第5話 幽霊少女と将義のこれまで 3

「わかりやすく説明するために強さの話をしようか。RPGもしくはロールプレイングゲームと呼ばれるものをやったことある?」

『RPGはないかな。でもどういったものかは知ってる』

「レベルを上げて強くなるって言ってわかる?」

『それはわかるよ』

「そのレベルを向こうでは強値と呼んでいた。六歳くらいの子供を強値1とすると鍛えていない大人は3になる。地球でも同じと思っていいよ。んでどこまでも鍛えることができるわけじゃなくて限界がある。人間の限界は強値15。それ以上はどうやっても上がらないんだ」


 強値は基礎的な身体能力や魔力を上げるだけで、技量を上げるわけではない。そのため人間が強値を15に上げても、技量により強弱が存在する。

 また強値を上げきること自体はそう難しいことでもない。十年鍛錬と実戦を続けることができれば、上限までたどり着くのだ。

 戦い続きだったその世界では、限界まで上がっている者はそれなりにいた。将義に同行していた者たちも、旅の間に上限まで上がっていた。


『九ヶ峰さんは最初どれくらいだったの?』

「鍛えてなかったし2だったよ」

『じゃあ魔王は?』

「40」


 未子は想像していたよりも低いと呆気にとられた。


『上限まで鍛えた人間三人分くらいなら苦戦しないと思うんだけど』


 将義は首を横に振る。単純に考えると、未子の言う通りなのだが、そうではなかった。


「素手の大人と素手の子供三人が戦ったとして、子供が勝てると思う?」

『あ』


 未子は思い違いをしていたことを悟る。数値が三倍だから強さも単純に三倍というわけではないのだ。

 さらに所有する武具や会得している技術や種族の違いも加わってくる。


『よく勝てたね。しかも一人だったんでしょ?』

「あの世界の法則が味方してくれたんだ。希少なものほどすごいっていう法則がね」

『希少……もしかしてその世界にたった一人の地球人という希少性かな』


 未子が正解を導き出したことに将義は少し驚く。


「その通り。それが潜在能力の高さっていう恩恵を与えてくれたんだ。召喚された最初の一ヶ月は仲間の誰よりも弱くて、三ヶ月したら勝てずとも食い下がれるようになり、半年で勝つこともでてきた。一年経つと仲間の誰よりも強くなってたよ。この辺りで上限を超えていたね。その後も強くなるために鍛えて、一年と半年で仲間全員と一度に戦って余裕で勝てるようになり、二年を迎える少し前で魔王との戦いに向かった」


 一年を超えた辺りで、異常な成長速度や強さから仲間の視線に怯えの感情が含まれ出し、魔王直属の将と一対一で戦い勝ったときは見ていた住民から歓声ではなく恐怖の視線が注がれた。魔王に挑む直前では、一人を除いて全員から怯えられていた状態だ。

 王と仲間たちの笑い声の混じる明るい会話を盗み聞きしたときに、魔王との戦闘で弱体化させて殺されるか、相討ちを望まれていると知った。

 怖がられていることは知っていたが、死を望まれているまでとは思っていなかった。ここまで一緒に戦い信頼していた者たちからの悪意に将義の心に重いものが生じることになった。だからだろう魔王に本当の意味でのとどめを刺さなかったのは。


『魔王戦では強値いくつだったの?』

「35」

『上限を20も上回っちゃったんだ』


 魔王戦では強値15の仲間たちは邪魔でしかなく、戦場の端にいただけの存在だった。

 彼らも積極的に戦おうとはせずに、将義が逃げずに戦い抜くかを監視するだけで巻き込まれないようにしていた。


「戦いの後は魔王を一人で倒したことで成長して40になってたよ」

『魔王と同等……それは確かに怖がられるかもね。乗り気じゃない九ヶ峰さんを戦わせていたんだからなおさらか』

「戦後は送還の魔法の準備を急いで整えて、さっさと出て行ってくれと追い出された。そういうわけで非日常はもうお腹いっぱいで、関わる気がしない」

『そういえば、なんで裏に関わる気がないのかって話だったっけ。それだけの経験してきたなら、たしかにもういいってなるよね』


 未子は納得しかけて「待てよ」と首を傾げた。


『二年で終わらせたのに、七年の時間が経過したのはおかしくない?』

「ああ、それは送還魔法を途中でキャンセルして、世界と世界の狭間に留まったから。そのまま帰ったら送還魔法の痕跡で怪しまれると思ったんで、小細工しようとしたんだ。人間にとって過ごしやすい環境じゃなくてねー、いろいろと準備に手間取って五年っていう時間がかかった」


 最初の一ヶ月は一日十八時間以上の休息を必要とした。その環境に体を慣らすことから始め、普通に行動できるようになるのに一年かかったのだ。おかげで魔王戦後からさらに強くなった。

 狭間では一人で過ごしたが寂しいという思いはなく、わずらわしい視線などからの解放が心地よかった。

 体が慣れると帰還準備をしながら、狭間の探検もした。

 狭間は真っ白な宇宙空間といった感じで、上下の感覚がなく、温度もなかった。幸いにして空気はあった。それもなければ、狭間でまだ苦労していただろう。

 狭間にはいろいろなものが浮かんでいた。それらは地球や召喚された世界以外の世界から紛れ込んだり放り込まれたものだ。空気があるのはそれらと一緒にここに入ったからだった。

 浮かんでいるものを見て回るだけでも楽しく、使い方のわかるものは影の倉庫に放り込んで地球に持って帰ってきている。

 魔力を注げば思い浮かべた食べ物や飲み物がでてくる鏡は早くに見つけたおかげで、餓えに苦しむことがなかった。強値の上限を大きく超えた将義は魔力があるかぎりは食事をとらずとも平気なのだが、空腹がなくなるわけではない。そのためこの鏡の入手は幸運といえることだった。

 逆に不運といえることもあった。狭間に封印という名の投棄された化け物と戦うこともあったのだ。空腹でだいぶ弱っていたが、それでも将義より強く、攻撃の精度が落ちていなければ負けていただろう。見た目が正気を削るような化け物で、大きさは高層ビルにも匹敵した。これが地球で大暴れした日には人類壊滅間違いなしだろう。


『九ヶ峰さーん』


 狭間での生活を思い出していた将義の顔の前で未子が手を振る。


「ん? どうかした?」

『どうかしたじゃないよ。急にぼうっとして』

「ああ、ごめんごめん。狭間でのことを思い出していたんだ。小型宇宙船とかも見たんだよ」

『宇宙船!? 作り物じゃなくて本物?』

「本物だったよ。死体だけど異星人だか異世界人だかも中にいた」


 人型ではなく、宇宙服を着たカンガルーという見た目だった。手が触手のようだったりと細部は異なっていた。

 死体は狭間を漂っていた土の塊に埋めて墓を建てた。一応うろ覚えのお経もあげておいた。確実に宗教が違うだろうが、礼儀としてやったのだ。彼らの魂は狭間にはなく、すでに成仏していたようだったので自分たちの宗教ではないと怒ることもないだろう。

 残った宇宙船は影の倉庫の中だ。操縦は死体の過去を視て覚えたが、操縦系統のどこかが故障していたようで移動は無理だった。エネルギー炉は生きているため、いくつかの機能はまだ使える。


『宇宙船見たい!』

「影の倉庫に入れてあるから、見たいなら入るといい。出入りは自由にしとく」


 影の倉庫の説明を受けた未子は恐る恐るといった感じで、将義の影に入っていく。


「さてと。寝るにはまだ早いし、動画でも見ようかな」


 未子と話す前に見ようとしてた動画を見ようとスマートフォンを手に取る。

 未子は倉庫探検が楽しいのか、将義がベッドに入ったときも影から出てくることはなかった。


 翌日、将義は倉庫探検の感想を喋る未子の相手をしつつ午前中は勉強をしてすごし、午後は買い物のため出かける準備を整える。

 身支度を整えて、財布とスマートフォンを持った将義は一階に下りる。


「母さん。買い物に行ってくるけど、ついでに夕飯の材料を買ってこようか?」

「いいの? 豚バラ肉ともやしと醤油をお願い。千円で足りるでしょうから、お釣りは好きにしていいわよ」


 母親は財布から千円を取り出し将義に渡す。

 それを受け取って将義は、魔法で気配などを消した未子を伴い家を出る。

 家から徒歩三十分ほどのディスカウントストアに入り、仮装グッズのカツラを買い、そのあとは食品コーナーで頼まれたものととりむね肉三パックを買う。


『とりむね肉?』

《変装に使うんだよ》


 疑問の声をあげた未子に念話で返し、レジに向かう。

 支払をすませる将義を見ながら、未子は肉が変装にどう関わってくるのかと首を傾げていた。

 家に帰り、カツラととりむね肉を階段に置いて、ほかに買ってきたものを冷蔵庫にしまう。

 カツラなどを回収して将義は自室に戻る。


「じゃあ始めるか。まずは手からかな」


 三つのとりむね肉のラップを外し、影からナイフを取り出して一つを半分に斬る。次に片方のとりむね肉に人差し指を向けた。


「『隠蔽』『変質』『変形』『装着』」


 ぽうっととりむね肉が光に包まれて、形状を変えていき、浮かび上がって、将義の両手を包んでいった。

 光が収まると、極薄の肉の手袋といったものが将義の手を包んでいた。将義の肌色と同じなため、見た目は手そのものだ。


「これで指紋対策はできたっと。次は顔だ」


 切り分けていないとりむね肉に魔法を使い、手と同じように肉が顔を包んだ。

 光が収まると、髪のない女顔の将義がそこにいた。カツラを被ると女にしか見えない。


「んで、残りは胸だ」


 残りのとりむね肉に魔法を使い、人間の女の胸をつけた再現する。

 服の下から盛り上がる膨らみは、BカップかCカップくらいだろう。

 カツラに顔に胸。それぞれが合わさり、将義の面影などまったくなくなった。女にしては少々いかついが、男には見えない。


「どうよ。どこからどう見ても別人だろう?」

『ちょっとたくましいかなって思える女そのものだよ。そこまでやるんだねぇ』

「念を入れておきたいからな」


 身に着けているものを魔法で外し、そのあとに魔法で保存しクローゼットに放り込む。


「変装セットはできたし、今日の夜にでも行ける。それでいい?」

『お願いします』


 いよいよ戻れるかと思うと未子は興奮で体が熱くなるような感じがした。


『退院したら改めてお礼にくるね』

「それ無理だから気にしなくていい」


 あっさりと告げられたことに未子はきょとんとする。少しして意味が理解でき、聞き返す。


『……無理って?』

「俺と会ったこと、俺がやったこと。俺と話したこと。それらの記憶を消すから」

『なんで!? 恩人のこと忘れるなんて駄目だよ! 九ヶ峰さんがいなかったら、体に戻るどころか悪霊に食べられてたのに!』

「なんでって言われてもね。話したように俺は積極的に裏に関わる気がないんだ。君の記憶が残ったままだったら、そこから俺のことが知られるかもしれないし」

『黙っててほしいなら誰にも言わないよ! 約束するから消すなんて言わないでよ!』


 将義の肩を掴んで必死に頼み込む未子。掴んでくる手を将義はゆっくりと外す。


「積極的にばらさないだろうってのは、今の様子を見てわかる。でも世の中、人の記憶を見ることができる人はいるだろうし。君にその気がなくてもばれるかもしれない」


 将義が行ってきたことを見た未子は、記憶を見ることができる者がいないとは言い切れなかった。世の中自分が思った以上に不思議なことであふれていると知った今、口に出さずとも将義のことが自分からばれる可能性はあると思えてしまった。

 喜びから一転し消沈した様子の未子に、将義は笑いかける。


「そんな落ち込まない。ただ体を取り戻せることだけを喜べばいい」

『嬉しいけど、やっぱり喜ぶだけなんてできないよ』

「忘れることが俺に対しての礼になるんだから、気にしなくていいのに」


 もどかしそうにしてはいるがなにか言うことはできずに未子はベッドに腰かけ俯く。

 ほんとに気にしなくていいのにと将義は思いつつ、未子に声をかけず教科書を開いて、朝の続きを行っていく。

 そうして夕食の時間となり、風呂にも入り、あとは寝るだけとなって、将義は自分が寝ているように見える魔法を使い、変装セットを身に着ける。


「ほら行くよ」

『うん』


 いまだ沈んだ様子の未子に声をかけて、将義は窓を開ける。

 隠蔽の魔法を二人分重ね掛けして、飛行の魔法を使う。ふわりと浮いた将義は窓を閉めて屋根に上がる。

 沈んでいた未子も飛んだことには驚きの声を出す。


『飛べるの!?』

「魔法は便利だから。病院の方向は向こうであってるよね?」

『うん』

「肩に捕まって。いっきにいくよ」


 未子がしっかりと肩を掴んだのを確認して将義はいっきに速度を上げる。

 夜闇の中、明るい町を眼下に、法定速度を超える速さで病院に向かう。

 未子は飛べるとはいえ、この速度はだせず、初めての飛行速度に恐怖を感じ、肩を掴む手に力を込めた。

 十分ほどで二人の視界に総合病院が入ってくる。将義は速度を落としていき、屋上に降り立つ。

 当然ながらこの時間は扉はしまっていて、将義は透過の魔法で屋内に入った。


「病室まで案内よろしくー」

『うん』


 未子が先導し、四階にある個室まで移動する。途中で見回りをしている看護師や幽霊を見たが、どちらも将義たちに気づかず通り過ぎていった。

 すぐに二人は唐谷未子と書かれた名札が出ている病室の前に着く。そこの扉も開けずに入る。

 ベッドが二つあり、一つは未子の肉体が寝ていて、もう一つは未子の母親が寝ている。母親は看病疲れなのか、苦悩や疲労が顔にはっきりでている。


『もうすぐだからね、お母さん』


 未子が母親に声をかけている間に、将義は未子を見る。

 予想した通り、未子の肉体には複数の幽霊が入り込んでいた。自分が自分がと主張しているおかげか、肉体ののっとりが長引いている状態だった。


「さっさとやるか。『集結』『捕獲』」


 左手で未子の体に入り込んでいる幽霊をまとめる魔法を使い、右手で未子の体内からまとめた幽霊を引きずり出す。

 掴まれた幽霊たちは未子の体内に戻ろうともがいている。


『戻せ』『邪魔をするな』『だれのものでもない肉体が!』『俺のもの』『私のものよ』『わしのもの』


 それぞれが好き勝手主張し、将義はうるさそうに顔を顰め、掴んだままの幽霊を見る。楽に成仏できるように浄化の魔法を使おうかと思っていたのだが、自分勝手なことばかり言ってイラついたため、燃やしつくすことに決めた。


「『燃焼』」


 ゴウッと霊体を焼く紫の炎が室内を一瞬暗く照らす。


『ギャアアアアアアッ!? 熱い熱い熱いぃっ』


 幽霊たちの同族以外に聞こえない悲鳴が病院に広がっていった。

 病院にいついていた幽霊たちは、なにが起こったのかわからなかったが、なにか怖いことが起きたことは予想できて、病院から我先にと逃げていった。

 幽霊を焼き尽くした将義は、魂の入っていない未子の体を浄化し、幽霊たちの影響をなくす。あの幽霊たちに体が馴染みかけていたため、未子が戻ってもしばらく上手く動かせない状態だったのだ。

 

「終わったよ。こっちに来て、体に戻すから」

『すごい悲鳴だった』


 驚きの表情まま未子は将義に近づく。


「生身のまま焼かれたようなものだしね」

『ああ、それならあんな悲鳴もでるよね』


 近づいてきた未子に将義は光る手を向ける。あの幽霊たちに向けた激しいものとは違い、夜を優しく照らす月の明るさだ。


『やっぱり記憶を消すの?』

「消すよ」

『……うん、わかった。ありがとうございました』


 深々と頭を下げて感謝の意を伝える。


「起きたら両親を大切にね。それと日常を穏やかに過ごすように。それじゃ自分の体に重なって目を閉じて。次に目を開けたときには体に戻ってるよ」


 未子は言われた通りに自身の体に重なる。

 将義は未子の腹に手を置いて、魂と肉体を魔法で固定する。重なってもわずかに見えていた魂と肉体のぶれがなくなり、未子の肉体に生気が戻る。


「あとはたまに遠視で異常がないか見るだけっと。ちょっとサービスもしとこうか」


 未子の母親に疲労回復などの魔法を使い、看病疲れを癒す。

 寝苦しそうだった母親の寝息が楽なものに変わる。

 うんうんと頷いた将義は窓を開けて、そこから外に出る。


 翌朝、起きた母親が目を閉じたままの未子におはようと声をかける。入院してから毎日の日課で、起き出すことを期待し、反応が返ってこないことに落胆していた。

 しかし今日は違った。声をかけてすぐに、未子の瞼が震え、ゆっくりと開いたのだ。


「未子!」

「……おはよう? あれ、体に戻ってる?」


 母親に抱き着かれつつ未子は首を傾げる。幽霊になっていたのは覚えている。体に戻れずあちこちに行ったことも。最後の記憶は悪霊に追い回されたところだ。その後どうなったかの記憶がなく、いつのまにか体に戻っていた。

 なにか忘れている気がするのだが、まったく思い出せない。

 未子が悩んでいる間に、母親が医者を呼び、やってきた医者に色々と質問される。それに答えながらも未子はどうして体に戻れたのか疑問を抱き続けた。

 結局、検査ののちにリハビリを行い、退院が決まっても未子は抱いた疑問の答えを得ることはできなかった。

 そんな未子の様子を将義は遠視の魔法で見て、体の不調がないことを確認し、見ることを止めた。

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