グッドディードVSスカー 第三の実験の終わり① 「中の下魔術」

 聞き捨てならないセリフに耳を疑う。開いた口がふさがらない。

 何も聞こえなかったのか、無事に出てきたのを見て仲間たちは喝采を送っている。


 全員殺す、だと。ついさっきの無殺生宣言はなんだったのか。


 ぶっ殺すという普段の口調とは違う砕けた言葉に、殺人鬼の怒りが尋常でないことを理解する。


 煽ったのは自分だ。しかし、倒してほしいのはNPCだけだ。全滅させてくれなどとは思っていない。


 挑発の加減を間違えた。それが事態をまずい方向へ転がしている。歓喜する仲間とは正反対に、震えて立つ。


「なんだ、生きてんじゃねえか。スカーの炎受けてぴんぴんしてやがる。かってえなあ」


 火傷の一つも見受けられないグッディにハイラントが感心する。ナイフでこちらの動きを封じ続け、首だけ回す。


「スカー! 特攻が効かないなら物攻でいけ。体当りして、噛み潰せ」


 指示にスカーが「うんうん」とかわいくうなずく。そして鋭い歯がびっしりと生えたかわいくない口を開いた。宙に浮くグッディに噛みつこうと巨体をひねらせ、突進する。


 荒野に風と揺れが起こった。広がっていた炎が巻き上がる風に消し飛ばされる。


 スカーの突進を難なくかわし、グッディが手に持つ赤い剣をふった。攻撃するのではなく、準備運動するように空気を切っている。口に手を当て、うーんと考えるそぶりをする。


「あっ! こ、こいつ! また必殺技に頼るつもりじゃないだろうね! このザ――」


 光線が飛んでくる。刃をまじえる僕とハイラントの間を突っ切り、両方の武器を弾いた。さすがのハイラントもいきなり飛んできたグッディの攻撃に飛びのく。


 またあれをやられちゃ困る、と発したこちらの挑発をグッディが最後まで言わせない。スカーの猛攻をよけ、空から下級魔術を大量に放ってきた。


 悲鳴をあげ、被験者全員がその場から避難する。平野に赤い光線がいくつも突き刺さり、ただの平野から一風変わった麦畑のようになった。


「ったく、うるさいですねご主人様は。必殺技を使って何が悪いんです! あれが一番効率的なんですよ。でもまあいいです。レアリティ80のザコドラゴンなんて、中の下魔術で倒せます」


 中の下魔術。なんだそれは。


 グッディが出した新しい魔術の情報に、まったくワクワクしない。


 用心し、仲間を背にかばい刀を構える。ハイラントたちも自分のNPCを集め、グッディの動向を警戒する。


 グッディが赤く輝く剣を自分の前に掲げた。剣が小刻みに振動する。


「スカー!! やれ!」


 ハイラントの指示にスカーが動く。ぐ、ぐ、と体をのけ反らせ、苦しそうに顔をふる。剣に隠れた口もとを歪め、グッディが笑う。


 二回目の主将戦が始まった。


 体を大きく震わせ、スカーが溜めこんだものを吐きだした。これまでのものとは違う青い炎が荒野の空を焼く。青空に同化して燃え、そのさきにいるNPCを狙う。


 迫る炎をかいくぐり、グッディが飛ぶ。炎に並行するように飛行し、一瞬でスカーに近づく。


 剣先がスカーの鉄の顔に当たった。簡単に切れこみが入る。


 嫌な音を発して、スカーの体を亀裂が取り巻いた。龍の体をなぞるように旋回し、グッディが剣を用いてスカーの巨体に痛々しい入れ墨を残していく。長い傷を尾まで描くと、さっと離れた。


「――ギャォオオオーン!!」


 体中を長い一本の傷で覆われたスカーが泣きだした。鳴くのではなく、泣きだす。


 顔についた複数の目から大粒の涙が流れた。痛がり、体をねじる。傷口から透明の体液があふれだす。スカーの涙と体液がビシャビシャ降って、平野に一時的な雨をもたらした。


 豪快な雨に皆が逃げ惑う中、雨の大きな一滴が僕の首もとに直撃する。


「はぎゃああああ!!」


 じゅうう、と焼けつく音をさせ、首にとんでもない衝撃が走った。首の傷口にスカーの涙だか血だか判然としない液体がふれ、これ以上ないほどにしみる。激痛にのた打ち回る。


「ヤッ……ベぇええええ!! なんだあのファッキンNPCは!! スカーの鋼鉄の体を……焼き切ったのか!!」


「レアリティいくつだよ! 教えろよおお!!」


 ハイラントを筆頭に部隊がわめき散らした。演舞のときとは異なり、今度は批判の意味でファッキンと述べているようだ。


 わんわん泣くスカーを尻目に、当然のごとく怒っている。対応したいが、瀕死の僕はそれどころでない。何より今はもっと注意を向けなければならない相手が他にいる。


 ハイラントたちが急に静かになった。


 空気の変化を感じとり、起き上がろうとする。激痛に悶える。首が上がらない。それでも起きようと地面を這いずる。


「唐梅、無理をするな。安心しろ。我々は勝ったんだ」


 好削すざくの声がする。仲間たちに体を支えられ、なんとか起き上がった。


「この主将戦に勝ったほうが勝ち……だったよなあ。そっちは負けた。レアリティは教えらんねえなあ。どうしても知りたけりゃ、まだ続けるか? 別にあんたら殺したっていいんだが……」


 限武がおそろしいことを口にする。脅しだろうとは思うものの肝を冷やす。


 視界の危うい目で周囲を確認する。


 騒いでいたハイラントたちが何かに怯え、じりじりと後退していく。その視線のさき、泣いている龍の下に、ニヤニヤと笑う殺人鬼の姿。


 獲物の反応を楽しみ、平野の地を一歩、一歩と近づいていく。ホラー映画のワンシーンを見ているかのような錯覚にとらわれる。


「い、いや~ん……いい男~! な~んて……」


「……やっぱ結婚は無理かも」


「ガチでゲームオーバーの気配を察知です。このままではリトライ必至……隊長!」


 女性陣がリーダーにひっつく。男性陣も続き、部隊全員がひっつく。


 かくいうリーダーは追い詰められたせいか、軍服をチェックする癖が出ている。ひっきりなしに体中をさする。


「……逃げよ」

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