第4話 幽霊少女と将義のこれまで 2

『それで準備ってどんなことするの?』

「君の肉体がある病院に行く必要がある。そこに素顔のまま行くつもりはない。変装のために材料を集めて、魔法で仕上げる」

『魔法が使えるなら姿を変えるなり消えるなりできて、変装はいらないと思うんだけど』

「もちろん魔法で姿は消す。でも人の目は誤魔化せても防犯カメラは誤魔化せるかわからない。だから変装も必要だと思った。カメラも誤魔化せるなら夕飯食べたあとにでも行ける」

『慎重だねー。あ、そうだ。スマホのカメラで試してみたら? 防犯カメラと全く同じかどうかはわからないけど、参考にはできるんじゃない?』


 なるほどと頷いた将義はスマートフォンを操作して、カメラアプリを起動し動画モードにする。スマートフォンを重ねて置いた本に立てかけて、カメラに映る位置まで移動する。


「『隠蔽』『隠蔽』『隠蔽』『隠蔽』」


 自身に隠蔽の魔法を重ねてかけていった。術の発動を隠し、自身の肉体を隠し、気配を隠し、魂を隠す。

 その様子を見ていた未子の視界から将義の姿が消える。肉体を消しただけならば、未子が幽霊だからか、見えなくともなにかいるとわかった。しかし重ねて使われたことで今もそこにいるのか動いたのかさっぱりだ。

 未子が周囲を見ているとき、姿を消した将義は踊っていた。盆踊りやボックスステップをやって、魔法を解除する。


『あ、見えた』

「魔法解除したからね。確認確認っと」


 スマートフォンを手に取り、動画を最初から流す。魔法を使うまでは映っていたが、魔法を使うと一瞬で消えた。その後の踊りで起きていた音も聞こえない。誰もいない映像が続いているだけだった。


「一般的な機械は誤魔化せそうだな」

『じゃあ今夜行く?』

「いや準備はする。今後使えるかもしれないし、専用の監視カメラだと映る可能性もあるし」

『そっかー』


 未子は早く体に戻りたかったが、無理強いもできない。それにこれまでなんの希望もなく過ごしていたのだから、希望が見えた今少しくらいは我慢できた。

 話はこれで終わりとして、将義は夕食まで勉強しようと化学の教科書を開く。


『勉強するの? 魔法とか使えるのに、そういった日常的なことするの違和感がある』

「むしろ俺としては非日常に関わりたくないんだけどね。だから朝に君を見かけたときは無視したし」

『え? 朝にも気づいてたの?』

「公園のすぐ近くにいたろ。帰りだって悲鳴が聞こえてこなかったら気にせず帰ってたし」


 将義は教科書から目を離さずに言う。

 その横顔を見て未子は嘘を吐いていないと思った。


『悲鳴上げてよかった! いやあれに襲われたことは怖ったけど、あれがあったから体に戻れるんだから、ほんとによかったよ』


 未子は心底安堵する。殺気など初めて向けられて、このままわけもわからず死ぬのかと怖かった。その恐怖の主に捕まらず逃げ続けたかいがあった。


『それにしても勉強かぁ、私も体取り戻したらしないと……あれ? 私中学校卒業したことになってるのは聞いたけど、高校はどうなってるんだろう』

「どこも受験してないだろうし、浪人じゃないの?」


 将義は教科書に視線を向けたまま言う。


『浪人!? へ、編入とかできないのかな?』

「たしか編入って、高校を退学した人が再入学することを言ったはずだから無理だろうね。素直に来年受験しよう」

『それしかないかー。まあ、希望してた高校には友達行かなかったし、人間関係ゼロからのスタートという部分は変わらないか』


 暇な未子と話しつつ勉強を行っていると夕食に呼ばれる。

 教科書を置いた将義は一階に下りていき、その後ろを未子がふよふよと浮かびついていく。

 リビングには着替え終えた父親がいて、うきうきとした雰囲気を隠さずにいた。


「おかえり」

「おう、ただいま。さあ早く食べよう」


 呆れたように笑いながら母親が味噌汁などを持っていく。配膳を将義も手伝い、家族そろってテーブルに着く。

 いただきますと声をそろえ、父親がすぐに肉じゃがへと箸を伸ばした。煮崩れしていないジャガイモを口に入れると、調味料と肉の旨味をしっかりと吸ったジャガイモがほろほろと崩れる。


「……いつにもまして美味いな」


 目を見開いて口の中のものを飲み込み言う父親。

 肉も柔らかく、玉ねぎ人参白滝も肉じゃがという料理の一部としてしっかりとした存在感を感じさせる。

 思わず漏れ出たといった感想に、母親は胸を張った。


「手を抜かずしっかりと作ったからね。喜んでもらえたなら頑張ったかいがあったというものよ」

「ほんとに美味いよ、母さん」


 将義も肉じゃがのできにお世辞ではなく、心の底から美味と褒める。

 箸を止めずに食べ進める将義の耳に未子の羨ましそうな声が届く。


「『同期』」


 食べながら小さな声で魔法を使い、将義の感じた味を未子に届ける。

 突然の味に未子は驚き、そしてはしゃぐ。


『美味しい! 美味しいよ! 九ヶ峰さんがやってくれたんでしょ? ありがとう!』


 母親の料理を自慢したい気持ちもあった将義は、未子の反応に気を良くする。

 はしゃぐ未子に将義は「そうだろうそうだろう」と内心頷いて、腹だけではなく精神的にも満たされる夕食を進めていった。

 夕食後は食器の片付けを手伝い、そのままリビングで両親と話す。互いに今日あったことを話していき、風呂が沸いたら順番に入っていく。

 風呂から上がった将義は部屋に戻り、力人からもらったトレーディングカードの動画でも見ようとスマートフォンを手に取る。


『ねえねえ』

「んー?」


 暇な未子が話しかけ、将義はスマートフォンから目を離さず返事をする。


『霊能力者とか魔法使いってどれだけいるの?』

「ええと……質を問わずにそれとして活動している人は日本だと千人弱だとか」


 門倉から得た知識ではそうなっていた。

 霊能力などに活用できるだけの霊力量を持つのは約十万人に一人だ。超常現象に対応できる人材が不足しているため、必要最低限の力を持つ者でもスカウトが向かう。

 将義も力を隠さなければ、見張っていた門倉がスカウトとして家を訪問していただろう。


『千人……多いのか少ないのかわからない』

「単純計算で一県に二十人。北海度は広いから多めに人が割り振られていて六十人くらいか。一つの県で起こることを毎日二十人で対応。二十人が毎日毎時間働き続けることができるわけじゃないから。一日当たりで動ける人数はもっと減る。そう考えると少ないと思えてこない?」


 未子は納得といったふうに頷いている。


『一つの県全域を二十人足らずは大変そう』

「実際は一つの組織が対応しているわけじゃなくて、二つの組織とフリーランスがそれぞれ動いているから、もっと大変だと思うよ」

『うわぁ』


 未子は彼らの労働状況を想像し、忙しすぎることになっていそうだとドン引きな表情を浮かべた。


『あ、でも事件が起こる頻度によっては楽な日もあるんじゃないの?』

「仕事が事件だけならね。彼らの仕事は事件を未然に防ぐ見回り、護衛、守護施設の維持とかもあるから。ほかに実力向上のための訓練もやってるだろうし」

『過労死しないといいね』

「忙しいだけあって報酬はいいらしいよ。使う暇がなかなかないみたいだけど」

『うん、なりたくない仕事トップランクに輝きそう。だから九ヶ峰さんはその界隈に関わろうとしないの?』

「いんや、そういった状況を知る前から関わる気はなかった」

『なんで?』


 コテンと首を傾げる未子。将義も答えようかどうしようとかと首を傾げる。

 そして「まあ、いいか」と呟きスマートフォンを切って、顔を未子に向けた。


「俺のこの力は生まれつきじゃないんだ。かといって君みたいに事故にあって、大怪我がきっかけとなって目覚めたわけでもない」

『ふんふん』

「俺のきっかけは、地球時間でいうと四日前、俺の主観時間でいうと七年前になる」


 どういうことだろうと未子の顔に疑問が表れる。

 もっと詳しく話すため、将義は続ける。


「俺は四日前に異世界に召喚されて、そこから帰ってくるのに七年という時間をかけたんだよ」

『……異世界とかあるんだ』

「あったんだよ。俺を召喚した相手はその世界の王家の一つだった。その世界には魔王がいて、神を封じて世界を手にしようと動いていた。人間は劣勢に立たされ、どうにか逆転の一手をと魔王に勝てる人材という条件で召喚を行ったんだ」

『物語みたいね』

「だね。思い返してみるとラノベみたいな流れだ」


 テンプレと違うとすれば神様から強力な能力をもらったり、異世界に行ったことで能力が発現しなかったことか。


『九ヶ峰さんは魔王を倒すことに頷いて戦ったの?』


 未子はすごいなと尊敬の視線を向ける。自分だったら怖くてできないことだと思うのだ。


「頷くわけないよ。戦いなんか経験したことのない一般人が『はい、頑張って世界を救ってみせます』とか言えるわけない」

『そうだよねぇ』

「話を聞いた俺は無理だから帰してくれと頼んだよ。でも魔王が邪魔して送還の魔法が使えないって言われて、魔王を倒すしか道がなくて渋々鍛え始めたんだ」

『帰ってきてるってことは倒せたんだ』

「実際は魔王は邪魔なんかしてなかったんだけどね。召喚の魔法があるということすら知らなかったと思う」

『え? 王様たちが騙していたってこと?』


 将義は頷く。

 王たちは多くの材料と魔力を使って召喚した将義を帰したくなかったのだ。素直に帰せば使ったものが無駄になる。劣勢の現状では召喚に必要なコスト集めも苦労の一言ではすませないものがあった。見た目強そうには見えないが、鍛えていけば誰よりも強くなる可能性があると考え、帰還ができないと嘘を吐いた。

 それを将義が知ったのは召喚されて一年以上たった頃だ。


「王たちが嘘を吐いていると気づかなかった俺は城で武器を扱う基礎を教え込まれて、二週間ほどで仲間として紹介された人たちと一緒に実戦に放り込まれた。そのあとは各地を旅して魔物を倒しながらの修行だったよ」

『実戦ってことは当然向こうは殺しにくるんだよね?』


 未子は悪霊に襲われたことを思い出しながら聞く。将義は当然と返した。


「最初は腰を抜かして怯えるだけでなにもできなかったなー」


 懐かしいと当時を振り返る。鍛錬で真剣を向けられたときも怖かったが、命のやりとりを初めて経験したあのときが人生で一番怖かったことだ。魔王と対峙したときも恐怖はあったが、一番怖かったのは初実戦だった。


『よくリタイヤしなかったね』

「地球に帰りたかったからね。怖いけど、諦めることはできなかったよ」

『そっか。それでその後も戦いと鍛錬を続けて、魔王を倒して、地球に送還してもらえたんだね。魔王も倒して世界を救ってハッピーエンドだ』

「それだったらよかったんだけど」


 違うのかと未子は、ハッピーエンドを祝うように浮かべていた笑みを凍りつかせる。


『え、どうなったの? どこらへんから違うの?』

「戦いと鍛錬を続けたのはあってるし、魔王を倒したのも結果的にはあってる。送還というか追い返されたって感じで、向こうの世界の人にとってはハッピーエンドかな」


 心の中でいつまでも続く平和ではないけどねと付け加えた。


『追い返された?』

「強くなりすぎたからね。強くならないと魔王を倒せなかったんだけどさ」

『強くなることを求められたのに、強くなって怖がられるの?』


 その世界の状況を考えると強さこそが求められたものと思えた。未子はわからないなりに考えて、新たな魔王になりうると思われたから怖がられたのかと思いつき聞く。


「新たな魔王になる。うん、確かにそれもあったのかもしれない。最終決戦で魔王と一対一で戦い勝ったから、魔王を名乗れるだけの実力はあったから。でももっと単純に一人で魔王に勝てるだけの力をつけたことを畏れられた。そこまでの実力をつけたことを異常とみられたんだ」


 いまいち理解が及ばぬといった未子にわかりやすく説明するため将義は少し考えをまとめてから口を開く。

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