獄炎竜
やけに静かになった火山。精霊は隠れ、ドラゴンは弱っている。
辺りの温度も多少は下がった。ドラゴンが一度倒れたためブレスによる炎が消えたのだ。それでも熱いけどな。
二回も相手を逃してしまったことに後悔しつつ、ドラゴンに近づく。
「よっ、元気か」
普通のドラゴンに言ったら一発でアウトな挨拶をする。しかし起こる様子はない。
「貴様、何者ダ」
「ドラゴンにもそれ言われるのか。あれだ、勇者だ」
「勇者カ……知ラヌ」
マジでか。俺が勇者と名乗ればとりあえず崇められるか敵意むき出しにされるかの二択なのに。
そもそも知らないとは、情報どうなってんだ。まさかずっと裏世界とやらで暇してるのか?
「おおっ、俺のことを知らない奴がいたとは。裏世界どうなってんの」
「裏ノ世界ハ、ワタシノ住処ダ。広クハナイ」
思ったよりも話せる相手だなと思いつつ、このドラゴンの気持ちになる。
裏世界は世界というよりは家なのだろう。その家という空間に閉じこもって、暇ではないのだろうか。てか自力で出てこないのか。
「へぇ、そこでずっと生きてんのか。暇じゃないのか?」
「数百年ニ一度、竜同士デ集マルノダ。暇ニハナラナイ」
「数百年て」
数百年かぁ、俺たち人間には理解できない感覚を持っているのだろう。エルフとかここ最近が数十年で、ちょっと前が数百年だし。憐れむような話ではない。
「こっちの、人間界には来ないのか」
「ココニ来ルト、ホカノ竜トノイザコザニ巻キ込マレルノダ。ワタシハ、家デ寝テイルダケデイイ。ソレニ、頻繁ニ人間ガ魔力ヲクレルカラナ。会話モ出来ル」
「あー、儀式ね。会話なのかそれ」
儀式が会話? 会話というよりあれは一方的なコミュニケーションだと思うのだが。
「ソレニシテモ、貴様ハ強イノダナ。コノワタシヲ倒ストハ」
ドラゴンは自らの顎をさすりながらそう言った。
「怒ってねーの?」
「怒ッテハオラヌ。ダガ、痛カッタゾ」
「いやそれは、ごめんて」
強い衝撃を与えなければ止められないと判断したのだ。あの状況ではああするしかなかった。むしろ優しいまである。
「イイノダ。仕方ノナイコトダカラナ。デハ、ワタシハ帰ラセテイタダク」
「待て待て」
「ナンダ」
「やり返したくないか?」
そう提案する。
俺に怒りが湧かないのはわかる。助けたのだから。だが、フォボスに怒りが湧かないのは分からない。
だって、暴れさせた張本人なのだから。
「…………ナニ?」
「だってそうだろ? あんたを暴れさせたのはさっきのあいつのせいだ。なら、怒りくらいは湧くだろ?」
「確カニ、怒リハ覚エタ。シカシドウスレバヨイト言ウノダ」
怒ってはいるがどうやり返せばいいのか分かっていないのか。
別の世界に行ってしまったから、もうどうしようもないと。それならもう帰ってしまった方がいいのではないかと、そう思っているのだ。
なら、やり返す方法とフォボスを見逃すデメリットを教えてやればいい。
「俺に協力してくれ。あいつを放っておくと、お前に魔力を与えてくれている里の人が危険にさらされるんだ」
「……フム、ソレハ困ルナ。ワタシハ何ヲスレバイイ」
「そうだなぁ……じゃ、まずは里まで来てくれ。要はフォボス……敵をぶっ倒せばいいんだ、味方を把握しておいた方がいい」
誰が敵かわからなくなっては困る。こっちに炎が飛んで来たら邪魔でしかないからな。
「了解シタ。背中ニノルガイイ、運ンデヤロウ」
「おっ、マジか。頼む」
騎乗する許可が出たので、背中に飛び乗った。
おお、体温が高いからか乗ってるだけで熱を感じる。
「デハユクゾ」
「おーう」
ワイバーンに乗った時のことを思い出しつつ、堅い鱗にしがみつく。高速で下山していくドラゴンに身体が持って行かれそうになる。やっぱ鞍がないと乗るのは厳しいな。
速さは『神速』ほどではないが、疲れずに高速移動できる気持ちよさを楽しむ。この速さで移動しながら景色を眺めるのは久しぶりかもしれない。
* * *
里の手前辺りでドラゴンが停止する。完全に止まったのを確認し、飛び降りた。
高速で飛行したことで大きな音が出ていたのだろう。村人たちが続々と外に出ては目を大きく開けて驚いている。
「あ、貴方は先程の! これはどういう……」
「話は後だ。族長を呼んでくれ」
俺から説明したってどうせ話など信じてくれないのだ。誰でもいいからとりあえず偉い人に代弁させなければならない。
族長を待っていると、後ろから肩を掴まれた。振り返るとそこに族長がいた。いつの間に。
「もう来ている。何事だこれは」
「早いですね。いや実はさっき火口で……」
「ちょちょちょ! キールどしたこれ!?」
「うっさいのが来たよ」
族長に説明しようとしたタイミングで、リュートが騒ぎに気付いて外に出てきた。それに続き、ヴァリサさんも出てくる。
そして視線の先、リュートとヴァリサさんが出てきた建物からさらに人が出てくる。
フォトだ。
「え、えっと……」
「あっ、負けた」
フォボスと戦い始めてから完全に忘れていた。そういえば、俺ってフォトと勝負してたんだよな。
負けた、俺が負けた。負けるなんていつぶりだろうか。トラブルに巻き込まれたのなら仕方ないと考えるかもしれない。正直クソどうでもいいと思うかもしれない。
だが、だがどうであれ俺の方が遅かったのだ!!! 俺の方が! 遅かったのである!!
その事実に落ち込みつつ、俺はその場にいる全員にドラゴンの説明をしたのだった。
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