第3話 幽霊少女と将義のこれまで 1

 将義が地球に帰還して四日目。朝食後に今日はなにをしようかと考えているとスマートフォンからメールの着信音が聞こえてきた。

 スマートフォンを手に取り確認すると、送ってきたのは兜山力人という高校に入ってできた友人だった。内容は遊ばないかというものだった。

 誘いに対し、了承の返事をして、待ち合わせなどのやりとりをしてから出かける準備を整える。


「母さん。友達から誘われたから出かけてくる」

「わかったわ。お昼は外で食べるでしょ? お小遣いはあるの?」

「三千円と少しあるから大丈夫だと思う」


 将義は正直高校生の金銭感覚をなくしているが、昼食くらいはこれで足りるだろうと判断する。

 母親の「大丈夫そうね」という言葉を受けて、判断に間違いはなかったと内心頷いて、将義は家を出た。

 家を出てすぐに魔法を使う。力人の顔や性格を忘れかけていたのだ。それを思い出すため歩きながら記憶を探る。待ち合わせの公園に着く少し前には、力人だけではなくほかの友人のことも完全に思い出すことができていた。

 遠目に公園入口が見えて、そろそろ着くなと考える将義は道の端に少女の幽霊を見る。幽霊自体はそこらへんにちらほらといるのだが、その幽霊は生霊だった。

 珍しいと思いつつ気づいていない素振りで、その近くを通り過ぎる。生霊も将義に気づかなかったようで、なんの反応も見せなかった。


「マサ、こっちだこっち!」


 公園に入ってすぐに将義を呼ぶ声がして、そちらを見ると力人が手を振っていた。

 軽く手を振りかえして将義はそちらへ歩く。


「よう。春休みに遊びに誘われるって思ってなかったぞ。ネトゲーをやりまくるって言ってたろ」

「そのつもりだったんだけどなー。毎日家に篭ってないでたまには外に出ろって母さんに追い出された」


 力人は大のゲーム好きで、コンピューターゲームだけではなくアナログゲームも趣味の範囲だ。身体能力も悪くなく、運動も遊びと捉えて楽しめる性格だ。運動部顔負けの活躍ができるのだが、やらさせると途端に萎える性格なため部活動には向いていない。


「だとするとなにするのか決めてないのか」

「そうなるな。まあ、俺はテキトーにゲーセンを回るだけでもいいんだけどな。体を動かしたいならゲッカンに行けばいいし」


 ゲッカンとは月光スポーツ館を略した言い方で、スポーツ複合アミューズメント施設だ。大人は入場料千円で一日遊ぶことができる。


「俺は特に行きたいところないし、力人の行きたいところでいいぞ」

「じゃあ、ゲームショップに行ったあとゲッカン行こうぜ」

「おうよ」


 ゲームショップには、トレーディングカードゲームの個別売りされているものから掘り出し物を探すため向かうつもりだと力人は言う。

 将義は興味なかった分野だが、少しやっていようかなと思いカードを眺めていく。

 目的のものを見つけた力人が近づいてくる。


「熱心に見てんな?」

「少し興味がでてなー」

「へー、前誘ったときにはまったく興味ないって言ってたのにどうしたんだ」

「趣味を少し広げてみようかと思ったんだよ。まあ、あまり金をかけるつもりはないけどな」

「だったら俺のあまりをやろうか?」


 いいのかと将義が聞くと、嬉しげに頷いた。同じ趣味の人間が増えることを喜んでいるのだろう。


「だぶついて交換もできないものがあって邪魔だったし、使わずにいるよりは誰かにあげた方が有効利用だろうさ」

「じゃあ昼はお礼におごろうか」

「ごちになります」


 昼食代よりもカードにかかったお金の方が高いが、使わずにいて埃をかぶるしかないものばかりだったので昼食代に化けてラッキーと力人は考えた。

 ゲームショップでの用事を終わらせ、二人は次の目的地である月光スポーツ館に向かう。

 平日だが、将義たちのような春休みの学生たちが集まっていてなかなか賑やかな雰囲気だ。


「なにやろうか、卓球とか二人でやれるもんでもいいし、どこかに混ぜてもらうのもいいな」


 力人に将義は同意して頷きつつ、賑やかに楽しむ人々を見る。

 召喚された世界では魔物が暴れまわり、ここまで楽しそうな表情の人間は少なかった。平和な世界だと示す光景に笑みがこぼれた。


「いきなり笑ってどうしたんだよ」

「ん? いや、どこに参加しても楽しそうだなって」


 誤魔化した将義の返答を怪しむことなく力人は頷く。

 二人は同年代がやっているフットサルに近づき、仲間に入れてもらえないか聞く。彼らも他人が集まってやっていたようで、了承が返ってきた。

 休憩するという二人が抜けて、将義たちが交代で入る。

 無双したいわけではないため将義は身体能力を召喚前のものへと落としている。

 将義たちは皆と交代しつつ遊び、昼食のため解散となるまで続けた。

 一度月光スポーツ館から出た二人は話しながらラーメン屋に向かう。


「マサ、いつのまにかサッカー上手くなってるな」

「そうか? 俺としては違いはあまりわからないんだけどな」

「ボールさばきはそうでないんだけど、周りをよく見てたろ。フリーの奴にパスとか、空いたところへするりと入るのが上手かった印象だな。アシストとかに向いているんじゃないの? サッカー部の奴らが知ったら誘いにきそうだ」


 異世界での戦いで磨かれた観察眼などのおかげだ。落としたのは身体能力だけで、判断力や観察力はなにも変えていない。そこが力人の言う上手さに繋がったのだろう。


「まあ、お前と同じで部活動はする気はないよ。楽しめたら十分だ」


 力人も同意し、見えてきたラーメン屋へと急ぐ。

 餃子セットで昼食を済ませた二人は、再び月光スポーツ館に戻る。そこで今度はスケートボードに挑戦したり、フリースロー対決をしたりして過ごし、午後四時近くに月光スポーツ館を出る。

 命を懸けて争うのではなく、ただ楽しむために競う。それがとても楽しく、誰が見ても満足といった雰囲気を将義は放っていた。

 その足で力人の家に向かい、ゲームの説明を受けて余っているというトレーディングカードの一部をもらった。


「渡したのはオーソドックスな型ができるものばかりだから、少し自分でも買って好みで組み込むといいと思う」

「わかった」

「あと動画でも遊んでいる様子が上がってるから参考にできると思うぜ」

「ほうほう。今夜にでも見てみよう。ありがとな」

「おう。今度はこれで遊ぼうな」


 玄関まで見送られ、将義は自宅へと歩き出す。

 今日は楽しかったと思いながら待ち合わせした公園の横を通る。時刻は午後五時を過ぎて、遊んでいた子供たちも帰り、公園内は人が少なくなっている。

 その夕日に染まる公園から悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと将義は声のした方向を見る。だが少し離れた道路を歩く人たちはなにも気づかずにいた。


「騒ぎになっていない? ということは」


 誰が悲鳴を上げたのか予想しつつ、公園に足を踏み入れる。そこには行きに公園近くでぼんやりしていた少女の生霊がいて、不穏な気配の霊に襲われていた。十中八九悪霊だろう。


「やっぱり霊同士の騒動か……」


 生霊も悪霊も将義には気づいていない。この隙に帰ろうかと思う。穏やかに生きたいと思っているし、そう思うならば関わらないのが正解だろう。

 将義が離れようと思っているうちに、生霊は悪霊に追い詰められていく。すごく怖いのだろう、助けを求める声は止まらず、目からはとめどなく涙があふれだしている。


『やだっやだよう。誰か誰かあぁっ助けて!』


 去ろうとして悲鳴に足が止まった将義は舌打ちして、幽霊たちの下へ歩いていく。

 放っておけばいいのにという声が自身の中からいまだ聞こえる。それに従いたいという思いも捨てきれない。けれども悲鳴と助けを求める声がどうしても耳に残るのだ。


「『隠蔽』『浄化』」


 まっすぐ近づいてきた将義に幽霊たちも気づいていた。振り返った悪霊が何か言おうとしたが、その前に将義は悪霊を除霊した。悪霊はあっさりと空気に溶けるように消えていった。

 ちなみに遠くから除霊はできた。将義のことがばれずにこの場をどうにかするだけならば、それでよかった。だが助けてあとは放置というのは無責任じゃないかと思ったのだ。


「あー、大丈夫か」

『た、助かったの?』

「この場はね」

『ありがとう! 怖かった、すごく怖かったの!』


 泣き声でそう言い、抱き着いてくる少女の生霊。

 見た目は中学三年ほどだろう。学校の制服を着ていて、綺麗というよりは可愛い系の顔だちで、髪型はサイドテール。

 先程まで恐怖で歪んでいた表情は、今は泣き顔ながらも安堵のものへと変わっている。


「とりあえず帰るからついてくるといいよ。俺の近くにいれば襲われないし」

『うん!』


 歩き出した将義の隣に少女の生霊が浮かぶ。


『あのね、私は唐谷未子(からたにみこ)というの。あなたは?』

「『隠蔽』『隠蔽』『念話』」《九ヶ峰将義》


 未子との会話は独り言に見られるため、魔法を使って声に出さずに返事をする。

 ついでに隠蔽の魔法で未子の存在も隠しておく。生霊と一緒にいて会話しているところをこの世界の能力者に見られたら、将義が力を持っているとばれると思ったのだ。


『わあ! 喋ってないのに聞こえた。どうなってるの?』

《魔法だよ。テレパシーといえばわかると思う》

『テレパシーとか実在したんだ!? そういえばあの怖いのも倒してたね。霊能力者ってやつなのかな。そういった人、本当にいたんだね』


 誰かとの会話も久々で未子は、はしゃぎながら口を動かす。


《俺が使うのは、この世界のものとはまた別物だけどなー》

『どういうこと?』

《残念。それを語るには好感度が足りない》


 詳細は語らず、いい加減にはぐらかし家に帰る。


「ただいまー」


 家に入ると夕食の匂いが玄関まで漂っていた。一緒に入った未子は家を包む安心感に首を傾げている。


「おかえり。楽しかった?」

「うん。月光スポーツ館に行って遊んできたよ。今日の夕飯はなに?」

「肉じゃがよ。動いてきたならお腹すいてるでしょ、多めに作ったからたくさん食べるといいわ」

「父さんの好物だ。メールしたらうきうきで帰ってくるね」

「もう知らせているわ。楽しみだってすぐに返事があった」


 将義と母親は笑いあう。

 そんな親子の様子を見て、未子はいいなと呟く。

 未子にも当然両親はいる。その両親は今も健在なのは、生霊になった後で見たからわかる。最初は両親のそばにいて話しかけたが、声は届かず触ることもできず、病院で眠ったままの自分を元気なく世話しているのが見ていられずに離れたのだ。

 その未子にとって今の彼らは眩しく羨ましい。

 沈んだ様子の未子に気づき、将義は会話を続けたくはあったが切り上げる。


「部屋にいるね。父さん帰ってきたら降りてくる」


 部屋に戻り、力人からもらったカードをテーブルに置く。そしてついてきた未子に視線を向ける。


「話を聞こうか。なんで体に戻らずうろついているのか」

『戻りたいけど戻れないの。戻り方も正確にはわかってないけど、自分の肉体に触れなくて。もしかして死んだから戻れないのかな』

「死んでないよ。右肩から紐のようなものがでてるだろ? それは肉体との繋がり。それが切れてなくなったら死ぬ」

『死んでないの? どうして私こんなことになってるのかわかる?』


 未子は自身の右肩に紐のようなものがあるのはわかっていたが、それが肉体との繋がりとまでは知らなかった。それに軽く触れてから、自身の状況を尋ねる。


「俺に聞かれてもね。魔法を使って君の記憶を見ていいならわかるけどどうする?」

『お願い!』


 原因がわかるならば体に戻れるかもしれず、記憶を見られることなど些細なことだった。

 将義は未子の額に人差し指を当てて、魔法を使う。

 幽霊になっている現状から記憶を見ていき、そうなった原因の場面まで飛ばす。探れた記憶では体に戻れない原因は見えなかったが、どうして生霊になっているのかはわかった。

 ちなみにその記憶の中に意外な人物の姿を見たが、今は関係ないので横に置いておく。


「たいだい半年くらい前に親戚の葬式があったのは覚えてる?」

『うん。伯父さんが病気で死んじゃって、その葬式に行った。そこから記憶がとんで、気づいたときには幽霊になってベッドで寝ている自分のそばに立ってた』

「葬式の帰り道に事故にあったんだよ。幸い君も君の両親も死ぬような怪我はしなかった。でも衝撃で体から魂が抜け出た」

『そんなことあるんだ。でも抜け出ただけなら戻れるんじゃないの?』

「ここからは推測になるよ。おそらく事故の衝撃で我に返る前に、別の幽霊が君の体の中に入ったんじゃないかと思う。幽霊が一人入っているだけなら押し出すことも可能だったかもしれないけど、複数入っているなら動かしようがないんじゃないかな」


 現世に未練のある幽霊が、空いている体をみつけ入り込んだ。そんな幽霊が複数いたのではと将義は推測する。


『私の体、とられちゃったの!?』

「体が動いている感覚ある? あるなら盗まれたと思っていいよ」

『え、ちょっと待って……たぶんだけど動いてない、かな?』


 未子は病院のある方角を見て、あやふやな感覚ではあるが動いているような感じを得なかった。


「だったらまだ体になじんでないんだろうね」

『なじんだら?』

「肉体はあっちのもの」

『やだ! 私の体は私のだよ! どうすれば取り戻せるのかな?』


 すがるように将義を見る未子。どんな難しいことでもやり遂げて見せると心に決めた未子は、将義の放った言葉にキョトンとする。


「わりと簡単だけど、準備に少し時間がかかる。早くて明日の夜くらい」

『思ったよりも早いし九ヶ峰さんがやってくれるの? 私がなにかしないといけないんじゃないの?』

「君がやれないこともないよ。空中に漂う力を魂の限界までとりこんで、その状態で肉体に突っ込む。肉体に入ったら、取り込んだ力を放出してのっとろうとしている幽霊を追い出す。ただしそれは成功確率は低いし、俺がやった方が確実。無駄に危ない橋を渡る必要ないだろ」


 それでも自分でやるかと聞く将義に、未子は首を横に振った。今回の場合、自分でやろうとするのは我儘で自己満足でしかない。成功したところで達成感もないだろう。なにより確実に体を取り戻したかった。


『どうかお願いします』

「あいよ」


 深々と頭を下げた未子に、特に気合の入っていない返事が投げかけられた。

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