鉄の龍が泳ぐ電脳世界 分かれる被験者たち② 「……あーばよ」

 この世のものとは思えない雄叫び。身がすくむ。


 グッディの黒いコートの向こう。光を反射するうねりを見つける。うねりは空を泳ぎ、銀色の体をくねらせ、僕たちの横を過ぎ去ろうとした。


「なんだこいつ……! 龍!? NPCか……!?」


「でっけえ……!!」


 被験者たちがつぶやく。悲鳴と感嘆、両方の声があがる。


 鉄塊の体をした龍がすぐ隣でうねっていた。山なりになった胴体がジャラリジャラリ音を立てる。龍の腹が鉄のチェーンになっていて、ずるりと岩壁の下から登ってくる。10メートル、20メートルとある長い体の全容がいっこうに現れてこず、延々空に伸びていく。


 電脳世界。ここにきて初めて実感する。恐怖に感動が勝っていく。ゲームの世界だ。電子空間サイバーセカンドに僕たちはいる。


 龍の目がこちらをとらえた。長い体の先端、龍の顔の部分に目が複数ついている。その一つが、岩壁の上に立つ僕とグッディを見る。複数の目のドラゴン。強く記憶にあるデザインだ。


「協定に入る!!」


 女性が一人声をあげた。それに続き、被験者たちが口をそろえる。


「俺も入る! NPCがいても別に入っていいんだよな?」


「私も参加する。うちの子、あんな大きいNPCと戦わせたくない」


「あっ、僕も! 僕も入る~っ!!」


 多くの被験者たちが走り寄ってくる。協定への参加を決め、続々と周りに集まった。


 それとは別に、龍の登場にも取り乱さない被験者たちがいた。詫無たちだ。悪属性のNPCの元主人たちが固まり、岩に座ってじっとしている。


 こちらの視線に気づくと、詫無が首を横にふる。他の元主人たちも同様に首をふった。


 彼らにうなずいて返事をする。そして、協定に入ってくれた自分がこれから救う相手に僕は背を向ける。被験者たちとグッディを置いて、否定を返してきた詫無たちのところへ走った。


「……あの」


「入んねえよ。どう説得されようとな」


「……すみませんでした。大事なNPCを殺してしまって」


 詫無がこちらを見る。龍の雄叫びに消えそうな、情けない声しか出せない。それでも言っておかなければならなかった。気が済まなかった。


 こちらの謝罪に、彼らは何も反応しない。僕は彼らの足のあたりを見て動かない。


 待っても動きそうにないと判断したのか、詫無が座っていた小岩からしんどそうに立ち上がる。僕を見下ろし、静かに言った。


「ごめん、すみません、申しわけない。俺が嫌いな言葉トップスリーだ。おまえ、戦うって決めたんだろ。つまり殺すって決めたんだ。なら謝んじゃねえよ。このさき、ずっとな。俺だって誰にも謝んねえ。人殺しが遺族に送るごめんなさいの手紙ほどムカつくもんはねえんだよ」


 厳しさの感じられる声。ふせていた目を上げる。


 見た目の雰囲気がどことなくホウライに似ているが、あの非道な研究員の口からは絶対に発せられそうにないことを言う詫無に、僕は神妙にうなずいた。


「……あーばよ。唐梅。と、にっくきグッドディード」


 すれ違いざま、肩がぶつかる。詫びもなく男は立ち去る。背中で別れを告げて、詫無たちは僕らと反対の方向に歩いていく。


 日本の被験者が二つに分かれて行動を開始する。鉄の龍が空を泳ぐその下で、僕は自分の正義をなすために救うと決めた仲間のもとへ走りだした。






「ああ……始まりましたねえ」


 研究室の大型モニターが複数のフィールドをうつしている。荒野、砂漠、湖、あらゆる自然を再現したフィールドで各国の被験者が戦い、一方では集まって話しこんでいる。


 荒野のフィールドでは、日本の被験者たちが学ランの少年をまんなかに置き、その演説に耳をかたむけていた。適当に目で追い、ホウライは椅子に座る。


「で、コードの娘はどこです? えー、名前は……そう、インテグリティ? どこですか」


 研究員が一つのモニターを指でさす。風が強く吹きすさぶ砂漠のフィールド。銀の甲冑に身を包んだ白人の集団が毅然と立っている。一般的な服装のものも数十人。


 集団の中央にはかぶとに青い房をなびかせた騎士と、凛々しい顔つきの少女がいる。何かを画策している様子の彼女らを鼻で笑う。


「やはり人間だ。ただのデータではないな。――さあ、統計を取りましょう。実験体たちが行動を始めましたよ」

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