グッドディードVSスカー 第三の実験の終わり② 「マジかよ。あいつ、死にやがった」

 小さくつぶやくと、体をさすっていた手から何かを取りだし、投げた。


「えっ」


 爆発音がする。煙が平野を取りまく。


 ハイラントの投げた発煙弾が僕たちの視界を奪う。平野に煙幕が立ちこめる。


 皆で手をふって煙をどかす。グッディもまたうざったそうに煙を扇いでいるのが見える。


 時間が経ち、煙が消え視界が戻ってきた。


 ハイラントたちの姿はない。逃げられた。どうやって逃げたのか、スカーの姿もないではないか。


 逃げないと豪語しておいて、変わり身の早いハイラントに感心する。チームのことを考え、戦力差を把握する。ハイラントの言葉だ。逃げないと口では言いつつ、まずい敵と遭遇したときの逃げる手段をしっかり用意していた。


 グッドディードとはまた別方向に冷酷な人たちだったが、チームとしては機能している。それに比べ、自分のなんと行き当たりばったりなことか。


 ボロボロの体を仲間に支えられ、自分の不甲斐なさをふり返る。敵が無事逃げてくれたことに、ひとまず胸をなで下ろす。


 視界の晴れた荒野にたたずむ相棒を見る。


 敵を逃したというのに、こちらを見ながらニヤついている。その表情に、じっとりと嫌な汗をかく。


 ハイラントたちを退けた。だが、今日の実験はまだ終わっていない。


 仲間の支えから離れる。ふらつく足でグッディのもとへと向かう。手を後ろに組み、背を伸ばして殺人鬼を見上げる。


「……敵に逃げられてしまったね、グッディ。あんなアイテムを持っていたなんて。でも、僕もボーナスで手りゅう弾を手に入れたんだから、敵が発煙弾を持っていることくらい予測してしかるべきだった。だから君の責任じゃないよ」


 グッディの表情をうかがい、慎重に探りを入れる。が、言ってから口が滑ってしまったことに気づく。


「ご主人様。あの手りゅう弾、買ったんじゃなくてログインボーナスで出たんですか。ハンバーガーが出たと言っていませんでしたっけ」


 うっ、と言葉に詰まる。嘘が一つバレてしまった。嘲笑うように、グッディはふふんと鼻を鳴らす。


「逃げられた? 違います。逃がしたんです。わざと」


 ……なんだって? 得意気に話を戻し、グッディがいやらしく目を細めた。動揺している僕に顔を近づける。


「ご主人様、期待したでしょう。私の言葉に」


 うっ、の次はえっ、と声が出そうになる。


 期待。グッディの言葉の意味を考える。


 まさか、今日は誰も倒さないとグッディが言ったときの感情を読みとられてしまっていたというのか。


 あのとき、確かに自分は一瞬喜んだ。その一瞬の感情の変化でさえ、この相棒の前では出すことが許されないのか。


 押し黙る僕を見て、グッディが一際嬉しそうにした。大仰に手を広げ、口を開く。


「――倒しませんでした。最初の宣言通り! ご主人様の挑発に、のらなかった! 協定のみんなはボロボロです。ご主人様もボロボロ! 私は誰も救わないし、守りません!」


 仲間に聞こえる大声でグッディが続ける。向こうで仲間が顔を見合わせた。


「ときには主人にだって歯向かう! それが悪属性、ですから!!」


 目と鼻の先まで顔を近づけ、グッディが勝ち誇る。してやった、という顔で笑う。


「……」


 荒野に風が流れる。


 どう返答すべきか。機嫌のいいグッディを前にぼんやりとする。目だけ動かし、仲間の反応を見る。


 皆グッディの発言に首をかしげていた。怒っているものはいない。それは、そうだろう。自分たちを救けた殺人鬼が、反面、救けていないと言っているのだ。


 主人の望みとは正反対のことをしてやったつもりでいるグッディに、段々今の状況が見え始める。


 ふんわりと笑う。怒ると踏んでいた主人が穏やかに表情を崩すのを見て、グッディはあれ、という顔をした。


「……ああ、それでいいよ。グッディ。……君は、かたくなに僕をご主人様と呼ぶね。でも、対等だよ。僕たち……こうやって、ケンカしようじゃないか。……このさき、いくら……でも……」


 グッディの姿が歪む。


 荒野の地と空が混ざり、不快な色へと変わる。


 視界に闇がちらつく。ご主人様、と自分を呼ぶグッディの声がこだまする。


 ああ、またグッディは笑うだろう。僕の情けない姿を見て、笑うのだろう。


 意識の隅でそれだけ考え、手を伸ばす。倒れるものかと目の前のコートを掴む。


 わずかな抵抗も虚しく、僕の視界はコートの色よりも暗い闇にのみこまれていった。






「マジかよ。あいつ、死にやがった」


 白い異空間で、黒いパーカーを着た少年が吐き捨てる。


 テーブルの上の小さなモニター。そこにうつる実験の映像に顔をしかめた。


 晴れ渡った荒野に、同年代の被験者が倒れている。その仲間たちが慌てて駆け寄っていく様子がありありとうつしだされた。


「大丈夫よ。仮に主人が死んだとして、グッドディードは残る。恨みはいくらでも晴らせるわ。被験者が死んだ場合でもNPCは残ることは確認済み。逆も同様ね」


 白いワンピースの少女が少年に答える。ワンピースには大きな赤い水玉模様がついている。白一色の空間では実に毒々しい。


「うるせえな。んなこと聞いちゃいねー。その情報に金は払わねえぞ。ケチくせえやり方すんな、情報屋が」


「ミスドットレッドよ。堅苦しい呼び方しないで。今のはサービスで教えたんじゃない」


 少女がため息をつく。黒い長髪が息に揺れる。


 赤いドットのワンピースを揺らし、ドットレッドが椅子に座り直す。ハイビスカスのコサージュがついた白い帽子を深く被り、あたりを見回す。


「さて、今日の実験はここまでみたいね。他の人も視聴料を払ってもらえる? あなたは確か……サバクラ、だったかしら」


 モニターに目をやるもう一人の顧客に支払いを促す。


 顧客がゆるくウェーブした金髪をなでる。ドットレッドの声には反応せず、じっとモニターを見続けている。


『本日のクエスト及び実験は終了です。今回のクエストでもっとも多くポイントを集めたのは……』


 実験終了のアナウンスがサイバーセカンド全体に響く。実験の終わりを見届けると、砂漠蔵さばくらはようやく椅子から立ち上がった。

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ブラッドグッドディード ~最強なのは俺!! ……じゃなくて、僕の相棒!? ~ 2番スクリーン @eigidp

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