キールの不安
リンクスから声がかかるのを待って数日が経ったある日の朝。
いつものように朝食を食べていると、フォトが真剣な顔で俺の前に座った。
「どうした?」
「今日は、わたし一人で依頼を達成してみせます」
一秒、二秒沈黙。
今なんて言った? フォトが一人で依頼を受ける? 危険じゃないだろうか、だが普通の魔物くらいならフォトは余裕で倒せる。でも危なっかしいところもあるからな、うーむ。
「お、おう。そうか。……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です! 簡単なスキルも教えていただきましたし、一人で依頼を達成したことでブロンズランクとしての意識も高まります!」
フォトに自信がつく、良いことじゃないか。
思えば一度も一人で依頼を達成していないな。ブロンズランクに上がったのだって俺がハンターベアを倒したからだし、自分がブロンズランク相当の実力があると思えるようになれば成長も早まる。
「自信……そうか。じゃあ頑張ってな。俺も付いていこうか?」
「いえ、つい頼ってしまわないように街に残っていてください」
「了解。じゃあ今日は休日だな」
復活してから数日、休みの日はなかったが、これと言ってしんどい仕事はなく、むしろ簡単すぎて不安になる毎日だった。休むと言われても疲れていないし、今日は一日ぼーっと過ごそうかな。
* * *
「なーんて思ってたんだけどさ。暇で暇で、街を練り歩いて最終的に結局酒場まで来ちゃったよ」
酒場のギルドスペース、そこで俺は飲み物を飲みながら話をしていた。
お相手はそう、マキシムだ。仕事しろ。あ、俺仕事してないわ。はぁ……
「でもフォトさんは強いんだから大丈夫だろ。むしろお前の方が一人で行くべきなんじゃねーのか」
「この辺りの魔物なんて棒立ちでも死なんわ……」
ちなみにだが、俺が勇者だとバレないようにちょっと変えて話している。サポートなしで依頼は初めて、みたいな。
その結果マキシムは俺のことをクソ雑魚だと勘違いしてしまったようだ。実際は勝手に回復しちゃうから草原の魔物に殺されることはないんだけども。
「なんだ、お前強いのか」
「剣を教えてるって言ったろ? フォトよりは強い」
フォトには『神速』の他にも初歩的なスキルを教えた。『スラッシュ』やエンハンススキルとかな。『スラッシュ』は普通に斬るスキルだ。横でも縦でも斜めでもいい。とにかく線を描くようにまっすぐ斬る技だ。
似たものが今の時代にもあるらしいが、魔力を込めて斬るというもので魔法が苦手なフォトには向いていなかったらしい。エンハンススキルは言わずもがな。『アタックエンハンス』は攻撃力が上がるし、『ガードエンハンス』は防御が上がる。
「マ、マジかよ……なんでブロンズランクなんだ……」
「最近登録したばっかなんだ。お前と同じでな。お前だって、手伝う能力はゴールドランクかもしれないだろ」
「ばっか、オリハルコンランクだろ。オレ様だぞ」
「はいはい」
オリハルコンランクなんてのがあるのか。いや、信じない方がいいな。嘘かもしれない。
そもそもオリハルコンとか今の時代にあるの? ありそうだな、技術が上がって俺の時代よりも入手が簡単になってそうだ。
「アニキー! もうそろそろ時間でやんすよ!」
「おっ、もうそんな時間か」
いつも通り明るいのか暗いのかわからん顔をしたミニムが酒場に入ってきた。
なんだ、仕事あるんじゃねーか。せっかくいい話し相手になると思ってたのに。
ところで何の仕事なのだろう。またアイスクリーム屋?
「何の依頼なんだ?」
「パン屋の手伝いだ」
「もうちょっと似合う依頼選べよ……」
「なんでだよ重労働だろ」
確かにパン屋とか食べ物作る仕事は重労働か。だとしてもその図体でパンを売るのはどうかと思う。何度も言うけど子供逃げるぞ。
勇者パンとかあるのかな。
「相席いいかい」
「ん? おわっ!?」
声を掛けられたので振り向くと、跳ねた金髪ロングに褐色の肌。黒い肌着を腹の上あたりまでまくり、下のズボンも下着かよってくらい短いものを着た女性が立っていた。
これが姉御肌って奴か……直視できない。
「服を着ろ! というか誰だよ」
「結構有名だと思ってたんだけどな……同じギルドメンバーのヴァリサだ。よろしく」
「ヴァリサさんね。んで何の用?」
服装については熱くスルーされた。
はぁ、仕方ない。薄目で見よう。うわ、でかい。何がとは言わないがすごくでかい。羞恥心って物がないのか。
「いやぁ? 暗い顔をした少年が一人で飲んでたから付き合ってやろうかと思って」
「少年って……20歳なんすけど」
「じゃあ青年か。童顔だからわかんないよ」
「何だこの人……」
童顔なの気にしてたのに。
そして普通に目の前に座ってきてる。相席を許可した覚えはない。
「まあまあ。お姉さんが悩み聞いてやるぞ。何を悩んでたん?」
悩み相談か。同じギルドの人だし相談してもいいかな。
あと、暇だし。話し相手がいないと退屈で仕方ない。
「はあ。じゃあまずは――――――」
俺は簡単にフォトについて説明した。
今度はフォトが俺に憧れている、とかなり正確に状況を話した。
「うーん、そうかぁ。あ、何か飲む? 奢るよ? すいませーん!」
「はーい! ってヴァリサさん! お疲れ様です!」
「うん。麦ジュースふたつね」
「はいよろこんでー!」
店員と知り合いなのか。そういえばこの人自分で有名だとかなんとか話してたな。
「っておい、何勝手に俺の分まで頼んでんのさ」
「ん? 奢るって言ったじゃん。飲めないわけじゃないでしょ?」
「まあ飲めるけども……」
店員さんが麦ジュースという飲み物を持ってきた。麦で作ったお酒だ。金色のしゅわしゅわした液体に真っ白なきめ細かな泡。お酒もこの時代の方が美味しい。フォトと飲めないのが残念だ。
「それでそのフォトって子だけど、やる気出してるならそれでいいんじゃない?」
「そうなんだけどさ、俺は何もできてないってのが辛いんだ」
家でずっと待ってるのも辛い。何をしていいかわからなくなる。
一応置手紙はしたから帰ってきたら酒場まで来てくれるはずなんだけど。
「多分、フォトちゃんも同じ気持ちなんじゃないかな」
「えっ?」
「自分はキールさんの役に立ってない、足手まとい、邪魔してるんじゃないか。そう思って今日一人で行動したんだと思うよ」
「そ、そうか……言われてみれば」
いくら命の恩人とはいえ一緒にいすぎたのか。何から何まで俺がやるのは良くないと思っていても、勝手に自分で何から何までやってしまっていたのだ。だから、フォトは不安になる。
そんなこと簡単に気づけたはずなのに。
「俺はどうしたらいい?」
「フォトちゃんは家に帰ってくるんだよね? なら、家の前で待ってればいい。帰ってきたらよく出来ましたと褒めてあげる。簡単なことじゃん」
「…………よし。んっ!」
覚悟を決め、麦ジュースを一気に飲み干す。ジョッキをテーブルにダンッっと叩きつけ、顔を上げる。
「おっ、良い飲みっぷりだねー」
「お金、ここに置いとく」
「えっ、奢るって」
「一応男なんでね。ありがとな!」
そう言って家まで駆けだした。フォトを待とう。待って褒めるんだ。
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