第38話 クロと金魚すくい


「ふんふーん。」


「はぁ。」


最初こそどうなるかと思っていたがクロの機嫌は何とか回復した。というよりめちゃくちゃ機嫌がいい。


なぜならそれは――。


「うーん、おいしーい。」


クロの片手には、大きなわたあめがある。不機嫌そうな顔をしていた時に物欲しそうにわたあめを見つめていたので見かねた俺が買ってあげたらめちゃくちゃ機嫌がよくなった。


ちょr…機嫌が直ってくれたようで俺もよかった。


「ユウくんも欲しいの?ダメだよ、これは私のだからっ。」


「いや別にいいから。」


クロの後ろ姿を眺めていると突如振り返ってきた。それでどうやら俺が欲しいと思っていると勘違いしたようだ。いや、わたあめっておいしいけど手がべとつくんだよな。それに量が多いし。


「む。ちょっとこれ持ってて。」


「あっ、おい。」


そんなことを思っていたらクロが俺にわたあめを押し付けてきた。何か気になるもので見つけただろうか?するとクロは、金魚すくいに向かっていった。人が多いがクロはいろんな意味で目立つのではぐれる心配はなかった。


「おじさん、一回。」


「はいよ。」


周りに子供がワイワイと楽しんでいる中、クロだけ真剣な目つきで水槽と向き合っている。


左手に器を持ち、右手にポイを構えた姿だ。狙いをつけたのか金魚めがけてポイを滑らした。


「…!」


だが金魚はポイの気配を感じ取ったのかクロのポイを華麗に回避した。もしかしてクロってうまいのか?


「あぁー。」


そんな思いはすぐに霧散した。さっきの金魚はだめと感じたのかほかの金魚に狙いを変えたもののあっさりとポイが破れてしまった。


「おじさん、もう一回。」


「おっ、嬢ちゃんいいねぇ。」


むきになったクロにいい笑顔を浮かべる屋台のおじさん。これはいいカモを見つけたとでもいい顔なのだろうか?いや、これは俺がひねくれているからそういう思考に陥ってしまっているのだと考えたい。


「ん~。」


(やっべ、超かわいい。)


さっき失敗したからなのか先ほどよりも慎重なクロ。ちょっと頬を膨らませた感じの顔がすごくかわいい。…って、おっさん顔ガン見してんじゃねぇ。


ただし俺は、ちょっと離れた位置から見ている。こんなところからおっさんにガンを飛ばしても何とも思わないだろう。


「う~。」


とおっさんにガンを飛ばしていたらいつの間にかまたクロのポイが破れていた。悔しがる姿も非常にかわいらしい。


「嬢ちゃんもっかいやるかい?次こそは取れるよ。」


やばい、おっさんの手によってクロが沼落ちしそうになっている。


「おっさん、俺がやる。」


「えっ、ユウくん?」


おっさんにこれ以上いい思いをさせるわけにはいかない。ここは、俺が見栄を張るべきところだろう。


「いいだろう小僧、やってみろ。」


お金を払い、おっさんからポイと容器を受け取る。ちょっとだけおっさんっ不機嫌そうだがそんなの知らない。


「頑張ってユウくん。」


「ちっ。」


クロからの声援で俄然やる気が出てきた。残念だったな、クロは俺の彼女なんだよ。


金魚の中でもでかいものがいる。夏祭りに一回でも行ったことがある人は見たことがあるのではないだろうか?よくそれは狙う人もいると思う。


だがそれは絶対に狙ってはいけない。奴らは紙破りモンスターだ。目玉商品なのかもしれないがやつらは容赦なく紙を破ってくる。


ということで俺が狙うのは普通の金魚だ。おい、そこチキンとかいうな。


俺が狙うのは表面近くにいる金魚。壁際付近にいてなおかつ口をパクパクしているとあたりだ。


夏祭りに行くということであらかじめ調べておいたのだ。


ポイ全体をそっと水につけて濡らす。ポイを斜めに構えて、金魚を端に追い詰めたうえで金魚をすくいあげるっ。


「「あっ。」」


「ぷっ。」


うまくいったと思った時には、すでにポイが破れてた。


「もっかいだ、おっさん。」


「いいぞ。」


ニヤニヤしながらこっちを見るおっさん。絶対に取ってやるからな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る