唐梅VSハイラントショー① 「レアリティ80さんのご登場」

「さて、お戯れはここまでだ。NPC戦といこうじゃないか。そっちもなかなかいい駒持ってるみてえだからなあ」


 ハイラントがスカーの鼻先をなで、こちらを見る。


 スカーと一緒にやってきた他のロボット型のNPCも、それぞれの主人のもとへと帰っていく。部隊の女性陣がハグやキスをし、兵器たちを手厚く労う。


 かなりの数だ。どう見てもこちらのNPCのほうが少ない。そして、不利なのは数だけではない。


「えー、ヤバみ。あの龍、よりによってあいつのかよ」


 後ろで限武がぼやいた。仲間たちはぼやく元気すらない。自分にもない。


 明らかな形勢逆転を前にふさぎこむ僕たちをそっちのけで、ハイラントが話し続ける。


「まずはレアリティ勝負といこうか。今のところ俺は負けなしでね。そっちの一番強いやつを出してくれよ」


 一番強いNPC。それを出したいのはやまやまだ。しかし、今の自分には出しようがない。


 なんでもできるジョーカーを引いたのに、うっかりなくしてしまったギャンブラーの気分を味わう。ジョーカーを恨みたいところだが、この場合うっかり屋なギャンブラーのほうに問題がある。


 ジョーカーはトイレに行っている、と話してもハイラントは待ってはくれないだろう。悔しさをのみこみ、限武に目配せする。


 うなずき、限武が演舞に指示を出した。演舞がこちらに戻ってきて、ハイラントに向き直る。


「うちからはスカーを出す。なかなかのデザインだろ。レアリティは80だ。そっちは?」


 レアリティ80。演舞よりも高い。それはつまり、今まで見た他の被験者が持つNPCの中で、もっとも高いレアリティだ。


「おいおい、言ったそばからレアリティ80さんのご登場かよ」


「よかったな、ジジイ。ツキの違いを見せるときだぞ」


「うるせえ」


 限武の嘆きに、好削すざくがすかさず皮肉を飛ばした。重い腰で限武が立ち上がり、演舞の情報をしぶしぶ渡す。


「……苦儡屋演舞くぐつやえんぶ。レアリティは77だ」


 ハイラントが口笛を吹いた。


「僅差だな。あんたがその侍の主人か」


「いいえ、僕です! 僕が演舞に指示を――」


 岩から勢いよく立ち上がったのを、限武が手をふって制止する。


「黙ってろ、唐梅。……俺が主人だ。こう見えて30代」


「嘘つけ。どう見てもジジイだろ、おまえは……」


 限武の軽口をハイラントがいなす。それ以上相手にせず、こちらから視線を外すと、スカーに何事か指示をした。


 平野の地面を腹で這い、スカーがずるずるとこちらに近づいた。


 頭上に龍の顔が見える。僕らのいる場所に、スカーによって大きな影ができた。


 スカーの腹のちょうど真下に、演舞がちょこんと立っている。決して小柄でないはずの演舞が、まるで小人のようにうつった。


「スカーとエンブで、まず主将戦。この主将戦に勝ったほうが、あとに控える勝負の攻撃先制権を得る。っていうのでどうだ」


 あとの勝負、に反応して瞬時に立ち上がる。


「この主将戦に勝ったほうが勝ち、にしていただけませんか」


 提案にハイラントが片まゆを上げた。


「どういう意味だ、そりゃあ」


「この主将戦でかたをつける。そこで勝負は終わり、ということです」


 ふっ、とハイラントが笑う。バカにしている雰囲気ではない。自分の軍服をチェックし、いたって真剣に提案している僕を穏やかに見た。


「こんなベイビーが本当にリーダーなのかと思ったが……どうやら本当らしいな。チームのことをちゃんと考えてる。戦力差を把握し、交渉に出る。俺が17だった頃より、よっぽどしっかりしてる。……けどな」


 男が厳しい目つきに変わる。厳しく、しかしどこか虚ろな、生気の感じられない目をこちらに向けた。


「ここでそうやって生き残ったところで、どうすんだ? クエストに勝てなきゃ、結局じりじり飢え死にする。今日の実験、はい終わり。じゃあ次は?」


 口を結ぶ。


 次は……次こそは、グッドディードを。そう考えて、それがただの希望でしかないことに気づく。それでも、とにかく今日の実験を、この戦いを無事に終えたい理由が僕にはある。


「ゲームオーバーはぽんといこうぜ。特に負けがわかってるときは、自分から死ににいけ。リセットがあるんだからよ」


 まるでホウライのような過激なジョークに青筋が立つ。言い返そうと口を開く。それを遮り、ハイラントが人さし指を上げた。


 スカーが長い体を伸ばし、演舞をにらむ。臨戦態勢に入る。


「レアリティの近いNPCと戦わせるのは初めてだ。今日までザコばっかでなあ。実験だのなんだので、あんたらすっかり忘れてるのかもしれんが、こりゃゲームだ。……楽しもうぜ」


 鉄の腹を平野に打ちつけ、スカーが這う。たちまち砂ぼこりが舞い、石が弾け飛んだ。


 地面が大きく揺れる。演舞の周りを、巨大な生きた鎖が取り囲む。揺れに足をとられた演舞にスカーが噛みつき、口にくわえた。


 スカーに捕らえられた演舞に、仲間たちが声をあげる。あっさり捕まった演舞が、スカーの容赦ない咀嚼そしゃくにジタバタともがく。


「あっ。演舞食われた」


「演舞!!」


 のんきに実況する当の主人より、よっぽど演舞を心配し飛びだした。好削の腕をふり切り、走る。


 スカーの鉄の腹をくぐり、その向こうに立つハイラントを視界に捉えた。足の痛みも忘れ、血桜を引き抜き、両手で持つ。


 ハイラントがすばやく銃を取りだした。こちらを的確に狙う銃口めがけて、撃たれる前に刀をふり下ろす。

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