馬鹿一名
倒しても倒しても減っている気がしない魔物であったが、突然影となって消えてしまった。
召喚が解けた、というより作られた身体を維持できなくなってしまったのだろうか。とにかく黒く染まった影の魔物はいなくなった。
「ふぅ、とりあえずはこれで終わりか」
「そんなことよりも宝石を調べよ。あれが原因なのは火を見るよりも明らかだろう」
「水の精霊なのに火の話すんのか。っと、これを……おっ?」
宝石を持ち上げ、目で見て確認する。青い宝石、抱えるほどの大きさだ。結晶、と言った方が正しいのだろうか。わからない。
「貸してみよ」
「ん」
貸せと言われたので素直に差し出す。これ重いんだもん、なんかただの石よりも重く感じるし。
「はあっ!」
スールスが宝石をぺちっと叩くと、引きはがされるように中から大妖精が出てきた。手のひらサイズのちっさい大精霊だ。小さいのに大精霊とは。
ところで、この大妖精見覚えがあるんだけど。
「ぎゃっ!!! あれぇ? あ、スールス様!? なんでここにいるのー!?」
思い出した、俺が呼ぼうとしてたドロップだ。このテンション、変わらんなぁ。
「ようドロップ。おひさっ」
久しぶりに会ったドロップに軽く挨拶をする。
ドロップは俺が最初に知り合った大精霊だ。ドロップから精霊との交友が始まったんだよな、懐かしい。
あの頃は俺もまだガキだった。昔の俺に精霊と知り合うデメリットを教えてやりたい。主に借金とか借金とか借金とか。
「おひさっ! って勇者じゃん! なんで二人がここにいるの!?」
「いやまあ色々あって。そんなことよりお前のことだよ、なんで宝石の中にいたんだ?」
「んー、急に変な音を聞かされて、意識が無くなって、なんか嫌な夢見てて、今起きたの!」
「おっけ、洗脳されて意識が無くなって気が付いたら助けられてたんだな。相手の顔は?」
「それもわかんないかなー。あ、でもわたしが姿を現してないときに来たよー」
「そうか。とりあえず犯人は大妖精を見ることができる人間ってところまで絞れたな」
精霊は普段は目に見えない。大精霊は見える人と見えない人がいる、大精霊から姿を現すことで全員に見えるようになる。
精霊王はまあ、大精霊とほとんど同じだ。完全に人間サイズの大精霊だと思ってくれればいい。大精霊の人形態はただの子供だからな、大人の精霊はこいつだけだ。
「あれ? 宝石の色が変わってる……」
「魔力を入れてみよ」
「おお、色が変わった。でも青じゃないんだな」
「きったなーい」
焦げ茶色か……髪の色と同じだな。この色の宝石は綺麗じゃない、戻そう。
あとドロップ、宝石の色が汚いのは分かるけど、本人を前にして言わないでね。昔から治ってないねそういうところ。ずかずか入り込んでくる。
「どうやら精霊を魔力源として使っていたようだな」
「なんてひどい奴だ」
「そういえば魔力が減ってるねー」
精霊は魔力が多い。魔力タンクとして精霊を宝石に閉じ込めて、何らかの方法で音を出し、魔物や魔獣を凶暴化させていた。なんとなく原因が分かったな。
「ふむ……魔法技術ならば解明できるかもしれぬな。この宝石は人間に任せよう」
「いいのか?」
「私は他の精霊に今回の事件を知らせる仕事があるからな。それに、今の精霊は人間にはほとんど干渉していないのだ。あまり深く関わってはいかぬ」
やはり、精霊が人間と深く関わる時代は終わっていたのか。そもそも大精霊がいないのも頷ける。そうだよな、ゆっくりするならもっと人が来ない秘境に行くよな。
そんなところにドロップがたまたま来たと。なんて運の無いヤツ。
「そうなのか。なら、この宝石は俺がギルドまで持ち帰ろう」
「そうしてくれ。ああそういえば勇者よ、あの音を聞いて気分が悪くなるということは、貴様魔族の血でも流れているのではないか?」
確かに、あの反応を見る限り魔物や魔獣、それに精霊のような魔族に効果があるように思える。
それならば、俺に音の効果があるのはおかしくないだろうか。俺の家系に魔族はいないはずだけど。
「まさか、両親とも人間だっての」
「だろうな、冗談だ。私は行くが、ドロップはどうする」
「んーーーーー、久しぶりに話とかしたいし、しばらく勇者に付いていきたいな」
「そうか。操られた直後だからな、あまり無理はするでないぞ」
「りょーかい!」
「ではな」
それだけ言い残すと、スールスは水となって消えた。さすが精霊、妖精じゃできないことを難なくやってのける。憧れはしない。実体無くなるとか怖いもん。
「フォト、そっち行っていいかー?」
遠くにいるフォトに話しかける。
何やらヴァリサさんに何かをしているようだ。回復魔法使えるのかな?
「ちょおっ!? だ、ダメです!」
「え、なんで」
まさかの会話拒否ですか。勇者様泣いちゃうぞ。
強さはあってもメンタルまでは鍛えられなかったんだからね。脆いからね。スライムより柔らかいぞ俺のメンタルは。
「その、ヴァリサさんの服がまだ、なので……」
「あ、あー。拭いてあげてたのか。悪い」
「うわー、勇者覗きとかするんだー? サイテー!」
「はははっ、お前をビンに詰めて沸騰させてやろうか」
「こわっ!? ごめんごめんー!」
水の精霊は水のある場所にしかいられない。人形態になればその限りではないのだが、羽の生えたフェアリーのような姿では自由に移動ができない。
のだが、水入りのビンに入れれば街に手のひらサイズのまま街に連れていくことができる。昔はそうしたこともあったな。
まあ魔石があれば自由に連れていけるんだけどね。水の精霊以外もこれで何とかなる。魔石すごいっす。
「はい、着せました。それで、その方は……」
「ドロップでーーーす!」
「見たらわかると思うが馬鹿だ。こいつも昔の知り合いでな。仲良くしてやってくれ」
「その紹介酷くない!?」
「よ、よろしくお願いします」
フォトに友達ができるのは良きかな良きかな。相手が精霊じゃなければ完璧だった。
「ところでお前いつまでついてくるんだ、街まで来るの?」
「流石に一般人の前に出るのはまずいし、魔石があるなら登録してよ。それでいつでも行けるでしょー?」
「まあ昔使ってたのならあるが……ほれ」
水の魔石が付いたペンダント、それにドロップを登録する。これでいつでも好きな時にドロップが俺のそばに来れるようになったぞ。
まあつまり、そういうことだ。何回いたずらされたと思ってるんだ、いい思い出なんてないぞ。
「それじゃわたしこの中で寝るから、そのヴァリサさん? と分かれたらまた呼んでねー」
しゅいん、とドロップがペンダントに入る。
ああ、この魔石の中でドロップが寝てるんだよな。起きてる可能性もあるから一人で迂闊な行動ができなくなったぜ。きついぜ。
何はともあれ調査は無事達成。達成? というよりかは成果があったって方が正しいな。
疲れ切った俺達はヴァリサさんが起きるのを待ち、街に帰るのだった。
ああ、もちろん夜にドロップに質問攻めされましたふざけ。
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