悪属性と判断します② 「一番強いNPCを出せ、とおっしゃいましたよね」

 背後に、押し殺せていない笑い声。僕の放った言葉に、グッディが嬉しそうに笑っている。


 地面にうずくまっていたハイラントが顔を上げた。のろい動作で、やっとこちらを見る。


「主将戦を再開していただけませんか。一番強いNPCを出せ、とおっしゃいましたよね。こちらから新たに、僕の相棒……グッドディードを出します。属性は悪。レアリティは……そちらが勝ったら、お教えします」


 ハイラントがまゆを上げる。興味ありげにこちらをうかがい、その後ろに立つ黒ずくめのNPCを確認する。


「悪属性同士、食い合いましょう」


 悪、というにはきっと僕では覇気が足りないだろう。


 そんな主人の代わりに、グッディが不敵に笑った。荒野の晴天を浴びて、逆光の中、黒服に身を包んだ二人組が浮かび上がる。


 再戦の申し入れに、ハイラントがようやくのそりと腰を上げた。


「……食い合い……ね。別にどうだっていいが……からかわれた仕返しくらいは、してやらないかんよなあ」


 虚ろな、それでいて挑戦的な目を光らせる。部隊も同様に戦意を宿し、僕たち二人の姿を視界に定めた。


 空気が変わる。冷たくなっていく風を肌に感じ、後ろに一歩さがる。


「……被験者の相手は僕がする。NPCは君だ。分担だよ。いいね、グッディ」


 ハイラントたちから目をそらさず、すぐ後ろのグッディにささやく。


「ご主人様には無理です。被験者も何もかも、私が全部殺せますよ」


「できる、できないの話をしているんじゃないんだ、グッディ。僕は何も、君だけに殺しをやらせるつもりはないというだけだよ。僕ら、素晴らしい相棒だ。そうだろう。なんたって僕たちは、ただの相棒じゃない。……共犯者だ。あのときから。あの一時から」


 重たく言葉を吐く。


 グッディは反論してこない。自分と同じ悪属性の主人が殺しをしたがっているだけと前向きに解釈したのか、上機嫌にふふんと鼻を鳴らす。


 ハイラントを囲み、部隊がぶつぶつと何事かをつぶやいた。はっとして耳をすます。うまく聞きとれない。声は聞こえるが、言葉の意味を理解できない。


 英語を喋っている?


 一瞬、翻訳ツールに不具合が生じた可能性を疑う。が、それが英語ではなく、聞き慣れない専門用語であることに気がつく。


 ゲーム用語とも軍事用語ともつかない言葉を互いに送り合い、部隊が武器を構え、NPCを引き連れて散り始めた。


「位置につけ。CQBに移行。女はおまえらだ、間違ってもこっちに寄こすな。俺は引き続き、スカーと動く」


 ハイラントの指示に従い、迅速に部隊が行動を開始した。仲間たちを狙いにいったことだけ読みとると、仲間に向かって叫んだ。


「皆さん、今度こそ逃げてください! ここは僕とグッドディードの二人で――」


 言いかけて、言葉がつまる。


 平野が火で覆われる。仲間たちの後ろに炎の壁が立ち塞がった。円を描いて燃え広がり、退路を断つ。


 どしゃり、とどこからか音がした。


 音のしたほうをふり返ると、スカーの口から開放された演舞が、火の粉舞う平野の地面に転がっていた。


 上を見上げる。スカーが、今しがた吐きだした火炎の残りを口からあふれさせている。


 炎属性か。


 スカーの攻撃によって瞬時に炎に囲まれてしまったあたり一帯を確認し、冷や汗をかく。仲間を逃がそうとした矢先に、先手を打たれてしまった。ハイラントの容赦ない戦略に、背中が冷たくなる。


 炎から離れようと仲間たちが岩から飛びだした。それを狡猾に狙い、部隊とNPCが武器を手に走り寄る。


「グッディ!! 仲間を守るんだ、牽制けんせい攻撃を……うわあっ!」


 体が浮く。自分がいた場所に火球が飛びこみ、地面に当たって弾けた。


「待て! 待ってくれ、グッディ!!」


 制止を聞かず、僕の体を抱え、グッディが平野の空に浮上する。


 オレンジ一色だった景色が、青く変わる。熱風が消え、荒野の涼しい風が体に巻きつく。


 何度となく経験した状況に、ひどく焦りながら下を見る。仲間たちが敵部隊に襲われている様子がはっきりとうつった。


「うわ~ん、ヤバいよ~負けちゃうよ~っ!」


「いや~ん、何こいつ~! NPC!? グロすぎ~っ!」


「アンネさん、あれは被験者です! ……たぶん」


 情けない声をあげ、紅白が鉈をふり回す。ショッキングな見た目に部隊もいくらか驚いているが、機敏に対応している。


 好削すざくと限武、仲間のNPCたちも応戦し、敵部隊と果敢に戦っている。


 後衛を任せた仲間がさっそくがんばってくれていることに、まったく喜べない。急いで自分を抱えるグッディに指示を出す。


「グッディ! 僕を下ろしてくれ! そうしたら、君はハイラントたちのNPCを攻撃するんだ!」


「嫌です」


「えっ!? な、なんだって!」


 この期に及んでまた、そんな名前は嫌だのなんだのと言いだすのではあるまいな、と構える。


 しかし、予想とは違うグッディの返答に、相棒がただの天の邪鬼ではないことを思い知らされる。


「救うだとか守るだとか、ごめんです」

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