狂化装置
音のなるほうへ走る。森の奥に行けば行くほど暗くなり、音も大きくなっていく。
フォトとヴァリサさんは何ともないようだが、俺とスールスは限界に近い。吐き気や頭痛に加え、音が思考を邪魔してくる。
『たすけて』
「っ! 今、声が……」
「えっ? 何も聞こえなかったけど」
「空耳でもどっちでもいい、人が助けを求めている可能性だってある」
とまあそういうことにしておくが、俺は大精霊が危険な目にあっていると確信している。
『俺が泉にいた時に微かに聞こえた声と同じだ』
『大精霊だろうな。急ぐぞ』
俺とスールスの会話にフォトが無言で頷く。
音がさらに大きくなる。森の奥に何か見えた。魔獣の集団だ。ハンターベアが、おそらく五頭以上、他の魔獣や魔物もわんさかいる。
「なっ!?」
「魔獣が、こんなに……」
ヴァリサさんとフォトは思わず足を止めた。が、俺とスールスは止まらない。
魔獣に隠れてよく見えないが、奥に何やら浮いている宝石のようなものがある。あれが音の正体だろうか。
「奥にある物を調べる! 二人も協力して魔獣を倒してくれ!」
「わかったよ! フォトちゃん、離れないでね」
「はいっ!」
『スラッシュ』で魔獣を斬りながら走る。金属の台座の上に、宝石が浮いている? 吐き気に耐えながら謎の宝石の近くまで向かった。
「くっ……おかしいぞ、ハンターベアってこんなに強かったか?」
「明らかに強化されているな。対価は要らん、私も加勢しよう」
「当然だろっ!」
スールスが対価を求めないなんて珍しいな、なんて思ったが、こいつもこの音で気持ち悪くなってるんだったな。自分のため、大精霊のためだから無償で力を貸してくれてるのか。
巨大な水の刃が魔獣を引き裂く。さすが水の精霊。
「ヴァリサさんっ!」
「なんだ、このパワーは……」
フォトの声が聞こえ振り向くと、ヴァリサさんがハンターベアに吹き飛ばされていた。
ダイヤランクのヴァリサさんが力で押し負ける? おいおい、どんな強化だよ。
「フォト! 『神速』を使え!」
「……! はいっ!」
しばらくフォトの戦闘を見守っていたのだが、フォトが『神速』を使っていなかった。
スキルがバレるとか、思ってる場合じゃないぞ。
「『神速』!」
フォトが未完成ながら『神速』を使用する。ハンターベアは速さに付いていけず、ただ斬られるのみだ。
パワーが上がっていても当たらなければ意味がない。向こうはフォトに任せよう。
「はあ! はぁ、はぁ、スールス、これどうするよ」
「宝石を外せばよいだろう」
「あ、そっか」
気持ち悪くて頭が回らない。魔獣を倒すことはできるが、それ以外のことは全部ダメだ。
とりあえず台座の上の宝石を外す。手に取り地面に置くと音が鳴り止んだ。
「よ、よし。これで……」
「きゃああああ!!」
「フォト!?」
背後でフォトが悲鳴を上げた。それに反応して振り返る。
すると、目の前に真っ黒な魔物が大量に現れた。魔物は魔力から生み出されるのだが、この数が一気に現れることは普通はない。それにこの色。魔物の形はしているが、異常だ。召喚魔法だろうか?
「キシャアアアアアアア!!」
大量の魔物が一気に飛びかかってきたので、剣を向け、スキルを放とうとした。が。
「っ!?」
右腕にしびれるような痛みが走る。一瞬違和感を感じたが、なんとかスキルは発動できそうだ。
「『菊一文字』!!!!」
剣が黄色く光る。光は菊の花のような形になり、無数の刃となって魔物を切り刻んだ。
視界を覆うほどの魔物が一振りで肉塊となる。数秒の硬直が解けた後、降り注ぐ血と肉の間を通り抜けながらフォトの元へ向かった。
「いや、いやあああ!!」
目の前には、『神速』では通り抜けられないほどにフォトの周りに密集した魔物が。
「こやつら、宝石を狙っておるぞ」
「悪い、そっちは任せた!」
「なにぃ!? くそう、久々に本気を出さねばならぬとは……」
宝石、ってことは外した宝石を元に戻そうとしているのか。召喚し、魔物にそこまでの使命を与えるとは。ただの召喚スキル……いや、召喚魔法ではないな。俺もそれを手伝いたいところだが、今はフォトが先だ。
走っては間に合わない、ヴァリサさんが居るがやるしかない。この距離であの魔物を一気に倒せるスキルはなんだ。
ふと、思い出した。魔物に囲まれたとき、前も後ろも関係なく攻撃できるあのスキルを使ったことを。
「っ! 『ブレイドレイン』!」
再び一瞬腕がしびれたが、なんとか剣を空に放り投げる。空中に投げられた剣は光と共に消えた。
そして、フォトの頭上に光が現れる。いくつもの光の剣が雨のようにフォトの周りに降り注いだ。
地面に刺さった剣は消えてなくなり、またさらに剣が降ってくる。
「大丈夫か!?」
「は、はい……」
「よかった。ヴァリサさんは……気絶してるのか」
頭から血を流してはいるが、生きている。回復も済ませているようだし、寝かせておいた方がいいだろう。
しかし今のを見られなかったのは運がよかった。質問攻めとかマジで御免だ。
「二頭に挟まれた時にハンターベアの攻撃が直撃してしまって……あの、さっきの魔物は、なんですか?」
「俺も分からない。だが、あの宝石が原因なのは確かだ」
「キール! 早くこっちを手伝え!」
音が無くなって正常な思考ができるようになったのであの魔物について考えていたら、スールスが遠くで俺を呼んだ。
見ると、おびただしい数の魔物がスールスを囲っていた。真っ黒なのも相まってスールスの水攻撃しか見えない。なんだあの数は。さすがに数には推されるか。
「おう、今行く! フォト、立てるか?」
「あ、あの……腰、抜けちゃいました」
「…………うん、お前も休んどけ。魔物が来たら叫べよ?」
「分かりました!」
元気なのに腰は抜けてて立ち上がれないとは。
とりあえず今は魔物を処理するしかない。そう考え、剣を拾ってスールスに加勢するのだった。
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