教室に入ってきて、ボディビルにさまざまな反応を見せていく。その中に嫌悪や嘲笑といった反応はなく、陰湿な雰囲気とは無縁な一年になりそうだと将義と仁雄は感想を言い合った。話を聞くだけだった陽子もその点は嬉しそうに同意する。

 予鈴が鳴り、ボディビルの二人も席に着く。

 将義は教室の外から複数の足音を捉えた。教師たちのものだろうかという推測は当たる。


「おはよう」


 そう言いながら二十代後半の男性教諭が入ってくる。寝ぐせのついた髪に、曲がったネクタイ、スーツもよれた部分があり、だらしなさを感じさせる。


「こんな恰好ですまんな。寝坊したんだ。慌てて身支度を整える暇もなかった。去年は一年生の担当だったから、俺のことを知っている者もいるだろう。名前は榊大助。日本史担当だな。一年間よろしく頼む。んじゃさっそく今日の予定を言ってくぞー」


 今日は午前中で終わりで、授業は明日から。午前九時から始業式で体育館に集まり、始業式のあと明日の入学式のための準備、それが終わるとホームルーム。学級委員などを決めて解散になると伝えられた。


「二年からは進路についての話があるから、漠然とでもいいから考えておくようにな。この学校では、ほとんどの生徒が進学だ。今はどの大学に行くかじゃなくて、進学するかどうかくらいでいいだろう」

「進学しない人もいるんですか?」

「たまーにいる。記録を見ると個人のコネで就職したり、留学したり、小説家になったり、バンドを組んだりだ。個人の資質でそういった方向に進んでいるから、学校からの支援を期待はできないな。このクラスなら田尻と秋根がボディビルダーの道に進みそうだが、学校にそちらへのコネがないからたいした支援はできない」

「私たちは今のところそちらの道に進むことは考えていません」

「大学へ進むことを志望していますね」


 話題に上がった田尻と秋根が答える。それに大助は了承したと頷く。


「進学が多いからそちらに関しては相談に乗ることができる。資料もたくさんある。大学のパンフレットや過去入試問題集は誰でも見ることができるから、興味があるなら南校舎三階にある進路資料室に行くといい」


 現時点で進路を決めている何人かの生徒が頷く。将義はまだ進路を決めていないが、一度行ってみようと考えた。


「とりあえず朝のホームルームで話すことはこれくらいだな。そろそろ体育館に行くから廊下に男女二列出席番号順に並ぶように」

「せんせー、ちょっと質問」


 仁雄が手を上げる。


「なんだ?」

「今のこの席順でなにか意味あるんですか? 出席番号順というわけじゃなさそうだし」

「特に意味はないぞ。こっちでてきとーに決めた」

「あ、そっすか。一学期はこのままですか?」

「そのつもりだ。視力の関係で席が変わりたいという奴がいたら、各自相談してくれ。ほかに質問は?」


 これ以上は質問はでず、生徒たちは廊下に並ぶ。

 一組から順番に体育館に向かい、九時前に二年生と三年生が体育館に入る。

 九時の予鈴が鳴り、生徒が静かになったことで始業式が始まった。校長の挨拶などこれといった変わったことはなく、式は順調に進み終わった。

 校長や副校長たちが出ていき、体育館には生徒と担任たちが残る。


「これからの予定を話すぞー。静かに聞くように」


 三年生の学年主任がマイクを手に生徒たちに話しかける。


「三年生は体育館で掃除と椅子を並べる。二年生は校舎外の掃除だ。時間は一時間。さぼらないようにな。学校が汚いと新入生ががっかりするぞ」

「一年の教室は掃除しないんですかー?」


 誰かが質問する。


「一年の教室は業者に頼んで綺麗にしてある。だから入らないように」


 その他注意事項や掃除道具の場所を話して、掃除開始となる。

 校舎の外にでた二年生たちは組ごとに決められた担当区画へと移動し、落ち葉やどこからか飛んできたゴミ、空き缶などを集めていく。

 予定通りに一時間で校舎外の掃除を終えて、少しの休憩時間のあとにホームルームが始まる。

 大助が教壇に立ち話し始める。


「まずは一学期の予定からだ。一学期は体育祭があるぞ。時期は去年と同じく六月の頭だ。中間テストはゴールデンウィークの少しあと。期末テストは七月の二週目。目立った予定はこんな感じだな」


 一年生のときはこれに加えて、オリエンテーションと称し、泊まり込みの交流会があった。

 予定についての話が終わり、次にクラス委員決めとなる。


「学級委員を決めたいと思うが立候補なんぞいないだろう? こっちで指名しようと思うが」

「俺がやりますよ」


 ないと思っていた立候補者が出て、大助は驚く。将義たちも似たようなものだった。


「名前は藤木でよかったよな? 本当にやるのか?」

「内申点稼ぎたいんです。一年のときに怪我で入院してあまり勉強についていけなくて。失点をほかのところで稼がないと進学に響きそうなので」

「そういうことか。わかった。内申書にはやる気を見せていたと書いておこう。じゃあ前に出て、ほかの委員決めを進めてくれ」

「わかりました」


 藤木が教壇に立ち、司会を務める。

 仁雄は体育祭委員と文化祭委員のどちらかで迷っていて、ほかに立候補がでなかったため両方ともやることになった。

 将義もなにかやろうかと思っていたが、考えているうちにすべて決まってなにかの委員になることはなかった。

 

「先生、終わりましたよ」


 藤木はクラス委員になった者の名前をルーズリーフに書き込んで、大助に渡す。


「立候補がわりといて思ったより早く終わったな。まだ解散には少し早いから、騒ぎすぎに注意して自由にしていいぞ。解散はチャイムが鳴ったらだ」


 大助はそう言うと職員室に帰っていった。

 新学期初日を終えて将義は、以前と変わらない光景に満足感を得ていた。変わり映えしない日常がとても嬉しいものだと再確認できた。

 穏やかな表情になっている将義に力人が近づいてくる。


「マサ、昼食べたら遊ぼうぜー」

「いいぞ」

「俺も混ぜてくれ」


 仁雄も会話に加わってくる。


「ん? マサと話してた奴だな。新しい友達ってことでいいのか?」

「いや、師匠だ」

「へ?」


 将義が否定し、仁雄が「うむ」と頷く。そして二人で笑いつつ冗談と言い、改めて友達になったのだと言う。


「マサ、少し変わったなー。悪い方向じゃないからいいとは思うけど」

「楽しさを求めたらこんな感じになった」

「おお! 楽しいことはいいことだよな」


 仁雄も楽しさ優先なのか、笑いながら将義の肩を叩く。

 三人で午後からなにをするか話して、また月光スポーツ館に行くかということになる。

 そうなると三人だけではなく、もっと人数を集めたいと仁雄が言い出し、教壇に移動する。


「聞いてくれ! せっかく同じクラスになったんだ。仲良くしていきたいと思うんだ。今日の午後から皆で月光スポーツ館に集まって交流しないか? 無理に誘う気はないが、来てくれる奴がいれば嬉しい。参加者は挙手を頼む」


 突然の誘いに皆、顔を見合わせていたが「それも良し」と田尻と秋根が手を上げたことで、ぱらぱらとほかの者も手を上げだした。

 男子だけではなく、女子の手も上がっていて七割ほどが参加することになる。


「たくさんの参加ありがとう! 午後一時半にゲッカン前に集合ってことでいいか?」


 頷きが返ってきて、仁雄は続ける。


「今回スポーツが苦手で参加を見送った奴がいたら、また別の機会にカラオケとかに集まりたいから、そのとき参加してくれ」


 仁雄はもう一度「ありがとなー」と言ってから机に戻る。そのタイミングでチャイムが鳴った。

 家に帰った将義は母親が準備してくれていた昼食を食べて、動きやすい服装で家を出る。

 月光スポーツ館前にはすでに田尻と秋根がいてポーズを決めており、目立つそこに皆が集まっていた。決めていた集合時間には全員そろい、団体割引を使って中に入る。

 体育館が開いていたのでそっちを使うことにして、バトミントン、3on3、バレーボールでのトスといった三つに分かれて遊ぶ。午後五時まで休憩を入れつつ遊び解散となる。

 女子の集まりにも仁雄が率先して突っ込んでいって、男女混合で遊ぶことになったことで、解散の頃には男女の壁が薄くなっていた。

 この雰囲気が三学期まで続くならば、このクラスは過ごしやすいものになる。そう皆が感じていた。


 解散した帰り道、途中まで仁雄と陽子が同じ道を歩く。

 

「仁雄のおかげで参加者は打ち解けたねー。あとは参加しなかった人たちとも仲良くやれたら万々歳だ」

「そうね。こんなふうになれるとは朝の時点じゃ思ってもなかったわ」

「俺だけの頑張りじゃないさ。皆のノリが良かったからだ。一年のときは俺自身のごたごたがあってやれなかったからなぁ」


 家の事情で一学期の前半は学校よりも家庭を優先していたのだ。一学期後半はすでに仲の良いグループで固まっていて、皆を誘い騒ぐという雰囲気ではなかった。


「教室で言ったけど今後もたまに集まりたいな。高校生活がさらに楽しくなること間違いなしだ」


 つられて笑ってしまいそうになる笑顔で仁雄は先のことを話す。


「んー部活動が本格的に始まるだろうし、難しそうとは思うんだけど、やれたら楽しいでしょうね」


 難しいとは言いつつ陽子も同意する。仲良くなれば体育祭や文化祭といったイベントも皆と楽しめると思ったのだ。それはきっと高校時代を輝かせるいい思い出になる。

 そんなことを話している三人が空き地そばを通ったとき、草むらに子猫が倒れているのを見つけた。茶色ベースの毛に黒い縞模様のキジトラだ。

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