悪を食う悪食は正義か否か① 「……ザコめ。ザコグッディ」
血の気が引く。冷や汗が強風に乾き、体温が奪われていく。
予期していなかったわけではない。それでも、この土壇場でのグッディの言葉に焦燥が強くなる。
「攻撃なんかしません。今日私は誰も倒しません。何を言われようと」
「……誰も倒さない? 殺しが大好きな君が? ずいぶん優しいじゃないか、グッディ。改心でもしたのかい。喜ばしいね」
空で二人、会話をする。殺人鬼の神経を逆なでしようと、わざとらしく言葉を選ぶ。
グッディの表情は変わらない。
「今NPCを倒したら、協定のものを攻撃から守ることになってしまいます。そんなの嫌ですね。殺しができないことよりも、私はそっちのほうが嫌です。だから誰も倒しません」
誰も倒さない、攻撃しない。本来なら待ち望んでいた言葉だ。……しかし。
その主人が悪属性の場合、命令に従って人を襲うNPCは仲間を救うために倒すと決めた。ゆえにハイラントに再戦を申し込んだ。
矢先に、これか。
倒してほしいと思った途端、正反対のことを言い始める。簡単にコントロールできるなどとはまったく思っていないが、この相棒には本当に手を焼かされる。そのまま全身まで炙られる心地だ。
もはや、説得を後回しにしている場合ではない。
下で戦っている仲間が気がかりだが、グッドディードを言い聞かせないかぎり、あの人たちを守ることもできない。この協定を機能させる最低条件は、グッドディードが納得し、自分の指示に従うことだ。
考えをまとめ、口を開く。こちらの意に反し、グッディはそっぽを向いた。叱ろうとして、何かの視線に気づく。
「……あっ」
美しい荒野が見渡せる上空で、大きな龍の顔がすぐ横にきている。スカーが巨大な体を伸ばして、雑談をかわす僕たちを眺めていた。
目が合う。おもむろにかぱっと大口を開ける。スカーの口内が
「どうわあああああーっ!!」
スカーの火炎放射が髪先を焼く。グッディに引っぱられ、すんででよけた。空を移動する僕たちを追って、スカーが次々と火炎をお見舞いする。
炎は大きな塊となって下の平野に落ち、敵味方構わず悲鳴があがった。これ以上引くに引けないはずの血の気が、体から急速に失せていく。
「グッディ!! 何やってる!」
「なんですか、ちゃんとよけてますよ」
「下の仲間に当たっているじゃないか! 君ときたら、僕を主人と呼ぶくせに反抗ばかり、僕の考えも知らずに、仲間を守れという指示にも従わない! 君のおかげで僕の協定は台なしだ! この……ザ、ザコNPCめ!」
「ああっ! ご主人様まで私にそういうこと言って! 殺されたいんですか!」
片腕で学ランの胸ぐらを掴み、グッディが失礼な主人をガクンガクンと揺らした。
出血している首に激痛が生じる。痛みに喘ぐ。おまけに、周りには火炎が飛びかっている。下からは仲間の絶叫。痛いやら心苦しいやらで気が狂いそうになる。グッディは揺さぶるのをやめてくれない。
「また私を困らせようとしているんでしょう! 私への嫌がらせです。悪属性の私が嫌がることをして、ご主人様は心の中で笑っているんです!」
「……違う! 昨日はそうだった、でも、今は違う……! 協定の理由については、あとでちゃんと説明すると……!」
昨日うまく働いた作戦が、今日の作戦の邪魔をしている。グッディの思わぬ受けとり方に、血のめぐらない頭で至急対応策を考える。
「いいんです。別に。昨日のことだって、私はもう怒っていません」
揺さぶるのをやめる。痛みから開放されるも、グッディの黒い笑みに顔を歪める。
「だって私たちは悪属性です。人の苦しみを喜ぶのが性です。――それは、相手が相棒だろうが主人だろうが、同じこと」
グッディが笑うと唐梅が泣く。上機嫌な相棒を前に、自嘲じみた言葉を考える。
昨日あれだけ憤慨していたというのに、あっさり機嫌を直した理由。その一端を垣間見た。
自分以外が苦しいが楽しい。その自分以外、には相棒でさえふくまれている。そういった点がまるっきり同じ主人に対して、結果的にグッディは喜んだのだ。
余った手でグッディが首を掴んでくる。じわじわと絞めていく。
苦痛に顔をしかめる僕を見て、ニタリ口端をつり上げる。
スカーを追って飛びだし、戻ってきたときにも同じ顔をしていた。ケガをしている主人を見て、心配する様子などかけらもなかった。
悪属性の気質に今さら驚きもない。強い一貫性には、いっそ安定感を覚えるほどだ。
スカーが火を吐きだす。僕たちの横を通りすぎて、下へと落ちていく。平野に火の玉がぶつかり、燃え広がる。
仲間の水属性のNPCが水を放出するが、炎の勢いに消火が追いつかない。
下の混乱を見て、悪属性がケタケタ笑う。それをメガネの奥から静かに見つめる。
ザコめ。
グッディがふり向く。聞こえやすいよう、もう一度つぶやく。
「……ザコめ。ザコグッディ」
挑発を繰り返す僕をグッディがにらむ。首を掴む手に力を込め、強く締め上げた。気管に空気が入らなくなり、むせる。口から血がこぼれ、口角を伝う。
「……グッディ。君なんて、せいぜい小悪党だよ。主人の、相棒の本意にも気づかない。気づけない。自分の欲を優先するあまり、小悪党止まりのグッディ、グッディ」
腕を上げ、グッディの頭をなでる。息がうまくできない中で、リズムをつけ、歌うようにからかう。
主人の態度にグッディは怒りを隠さない。いら立ちに染めた目をこちらに向ける。
「……何もこれは内面の話だけじゃないよ、グッドディード。君ときたら、実際強いんだか弱いんだかわかりゃしない。悪属性の頂点だと言う一方で、人間に攻撃をよけられるし」
「あれは本気の攻撃じゃありません。下級の下級魔術ですよ」
下で敵部隊に鉈をふり回している紅白に目をやる。
たとえ下級の魔術でも、レアリティ100のNPCの攻撃をよけたことは驚くべき事実だ。グッディ自身も驚いていた。
しかし、あの攻撃がグッディにとってもっとも弱い攻撃だったと知って、いくらかショックを受ける。
それをひた隠し、少しの動揺も気どられまいと感情を押しこめ、続ける。
「……ああ、そうだね。あれが君の本気なはずはないよ。君は”自称”悪属性の頂点だからね。つまり、それが本当なら悪属性で君に勝てるものはいない。僕はまだ信用しちゃいないけど、悪属性にかぎって君は多少強いのは確かだろう。そう、悪属性にかぎってはね」
どういう意味だ、と怒りのはらむ目でにらんでくる。スカーが火を吹いた。中断を余儀なくされ、グッディが火炎をよける。
ハイラントは何をしているのか、味方も顧みない攻撃を続けるスカーを止める様子は一向にない。
密談が終わるのを待ってはくれない龍を横目に、グッディに仕向ける。
「ほら、スカーをよく見てみるといい。炎属性だ。自分の何倍も体躯が大きく、属性の違う相手を前に、君はなんとか戦わずにすませようと必死だ。強いと言う割にはすぐ大技に頼ろうとするし、悪属性を探して見つからなければ途端に”今日は戦わない”だ! そう、君は悪属性の頂点かもしれない! それはつまり、NPCの頂点じゃあない!!」
グッディが目をむく。衝動のままに僕を突き飛ばす。
空中に体が投げだされる。同時に、グッディに火の渦が直撃した。
「――!? グッディ……!!」
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