悪を食う悪食は正義か否か② 「えええええ~っ!? グッディ負けてんの!?」

 渦が大きくなり、炎の竜巻となってグッディを包む。スカーが放った火炎攻撃に、グッディの姿がたちまち見えなくなった。


 呆気にとられる間もなく、自分の体へと意識が向かう。重力が体を掴み、一気に下へ引っぱる。


 この高さから落ちたら……まずい!


 鉄の龍の首が通りすぎていく。スカーの首に連なる鎖に手を伸ばす。そのうちの一本に掴まる。体にかかった重力が凄まじく、耐えきれず手を離す。


 スカーにぶつかる。うねった鋼鉄の腹を転がり落ちていく。血桜をふり上げ、鎖の穴に突きさした。


 どうにか停止するも、突如スカーが移動を始めた。鎖が揺れ、体が再び浮く。振動で血桜がズレていき、たかが二度の振動で穴から勢いよく外れた。


 背中に激痛が走る。地面に落ちた、と推測する。背中にきた衝撃が首まで伝わり、痛みが全身に広がっていく。


 クラクラする頭を上げ、体を起こす。目の前に青い顔が現れた。


「……演舞……!」


 体をキリキリ軋ませた演舞が、自分を抱きとめている。地面に落下する寸前に受け止めてくれたのか。


 ロボットの硬い腕に助けてもらい、正直ものすごく痛む。地面と大差ないかもしれない。しかし、くしくも主人と同じ行動をする誠実なNPCに、深い感慨のようなものを覚える。


「よ、よかった。君が無事で。……ありがとう」


 心の底から礼を述べる。


 演舞の腕から下り、炎の竜巻が渦巻くほうを見た。挑発がすぎたのか危うく死ぬところだったが、危機的状況にさらされているのは今やグッディのほうだ。


 竜巻に変化はなく、誰も出てくる気配はない。捕えた獲物を逃すまいとするかのように、一点に集中し燃えさかっている。


 今まで簡単に蹴散らしてきた悪属性と違い、スカーは炎属性だ。悪属性との相性は、果たしてどうか。


 炎と悪。おそらく、どちらに有利不利といったものはないだろう。


 グッディは自分を悪属性の頂点だと言った。それは同じ悪属性なら確実に自分より格下。少なくとも悪属性相手には敵なしだという風に考えられる。


 ならば、他の属性のNPCが敵に回った場合どうなるか。


 ましてレアリティ80という今までにない高レアリティのNPCだ。押し負ける可能性はある。


 期待を肯定するように、グッディは炎から出てこない。期待が高まっていく。


 ここでグッドディードが倒されてしまった場合、自分一人で仲間を守らなければならない局面に立たされるが、あんな危険な殺人鬼はいないに越したことはない。


 そして仲間を救ったあとに自分も死ねばいい。償いをグッドディード一人に押しつけ、のうのうと生きるつもりは端からない。


 早くも自害の手順を考え始めた僕のもとに、陽恋ひこいを先頭に仲間たちが駆けつけた。


「唐梅くん、大丈夫!? ……グッドディードは!?」


 返答に困り、指をさす。スカーの攻撃にのまれ、グッディは炎の中に姿をくらませている。仲間たちは驚き、戸惑いを顕にした。


「えええええ~っ!? グッディ負けてんの!? レアリティ差20もあるのに~っ!!」


 遅れてやってきた紅白が驚愕する。ひっ、とこちらも声が出た。紅白の和服に付着した血が増えている。


 グッディを抑えることに夢中で、この第二の殺人鬼とも言える危険な被験者に言いつけておくことを忘れていた。紅白はポイントのためにハイラントら同様、被験者相手に平気で瞬殺レベルの攻撃を放つ人間なのだ。


「おうおう、空中庭園からお帰りか。どうだった。ハイラントのショーは」


 強い後悔の念にとらわれていると、傷一つないハイラントが平野をのそのそと歩いてきた。


「うちのライオンはなかなか変わってるだろ。火の輪をくぐるんじゃなく、敵にくぐらせるほうが得意でな」


「……お仲間に火が当たっているように見えましたが、あなたのショーの中には身内切りという演劇がふくまれているんですか」


 ハイラントショーのジョークに返しながら、違和感に苛まれる。何かが引っかかる。


「連携さ。うちの隊員はスカーの炎には慣れてる。ちゃんと作戦のうちだよ」


 部隊が姿を見せた。何人か大きな切り傷を負ってはいるが、数は減っていない。紅白がギリギリ人を殺めてはいないことを知り、ふっと息を吐く。


 そう、紅白だ。引っかかっているのはその紅白の発言だということに気づく。


「……んで、主将戦のほうはどうなってるかねえ」


 ハイラントが上を見る。僕も戦況を確認しようと視線を動かす。


「唐梅!」


 好削すざくに呼ばれる。はっとして、血桜を引き抜く。


 ギャリリッ! 耳をつんざく音が鳴る。ジャックナイフの刃に血桜の刃が当たり、嫌な金属音を奏でる。


 小さなナイフだけで僕を抑えこみ、ハイラントがもう一方の手を懐に入れた。銃を取りだし、攻撃に耐える僕のこめかみに当てる。


 限武がすばやく銃剣の銃口をハイラントに向けた。すかさず部隊が限武に銃口を定める。


「……どうやら、二度目の主将戦にも勝てそうだな。おまえの相棒、今頃黒焦げのチキンになってる。さあ、戦利品のレアリティを教えてもらおうかね。そんで、リーダー戦の続きといこうじゃないか」


 緊張感に包まれる。こちらには答える余裕がない。


 こめかみに当たった銃口の向こう、消えることのない炎の渦に目がいく。炎に動きがないか、そればかり確認してしまう。


「早く、逃げてください……!」


 ハイラントが目を細める。


「仲間に聞こえてねえぞ」


「あなたに言ってるんです……! グッドディードがあなた方に目をつける前に、早く……!」


 ハイラントたちが首をかしげる。互いの顔を見合わせていく。僕の不可解な発言に、部隊が疑念を抱いている。


 周りの疑念には構わず、さきほどの紅白のセリフを思い起こしていく。グッディ、負けてんの? レアリティ差20もあるのに。


 そしてもう一つ。炎属性と悪属性、おそらくどちらに有利不利といったものはない。他の誰でもない、自分の立てた推測だ。


 それらを照らし合わせ、自分の抱いた期待がどれほどバカらしいことだったかに思い至る。


 忙しなく炎の渦を確認し、いい加減流れてほしい実験終了のアナウンスを今か今かと待ち望む。


「よくわからんが……残念だなあこりゃあ。ぞくぞくしたのによお。悪同士食い合う話はどうした。……悪になってから言えよ、坊主」


 ハイラントが凄む。鋭利なナイフと刀がかち合う。


「何をおっしゃるのか……悪を食う悪食あくを正義だとでも思っているんですか。僕からすれば、それは……完全に悪です。同じ悪です」


 悪属性の被験者の相手は自分がする。そうグッディに言ったのは、当然被験者を逃がすためだ。


 手にかけるのは悪属性のNPC。もしくは悪属性の主人を持ち、暴れ回る危険なNPC。それだけだ。それだけに済ませたい。


「何がしてえか知らねえがな……誰も逃げねえよ、カラウメ。何度ゲームオーバーになろうとな。この電脳世界で、どこへ逃げるって? そんなやわな考えは通じねえぞ」


 淡い望みをハイラントが無下に打ち砕く。逃げようとしないハイラントに大きく戸惑う。


 そこに、焦りを絶望に変える声が降り注ぐ。


「まったくです。絶対に逃がしませんよ。ご主人様」


 炎の渦から光線が飛びだした。前方にいるスカーの鼻を強打する。鋼鉄の鼻はびくともせず、光線を弾き返した。


「ほほう。下級魔術じゃダメみたいですね」


 渦巻く炎を赤い剣が突き破る。


 火炎が風とともにかき消え、火の粉の中からグッディが姿を見せた。


 笑っている。が、口の端を引きつらせ、眉間にしわを寄せている。殺人鬼が笑いながら怒っている。察するにブチ切れだ。


「ご主人様はあとでボコボコです。ご主人様も、NPCも、被験者も。全員ぶっ殺して私がすべての頂点だと証明してあげましょう」

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