勇者とキールの違い
「ほいよ、アイスクリーム二つだ」
「ありがとうございます!」
フォトがアイスクリームを受け取る。客もいないみたいだし少し話すか。
アイスクリームを食べながら壁に寄りかかえる。店の手伝いか、バイト……いや、日雇いか。ものによっては数日間の契約とかもあるんだろうな。間違いなく便利屋。俺も困ったことあったら頼んでみようかしら。
「そういえば、住む場所は決まったんですか? えーっと……」
「マキシムだぜ。こっちがミニム」
「でやんす」
ほう、ここに来て初めて名前を知ったぞ。これで名も知らない荒くれものではなくなった。マキシムと、ミニムな。覚えた。
あとアイスクリーム美味しいねこれ、甘い食べ物とか昔は貴重だったから新鮮だ。
「そんで住む場所だっけか。んー、今日の分の報酬が出たら宿には泊まれるからそこだな」
「そうなんですか。あっ、わたしはフォトといいます。この人がキールさんです」
「キールに、フォトさんか……困ったことがあったら何でも言ってくれよ。命の恩人だからな」
俺が呼び捨てでフォトがさん付けなのは気になるが、聞かない方がいいか。
「アニキ、ずっと恩返しがしたいって言ってたんでやんすよ」
「お前ちょっと黙ってろ! ほら客来たぞ」
「ええっ!? あっし一人でやるんでやんすか!?」
マキシムはミニムに店番を任せ、自分の分のアイスクリームを作った。働けよ。
というかそれいいの? 店の物でしょ?
「場所変えようぜ。勇者像のところでいいよな」
「ああ」
「あっ、待ってくださいよ! ミニムさん、頑張ってくださいね!」
こんな時でもミニムに声を掛けるフォト。優しいなぁ。
勇者像は噴水に囲まれている。その噴水の近くに石でできた長椅子があるのでそこに座ることにした。
「それで、何の話だ?」
「お前にじゃねぇ。フォトさんに礼を言うんだ」
「俺も助けただろ……」
「倒したのはフォトさんだ」
「野郎に好かれても嬉しくないからそれでいいよもう」
実際には倒したのは俺なのだが、マキシムはフォトが倒したと信じ込んでいる。
実は俺でした。と言うだけで勘違いもなくなるのだが、ここはそのままにしておこう。綺麗な思い出のままにしようね。
「フォトさん、あの時は助けてくれてありがとな。今オレがここにいるのもフォトさんのおかげだ。さっきも言った通りなんでも言ってくれ、手伝うぜ」
「そんな、わたしは別に……」
「かーっ! 当然のことですってか! やっぱすげぇや! お前も見習えよ? おお?」
「うっせ。叩くなおい」
背中をバンバン叩いてくるマキシムを睨む。
さらに肩まで組んできやがった。なんだ、実は俺に気があるんじゃないだろうな。怖くなってきたよ。
「ところでよ、お前とフォトさんってどういう関係なんだ? 詳しく聞かせろコラ」
うわ、丁寧にお断りするぞコラ。
にしても、俺とフォトの関係か。なんだろうな、友達でもないし、師匠ってほどでもないし。
俺はフォトのなんだ? フォトの憧れの対象は俺じゃなく勇者の伝説だ。俺に俺の伝説を重ねている。ややこしいが結構違う。
まあ普通に剣を教えてるとかだな。
「剣術を教えてんだ。それだけだよ」
「ほーん? 本当かねぇ」
嘘はついてないだろう。言っていない部分もあるけど。
「あ、キールさん。夕飯は何がいいですか?」
「おいおい、今夜は酒場で食う予定だろ?」
「あっ、そうでしたね。えへへ、忘れてました」
再びガシィッ! とマキシムに肩を組まれる。さらに睨みつけてきた。見た目だけは怖いんだよなこいつ。いかついおっさんがお菓子売るなよ子供逃げんぞ。あ、だからミニムに任せたのか。
「なんだよ」
「一緒に住んでて何もないのか? あ?」
「何もないけど。というかフォトに頼まれて住んでんだよ俺は」
「じゃあフォトさんがお前のこと好きなんじゃねぇのか?」
フォトが俺のことを? それこそありえないだろう。フォトにとって俺は憧れのあの人なのだ。ただそれだけだ。
「それこそないな」
「お前はどうなんだ?」
「俺?」
俺、俺がどう思ってるかか。
俺にとってフォトは……何だろうか。聖水が掛かって助かったから命の恩人……だけど今はそんな感じはしないし、教え子って感じもしない。そもそも恋愛なんてしたことがないので恋愛感情ってのもよくわからん。
好かれてるのは悪い気はしないな。そうなると、親族に近いのかもしれない。
「妹みたいな感じかな。妹居ないけど」
「なんだ、つまらん」
「どうなったら面白くなるんだこれ……」
これ以上聞いても無駄と思ったのか、マキシムは再び屋台に戻った。やっと働いたか。
「何を聞かれてたんですか?」
「俺がフォトのことをどう思ってるか」
「えっ!? な、なんて答えたんですか……?」
「妹みたいなものって言ったけど」
「そうですか……嬉しいです」
「そう? ならよかった」
やっぱりな。フォトは俺のことを憧れとしか見てない。憧れの人に妹みたいなものと思われたら嬉しいだろう。
ただ、その憧れの人が俺じゃないってのは悲しいけど。
まだフォトとは出会ったばかりだ。フォトは俺のことをよく知らないだろうし、俺もフォトをよく知らない。もうちょっとくらい、俺を見てほしいかな。
「そろそろ別の場所に移動しましょう。案内しますよ!」
「そうだな……よろしくお願いします、フォトさん」
「ふふっ、行きましょ!」
アイスクリームも食べ終わった。
街は、やはり500年前と大きく変わっていた。城も変わっていたし、知っている店もない。俺の家……は元々ないとしても、孤児院もないのはちょっと悲しいな。
そうして街を回った俺達は、酒場で食事をした。短い期間だが修行の始まりだ。
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