悪属性と判断します① 「グッディぃいいい~っ!!」

「グッディぃいいい~っ!!」


 紅白が歓喜の声をあげた。陽恋ひこいも続き、笑顔を咲かせる。


 赤い光線が飛んできた方向、平野のさきに、黒いコートの大男が立っている。青ざめていた仲間たちが、本来なら怖くてしかたのない殺人鬼の登場に安堵の色を見せた。


 グッディの姿を確認し、限武と好削すざくも後ろにさがる。


「気安く呼ばないでください。ご主人様でもないのに」


 思わず愛称を使った紅白に、仲間に愛着などかけらもないグッディがぴしゃりと告げる。


 首を動かし、のん気に平野を一瞥している。ちょっと放っておいた間に、首から血を流して敵と取っ組み合っている僕を見つけ、肩をすくめた。


「ご主人様、弱いですね。それとも作戦ですか、これって」


 自分の長い散歩を棚に上げたグッディのセリフに、思わず笑う。


「嫌味だな……グッディ。……ああ、作戦だよ。君がなかなか出てこないからね、ピンチを演出したん……うわっ!?」


 突然、取っ組み合っていたハイラントが方向転換し、逃げだした。戸惑う僕を置いて部隊に駆け寄ると、忙しなく軍服をさわり始める。


「どっ、どど、どこが破け……いったいどこが破けて……っ!!」


「隊長、落ちついて! どこも破けてないって~」


「ほ、ほ、本当だろうなぁああ!! お、おまえら、俺の引きしまった肉体見たさに、嘘ついてるんじゃないだろうなああ!!」


 赤毛の女性を筆頭にした女性陣が慰めるのをよそに、ハイラントが取り乱す。リーダーの異常な混乱ぶりに、部隊はやれやれと首をふっている。


「俺を見るなぁあああっ!!」


 部隊が目をそらす。


 服が破けていないことがわかると、今度はボタンがすべて閉まっているか確認し始めた。そんなハイラントに、動揺させようと画策した当の自分も困惑する。


 軍服を大事にしている、という程度の認識だったが、あの様子からしてどうもそれだけはない。服、というより露出を気にしているのか。ハイラントの病的な様子に結論づける。


 部隊がリーダーの混乱に対応している間に、落ちている血桜を拾う。グッディのもとへ駆け寄った。


 相変わらずニヤニヤと不気味に笑い、血の流れる僕の首を見ている。身勝手な相棒に言いたいことは山ほどあるが、まず他に確認しなければならないことがあった。


 情報パネルを出す。ポイントの残高を見る。


 ポイントは増えていない。つまり、グッディはクエストをやっていない。誰も殺していないということだ。


 さきほどの発言からしても、指示通り悪属性を探し回っていたことがうかがえる。息をつく。


「……どうやら、勝手にクエストを進めたりはしていないようだね。なんだ、結局殺しができるなら悪属性だけでもいいと納得したのかい」


「納得してません」


 天の邪鬼なグッディの回答を聞きつつ、背後をふり返る。


 スカーが未だ演舞を口にくわえて平野のまんなかにたたずんでいる。目をパチクリさせて、軍服のチェックに余念がない主人を見守っている。


「……グッディ、あの龍と戦えるかな。レアリティ80、だそうだよ」


 グッディが首をかしげた。


「いいんですか、ご主人様。あのドラゴン、悪属性じゃありませんよ。どう見ても」


「ああ……あの龍は主人の言うことを聞いているにすぎない。ただ……あの人たちは」


 敵部隊に向き直る。何がショックなのか、ハイラントはまだ頭を抱えている。


 岩に隠れる仲間たちと、敵部隊。その間にグッディと二人で立つ。


 再び戦いを始める前に、ハイラントたちにも重要なことを聞かねばならない。


 動く度に痛む首を押さえ、背筋を伸ばす。血の付着した手を離すと、平野の地に赤いしずくが一滴、二滴と落ちていく。


「いや~ん! 男増えてる~っ!」


「はっ! 何あの男!? 一番いい!」


 部隊の女性三人組、特に赤毛のアンネと黒髪のクロネがこちらに気づいた。僕……ではなく、後ろにひかえる大男に目を見張り、興奮している。


「あれはNPCですよ……」


 コルネットが呆れ顔で二人に教える。


 二人はまったく聞いておらず、恥じらう女子学生のように身を寄せ合い、値踏みを続けている。他の女性陣も同様だ。


 ちょっと悪いくらいの男がモテるとは言うが、後ろのNPCはちょっとなんてレベルじゃない。極悪だ。


 見る目がないのではないか……と思いかけて、一度信用した自分が言うセリフではないな、と改める。


「……確認したいことがあります」


 こちらの呼びかけに部隊が反応する。ハイラントは背を向け、微動だにしない。


「そちらは武器が潤沢にそろっていますね。ログインボーナスで手に入れられる量ではない。……ひょっとして、他の被験者を殺して奪ったものですか」


「ろかくは基本だろう」


「あんたらの武器も回収させてもらうよ。始末したあとにな」


 部隊の男性陣が淡々と答えた。


 目をふせる。血桜を持つ手に力が入る。あごを引き、数秒考えこむ。


 堅く、血の通っていないであろう表情でハイラントたちを見すえた。冷淡な声音で告げる。


「申し訳ありませんが、あなた方を……”悪属性”と判断します」

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