最強のNPCが保障する協定 「なんてリスキーな保険なんだ」

 今にも食いかかってきそうだったグッディが、首をかたむけた。陽恋と紅白を始め、他の被験者たちも考える仕草をする。


 限武がうなった。好削は前髪から覗く目を光らせている。怒りや不快、といったものは二人には見受けられない。ただ試すように、僕の動きを見ていた。


「ほれみろ。何もないわけがないよなあ。タダで守ってくれるなんざ、正義のヒーローじゃあるまいし。さっきも言っただろ。悪の覇者ごっこをしに来たんだよ、こいつは。高レアのNPCに飽きたらず、他のやつらのアイテムまで回収してやろうってんだからおっかねえ。おとなしい見た目してこえーガキだ」


「だからあなたは人のこと言えないでしょ」


「こいつみたいに人を騙そうとはしちゃいない。NPCの好きにさせてただけだ。まあ、結果的にいくつか踏んだかもな」


「!! だからそれを……!」


 また対立が始まったので慌てて止めに入る。大人二人のケンカを高校生が制止するというよくわからない状況だ。見かねた好削が問いかける。


「ログインボーナスを提供する代わり、何が得られる。協定に参加することのメリットだ。すべて説明したほうがいい」


 ありがたい申し出だ。赤と黒の防寒着に挟まれたまま、そちらに顔を向ける。


「はい。ログインボーナスを提供する代わりに、レアリティ100のNPCに守ってもらえる……という協定です。いただくログインボーナスは主にレアリティの高いもの。武器やアイテムを優先的に譲ってください。そうしていただけるなら、お守りした際にクエストAで加算されたポイントはお分けします」


「えっ、ポイントもらえるの?」


「まじかよ」


「それなら……」


 被験者たちが態度を変える。


 特に大きく反応したのは、紅白を筆頭としたNPCを亡くして一人参加している被験者たちだ。NPCなしでこれからどうポイントを集めるか難儀していたであろう彼らにとって、うまい話には違いない。亡くしたというより、殺した疑惑のあるものが一人いるが……。


 食いつき始めた被験者たちに、詫無が顔をしかめる。


「おいおい、騙されんなよ。結局のところ、おまえたちコンビが優勝するための戦略だろ。NPCが死んだ連中の分も獲物を独りじめして、ポイントを大量に稼げる。分ける、であって全部くれるわけじゃねえ。こいつらが一番得するようにできてんだ。レアリティ100のNPCがいるんだから、そんな細々こまごました戦略立てなくったって勝てるだろ。なのにそこまでして賞金が欲しいのかよ、おまえは」


「はい。我々が優勝させていただきます」


 毅然と答える。詫無が口を止める。限武がマフラーの下で小さく笑った。


 目を点にする被験者たちを前に、今一度姿勢を正す。


「このさき、被験者同士の協力が必要な実験……及びクエストが実施されるでしょう。実験の内容やクエストがずっと一つだけということはないと思います。今後増えていくであろう実験で互いに協力し、危険なクエストから皆さんの身をお守りする代わり、ログインボーナスはいただく。いわば保険です」


 保険。自分でまとめておいてなんだが、なんてリスキーな保険なのだ。その保険の保障を担っているのは、悪属性の殺人鬼だ。


「そういった内容でよろしければ、お救いします。いかがでしょう」


 あっけらかんと言ってのける。


 詫無は呆れたのか諦めたのか、少し黙ったあと肩をすくめた。被験者たちは僕のあけすけな発言に笑っていたり、考えこんでいるものなどにわかれている。


 すぐに決められるはずもない。いったん時間を与えたほうがいいだろう。口を開く。肩に強い力が加わった。グッディに肩を掴まれ、とてつもない腕力に有無を言わさず引っぱられる。被験者たちから離れた場所へ連行される。


「ご主人様」


「……なんだい、グッディ」


「気に入りません」


「……だろうね」


 グッディが怒りに顔を染め、口をゆがめている。一応小声にしてくれてはいるが、激情を隠そうとはしない。僕は被験者たちの前に立ったときの数倍神経を集中させた。


「守るってなんです。救うってなんです。ご主人様、言いましたよね。今日の実験で証明すると。自分は悪属性の最高な相棒だと!」


「殺しができる。なんの問題がある」


 なるべく冷たい目でグッディを見る。すぐに切り返されて、グッディが止まった。お救いします、などと言っておいて殺しの話をする矛盾した主人に、再び首をかしげる。


「守る、なんてのはただの言いようだよ。グッディ。きみがこれからやるのは敵と戦い、殺す。それだけだ。これまでと同じだよ」


 グッディが数秒考える。怒りの色を少し和らげるが、への字になった口から、不満は消えていないことがわかる。


「でも、悪属性の最高な相棒だと言ったのに……その証明はどこにいったんです」


 最高な相棒、と言った覚えはないが、グッディの脚色には突っこまず冷静に返す。


「だから証明したじゃないか。見ただろう。あの人たち、騙されていることにまったく気づいてない。疑う人もいたけど、まるで見当違いな方向に目を向けていた。僕はポイントや賞金なんてどうだっていいんだよ」


「えっ」


 グッディが驚く。時間をかけて首を斜めにかたむけると、目をしばたたかせた。口をいじって言葉の意味を考え、次第に口角を上げていく。何かを企んでいる主人に対する期待。胸を弾ませ、悪属性がニヤつく。


「説明をあとにもするよ、グッディ。それと、今後殺していいのは悪属性のNPCだけだ」


「――!?」

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